タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

貴方はトヨタ党?それとも日産党? ー 独自技術を育てるか?手っ取り早く企業買収へ進むか? ー 

《コラム2006》コロナVSブルーバードに見る企業理念闘争の歴史

昔から"自称自動車ジャーナリスト"の間では、『技術の日産、販売のトヨタ』などと評して、『日産はマーケティング(市場戦略)でトヨタに敗北した』ように"騙って"いる連中が大半ですが...

《時代の流れに翻弄された Vintage car Brand 》Annex1

"ライセンス生産"で自動車生産技術を学んだ日産自動車は、その後に続く国産車の歴史、日野ルノー いすゞヒルマン など戦後の高度成長期の自動車産業発展に大きな影響を与えましたが...

嘗てのBMWも行った"リバースエンジニアリング"で、初めての"順"国産車(※00)を開発したTOYOTAの企業理念こそが、その後の自動車大国"日本"が歩んだ"本道"ではなかったのでしょうか?...

参※00)唯一最後まで苦労したエンジンブロックの鋳造技術に関しては、アメリカから技術導入した!

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《時代の流れに翻弄された Vintage car Brand 》の総合目次

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プロローグ Vintage Car の系譜 とコーチビルダーの変遷

日本では「年期物の旧車」と勘違いされているようですが...残念ながら自動車大国日本にはクラシックカーは存在しません!

第2回 歴史ある大英帝国で育まれた Vintage Brand Car 達

歴史ある大英帝国は、貴族社会の国でもあり、長く続いた馬車時代から彼らが御用達としていた今も残る歴史ある「コーチビルダー」が群雄割拠...

第2回 歴史ある大英帝国で育まれた Vintage Brand Car 達

歴史ある大英帝国は、貴族社会の国でもあり、長く続いた馬車時代から彼らが御用達としていた今も残る歴史ある「コーチビルダー」が群雄割拠...

第3回 ドイツ・フランスの Vintage Brand Car

歴史ある大英帝国は、貴族社会の国でもあり、長く続いた馬車時代から彼らが御用達としていた今も残る歴史ある「コーチビルダー」が群雄割拠...

第4回 ローマ帝国の栄光ある伝統を引き継ぐ?イタリア のヴィンテージブランドカー

ローマ帝国の時代から馬車が発達していたイタリアも貧しいが情熱的な一般庶民と大富豪や貴族が同居する国で、

第5回 大後悔?漂流時代の果てに流れ着いた先で滅亡した名車たち

ヨーロッパにあってイスラム文化と耶蘇教文化が混然一体?となったスペインは、大栄帝国?とともに嘗て大後悔時代?には、

第6回 自動車育ての親 アメリカ で生まれた Vintage car Brand 

ガソリン自動車を最初に発明したのはドイツのダイムラーだったのかもしれませんが、最初に普及させたには、間違いなしにアメリカでしょう!

Annex2 TOYOTA Centyury に唯一備わっていないものとは...

CenturyはToyota Qualityの真骨頂といってもよいhigh-priced luxury automobile marquesで、嘗てのRolls-Royceをも凌駕して、handmade Bentleyや、Mercedes-Maybachと並び称されるQualityを持つように...

Annex3 米国系 巨大 石油メジャー に対抗できるのは TOYOTA と 出光 だけ...

最近、石油メジャー・CIAの陰謀と思われる日和見マスコミの「トヨタ叩き」のプロパガンダ活動が目立つようになってきました!

Top Index

トヨタ自動車は純国産技術で日本最初の乗用車を作った

1936年4月から純国産技術で量産・販売が開始されたAA型乗用車の輝かしい伝統を受け継ぐ形で、敗戦後の1955年に初代トヨタクラウンが世に出た。

今風に言うと「米国モデル」を徹底的に分解・研究した「リバースエンジニアリング」モデルという事になるが、製造に係る技術は「当時の純国産技術」で固められている。

この辺のいきさつは"プロジェクトX"でも紹介されたのでご存知の方も多いと思う。

日産は海外から技術輸入

日産は戦前の1936年に米国から設計図・製造設備を購入していわゆる「ライセンス生産」で国産車を開発して、敗戦後はいち早く1952年に英国オースティン社と業務提携をしてオースティンのノックダウン生産に乗り出している。

ノックダウン生産で得た技術ノウハウをもとに自社開発して初代クラウンと同じ1955年に登場したのが110型初代DATSUNで1958年にオーストラリアの国際ラリーで優勝の快挙を成し遂げて,その後エンジンまで全て新規開発の初代ブルバード生産へとつながった。

そしてオースティンを源流とする"DATSUN"のエンジンもA型エンジンシリーズとして、その後もサニー、チェリーと脈々と受け結がれる事となった。

2代目ソニックラインのブルーバード(BB)

日産が完全に自社技術と呼べる技術で"量産大衆車"を完成させたのは2代目ソニックラインのブルーバードを完成させたあたり。

当時としては画期的なこの車はライバルのアローライン・コロナと共に庶民のあこがれの的だった。

そしてこの頃日産は"技術の日産"を全面に打ち出す販促戦術をとっていた。

確かにその頃のトヨタ車はメカフェチ少年?であった小生にとっては、興味を引きつけるところなど何処にもなかった。

モータリゼーション黎明期だったこの頃の自動車ジャーナリストの連中も「トヨタの80点主義」の産物などとコケ!にしていた。

一般大衆はコロナの信頼性を支持した

メカフェチ少年の小生には全く興味を引くところがなかったコロナでだったが、市場での軍配は確実にコロナにあがっていた。

何故か、答えは簡単その耐久性、堅牢性、すなわち「信頼性」と、メンテナンス体制(サービス工場の技量)、交換部品の価格も含めての「維持管理」の容易さにあった。

まだまだ日本全国至る所に極道(コクドウ)が広がっていた時代にSOHCのエンジンはともかくとしても、ブルーバードの"4輪独立懸架"には厳しすぎた、伸縮スリーブやジョイントカバーが悲鳴を上げたのは言うまでもない。

発売当初おもしろい逸話があるBBの後輪サス

このBBのインデペンデント(独立)後輪サスには発売当初おもしろい逸話があって、あるユーザーが新車を販売店で受け取り、家に帰るまで何度も親切な後続車に「貴方の車の後車軸が折れている!」と止められたと言うう逸話がそれ。

当時リジットアクスルが全盛の時代、一般ドライバーにとって"タイヤがハの字"に成りっぱなしで走る車など信じられなかったのだ!

確か に日産の快挙というか"暴挙"のおかげで部品メーカー、特にベアリングメーカーの技術力はいやがうえにも"強引に引き上げられ"て、その後"世界1の技術力"へとつながった。

今にして思えば当時のトヨタに決して技術力がなかったのではない!

強引に協力会社の技術力を引っ張り上げた日産に対して...

トヨタはライバルの"スタンドプレー?"を横目で睨みつつ耐えながら、協力企業、特に部品納入各社の生産技術力・品質技術が、"横並び"で上がるのをじっと待っていたのであった。

この次のシリーズあたりから情勢は違ってきだした、ライバル日産は次期ブルーバードすなわち"アップルバード?"ではあっさりと"後輪インデペンデントサスを捨ててしまって、"板バネ"に先祖返り?してしまった!

地味で堅実なTOYOTAの経営戦略

対するトヨタとその協力会社の技術力は...

3代目コロナコイルスプリングを用いたリンク式後輪サスを大衆車市場に投入しても大丈夫なまでに系列部品会社の量産技術力が成長していた!

ここに至るまでトヨタは...

常に"地味"で日産のような"これ見よがしのスタンドプレー"はしなかった。

唯一TOYOTA2000GTが"谷田部のバンク"で世界記録を更新したぐらいであった。

対する日産は派手に"一品生産のR380"で記録更新合戦に加わったが...

ここで重要なことは、トヨタは"量産車TOYOTA2000GT"のモディファイモデルでの記録挑戦であり、日産は一か八かの"ワンメイクカー"での挑戦であったと言う事実だ。

国産量産アルミボディーの元祖TOYOTA2000GT!

国産量産アルミボディーの元祖はHONDA NSXと思っておられる若い読者も多いと思うが、実はこの車2000GTが最初であった。

ヤマハ製ツウィンカムのヘッドを組み込んだストレート6エンジン、クラウンで実績を積んだX型フレーム、総アルミ・クロスフローのアルミラジエーター等々、今でも2000GTはマニア垂涎のコレクションアイテムとなっている。

センチュリーも忘れてはならない一台

地味ではあるが同時期のセンチュリーも忘れてはならない一台でだ。

この車には今に続く 画期的な量産技術がテンコモリ状態だった。

V8エンジン、ハロゲンランプ、フルオートエアコン、アルミラジエーター、エアサス、,,,,,等々。

コロナVSブルーバードに話を戻すと

その後両車ともFFに移行して後は皆様ご存知の通り。

そして生みの親であるTOYOTAと日産の勝負は...

地道な努力の積み重ねで、グループ各社の生産技術力の底上げを図ったTOYOTAは、

カンバン方式と呼ばれる有名な生産方式をあみだして、流通コストと部品の滞留コストを押さえ"世界1"の優良自動車会社に成長した!

そして技術面でもハイブリット車で業界に先鞭を付けた。

今や(2006年当時)世界最高峰の自動車レース"F1GP"の世界でもオール純性TOYOTA F1マシンが頂点に上り詰める寸前までになっている。

ITバブルに乗じたマネーゲームで大恥をかいたホリエモンが、世の中を騒がせている今この時こそ、技術立国ニッポンのあり方を両社の栄枯盛衰を参考に考えてみるときではないだろうか...

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後書き 《時代の流れに翻弄された Vintage car Brand 》シリーズについて

『人は歴史から多くの事を学んだ』といわれていいますが、

『企業経営者は、歴史から決して多くを学ぶことは無かった!』ともいえるでしょう?

多くのVintage Brand Carはお金儲けの手段として"ブランド転がし?"に利用されて、転々と投資家の手を渡り"埋葬?"されたり、大メーカーの思惑で"ブランド復活"して企業イメージの向上ために"ハクをつける"ことに利用されたりしています。

そんな"時代の流れ"に翻弄されたVintage Carの数々を綴ったシリーズ記事です。

狸穴総研 経済研究所 出自多留狸

 

公開:2006年3月 4日
更新:2021年5月 8日

投稿者:デジタヌ

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