狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

重要 なフロンティアー(最前線)だったリオグランデ川《 北米の水路と往還 第7回 》

★第7回 重要 なFrontier だった Rio Grande River

第1節 1848年2月2日に調印されたグアダルーペ・イダルゴ条約後には

1821年に衰退したスペインからメキシコが完全独立を果たして主権国家となって以降は、Rio Grande River は USA territory と Mexican territory との重要な Frontier となっていました。

第1項 西欧列強を味方につけて"強引!"にテキサス共和国が独立

北方4島の不法占拠、中共のチベット略奪!、ガザ地区然りで、21世紀の今も変わりありません!が...

第1目 テキサス共和国として分離独立!を

1836年に Mexican territory の Texas は、アメリカ人不法移民に占領!されて、テキサス共和国として独立を宣言!しました。

本国スペインの承認"主権国家"として独立したMexco は、テキサス共和国の(主権国家として)独立を承認しません!でした。

第2目 西欧列強が承認!

当時の西欧列強フランス(1839年承認)、オランダ(1840年承認)イギリス(1840年承認)、ベルギー(1841年承認)と、次々にテキサス共和国を主権国家として承認!しました。

第2項 最早"罰冠(バチカン)"は無力!だった...

ご覧の通りフランス以外は、全て新教!で非カソリック国!です!。

つまり最早、メキシコが頼るバチカンには調停出来るだけの力は無かった!のです。

第1目 6年後には Texsas としてUSAに編入!

更に、6年後の1845年にはUSAが Texsas state として向かい入れました!(つまり体よくかすめ取った!のです)

更にさらに「過去の習わしで、曖昧!」だった 、border(国境)」についても、USA、Mexco 双方で言い分が異なりました!

2-1-1 border の論拠となる Frontier(縄張り)で言い分が異なった!
  • ●USAは Rio Grande River を主張
  • ●MexcoはNueces Riverを主張

アメリカは Rio Grande Riverを主張し、MexcoはNueces Riverを主張して、双方が平行線となりました。

元々が、スペインの海外侵略で、fort(砦・交易所)とcolony(植民地)を中心にterritory(実効支配地)を形成していただけで、明確な Frontier(縄張り最前線)が設けられていたわけではないので!

双方に。言い分が食い違うのは当然なわけです!

2-1-1-1 border は当事者同士の条約で決する

国際社会では、主権国家としての承認は、承認する側が各自行うものですが...

border は、接する当事者同士の条約で決定されます。

なので、北方4島も宙に浮いたまま!なのです。

言い換えれば国際法も拘束力のない紳士協定!にすぎま魔線。

※当サイト関連記事 国際社会(西欧社会)における"State(主権国家)とは? はこちら。

1-2-1-1 borderを巡って米墨戦争に発展!

そこで、USAが自国の territory を示す為に(Fort Brown) を築いたことにより、メキシコ側がブチ切れて1846年4月24日にメキシコの騎兵隊がアメリカの分遣隊を捕縛したために、USAが5月13日に宣戦を布告しました。

メキシコ側も『上等じゃねえか!』と受けて立ったために、米墨戦争が勃発しました。

結果は、国力に勝る米国が圧勝して、(Mxco は)TexasどころかCaliforniaまで失うハメに...

第3目 双方揺らなかった!border の確定
1-3-1-1 起筆者により territory の変遷が異なるのは

USA と Mexco の territory(実効支配地域)の変遷に関する記述には、

起筆者の立場(所属)の違いによる「見解の相違」が反映されて、

territory を反映した地図もそれぞれの資料で異なる!のです。

1-3-1-2 1848年2月2日調印のグアダルーペ・イダルゴ条約でborderが確定

つまり北米におけるUSAの territory(実効支配地域)と border が明確に文書化されたのは、米墨戦争に勝利して1848年2月2日に調印されたグアダルーペ・イダルゴ条約で、テキサス州・コロラド州・アリゾナ州・ニューメキシコ州・ワイオミング州の一部及びカリフォルニア州・ネバダ州・ユタ州の全域である。今日アリゾナ州とニューメキシコ州を手中に収めて、からのことです。

1-3-1-2 1853年12月30日ガズデン購入契約(条約)で確定

その後今日アリゾナ州とニューメキシコ州の一部分となっている残りの地域は、米墨2国間で、1853年12月30日、にガズデン購入契約(条約)によりテキサス州とメキシコの国境はリオグランデ川とすることが確定し、同時にカリフォルニア、アリゾナ州、ニューメキシコ州とMexcoとの border も確定したわけです。

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公開:2021年9月23日
更新:2025年9月12日

投稿者:デジタヌ

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