狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

いち早くインターアーバン(郊外電車)に着目した阪神電車 《 インターアーバン 第1回 》

第1回 exploitation railroad 事業から Developer へ

明治期に文明開化によるTransportation の大変革で、当初は主要都市同士を結ぶ""需要追従型"の freight transportation として発達した鉄道でしたが...

明治後期・大正初期に入ると首都圏、中京、京阪神間などの大都市圏の「都市近郊生活圏」では、アメリカの Interurban(都市間電気鉄道)をモデルとした、旅客輸送に特化した「郊外電車!があらわれてきました。

さらに阪急電車の創始者のひとり小林一三師匠が、ニュータウン開発を目的とした「需要創出型」の interuban へと変化させて首都圏にも広げていったわけです。

★第1項 日本における"電気軌道"の先駆け京都

(2024年11月30日改定Version1,Revision19

※本節は当サイト関連記事 日本の "インターアーバン"と定番直流1500V 電化の歴史は近畿で始まった! の Digest editionです。

黎明期の路面電車は1890年8月25日公布の 軌道条例で始められた馬車軌道が起源になるわけです。

なので当初は走行速度8mile/h!(12.9km/h)とママチャリ暴走族?並みに抑えられていたわけです。

第1目 日本初の"チンチン電車"京都市電!

1895年(明治28年)に行われた第4回内国勧業博覧会(4月1日→7月31日)の会場アクセス手段として、同年2月1日 に伏見線 七条停車場(七条停車場・踏切南) ⇔下油掛(後の京橋)間に1067mmの狭軌路線として営業開始したのが日本初のチンチン電車京都電気鉄道でした。

そしてその後京都市電へと引き継がれ、1978年10月1日 の全線廃止まで、京都市電は京都市民に無くてはならない存在として親しまれ続けました。

京都電気鉄道も1924年1月 1日施行の軌道法で25mile/h!(40km/h)に緩和?されるまでは、ノンビリ走っていたわけです。

第2項 旧省線(国鉄)の電化の流れ

国鉄電化の流れは、日本初の京都のチンチン電車と同じ直流600Vから始まり、高圧給電の実用化過渡期の直流1200vの実証実験をへて、1928年以降に直流1500V電化方式が確立されて、日本における電化の定番技術として全国に普及していきました。

※1928年以前は、車両・部品の共通化の為に、直流600Vで、電化工事が継続されていました!

近畿地区での電化は1934年からと遅れていたので、当初から直流1500Vでの電化が進んだと考えられます。

※1929年7月18日 開業の阪和線は当初は京阪電車の子会社阪和電気鉄道だったので、当初から当時の最新技術直流1500v電化が採用されたわけです!

第2項 近畿のインターアーバンの歴史 

日本における Interurban (郊外電車!)の歴史は近畿で始まったといってもよいでしょう!

大阪の5大私鉄が、国内に持ち込んだ Interurban (都市近郊線)コンセプトは、それまでの electric train=チンチン電車=street car のイメージを一掃するものでした!

そして、大都市圏のライフスタイルを大変革させました。

第1目 いち早く Interurban に着目した阪神電車  

阪神電車は、軌道法施行(1924年1月 1日)以前の軌道条例1890年8月25日公布)時代の1905年!いち早くinterurban (都市近郊線)に目を付けて...

2-1-1 『待たずに乗れる阪神電車』が阪神間の覇者!に

三宮駅⇔出入橋駅(大阪)間に直流600v電化によるinterurban (都市近郊線)を敷設して『待たずに乗れる 阪神電車』 (※21)のキャッチフレーズで、当時汽車運行で、日に数往復だった阪神間の旅客を搔っ攫いました。

参※21)当サイト関連記事 "待たずに乗れる 阪神電車 の再来には巨額投資が... はこちら。

2-1-2-1 当初は速度違反!

軌道条例(1890年8月25日公布)で敷設された、専用軌道上を、チンチン電車がスピード違反(※22)の猛スピードで駆け抜けて省線から、阪神間の旅客需要を勝ち取りました。

2-1-2-2 新設軌道(1924年法令改正)で逃げ切る!?

タダシ、その後"専用軌道"とは別に「通常の鉄道路線にあたる新設軌道なる"抜け道"」が設定されて、25mile/h!規制が除外され、1919年8月15日の地方鉄道法施行以後も、軌道条例遵守で1924年1月 1日の軌道法施行後は前途した新設軌道を建設して、正々堂々と?国鉄に戦いを挑んでいたわけです。

2-1-2 本来の interurban! 阪急宝塚本線は...

阪神電車に遅れること5年の1910年に現阪急宝塚本線は、

箕面有馬電気軌道として 梅田 ⇔宝塚間、箕面線石橋⇔ 箕面間を直流600v電化で開業しました。

当時は併用軌道部分がかなりある路線で、ノンビリ丘陵地帯の新興住宅地をつないでいました。

第2目 国内初の直流1500v電化を果たした近鉄南大阪線!

  • 1923年4月 2代目大阪鉄道(現近鉄南大阪線;地方鉄道)が、大阪天王寺駅(現大阪阿部野橋) ⇔道明寺駅間を国内初の直流1500v電化で開業。

2代目大阪鉄道(現南大阪線)が1929年3月29日:古市駅⇔久米寺駅(現在の橿原神宮前駅)間を延伸開業して大軌・吉野線と直通運転を行うようになりましたが...

同年1月に現大阪線が直流1500vに昇圧されるまでは、現八木短絡線を経由して)上本町⇔大和八木⇔橿原神宮間に定期便の直通電車が走るメインルートとなっていました!

つまり近鉄黎明期には、南大阪線(2代目大阪鉄道)と橿原線大阪電気軌道が競合していた!わけです。

  • ●紫ライン 1500V昇圧区間
  • ピンクライン渡り線

第3項 その後に続いた阪和線と大阪以外の"地方"では

第2目 国内2・3番手も私鉄!

3-2-1 1926年12月21日に2番手の琴電!部分開業

讃岐平野を走る琴電・琴平線が、栗林公園 ⇔滝宮間が直流1500v電化・

標準軌;軌間4 ft 8 in(1420mm) で部分開業。

参※当サイト関連記事 英国生まれの Stephenson gauge(国際標準軌) は 4 ft 8 in(1420mm) が基本! はこちら。

3-2-2 3番手は現西武!村山線

国内3例目は 1927年(昭和2年)4月16日 に武蔵水電(現西武鉄道)が 村山線の高田馬場(仮)駅 ⇔ 東村山駅間を、国内3例目となる直流1500V!電化で開業して、東村山駅 ⇔川越駅間も同時に直流1500V!電化して、本家中央線に次いで全線電化開通しました。

第1目 国電よりも早かった"各私鉄の1500V電化!"

つまり、

  • ●1928年2月:東北京浜線の田端⇔ 赤羽間、東海道線旧熱海線 小田原駅 ⇔熱海駅間の 直流1,500 V電化(および在来区間昇圧化)

より各私鉄の直流1500v電化のほうが早かった❕わけですが更に続いて...

  • ●1929年7月 阪和電気鉄道(現JR阪和線)阪和天王寺⇔和泉府中駅間全線複線直流1500v電化で開業!

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公開:2021年2月24日
更新:2025年8月 8日

投稿者:デジタヌ

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