タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

和歌山市《 タウンヒストリア 》

和歌山県・和歌山市のあらまし

紀伊半島の南部を占める和歌山県の北部に位置する県庁所在地の和歌山市は紀の川の河口に位置し、中心市街地は左岸に形成されている。

かつて江戸時代には御三家のひとつである紀州徳川家が治める紀州藩の城下町として栄えた。

和歌山県;推計人口、944,320人/2017年10月1日

和歌山市;推計人口、360,000人/2017年10月1日

和歌山市ー(新大阪)ー品川 3時間51分/16,050円/JR在来線ー新幹線/621.9㎞

※参考

白浜駅ー(白浜空港)ー(羽田空港)ー品川/3時間16分/33557円/バスーJ・airー京急

和歌山県

近畿地方では唯一、ここ40年間の国勢調査(1970年-2010年)で人口減となっている県であり、他の2府4県がいずれも15%~40%の高い伸びとなっている中で顕著な特徴となっている。

近年、県の経済基盤を支えてきた新日鐵住金和歌山製鐵所、海南地区の石油化学産業などの大幅な規模縮小の影響を受け人口減少が大きな問題となっている。

半面県全体としては農業・漁業・観光産業への依存が高く、有名な白浜温泉、串本町、那智勝浦、新宮市など多くの観光地を抱えている、特に白浜温泉は近年の高速道路網の整備などにより外国人観光客などを中心に人気が復活している!

和歌山市

和歌山市も1985年の401,352人をピークに年々人口が減少し前回2015年国勢調査で37万人に大台を割り込み現在36万人まで落ち込んでいる、典型的な1地方都市となっている。

一方で大阪市の属州化?ストロー現象により和歌山市で人口減少が続いている一方で、岩出市、橋本市など大阪市のベッドタウンとして顕著な人口増を続けている都市も見られる。

郊外型大型ショッピングセンター(主にオークワ系)の相次ぐ出店により、郊外化など人の流れに大きな変化が起き、和歌山市の中心部にある「ぶらくり丁商店街」は、地元老舗百貨店「丸正」が自己破産となり、大丸、ビブレなど集客力の高い店舗が相次いで閉店しいわゆるシャッター通りと化している。

このため市は構造改革特別区域法を利用して規制緩和を行い「ぶらくり丁」への人の流れの回帰に躍起になっている!

(なんでこだわるの?アーア...!)

和歌山県のアキレス腱はアクセスの悪さ?

和歌山県の、アキレス腱は「アクセス」の悪さにあるのではないか?...と小生は考えている。

嘗て海運が主流であったころは、「紀伊国屋文左衛門」伝説にみられるように、「南回り回船」で、天下の台所「なにわ」から、江戸に大量の物資が輸送されていたころは、紀伊半島の海岸沿いに幾つもの港を擁する紀州は交通の要所であったが、明治に入り貨物輸送の主流が鉄道輸送に変わると、完全に国内物流網からはずれ、発展・繁栄から取り残されてしまった?

事実・今となっては、海岸線を縫うように走り、為に「速達性」というメリットから見放された?紀州本線(きのくに線)ですら全通したのが昭和30年代。

世の中の人の流れは「あっという間」に、新幹線の時代に、そして物流は北海道から九州鹿児島まで貫いた「高速道路網」を利用した「トラック輸送」へ...。

紀州は、発展から取り残されてしまった?

なにわ筋線の開通が...

小生は現在進行している「なにわ筋線計画」の去就は「紀州再生の鍵」を握っているように感じている。

東北各地には申し訳ないが、温暖で台風・大雨以外の自然災害が少ない、紀州は年間を通じて、製造業にも、IT産業にも最適の環境ではないかと考えている。

高速道路(自動車専用道)網は遅ればせながらも、着実に伸びており「モノの流れ」は各段に進歩してきている。

急いで作った間に合わせの「きのくに線」がネック?

昭和期に入ってやっと全通した紀州本線だが、時は既に「モータリゼーション」の時代に突入しようとしていた。

しかも、全通までには時間がかかったが、比較的新しく開通した区間も含め、前途したように「線形」が悪過ぎ、中央西線同様に高速化が容易ではない!

為に、大阪ー敦賀間と大差ない、大阪ー白浜間の到達時間が2倍ほども違っている!

為にこの区間は最近開通した自動車専用道を使った「高速バス」が圧倒的に早く、しかも安い!

しかし、地元民周知の事実であるが、夏休み期間中の週末、盆暮れ、ゴールデンウィーク、シルバーウィーク、などの繁忙期には、この区間は大渋滞の連続となり、「JR普通列車並み?」に時間を擁してしまう結果となっている。

それにしても、和歌山市ー新大阪間の人の流れの不便さは極めつけで、優等列車(特急)以外は少なくとも1度の乗り換えを強要され、しかも時間がかかる!

「なにわ筋線」開通がもたらす計り知れない紀州経済振興効果!

「なにわ筋線」は大阪市民にとってはさほどのメリットどころか、出費(建設費負担額)の方が大きいが、難波・天王寺駅以南の、泉州・紀州の住人にとっては長年の悲願?「新幹線新大阪駅との直結」が叶う訳で、特に和歌山に製造拠点を持つ企業にとっては、計り知れないメリットがあると思われ、合わせて、ストロー化現象で、働き手の大阪流失に悩んでいる、地元各自治体企業にとっても「大きな福音となることは間違いない」と考えられる。

(※関連記事はこちら)

和歌山県・和歌山市のこれまでの歩みと主な出来事

古代からの名勝地「和歌浦」に対して、秀吉が「和歌山」と命名したことに由来すると伝えられている。

1585年(天正13年) - 豊臣秀吉の命を受けた豊臣秀長により和歌山城築城が開始。
1600年(慶長5年) - 関ヶ原で徳川氏に味方した浅野幸長が紀伊国和歌山37万6,000石で和歌山城に入城。
1619年8月28日(元和5年7月19日) - 徳川頼宣が紀伊和歌山55万5,000石で和歌山城に入城し、紀州徳川家を創設。

1871年(明治4年)8月29日 - 廃藩置県により和歌山県設置

1879年(明治12年)1月20日 - 郡区町村編制法の和歌山県での施行により、名草郡・海部郡和歌山城下の区域をもって和歌山区が発足。
1889年(明治22年)4月1日 - 市制の施行により、和歌山区の区域をもって和歌山市が発足。1933年(昭和8年)6月1日 - 和歌浦町ほか6町村を編入。

1900年(明治33年)11月25日:橋本駅 - 粉河仮停車場間が延伸開業(13M44C≒21.81 km)し、和歌山線王寺駅 - 和歌山駅間が全通。

1903年(明治36年)3月21日:紀ノ川橋梁が開通し南海電気鉄道・南海難波駅 - 和歌山市駅間が全通。

1915年(大正4年)3月11日:紀見トンネル開通で現南海高野線 塩見橋 - 橋本駅間が開通。

1930年(昭和5年)6月16日:和泉府中駅 - 阪和東和歌山駅間 (40.3 km) が複線電化で延伸開業し阪和線全通。

1940年(昭和15年)2月1日 -から1959年にかけて周辺 21町村を順次編入。
1959年(昭和34年)4月1日 - 紀伊村を編入し現在の市域となる。同年7月15日:三木里駅 - 新鹿駅間 (12.3km) が開業し亀山駅 - 和歌山駅(初代)間紀勢本線全通。

1968年(昭和43年)4月 - 和歌山県営南紀白浜空港開港

1974年(昭和49年)10月25日 : 阪南IC - 海南IC間 開通(全線4車線)。

1979年 和歌山市民会館 完成

1993年(平成5年)9月25日 : 堺IC - 岸和田和泉IC間 開通(全線4車線)で吹田IC-海南IC間が一本で繋がる。

1997年(平成9年)4月1日 - 和歌山市が中核市に指定。
2004年(平成16年)7月7日 - 「紀伊山地の霊場と参詣道」がユネスコ世界遺産に登録(7月1日に登録が決定)同年10月16日 : 一般国道42号湯浅御坊道路(現阪和自走者道)の広川南IC 開通

2007年 - 「和歌山市中心市街地活性化基本計画」が内閣総理大臣によって認定、同年11月11日 : みなべIC - 南紀田辺IC間 開通(暫定2車線)で阪和自動車道大阪・松原ICー 南紀田辺IC間全通!
2015年(平成27年)7月12日 : 南紀田辺IC - 南紀白浜IC間 開通。(これにより名神吹田IC-南紀白浜IC間が一本で繋がる!)

2017年(平成29年)3月18日 : 紀北西道路・岩出根来IC - 和歌山JCT開通し、紀北西道路全線開通し橋本IC-和歌山JCT間京奈和自動車道開通。

 

公開:2016年11月 3日
更新:2019年8月 4日

投稿者:デジタヌ

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