狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

Historia『 嘗て鉄道事業者は"鉄道派"vs"軌道派"に分かれて経営"哲学(鉄学)対決?を...』ー第1回ー

副題 今や 『鉄道事業 は本業ではない!』鉄道"傾"YouTuber の夢想を打ち砕く現実!とは...

(要約)鐡道事業が辿ったトレンドの歴史とは...

明治期に文明開化によるTransportationの大変革で、当初は主要都市同士を結ぶ物流主体の「需要追従型」として発達した鉄道でしたが...

明治後期・大正初期に入ると首都圏、中京、京阪神間などの大都市圏では、「都市近郊生活圏」でも、アメリカの Interurban(都市間電気鉄道)をモデルとした、旅客輸送に特化した「高速電気軌道」があらわれてきました。

さらに阪急電車の創始者のひとり小林一三師匠が、ニュータウン開発を目的とした「需要創出型」高速電気軌道へと変化させて首都圏にも広げていったわけです。

このように Interurban  都市圏電気軌道 "民鉄"の歴史は、

崇高な理想を追い求める『 旅客需要追従 』"哲(道)学"派と、マネーゲーム"デベロッパー事業"の"単なる手段・ツール"としての『 旅客需要創出 』"開発軌道派"に分かれて歩んできたと言えるでしょう。

更に言い換えれば「夢の実現に向かう理想家達の"鉄オタ集団"と、ビジネスライクな"実利集団"との"鬩ぎあい"の歴史」を辿って来た!といえるのかもしれません...

今や鉄道事業にロマンはありま線(せん)!

前世紀末のバブル景気(1986年12月→1991年2月)で殆どの大手私鉄も莫大な損益を計上して!その後の始末!として実施された金融ビッグバン(1996年→2001年)政策で更に資金繰りが悪化して、restructuringとリファイナンス(再投融資)に迫られ、政府の肝いりで作られた日本マスタートラスト信託銀行と日本カストディ銀行が、JRグループも含む全国の大手鉄道事業者のリファイナンス(再投融資)に加わり、同時に経営に関与(役員派遣)するように成ったわけです。

つまり今や地場産業として旧来からの"純潔"を貫いている鉄道事業者は皆無となったわけです!

※ハイパーリンク、その他についての御断り

(2024年2月1日改訂ーVersion5,Revision5 ー)

※本ファンタジーについて

本レビュー記事は、出来る限りの"記録"(時系列)に下ずいた史実と、科学(工学・地政学※000)的 な検証"に下ずく semi-documentary ですが...

筆者の"億測"を交えた fantasy(創作物)でもあります。

なので登場する各団体とは直接関連はありません?

また各団体では"答え難い『大人の事情(利害・思惑』つまりあまり触れられたくない内容!"も含まれています。

また"本 fantasyに関しての著作権は放棄"しています!なので... \(^_^ )( ^_^)/

参※000)当サイト関連記事 一研究分野にすぎない geopolitics(地政学)の"概念・研究 theme とは... はこちら。

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直接 hyper-link は、 当事者・関連団体の Official site を主体に、作者・編纂者が明確な"コトバンク"(ジャポニカ等の編纂者が特定できる百科事典・辞書)へリンクするように心がけております。

但し(参※xx)は当サイト内の参照関連記事へのリンクです。

※当サイトは"横町の物知り隠居"出自多留狸の匿名・個人サイト

当サイトは"横町の物知り隠居"出自多留狸が主宰している匿名・個人サイトです。

なので academic paper とは異なり分かりやすさにフォーカスして、

出所(作者)不明!一般 Web content (Youtube動画、日本語ウィキペディアなども引用・共有させていただいています。

※引用・共用 content について...

引用・共用 content日本語ウィキペディア、Youtube 等の"出所(作者)不明"の「得体のしれない代物!」も使用しています。

なので、事実と異なる場合もあります。

ウィキペディアへの hyper-link に関しては...

"日本語ウィキペディア"は政治色commercialism が色濃く、偏見!が蔓延っており出来る限り避けています。

外来文化!?に関しては

外来文化!?についての日本語ウィキペディアは(USAの主張が色濃く出ている)米語版の"直訳版"が多く、

更に「翻訳者?の主観・主張」も強く表れている content が殆ど!なので、各国語版・原典版!original Wikipediaにリンクしています。

鉄道業界用語は...

特に鉄道機材 syndicate(cartel)用語(電通造語!は、海外では通じない!身勝手な解釈によるカタカナ・ローマ字!造語が横行しています。

例えば、諸外国ではVGA(variable gauge axle ;軌間可変輪軸)と呼ばれているフリーゲージトレイン???(※001)。

これなどは"リフォーム"同様に、カタカナ造語の典型です。(※、海外では、改修;modify、更新;renewal でないと通じません!)

参※001)当サイト関連記事 Talgo 方式・軌間可変車両・VGA(フリーゲージトレイン)の"致命傷 !"フレコロ"とは?... はこちら。

ご先祖様に敬意を表して

鉄道車両の原型となった wagon(荷馬車!)から分かれた automobile で一般的に使用されている MechanismSpare partAssembly)の呼称を優先しています!

例) 台枠→Chassis,(Locomotive frame)、懸架機構→suspension単台車式Beam axle(rigid axle)

参※)当サイト関連記事 鉄道の歴史は Wagon(荷馬車)用の"木道" から始まった ! はこちら。

参※001)当サイト関連記事 Talgo 方式・軌間可変車両・VGA(フリーゲージトレイン)の"致命傷 !「フレコロ」とは?... はこちら。

GooglMapの使用について

GooglMapは国土地理院地図に下ずいて作成されていてGPSにも対応しており、且つ公共建造物・ランドマーク等の掲載も多いので用いていますが...

建設中の新規鉄道路線などについては、"いい加減"な記入箇所も散見!されます。

なので、GooglMapではなく衛星写真(GooglEarth)を参考に修正しています。

廃線や"地下鉄道"ルートは国土地理院の公開航空写真データを参照して修正してあります。

但し数m程度の誤差があることはご了承願います。

★プロローグ 日本の"interurban "の歴史は近畿で始まった!

(2024年2月7日改定Version1,Revision18

本節は当サイト関連記事 日本の "インターアーバン"と定番直流1500V 電化の歴史は近畿で始まった! を digest した節です。

日本における Interurban (郊外電車!)の歴史は近畿で始まったといってもよいでしょう!

大阪の5大私鉄が、国内に持ち込んだ Interurban (都市近郊線)コンセプトは、それまでの electric train=チンチン電車=street car のイメージを一掃するものでした!

そして、大都市圏のライフスタイルを大変革させました。

★第1項 日本における"電気軌道"の先駆け京都

1895年(明治28年)に行われた第4回内国勧業博覧会(4月1日→7月31日)の会場アクセス手段として、同年2月1日 に伏見線 七条停車場(七条停車場・踏切南) ⇔下油掛(後の京橋)間に1067mmの狭軌路線として営業開始したのが日本初のチンチン電車京都電気鉄道でした。

そしてその後京都市電へと引き継がれ、1978年10月1日 の全線廃止まで、京都市電は京都市民に無くてはならない存在として親しまれ続けました。

旧省線(国鉄)の電化の流れ

国鉄電化の流れは、日本初の京都のチンチン電車と同じ直流600Vから始まり、高圧給電の実用化過渡期の直流1200vの実証実験をへて、1928年以降に直流1500V電化方式が確立されて、日本における電化の定番技術として全国に普及していきました。

※1928年以前は、車両・部品の共通化の為に、直流600Vで、電化工事が継続されていました!

近畿地区での電化は1934年からと遅れていたので、当初から直流1500Vでの電化が進んだと考えられます。

※1929年7月18日 開業の阪和線は当初は京阪電車の子会社阪和電気鉄道だったので、当初から当時の最新技術直流1500v電化が採用されたわけです!

第2項 近畿のインターアーバンの歴史 

冒頭で述べたように、日本の路面電車は1890年8月25日公布の 軌道条例で始められた馬車軌道が起源になるわけです、なので

当初は走行速度8mile/h!(12.9km/h)とママチャリ暴走族?並みに抑えられていたわけです。

なので前出の京都電気鉄道も1924年1月 1日施行の軌道法で25mile/h!(40km/h)に緩和?されるまでは、ノンビリ走っていたわけです。

第1目 いち早く Interurban に着目した阪神電車  

阪神電車は、軌道法施行(1924年1月 1日)以前の軌道条例1890年8月25日公布)時代の1905年!いち早くinterurban (都市近郊線)に目を付けて、三宮駅⇔出入橋駅(大阪)間に直流600v電化によるinterurban (都市近郊線)を敷設して『待たずに乗れる 阪神電車』 (※21)のキャッチフレーズで、当時汽車運行で、日に数往復だった阪神間の旅客を搔っ攫いました。

軌道条例(1890年8月25日公布)で敷設された、専用軌道上を、チンチン電車がスピード違反(※22)の猛スピードで駆け抜けて省線から、阪神間の旅客需要を勝ち取りました。

タダシ、その後"専用軌道"とは別に「通常の鉄道路線にあたる新設軌道なる"抜け道"」が設定されて、25mile/h!規制が除外され、1919年8月15日の地方鉄道法施行以後も、軌道条例遵守で1924年1月 1日の軌道法施行後は前途した新設軌道を建設して、正々堂々と?国鉄に戦いを挑んでいたわけです。

参※21)当サイト関連記事 "待たずに乗れる 阪神電車 の再来には巨額投資が... はこちら。

本来の interurban! 宅地開発殖産鉄道は...

阪神電車に遅れること5年の1910年に  箕面有馬電気軌道として 梅田 ⇔宝塚間、箕面線石橋⇔ 箕面間が直流600v電化で開業しました。

当時は併用軌道部分がかなりある路線で、ノンビリ丘陵地帯の新興住宅地をつないでいました。

第2目 国内初の直流1500v電化を果たした近鉄南大阪線!

  • ●1923年4月 2代目大阪鉄道(現近鉄南大阪線;地方鉄道)大阪天王寺駅(現大阪阿部野橋) ⇔道明寺駅間を国内初の直流1500v電化で開業。

2代目大阪鉄道(現南大阪線)が1929年3月29日:古市駅⇔久米寺駅(現在の橿原神宮前駅)間を延伸開業して大軌・吉野線と直通運転を行うようになりましたが...

同年1月に大阪線が直流1500vに昇圧されるまでは、現八木短絡線を経由して)上本町⇔大和八木⇔橿原神宮間に定期便の直通電車が走るメインルートとなっていました!

つまり近鉄黎明期には、南大阪線(2代目大阪鉄道)と橿原線(大阪電気軌道)が競合していた!わけです。

  • ●紫ライン 1500V昇圧区間
  • ♥ピンクライン渡り線

第3項 その後に続いた1500v電化開業の阪和線と、大阪以外の"地方"では

国内2番目は讃岐平野を走る琴電・琴平線が、1926年12月21日 - 栗林公園 ⇔滝宮間が直流1500v電化・標準軌(軌間1435㎜)で部分開業しています!

国内3例目は 1927年(昭和2年)4月16日 に武蔵水電(現西武鉄道)が 村山線の高田馬場(仮)駅 ⇔ 東村山駅間を、国内3例目となる直流1500V!電化で開業して、東村山駅 ⇔川越駅間も同時に直流1500V!電化して、本家中央線に次いで全線電化開通しました。

国電よりも早かった各私鉄の1500V電化!

つまり1928年2月:東北京浜線の田端⇔ 赤羽間、東海道線旧熱海線 小田原駅 ⇔熱海駅間の 直流1,500 V電化(および在来区間昇圧化)より各私鉄の直流1500v電化のほうが早かったわけです、勿論国内電業メーカーの直流1500v電化用の地上設備・車上機器開発を後押しした、国鉄電化事業の功績も大きかったわけですが...

●1929年7月 阪和電気鉄道(現JR阪和線)阪和天王寺⇔和泉府中駅間全線複線直流1500v電化で開業!

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公開:2021年2月24日
更新:2024年2月 8日

投稿者:デジタヌ

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