狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

河川とワゴン・トレイルの関係《 北米の水路と往還 第4回 》

★第4回 河川とトレイルの関係

第1節 Wagon TrailとはWagon:荷馬車の轍のこと

つまり、Wagonが通行している間に自然にできた"轍"なのです。

西部開拓におけるTraffic route(交通路)の発達は以下のようになります。

step 1 explorer(探検家・先駆者)による河川探検

河川をカヤックなどで遡り、開拓地とそこに至る routeを見つける。

step 2 Pioneer(開拓者)による幌馬車隊

explorerがガイドとなってPioneer(開拓者)達が、幌馬車隊を仕立てて、食料・家財を積み込んだWagonと共に平原(川沿いの平地)を西部に向かって移動する。

step4

適当な、平地部にcamp site(野営地)が出来て、定住した人たちで宿場町?に発展する。

step5

宿場町を繋ぐ駅馬車が走り出す。

step6

District of Louisiana 買収後の西部開拓では、南北戦争中に成立した Pacific Railroad Acts(太平洋鉄道法1862年公布)により、河川沿いの町々を結ぶtranscontinental railroadの建設時代となり、前途したWagon Trailにほぼ沿う形で、町々を最短経路で結ぶ鉄道が敷設されました。

その後、全米各地に"開拓村"が誕生して都市に発展すると、都市間を移動するpassenger も次第に増え、全米を網羅する路線網が形成されて行きました。

step7 

リンカーンハイウェー協会の設立と、その後に続くU.S. Routes "認証制度"の時代となり、自動車の大衆化で都市部においてモータリゼーションが到来すると、

マイカー族が、自動車を用いた遠出(冒険?)にチャレンジするようになりました。

参※

Highwayと言っても日本言のハイウェー:高速道路ではなく、「幹線道路」程度の意味合いで、特に Lincoln Highway

有志がリンカーンハイウェー協会を設立して、各種・各郡で思い思いに切り開かれていたろあどを繋ぎ合わせて、一本のルートとするリンカーンハイウェーの指定を始めました。

その後に続くU.S. Routes はほぼほぼ旧リンカーンハイウェーをなぞった形になっていますが、リンカーンハイウェーは一部区間で私有地(牧場)を貫いていた私道区間もあり、別経路をとっている場合も多く見られます。

★step8 高速道路網の建設

1956年の Federal Aid Highway Act of 1956 の成立で建設推進が決まり、Dwight D. Eisenhower National System of Interstate and Defense Highways の建設が始まりました。

第2節 初期の High way と舗装路

舗装技術が発達していなかった当時は、舗装路と言ってもレンガ舗装!

更に、都市部を一度離れると、ラフロード、ダート(馬糞路?)で...

晴天時には土埃、雨天時では"ぬかるみ"になり、

自動車での旅行は開拓当時の大冒険に近い環境でした。

★第1項 USAでは infrastructure 建設事業は事業団主体で...

USAでは、canal、にしろ鉄道にしろ、"交通事業"は企業(事業団)が主体で、お人好しの日本のように"国直轄の国道・や国鉄は存在していませんでした!

つまり Pacific Railroad Acts やそれ以前の各個別の Canalnikannsuru Acts も全て、融資又は・補助金で税金投棄!は行われていません。

第1目 リンカーンハイウェーはホボほぼ trail !のまま

なので、最初のリンカーンハイウェイも、州道であったり、郡道であったり、時には一般私有地(牧場)を通り抜ける"私道"であったりしました。

その後1926年に United States Numbered Highway System でU.S. Routes "認証制度"が出来ましたが、道路に対する技術規格が主体で、建設に関する支援制度はxxACT(特別立法)となっています。

なので、USAの、鉄道、一般道、自動車専用道は同じような経路をたどっているわけです。

但し、オレゴントレイルでも見られるように、河川沿いに敷設された鉄道や、一般道とかけ離れた"最短経路"に当たる峠をトンネルなどでショートカットしている場合もあり、後述するオレゴントレイルが、必ずしも80号と同じルート上にあったわけではありません。

第2項 オレゴントレイルは多数存在した

更に、英文 Wikipedia にもあるように、オレゴントレイル は一本道ではなく!

多数のワゴントレイルlの総称であり、よく使われていた経路も、

開拓者の目的地が当初のオレゴンから、ゴールドラッシュで沸くカリフォルニアに変化した以降は、ロッキー山脈越えなどの色んなルートが出来て、

通行料をとる「有料のトレイル」が建設された区間も多数存在しました。

なので有名なドナー隊(ドナー峠)の悲劇なども生まれたわけです。 

第1目 往還・街道は国家の所有物では無い!

つまり日本では往還(おうかん)は、昔から"お上"が建設して「お上の所有物」だという考えがありますが。

自由世界では、"特定の(痴呆)利用者"に狙いを仇メタ「事業者の儲けの手段」としての"インフラ事業"への投資は、

事業者が行うもので、投資資金回収は「事業者の自助努力で行われるべき!」と言う観念が定着しています!

2-1-1 USAでは organization は為政者集団ではない!

日本では「たとえ特定の事業者」の利益に繋がろうが、公共投資はお上が行う事業で、道路はお上のもの(国道)で、鉄道もお上が貸し与える物という考えが定着していますが。

これは、お上の存在が民衆とはかけ離れた為政者・支配者という前提に立ち、"国民の代表・取りまとめ役」と言う観念が無いためでしょう。

アメリカの政府は元々絶大な権力(資金力)を抱えっ込んでいる組織ではなく! 日本と違って各州の"上納金"(供託金)で賄われているので、「州内のことは州内で片を付けてくれ」と言う基本スタンスの表れでもあるわけです。 1956年の Federal Aid Highway Act of 1956 の成立で建設推進が決まった Interstate Highway System も、 全額国庫からの投棄ではなく、建設主体(各州)への"支援"に過ぎないわけです。 そうでないと、直接利便を享受できない「沿道と関係ない国民」から不満が起こるわけです。 なので、各地に「限られた地域利用者に向けた有料道路」が存在するわけです。

2-1-2 日本は共産主義?

つまり"共産圏"同様に鉄道・道路は国家が作るものと言う概念があるのでしょう

但し共産圏の中国でも、ダム、鉄道などの公共物は国家;(1権力者者のものではなく)"国民の財産"で、という考えであり、裏を返せば、鉄道の借金は"全国民の借金"となり、全国民が"投資家"に対する債権(支払い義務)を持つことにもなるわけですが...

2-1-3 Canal も有料施設!

Canal も基本的に、通行料(閘門使用料)がかかる有料施設!です。

なので、当初は"運河会社"が「直営の」旅客鉄道事業で稼いでいたわけです。

東海岸の東回廊はほぼ全線 Amtrak が所有していますが、その他の Amtrak 営業路線は、 "他人のフンドシで商売"をする"、日本で言うところの第二種鉄道事業で、現在建設中(一部部分開業)しているフロリダ半島の Brightline は、オール民間による事業です!。

Texas Central Railway も勿論民間事業です。

続きはこちら

※ここをクリックするとこの Content の Opening に戻れます!

※ここをクリックすると"要約"付き Category Top menu table に戻れます!

 

公開:2021年9月23日
更新:2025年9月12日

投稿者:デジタヌ

西部開拓時代に入り大拡充された運河網!《 北米の水路と往還 第3回 》TOPオレゴン・トレイルが果たした大きな役割《 北米の水路と往還 第5回 》


 

 



▲交通発達史へ戻る

 

ページ先頭に戻る