伊達軌道が走っていた伊達市のこれまでの歩み《 福島交通 第2回 》
第1項 伊達郡の発展と共に
幕末からの"♥養蚕業"による好景気に後押しされ、明治後期の1908年7月13日に信達軌道(しんたつきどう)(現福島交通の始祖)により『軽便軌道』が敷設され、1922年(大正11年)には現・伊達市域のほぼ全域と隣接の桑折町、現飯坂温泉にまで至る『広域トラムネットワーク』(福島交通飯坂東線)が完成し旧伊達郡の Traffics の柱となっていました。
詳しくは、個人サイト福島交通軌道線廃線跡ウォーキング-2023-08-16をご参照ください
第1目 最盛期には福島⇔長岡間(伊達)15分間隔!所要時間34分
最盛期の1934年当時に亜h、福島 ⇔長岡間は15分間隔(5 → 22時運転で早朝深夜は30~ 60分間隔)所要時間34分で、その他の支線でも30 ~60分間隔で運行されており、福島 ⇔長岡間34分、福島 ⇔保原間50分、福島⇔梁川間1時間12分の所要時間で結んでました。
当時東北本線は既に国有化されていましたが、1961年!までこの区間の非電化!で、
1日数本!程度しかない国鉄の汽車通列車の運行に比べ♥遙かに便利で役に立ってました。
第2目 廃止の波が...
1-2-1 長岡ジャンクション⇔湯野町間の廃止
1967年 聖光学院前⇔湯野町間(飯坂温泉)間営業廃止!に伴い。長岡分岐点⇔伊達駅前間の旅客運輸営業も廃止!したために国鉄からの乗り換えが不便になり増した。
1-2-2 1969年当時福島駅前⇔保原は12往復も
廃止2年前の1969年(昭和44年)4月当時ですら福島駅前 ⇔長岡分岐間は日中15分間隔運転でラッシュ時間帯は増発も行われ、福島駅前 ⇔保原間で12列車の折り返し運転が設定されていました。
当時23両あった電車のうち22両が稼動し予備車両が無い♥フル稼働に近い盛況ぶりでした。
1-2-3 その後の道路整備!でマイカーが急増!
その後の急速な道路舗装(※10)で、マイカーが急増!し、道路渋滞が日常化!し、併用軌道を走っていた「馬面電車」は定時運行が困難となり!
更に競合する東北本線の電化!により「国電」の大増発で利便性が一気に上がり、利用者が国電に流れ!福島交通飯坂東線(軌道線)は1971年に全線廃止!となり増した。
参※10)当サイト関連記事 道路整備の進展と鉄道事業の衰退《 電気軌道・軽便鉄道・森林鉄道 第4回 》 はこちら。
第2項 明治維新後の鉄道網の発達と伊達市
1887年(明治20年)12月15日:日本鉄道(後の国鉄→現JR東北本線)郡山 - 塩竈(後の塩釜線塩釜港)間開通により上野(東京)仙台間開通。福島駅、桑折駅開業。
1889年(明治22年)4月1日 町村制施行で長岡村、梁川町、保原町、掛田村、小手川村、など現市域に当たる20町・村が誕生。
1895年4月1日 旧長岡村に旧・長岡駅開業。
1898年(明治31年)1月19日 掛田村が町制施行して掛田町となる。
1906年(明治39年)11月1日:日本鉄道が国有化される。
1908年 7月13日 福島駅前 - 十綱(現飯坂温泉)間、旧・長岡駅(現JR伊達駅近傍)ー保原間に信達軌道(しんたつきどう)(軌間762mm軽便軌道)開通
1910年(明治43年)6月18日 ( 大日本軌道旧)梁川 - 梁川間延伸により保原ー梁河間全通
1911年(明治44年)4月8日 - 保原 ー掛田間開通。
1914年 旧国鉄長岡駅が伊達駅に改称。
第2目 伊達市広域LRT網の完成
1922年(大正11年)4月17日 信達軌道・保原 - 桑折(東北本線)間開通。現伊達市域広域LRTネットワーク完成!
1926年(大正15年)4月6日 - 福島駅前 - 長岡(現JR伊達駅近接) - 湯野町(現飯坂温泉)間を狭軌(軌間1067mm)に改軌・電化(直流750V架空単線式)し電車運行開始。同年12月21日 - 保原 - 梁川間を改軌・電化により長岡(現伊達)-梁河間 全線改軌・電化完成。
1927年(昭和2年)6月28日 桑折 - 保原間及び掛田 - 川俣間の両線(軽便軌道)廃止。
1928年(昭和3年)1月1日 小手川村が町制施行して月舘町となる。
1937年 伊達製鋼(現三井ミーハナイト・メタル)伊達駅近傍に創業。
1940年(昭和15年)4月1日 長岡村が町制施行して伊達町となる。
1957年(昭和32年)1月1日 伏黒村が町制施行して新伊達町発足。同年、旧保原町の保原駅南側工業団地に富士通アイソテック創業。
1961年3月1日東北本線 福島 - 仙台間交流電化。
1967年(昭和42年)9月16日福島交通・ 聖光学院前 - 湯野町(現飯坂温泉)間、長岡分岐点 - 伊達駅前間の旅客運輸営業を廃止。
1971年 福島交通飯坂東線全線廃止。
第3目 高速道路とトラック輸送への物流の転換
1975年4月1日 東北自動車道郡山IC - 白石IC間開通により仙台南ー岩槻IC.間全通。同時に隣接国見町に見IC.完成。首都圏とつながり、物資の流れが鉄道からトラック輸送に転換されて行った。
1985年4月、旧柳川町「市民の森」として「現やながわ希望の森公園」開園
1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道誕生。
1988年(昭和63年)7月1日 阿武隈急行線 福島 - 丸森 (37.5km) が延伸開業&電化(交流50Hz・20kV)で全線開通。
東北本線・郡山 - 富野間(旧柳川町域)で相互直通運転開始。
旧富野村(旧梁川町域)最北部にあたる舟生(旧舟生村内)に兜駅が開業、国道349号線に頼っていた阿武隈川沿いの集落の首都圏・福島方面へのアクセスが改善された。(2018年4月14日現在無人駅)
2006年(平成18年)1月1日 伊達町、梁川町、保原町、霊山町、月舘町が合併して伊達市誕生。
2011年(平成23年)3月11日 - 東日本大震災が発生。伊達市で震度6弱を観測。
当初は旧・日本鉄道(現JR東北本線)の路線は現「阿武隈急行線」のルート上に計画されていた!
福島交通飯坂東線全線廃止から17年後の1988年(昭和63年)7月1日 に阿武隈急行線が全線電化で開通し郡山から、梁川駅の2つ先の富野駅までJRと相互乗り入直通運転されるようになり1887年12月15日の日本鉄道(現東北本線)完成以来実に99年ぶりに悲願が達成された。
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公開:2016年10月29日
更新:2025年7月12日
投稿者:デジタヌ
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