タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

奈良市《 タウンヒストリア 》

奈良市とこれ迄の歩み

平城京が置かれた古都であり、天平文化が花開いた地として知られる、奈良県の県庁所在地。
推計人口、355,989人/2018年4月1日。

大和西大寺駅-(京都)ー品川 2時間40分/14,980円/近鉄特急-新幹線/541.4km

同時に奈良盆地の北端にも当たる。市東部は大和高原の一部をなし、標高300mから600m級の高地が続き市街の北は古代に平城山(ならやま)と呼ばれた丘陵地帯で京都府と接している。

奈良市のこれまでの主立った出来事

日本史に登場するのは都が藤原京から平城京に遷った710年にから。その後、何度か短期間の遷都があったものの長岡京に遷る784年まで、この地が日本の中心となっていた。

長岡京への遷都後も、東大寺や薬師寺、興福寺などの仏教寺院勢力がこの地域に残り、「南都」と呼ばれた。

中世になってからも、興福寺が大和守護職に任じられるなど、広大な荘園を有する仏教寺院勢力は依然として影響力を保持していた。室町時代から戦国時代にかけて、大和武士団が実効的な支配を行うようになったために、大寺院の勢力は衰えた。

江戸時代には奈良奉行が設置され、江戸幕府の直接支配下に置かれた。

現在の市域の南部は津藩の飛び地(古市町付近)、同じく北東部は柳生藩の領地となっていた。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、添上郡奈良町・他11村域で奈良町が発足と同時に西大寺村その他5村が合併し伏見村も誕生。

1892年(明治25年)2月2日::大阪鉄道 (現・JR関西線)湊町駅 - 奈良駅間が全通。

1898年(明治31年)2月1日 - 添上郡奈良町が市制施行して奈良市となる。

1914年(大正3年)4月30日:生駒トンネルの開削により大阪電気軌道(現近鉄)上本町駅 - 奈良駅間が開業。

1923年(大正12年)3月21日:大阪電気軌道(現近鉄)平端駅 - 橿原神宮前駅(現在の駅とは別)間が開業で大和西大寺 - 橿原神宮前駅間開通。

1928年(昭和3年)11月15日:奈良電気鉄道により、京都駅 - 西大寺駅間(現在の京都線京都駅 - 大和西大寺駅間)が全通。

太平洋戦争中は、京都とともに大規模な空襲(1945年に小規模空襲有り)を受けなかったため、多くの文化遺産が残された。

1950年(昭和25年)7月1日 - 伏見村が町制施行し、生駒郡伏見町となる。 

1955年(昭和30年)3月15日 -周辺5町村とともに奈良市へ編入され、奈良市の一街区となる。

1958年12月25日 阪奈道路が有料道路として開通。(1981年12月25日、一般道として無料化)

1964年7月23日:近鉄新生駒トンネル運用開始

1965年12月16日 名阪国道(国道25号線バイパス)開通(天理-亀山間)

1969年3月21日西名阪自動車道開通。(天理-松原間)

同年12月9日:奈良線近畿日本奈良駅と付近の併用軌道部分の地下化完成。

1970年3月15日:難波線開通。奈良線近鉄難波駅乗り入れ開始。

2005年4月1日 平成の大合併で都祁村・月ヶ瀬村を編入し1923年4月の佐保村を編入いらいの周辺町村を編入合併のすえ現在の市域となる

2009年3月20日:阪神なんば線が開業し同線と直通運転(奈良ー神戸三宮間)開始。近鉄難波駅を大阪難波駅、上本町駅を大阪上本町駅に改称。

 

公開:2016年11月 3日
更新:2019年9月27日

投稿者:デジタヌ

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