タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

大分市《 タウンレビュー 》

大分市のあらまし

推計人口、478,537人/2017年10月1日

大分-(大分空港)ー(羽田空港)ー品川 3時間52分/35,750円 /バス/ANA/京急

大分県沿海部のほぼ中央に位置する県庁所在地で、人口は、九州で福岡市、北九州市、熊本市、鹿児島市に次ぐ第5位で、大分県内の人口の約40%が集中する人口約70万人の「大分都市圏」を形成しており中核市に指定されている。

高度経済成長期に、鉄鋼業、化学工業などの重化学工業の進出に伴い工業都市として急成長し、近年では電子工業の立地が進んでいる。

大分市の歩み

現在の市域は、かつて大分郡及び北海部郡(明治初期までは海部郡)に属していた。

古くは豊後国の国府が置かれ、府内(ふない)と呼ばれた。中世には大友氏の城下町として発展し、戦国時代にはキリシタン大名大友義鎮(宗麟)の庇護のもと、日本におけるキリスト教布教の中心地となり、南蛮文化が花開いた。

1601年(慶長6年)、関ヶ原の戦いの戦功により竹中重利によって府内藩(大分藩)が誕生。

1607年(慶長12年) 居城が完成、、後の繁栄の基となる城下町が整備され豊後最大級の城下町となった。

※江戸時代幕末時点では、現在の市域に、府内藩領地のほかにも臼杵藩・岡藩・延岡藩・熊本藩・幕府の領地が点在していたが、このことが以降の「府内エリア」の複雑な統合・分離(他自治体への編入)の歴史を経る要因の一つとなった。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、大分郡に旧・大分町及び現市域の36町村が発足する。

1907年(明治40年)6月1日 - 西大在村と東大在村が新設合併し、大在村となる。- 佐賀村、市村が合併し、佐賀市村(旧・坂ノ市町/1920年)が発足。

1911年(明治44年)4月1日 - 旧・大分町が市制施行し、旧・大分市となる。

1954年(昭和29年)鶴崎町他4村が新設合併・市制施行し、鶴崎市となり、4村が新設合併し、大南町となる。

1955年 佐賀関町・他2村が新設合併し、新・佐賀関町となる。
1955年7月1日 - 旧・大分市が鶴崎市の一部、挾間町(現・由布市の一部)の一部を編入する。
1957年(昭和32年)4月1日 - 新・大分村の一部地域が分離され挾間町に編入され、大分村が町制施行し新・大分町となる。
1959年(昭和34年)2月1日 - 野津原村が町制施行し、野津原町となる。
1963年(昭和38年)3月10日 - 大分市・鶴崎市・大分町・大南町・大在村・坂ノ市町が新設合併し、新・大分市となる。
2005年(平成17年)1月1日 - 北海部郡佐賀関町・大分郡野津原町を編入し現在の市域となる。

 

公開:2016年11月 1日
更新:2018年11月24日

投稿者:デジタヌ

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