タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

新潟交通 BRT は"よそ者 反対派"の不要論に屈せず"路線を拡充"すべき...

新潟市の都市交通問題はハードではなくソフトウェアの問題では

一部の自称鉄道ライター?が、新潟交通のBRTが大失敗で新潟の都市交通問題のように吹聴しているようですが...

新潟市に必要なのはハード論議(トランスポーター種別)ではなく、オムニバスタウンに代表されるソフトウェア(運営システム)の議論ではないでしょうか!

《 abandoned railroadⅡ 》廃線復活シリーズ 第2回 「進取の気性」こそが真の新潟の姿!

嘗ての旧新潟市は、西欧(大陸航路)の玄関口として、旧東京市、旧大阪市を凌駕する日本最大の大都市!でした。

つまり「進取の気性」に富んだ、アグレッシブな土地柄!なのです。

新潟交通も日本初の直流1500V電車による、street running(※01)に挑むなど、常に時代の最先端を駆け抜けてきた「地場資本による交通事業者」です!

完全に的外れのBRT不要論は、ピンボケ・欲ボケの「新都市交通建設推進一派のプロパガンダ!」にすぎないでしょう!

ネガティブな発想で「BRT批判」ばかり訴えて、目先だけの"逃げ"(BRT不要論)では問題解決(通勤ラッシュ停滞解消)にはならないでしょう!

ポジティブな発想オムニバスタウン)で都市交通問題に挑み、アグレッシブな解決策を見出す姿勢こそが伝統ある「新潟魂」ではないでのしょうか!...

参※01)当サイト内関連記事 日本での元祖・トラムトレインは旧・新潟交通電車線 はこちら。

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《 abandoned railroadⅡ 》の総合目次

※以下のタイ トルをクリックするとシリーズ記事全てにジャンプできます!

プロローグ 日本の大都市から"路面電車"がイレースされた訳は...

かつて高度成長期の頃、トラムカーは道路行政の貧困さゆえに日本各地の"痴呆大都市"の路上から消えていった...

第1回 岐阜市内線 路面電車 の 廃止 は 失敗 ではなかった!

嘗て東海エリア最大のライトレール網を構築していた"岐阜市!戦火にも耐えて敗戦後の1954年にヨーロッパ先進国に先立ち「郊外ライトレール」と「市内軌道線」との有機的結合を成し遂げ...

第3回 金沢市 が再び盟主となって、北陸3県を力強く牽引するには...

ホームにたどり着くよりも隣の停留所まで歩いたほうが早いような「地底電車」を走らせても誰も利用しない(出来ない)のでは?

Annex1 大阪 上町台地と天保山に 観光 LRT の復活を!

大阪万博を契機に2つの区にまたがったUSJと海遊館が協力し合ってインバウンド観光客を呼べる一大都市型エンタメ・リゾートゾーンを構築すべきでは?

Annex2 小樽 LRT の実現で小樽市に再び活気が...2031年の 手宮線 151周年記念"メインプロジェクト"として復活を!

小樽市は、嘗ての北海道官営幌内鉄道発祥の地です。1880年に開通した北海道官営幌内鉄道で運ばれた黒いダイヤを手宮港から日本全国に出荷しだして本年2020年で140周年を迎えたました!

Annex3 JR杉本町駅⇔JR久宝寺駅間の旧 阪和貨物線 跡地が LRT 化できれば...

杉本町⇔久宝寺駅間の旧阪和貨物線(関西本線化貨物支線)を復活させて超低床トラムカーを走らせる LRT 路線に改修してみてはいかがでしょうか?

Annex4 おおさか東線 を延伸して『おおさか南線』を建設しませんか?

2020年なにわ筋線着工2031年完成で、いよいよ「大阪梅田・新都心」が現実のものとなってきていますが... 大阪市南端の大和川右岸沿いの長吉・瓜破エリアからの通勤には依然として問題が残ります!

Annex5 別府鉄道 をLRTとして復活できレバ新幹線 新加古川駅 も夢では...

旧国鉄高砂線の一部区間加古川⇔野口間と別府鉄道野口線、土山線を、LRT路線として復活させれば、約26万人!の加古川市民の殆どが暮らすこのエリアに便利で便りになる路線が復活できます!

Annex6 岡山臨港鉄道を復活できレバ!南区市民が...

岡山市南区の「公共交通苦痛?」問題を岡山臨港鉄道の復活で一気に解決しましょう!都市化が進んだ南区では「路線バス」だけにたよるには、甚だ心許ない状況になってきています...

Annex7 " 三江線 "を復活させて島根⇔広島を結ぶmini新幹線を

ヤマカゲ側を一直線に繋ぐ山陰新幹線構想よりも、廃線となった" 三江線 "の一部区間を復活・再利用して高規格路線を建設すれば、高速バスに十分対抗できる新たな陰陽連絡高速鉄道が...

Annex8 勝田線 も LRT なら復活できる!公共交通不毛地帯を嘆いているだけでは....

鉄道不毛地帯を嘆いているだけでは事態は良くなりません!第3セクター"令和志(こころざし)ライン"勝田ライトレールの復活を図るべきではないでしょうか?

プロローグ 日本海側最大のメガロポリス!新潟市

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地図をご覧いただければ一目瞭然、新潟市は中部・甲信地方では名古屋市に次ぐ地方都市で、日本屈指の面積を誇る日本海側切ってのメガロポリスなのです!

面積を除けば太平洋側の仙台市、九州の福岡市と似通った都市ともいえるでしょう。

さらに広大な市域と市中心部の交通事情の悪さ?で言えば中京圏の「岐阜市」(※0)に近いともいえます。

さらに、いち早くバス・トラム(※1)を採用したのも似ている点かもしれません。

共に城下町から発展した都市です。

参※0)当サイト関連記事 " 美濃 の気風"が生んだ 名鉄 岐阜市内線 の廃止とその後?はこちら。

参※1)当サイト関連記事 トラムといえば『 バス・トラム 』を指す日が必ずやってくる!はこちら。

市街を信濃川で分断されている環境が

今後の課題は市内中心部3ケ所の市街地の道路整備が課題に

前途した河川で分断された市街地のアクセスを改善するには「橋梁」建設と「幹線道路」の拡幅整備しかないでしょう!

必ず「立ち退き問題」が生じる道路拡幅整備事業には「反対運動」は必定ですが、これを避けて「市内交通」の悪節句(アクセス)は改善できません!

名古屋市と、我が故郷大阪市は「市内中心部」の道路拡幅と新設事業で高度成長期に比べて市内中心部ビジネス街繁華街の「道路事情」が格段に良くなりました!

新潟市の中心市街地は中央区の信濃川を挟んだ両岸部に所在し、大きく分けて古町、万代、新潟駅周辺の三つのエリアに分かれています。

古町エリア

「新潟島」と呼ばれる信濃川左岸側に位置し、1655年(明暦元年)の移転以来の新潟の業務・物販・飲食などの複合的中心地で商店街、歓楽街などが集まる地区で、現在に至るまで中心市街地に位置付けられているエリアが「古町」

万代エリア

信濃川右岸側の、前述の古町・本町と新潟駅万代口のほぼ中間点に位置する地区が「万代」。

大正末期に大河津分水路通水によって狭まった信濃川の流路跡が埋立地として開発された地区で、昭和初期に開発が始まり戦後から本格的に開発が進められた。隣接する八千代とともにデパートの集中する商業エリアである「万代シテイ」と「万代シテイバスセンター」などが整備され、主に若年層向けの商業地になっている

新潟駅周辺エリア

1958年の新潟駅移転で北側の万代口周辺の開発が一気に進み、1964年の新潟国体までの間に急速に市街地化した。現在では東大通を中心にオフィスビルが立ち並んでいる。南口周辺(笹口、天神尾、米山)は、1970年代から都市開発が本格化した。1982年の上越新幹線開通に合わせ南口が開設され急速に市街地化が進んだ。

自称・鉄道ジャーナリストの某氏が批判!している!公共交通「新潟交通のバス路線」はこれらの繁華街を結んでいる路線です。

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第1節 新潟市を支える交通インフラ環境は

第1項 福岡市とよく似た経済構造

福岡市とよく似た経済構造で同じような交通問題も抱えています。

新潟市の市内総生産は、2兆9,682億円(平成18年度)である。市域内は水田などの耕作地が多くあるが、...それら第一次産業の割合は1%第三次産業が全体の約8割を占め、次に第二次産業が約2割を占める。《Wikipediaより引用》

参※)当サイト関連記事 福岡市 の 交通問題 は 地下鉄建設 だけでは解決できない!はこちら。

国際拠点港湾・中核国際港湾

戦中・戦後しばらくは日本海側有数の石炭・木材受け入れ基地として賑わった。

新潟空港

1973年6月に、...ハバロフスク空港との間にアエロフロートと日本航空による共同定期便が就航して、...日本における東側諸国への窓口となった。

1979年には韓国の金浦国際空港との定期便就航...など、国際線が比較的早い段階で開設された地方空港の1つ...冷戦終結後にロシアの...成田国際空港への乗り入れが自由化された...ロシアの航空会社の乗り入れはなくなった...現在もソウルや台北、上海やハルビンからの乗り入れが行われている。

国土交通省は2009年度以降、国管理空港の個別収支試算を...新潟空港の営業損益は...2006年度分で約23億、...2007年度分でも約20億円、...2008年度分でも、約13億円の...赤字となっており、国管理空港の...としては福岡空港、那覇空港などに次いで全国ワースト5位以内となっている、《Wikipediaより引用》

第2項 名古屋市・岐阜市とよく似た交通環境

更に市街を取り巻くバイパス・環状道路を整備したのは名古屋市などとよく似ているのかもしれません。

但し、バストラムの実用性(※3)を実証した名古屋市と比べると、市街地の道路整備状況が悪いといえるでしょう!

参※3)当サイト関連記事 アグレッシブに前進し続けている 名古屋市 の 公共交通先進的 都市交通システム の Proving Ground?として はこちら。

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第2節 旧市街地の再開発には

第1項 鉄道駅の立地と繫華街の関係は

一般的な地方都市では

新潟市と同じように、鉄道駅が移転した岐阜市では、地場産業の衰退とともに、中心繫華街柳ケ瀬が衰退してしまっています!

新潟駅に係らず、名古屋駅、京都駅、大阪駅、広島駅、博多駅などの歴史のある旧国鉄駅は全て火の粉による火災の心配から、市街地から離れた町外れに設けられていることが多いわけです!

新潟以外の大都市では、他のインターアーバンが、乗り継ぎの便を考えて、国鉄駅周辺に集まり、国鉄路線も電化されて、次第に国鉄駅周辺が賑わいだしたわけです!が...

「進取の気性」に富む新潟市では

新潟市民は、信越本線開業当初より、県庁の有った白山(信濃川左岸)乗り入れを希望していました!

しかし、羽越本線で新潟以北への延伸を狙っていた北越鉄道は信濃川右岸ルートで新潟市に到達したために、信濃川放水路に大河津分水(1922年8月竣工)が開削されていなかった当時には川幅の広かった(約800m)、現信濃川本流を、渡河することを断念して、1897年11月20日に沼垂駅を終点としていた開業したわけです。

廃線ルート図について

当サイトで用いた廃線ルートは、Wikipediaに掲載されている出所不明の参考地図が当てにならないので、敗戦後の1945年以降に撮影された国土地理院の公開航空写真データに基づいています。

但し10m前後の誤差があることはご了承願います。詳しくい御知りになりたい方は、国土地理院のOfficial Web Site をご利用願います。

最近のお子ちゃま鉄オタは知らないでしょうが...

新潟市は、信濃川と、阿賀野川の河口部の三角州が発展して形成された都市です。

大河津分水(信濃川放水路)が1922年8月に開削されるまでは旧県庁(現市役所本庁舎)の有る古町エリア(中区)は西区と地続きで、"新潟国際空港の有る"東区"、現新潟駅の有る中央区は信濃川と阿賀野川が合流する部分に形成された三角州の上にあったわけです!

大河津分水(信濃川放水路)が完成する以前も、河川改修が度々、行われていた中央区・東区では、無数の排水路が張り巡らせされて、八郎潟のように"干拓"が進められて、農地転用がされていったわけです!が...

河川氾濫により、干拓地は度々水害にさらされていました。

つまり、北越鉄道が信濃川右岸ルートで新潟市に到達した1897年11月20日当時は現在市立万代高等学校がある沼垂駅を終点とする以外(陸)路は無かったわけです!開業したわけです。

参※ 万代橋の歴史
  • 第1代 : 1886年(明治19年)竣工 木造!
  • 第2代 : 1909年(明治42年)竣工 木造
  • 第3代 : 1929年(昭和4年)竣工 鉄橋

地元の強い要望で

20世紀に入り地元の強い要望もあり、すでに開通していた木製の!初代万代橋1886年完成にほど近い、現中央郵便局近くに1904年5月3日に初代新潟駅が開業したわけです。

参考までに、旧新潟駅と相前後して生まれた臨港線も記入しておきましたが、鉄道を通せるような条件に合う、陸地は限られていました。

1922年8月に上流部の大津川分水路が通水を始めて、中区が両河川の氾濫による毎年の水没災害からやっと解放されました、信濃川の堤防移設で、万代橋付近の川幅も、約800m→約300mと半部に以下になり、中洲が干拓されて、新しい陸地が誕生しました!

これを受けて、現八千代橋(1962年完成)の近くまで貨物線(引き込み線)が敷設されました!

但し、1972年に関屋分水が完成するまでは、たびたび水害が繰り返されることとなりました。

越後線(旧越後鉄道)の開業

その後信越本線柏崎から分岐して新潟市市街地(白山)に至る越後鉄道が1913年に開業して、戦時中の1943年になってやっと、信濃川を渡河出来て、信越本線(旧新潟駅)と一本のレールで繋がったわけですが、当初は貨物取扱のみで旅客扱いは行っていませんでした。

地元からの"強い要望"で敗戦後の1951年4月に同貨物線と上沼垂(信号場)間を結ぶ短絡線が開業して、貨物営業が開始されました。

更に1958年12月になって新しい新潟駅が完成してやっと旅客開業しました。

その後に、開業した白新線(1952年開業)、新潟車両センター、新潟貨物駅、そして1982年11月15日に上越新幹線と共に開業した新潟新幹線車両センターも全て、干拓地の低湿地だったから、事業用地取得が可能だったわけです!

弥彦線の開業

前途した越後鉄道が敷設した路線です。

1916年10月16日 越後鉄道 西吉田(新設駅 )⇔弥彦 (駅新設)矢作(停留場)で
1922年4月20日 西吉田 ⇔ 間延伸開業

※つまり、新潟市同様に暴れ川?信濃川で信越本線三条と隔てられていた燕町は

最初に越後線で、大都会!新潟市と帝都東京の両方と繋がったわけです!

その暴れ川も同年の8月に上流部の大津川分水路が通水を始めて、現燕三条駅当たり"中洲"が水害による水没にあわなくなりました。

1925年4月10日 燕 ⇔ 一ノ木戸(1926年8月駅名変更現東三条駅)間延伸開業 

1927年7月31日 東三条 ⇔越後長沢(1985年廃止)(7.9km) 延伸開業

大津川分水路はその後も可動堰などの工事が継続されて戦前の1931年6月20日に(旧)可動堰が完成して、信濃川の氾濫は収まりました。

※1933年8月15 白根⇔燕間(16.1km) 延伸開業により新潟交通電車線が全線開業したので、便利なインターアーバンに乗客が流れて、大東亜戦争末期の1944年10月16日 東三条 ⇔越後長沢(-7.9km) 間が不用不急路線として休止されました。

1946年10月1日 東三条 ⇔越後長沢(7.9km) が営業再開されましたが...
1960年7月25日 弥彦 ⇔ 吉田(-4.9km)12月15日 東三条 ⇔越後長沢(-7.9km)が貨物営業廃止となりました。
1982年11月15日上越新幹線開業で 燕三条駅が誕生しました。
1984年4月8日 弥彦 ⇔東三条(17.4km) が電化されました!

1987年(昭和62年)4月1日 JR東日本発足
1988年(昭和63年)弥彦 ⇔ 吉田間の全列車と吉田 ⇔東三条間の一部列車と、弥彦 ⇔東三条間の直通列車を1本→13本と大増発!
1997年(平成9年)9月15日 燕三条 ⇔ 東三条間高架化配線変更で更に便利に!

※燕⇔新潟間の電化などの一連の輸送力増強で、燕⇔白山間のJR線が便利になったので、すでに1992年3月20日に 白山前 ⇔ 鉄軌分界点( 東関屋間 (2.6km) が休止(運行停止)となっていて中心部の白山駅まで直通が出来なくなっていた新潟交通が競争力を失い、1993年8月1日 には月潟⇔燕間(11.9km) が廃止に追い込まれ、更に1999年4月5日 東関屋 ⇔月潟間 (21.6km) 廃止により新潟交通鉄道線は全線廃止となった訳です!

現新潟駅が広大な敷地を獲得できたわけは

現新潟駅が、市内にこれほどの広大な敷地を確保できたのも、中央区が干拓地だったからです!

航空写真を、見れば一目瞭然ですが、新潟駅の建設当時は、農耕地に利用されていた!街外れにある干拓地で、広大な敷地を入手しやすかったわけです!

白新線の南側に住宅地が広がっているのは、もともと、"開拓者"が比較的高台の「古くからの中洲」に集落を形成したからです!

上越越新幹線が 1982年11月15日に高架駅として開業したわけですが...

当時疲弊していた国鉄では、新潟駅(舎)の改修もままならず、長らく在来線は地上に「取り残されていた」!わけです。

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第3節 北越初の インターアーバン 新潟交通

進取の気性に富む新潟市が実現した新潟初のインターアーバン (都市圏高速電気軌道)新潟交通電車線です!

♥白山⇔新潟駅間のピンクのラインが嘗て計画されていた市内線

★平島駅周辺を拡大すると旧線も記入しています!

第1項 Nigata City BRT「萬代橋ライン」は新潟市・新潟交通の長年の悲願成就が...

地図をご覧いただければ一目瞭然!

2015年9月5日 開設の新潟の中心地!白山(古町)を通る BRT路線「萬代橋ライン」は新潟市の地場産業 新潟交通鉄道線の復活なのです。

そしてついに叶わなかった悲願の『市内線・新潟駅延伸』の実現なのです!

これで、『万代鉄橋も本望を遂げる』ことができたわけです!

現在の南区の中心街はその後開通した国道8号線沿いになっていますが鉄道線は中之ノ川で隔てられた対岸の旧市街地?の村々を結んでいました!

第2項 新潟交通グループとは

新潟交通株式会社
東証2部 上場 株式公開 
新潟県新潟市中央区万代一丁目6番1号(バスセンタービル内)
設立 1943年12月31日

(創業 1929年6月30日! 中ノ口電気鉄道として創業)

資本金 42億2080万円
発行済株式総数 38,640,000株(2018年3月期)

主要株主(2018年3月31日現在)

第四銀行 4.55%
ブリヂストン 4.26%
いすゞ自動車 4.03%
北越銀行3.77%
従業員数 単体687名
グループ全体1,502名 (2018年3月期)

関連会社 佐渡汽船

創業1913年2月

株式非公開非上場 第3セクター株式会社

戦前の1932年に日本初の第3セクターとして、新潟県が主体となって、佐渡航路の既存会社3社を統合して誕生した。

2020年現在の主要株主

新潟県 35.51%
佐渡農業協同組合 3.95%
(株)第四北越銀行 2.73%

更に新潟交通もわずかだが出資している!

概歴

創業 1929年6月30日 中ノ口電気鉄道として創業

1932年(昭和7年)7月7日 新潟電鉄に改称。

1933年4月1日 東関屋 ⇔白根間 (17.4 km) 直流1500v電化!で開業!

1933年7月28日 東関屋⇔県庁前 (鉄道線0.4 km、軌道線2.2 km) 延伸開業 併用軌道区間 直流600v電化

1933年8月15 白根⇔燕間(16.1km) 延伸開業により全線開業

1943年12月31日 新潟合同自動車と合併、新潟交通となる。

1945年8月1日 県庁前⇔東関屋間2.2km 併用軌道区間を1,500 Vに昇圧! 国内初の快挙!となる。

1972年 関屋分水工事の為に関谷分水路橋際の新線区間に移りました

1992年3月20日 白山前 ⇔ (鉄軌分界点 )東関屋間 (2.6km) 休止

1993年8月1日 月潟⇔燕間 (11.9km) を廃止。

1999年4月5日 東関屋 ⇔月潟間 (21.6km) 廃止により全線廃止。

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第4節 全国の中核都市から熱いまなざしが!

第1項 オムニバスタウンを実現させて中心市街地空洞化を克服した新潟市!

新潟市は全国の中核都市から注目されている都市でもあります!

全国の政令指定都市の中でいち早く、「鉄道主要駅に拘らない都市計画(アクセス網)の道」を切り開き、

中心市街地の空洞化現象を阻止した、模範的な都市です!

ズバリ、新潟市交通局?と言ってもさし使えない、地場企業"新潟交通"と歩調を合わせた町づくりが功を奏したのでしょう!

参※)地方中核都市の比較

新潟市 

政令指定都市 (2007年4月1日移行) 

推計人口 786,007人 (、2021年6月1日現在)

面積 726.45km2!

人口密度 1,082人/km2

福岡市  

政令指定都市 (1972年4月1日移行)

面積 343.39km2
推計人口、 1,592,657人(2019年10月1日)
人口密度 4,638人/km2

仙台市

政令指定都市指定 1989年4月1日

面積 786.30km2
推計人口 1,090,263人(、2019年10月1日)
人口密度 1,387人/km2

名古屋市

政令指定都市指定 1956年9月1日。

面積 326.45km2 

推計人口 2,330,178人 (2020年6月1日)

人口密度 7,138人/km2

岐阜市

中核市

面積 203.60km2

推計人口 400,444人(2020年6月1日)

人口密度 1,967人/km

第2項 新潟交通が起死回生策として打ち出した万代シティと万代シティバスセンター!

何といっても、他の痴呆都市?では思いつかなかった「万代シティバスセンター」を1973年11月にオープンさせたことでしょう!

この施設は、デベロッパーとしての(※41)新潟交通と三井不動産がJVを組んで、1972年7月から順次オープンさせた万代シティの中核施設として誕生しました。

(新潟市は直接市街地改造事業には加わっていませんが、民活で生まれた巨大再開発事業を認める度量があったわけです!)

更に、国土交通省が打ち出した新潟市と共同で策定したオムニバスタウン構想が2007年に承認されて成功したことでしょう!

年に全てのバス路線を集結させた巨大バスターミナルを、後述する万代エリアのど真ん中に、でんと構えて、周辺を再開発したことが、中心市街空洞化を防ぎ、衰退どころか、新潟屈指の繫華街として成長させたのです!

一般的な地方都市では、旧国鉄駅周辺か、ご当地私鉄ターミナル駅にバスターミナルを設けて、そこからコミュニティーバス路線を、張り巡らすわけですが...

新潟市は発想を大転換して、再開発地区のど真ん中にバスターミナルを造り鉄道駅とhあシャトルバスラインで結ぶという奇策?を取り、鉄道駅周辺の一人勝ちを制したわけです。

これに対して、岐阜市や・和歌山市に代表されるチホウ都市では、鉄道駅に拘ったあまり、中心繫華街の、柳ケ瀬、ブラクリ丁を衰退させてしまったといえるでしょう!

参※41)当サイト内関連記事 今や 鉄道事業 は本業ではない!鉄道系YouTuber の"夢想"を打ち砕く現実とは... はこちら。

第3項 オムニバスタウンの次は New Monroe doctrine で!

別項で詳述した New Monroe doctrine (※42)による、新潟都市圏広域交通網の一元化こそ、21世紀の新潟市・新潟県に求められているのではないでしょうか!

今世紀の新潟市で必要なのは、い恥部(いちぶ)の自称交通コラムニストが騒ぎ立てている、ハード指向(新線建設)BRT不要論(鉄道崇拝論)では無くて、ソフトウェア(交通システム運営法)がそのものの変革でしょう!

水上都市新潟市では、鉄道・バス・水上バス(フェリー)全てを統合して運営する3セク「オーソリティー」の誕生が待たれているのです!

参※42)当サイト内関連記事 21世紀の都市圏交通のあるべき姿とは はこちら。

第4目 JR在来線、路線バス、水上交通の一元化が!

新潟県、新潟市、JR東日本、新潟交通、佐渡汽船、第4銀行、財政投融資銀行が、出資者となって、3セク 新潟都市圏交通㈱を設立して、鉄道事業・バス事業・水運を一元化すれば、モーダルシフト(※43)が推し進められて、マイカーに頼らなくてもよい交通体系が構築できるでしょう!

参※43)当サイト内関連記事 "モーダルシフト 特定財源"となる" 環境税 "の導入を! はこちら。

JR東日本は第3種鉄道事業者に

JR東日本は第3種鉄道事業者として、路線をレンタルして、運行は新会社にゆだねます。

但し、中長距離運行便は今まで通り、JR東日本の直営とします!

バス事業も

路線バス事業は、車両ごと新会社に移管して、中長距離都市間高速バス事業のみ今まで通り各バス事業者の直営とします!

更に、中長距離都市間高速バス路線では、シティーバスターミナル・以外では新潟市内での旅客扱い(乗降)は("条例"で)認めないこととします!

これで、完全に新潟都市圏交通は、新会社一社での独占事業となるわけです!

(国交省の後ろ盾があれば独禁法上も特例で認められるでしょう)

トランスポーターは別建てリース会社の所有で

鉄道車両・バス・水上バスは、別会社"新潟都市圏交通車両保有㈱"のメンテナンスリース契約として、新会社は運行のみを受け持つこととします!

つまり、トータル運賃収入で、リース料を賄えて、運行経費が捻出できるだけの運賃制度とすれば、全交通機関で共通運賃が実現できるわけです!

つまり鉄道・BRT・水上バスが自由に乗り継げる"共通運賃システム"が採用されれば、夫々の事業者が、無駄な重複投資を行わなくてよくなり、利用者にとっては、広範囲にわたるシームレスな交通システム構築が期待できるようになるわけです!

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エピローグ 新潟都市圏の交通事業が一元化できレバ!

一件無駄に見える重複ラインも、共通運賃体系になれば、鉄道・バスに対する偏重が無くなり、、ローカルエリア内は、コミューターバス、インターアーバンは鉄道、BRTでという風に使い分けができて、お互いに補完し合う関係になり、夫々が通勤需要旅客変動のための"過度な設備投資"が必要なくなります!(※91)

参※91)当サイト内関連記事 鉄道事業者 同士が覇権を争うライバル 関係の ご時世 では無くなっている! はこちら

第1項 かつての田中先生の"崇高な理念"を思い起こして

ネガティブな発想で新潟交通BRT批判ばかりに終始して、パッシブで妥協の産物のような目先だけの"逃げ"ばかり考えていても問題は解決しないでしょう。

ポジティブな姿勢で問題と取り組み、アグレッシブな解決策を模索する姿勢が必要なのではないでしょうか?

信濃川を使った水上交通の見直しも

1922年に大津川分水路が完成して、1931年の大改修以来、信濃川の洪水対策がより促進されたわけですが...

同時に、信濃川本流の水量が減少して、水運が途絶えた訳です!

水上バス事業は単独では、"鉄道同様"に採算に乗せるのが難しい事業ですが...

新潟都市交通システム㈱が実現できレバ、共通料金制を敷いても、問題はありません!

現在信濃川本流側にある、洗堰水門(ダム)以外に大津川分水路側にも堰を設置して、信濃川の水量を調節して、下流側の水量調節をフレキシブルに行えば、旧市街の水運が復活出来て、県庁・古町(白山)万代と新潟国際空港!が高速艇で直結できるようになります!

第2項 広域合併に賛同してくれた周辺町村の発展のためにも

広域合併に賛同してくれた北区、江南区、秋葉区、南区、西区、新市街地の発展も大事です。

鉄道不在エリアとなった南区は

燕市と三条氏市は前途したように、1982年11月15日上越新幹線開業と1984年4月8日 弥彦 ⇔東三条(17.4km) の電化により、利便性が向上して一躍大躍進を遂げたわけですが...

現在南区となった旧白根市(味方村・月潟村)は1993年8月1日 月潟⇔燕間 (11.9km) を廃止により帝都への鉄道アクセスを更に1999年4月5日 東関屋 ⇔月潟間 (21.6km) の全線廃止により、新潟市への梯子までも外されてしまったわけです!

鉄道を持たない南区(旧白根市)へは国道8号線を使ったBRT路線延伸開設が区民を照らす明るい希望の光となるでしょう。

但し、新潟市への通勤通学だけではなく、お年寄りの通院など医療機関を重視する姿勢も大事なので、BRT幹線と連携(結節)して通院コミュニティーバス路線の整備も必要となるでしょう!

自動車専用道を用いた本物のBRT運行も

図中の分マークは高等学校の所在地を示し、大学帽マークは大学の位置を表します。そして赤十字マークはエリアの中核中核病院です。

嘗ての・臨港鉄道線・休止中?の新潟港線のLRT再活用も、更には阿賀野川、信濃川本流の水運(水上高速バス)の活用も含めて、総合的なアクセス体系の再構築が必要なのではないでしょうか!

但し苦言を一言

nigata city BRT で問題なのは、BRT(※92)を良くご理解なさっていない事です!

BRTの本質はLRTにも通じるインターアーバン(都市間高速電気軌道)的性格があり、『バス停をスルー"する急行運転』が目的ではありません!

どういうことかと言うと、ヨーロッパ先進国!では後進国日本?とは異なり、都市(市街地)間は最小限の停留所で、出来るだけ早く駆け抜けて、都市部(市街地)では、街路ごとに「こまめに集客」して住人の利便性を確保しているわけです!

つまり、国道8号線で新潟交通鉄道線を再現するなら、中央区ではこまめに停車して、南区では病院などに特化して、再び旧白根市街に入ったところで、ショッピングモール・区役所・高等学校・総合病院などを、こまめに回り、市街地を離れたら新飯田村?を最後に、目的地の燕三条駅に向かうコースをとるべきでしょう。

沿線住人に隈なく愛想を振りまいていたのでは、BRTとしての本領を発揮できません!

各エリア内は、サブコミュニケーションバス網で、南区の中心街に設けたハブバス停と結束するようにすべきです!

これにより新潟の中心市万代⇔古町(白山)⇔南区役所⇔燕三条駅を効率よく結ぶことが可能となり、白新線・信越線沿線の西浦区、秋葉区、港南区・北区同様の利便性が得られることになるでしょう!

参※92)当サイト内関連記事 LRTにも通じる『 都市型 BRT 』は『 日本型 BRT 』のようなローカル線廃止の方便ではない! はこちら。

第3項 東区へのアクセス改善で新潟空港周辺が新たなる物流拠点になれば

現在輸出車両の留置線やイベント列車の発着程度しか利用されていない貨物支線をライトレール・トラム路線に転用して旅客路線に転用するのも東区の再開発に弾みがつき、東区の更なる発展が期待できます。

♥オクラホマシティーのバッテリートラム

つまり通船川と呼ばれている運河沿いの工場地帯の縮小でこのエリアの都市型高層住宅などへの転用も期待されていますが、現状では交通インフラが完備されているとはいいがたい状況です。

新潟空港と新潟臨港病院のある東区の中量公共交通機関の整備が重要となるでしょ。

JR東日本新幹線車両センターと、JR貨物コンテナ駅の東臨港町の旧工場地帯への移転と跡地再開発

市内にどっかと腰を下ろすJR東日本新幹線車両センターと、JR貨物コンテナ駅の移転と跡地活用再開発問題も今後の課題となるでしょう。

前途した新潟空港周辺の交通インフラ整備に合わせて、工場が移転した東臨港町への移転案も検討できるのではないでしょうか?

新潟市は、岐阜市同様に、外周バイパスの整備がほぼ完了?しており、このエリアにコンテナ基地が移転しても全く問題は生じない!ところか、新潟港、新潟空港に隣接したこのエリアのほうが物流はスムーズになり、しかも市街地のど真ん中をトラックが往来する事態も解消できます!

地図上のグリーンの準工業エリアの再開発が今後の更なる発展のカギを握ることになるでしょう。

第4項 中央区・東区が魅力ある先端科学都市になれれば!

信濃川・同放水路・阿賀野川、E7日本海東北自動車道に囲まれた新潟市・旧市街地中央区・東区の市街地大改造が、先ずは重要ではないでしょうか?

この旧市街地が魅力的な街並みになれば、帝都東京にも近い新潟市は「新たなるIT産業の中心地・新潟バイオリサーチパーク」として更なる発展が図れる真のメガロポリスに成長出来るでことでしょう。

痛みを承知で市街地大改造に向かう姿勢が次世代をに担う若者たちにとって住みよい、魅力的なメガロポリス誕生につながり、少子高齢化やストロー現象に立ち向かえる新潟市を支える強健な「足腰」(交通インフラ)を構築できることとなるでしょう。

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後書き《 abandoned railroad 》シリーズについて

明治維新後の文明開化で訪れた陸蒸気幹線の発達と共に、日本各地で民間資本による"軽便ブーム"が起こり、その多くが昭和に至るまで大活躍していました。

今風に言うなら LRT 網と言うことになります!

そしてその多くがabandoned railroad(廃線)となって"天に召された"わけです...

これらは、市街地を駆けまわる"チンチン電車"網であったり、都市圏交通を担うインターアーバン(都市圏電気軌道)であったり、鉄道幹線(大都市)と港町を結ぶ臨海鉄道・臨港鉄道、山間部を縫う森林鉄道、更には1960年代まで北海道で大活躍した"殖民軌道"などなど...

更には、準LRTと言っても過言ではない地方ローカル線が例に挙げられるでしょう。

これらのabandoned railroad達にスポットを当てて、陸上交通における"ローカルエリア鉄道"が担ってきた役割とその"生い立ち"、更には"消えていった背景"を考察して、トランスポーターとしての『 鉄道の将来 を考えてみました!

狸穴総研 交通問題研究所 出自多留狸

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2021年4月7日更新版・公開

要約

いわば社会順応性のないヒッキーで、生活支援を買って出た?地元の「ギョ~怪」から「広告収入」を得て生活している"自営業"であり、「ギョ~怪」の回し者として、日夜"新線建設プロパガン"に邁進して、一般市民・鉄道利用者、お気楽な"撮り鉄"の妄想を...

続きはこちらから...

 

公開:2019年11月18日
更新:2021年8月 9日

投稿者:デジタヌ

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