『タヌキがゆく』狸穴ジャーナル

我が町 柏原市 で長年に渡った 市街地無改造の悲劇?

今日(2006年3月7日)久しぶりに河内国分駅前に出かけて見た

ウィークデーの昼間に国分に出かけるのは一昨年に帰郷したとき以来である。

合同会館から駅ビルにかけての165号沿いはかなりの人と自転車で歩き辛いぐらい。

昼間の3時前だというのにライフが出店している駅前ビルはかなりの買い物客で賑わっていた。

この時間いわゆる"爺婆"が大半ではあるが、歩いて買い物に行けるところに商店街がある事もあり、

『駅前空洞化』"どころか河内国分駅周辺市街地では"30年前に比べて"見違えるような発展"を遂げたように感じた。

別日、柏原駅前柏原公民館に所用があり出かけてみたところ...

嘗て賑わっていたはずの、大県通り商店街が...、駅前のダイエー(この後ダイエーは撤退し別系列の食料品専門スーパーが営業しています)が...JR線路沿いの公設市場が...

一体何が、栄枯盛衰を分けたのか

以下に分析してみると。

第3節第1項 河内国分駅前では

そこで河内国分駅前躍進の秘密を筆者なりに分析してみたら以下の条件がすべてそろっていました!

まず成功例にみられる共通点をあげると。

①アンダーパスや自由通路の整備

アンダーパスや自由通路等により何らかの立体化がなされ、駅周辺で車・人の流れを遮ることなく、線路で町が分断されていない。

②駅の建設以前からすでに"町並み"があった

近くに古くからの街道があり駅の建設以前からすでに『町並み』があった。

又は現状居住地に囲まれている。

※一般的に

私鉄は市街地を選んで通っていたり沿線開発に積極的であり、私鉄駅周辺がこの条件を満たしている場合が多い。

これに反して旧国鉄時代、特に鉄道壮明機に出来た官設の駅は市街地をさけて作られている場合が多いあ。

又最近出来た駅でも市街地から遠く離れた所に突如出現した様な駅も多い。

為に周辺住民が元々少なく空洞化しやすい。久喜駅はこの例であろう。

③速達列車が停車し、バスとの乗り換えハブポイントに成っている

快速、急行等のが停車し"駅前"がコミュニティー域内ローカル交通であるバス等のローカルアクセスとの"乗り換えハブ駅"に成っている。

駅前市街地改造に積極的

地元が、個人の"エゴ"をむき出しにせず、駅前市街地改造に積極的に協力した。

以上のようになる。

そこで、"旧柏原町エリア?"に目を向け柏原駅周辺、堅下駅周辺はどうかというと

第3節第2項 柏原駅周辺、堅下駅周辺 では

前節①については、府道の延伸計画、駅の橋上駅化事業等で何とかクリア出来そう。

前節②についても、条件を満たしており問題なし。

柏原駅は 旧奈良街道 に隣接しており元々市街地に隣接して開設されている。

これは関西線が元は"私鉄"の"大阪鉄道・関西(かんせい)鉄道"にその起源があったからでありラッキーであるとしか言いようがない。

この点に関しては多少条件は悪いが堅下駅もしかり。

③についても、地道な働きかけで何とかなりそう。

(現状でも相当数の利用客がいるはず?)

しかし最大の難関は

これが~,,,,,,!?納得のいかない方は、一度次項の河内国分駅周辺を訪れてお金を落としていって欲しい!?

 

公開:2006年3月 7日
更新:2019年9月24日

投稿者:デジタヌ

"ミチャポン"が思う未来の柏原 ーシリーズ「何とかしようよ我が町柏原」2006-7TOP利冷え~るホール を "熱く"するには...《 エンサイクロペディア・河内苑 2006 》


 

 



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