狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

航空郵便から始まった民間航空《 Airport ー前書きー》

前書き 航空郵便から始まった民間航空

Airplane の黎明期はAutomobile の黎明期とも重なっており、Highway(幹線道)も未舗装!で、舗装されていても"レンガ舗装"が主流で、コンクリート舗装や、アスファルト舗装などはずっと後年(20世紀初頭)になってからです。

第1項 空路の発達を促したアメリカ

アメリカでは都市が最初にあったのでは無く!

アメリカ入植以来、入植者が大河川沿いに奥地に分け入り、開拓の拠点と成るTown が生まれ、Town 間を行き交う wagon(荷馬車) や stagecoach(駅馬車)が通る trail (轍)は、整備された road ではなく「けもの道」に近い rough road(でこぼこ道)でした。

雨が降ると「ぬかるみ」お天気には土埃が舞う rough road だったわけです。

第1目 Aoutomobile 出現後も

★Video1

そして automobile が出現して、old wagon Trail がほぼそのままの形で Lincoln Highway に指定されて、その後、Federal Aid Highway Act of 1956 の成立でLincoln Highway を置き換える形で、、Interstate Highway System(Dwight D. Eisenhower National System of Interstate and Defense Highways)として Interstate 80 and Interstate 84 が建設されています。

第2目 大型建設機械の登場で

蒸気機関!による大型建設機械の誕生で、旧 trail が立派な舗装道路(※21)に改修されて、モータリゼーションの激流が流れ出して、passenger traffic (パーソナルユース)は次第に automobile 利用に代わって行ったのです。

参※21)舗装と言っても、アメリカでは当初はレンガ道でその後は長年コンクリート舗装の時代が続き、アスファルト舗装が一般化したのは、Paver (アスファルトフィニッシャー)が実用化された1938年に Barber Greene Co が特許を取得して生産に乗り出してから以降のことです。

当サイト内関連記事 実は一般道の舗装率と深い関係がある「モータリゼーションの激流!」 はこちら。

第2項 郵便飛行機として発達した民間航空

第1目 複葉機の時代に始まった定期"航空路"

民間航空の登場当初は複葉機による郵便輸送が主な業務でした、つまり航空路は"航空貨物"から発達したのです。

第2目 B-247 登場以前は軽飛行機が主流だった

つまり当初は、郵便飛行機!が利用する landing strip (離着陸路)を持つ小規模な airplane field(飛行場)しか無かったのです。

2-2-1 旅客機に先鞭をつけた B-247 

軍事目的以外で、初めて旅客機の可能性を示したB-247ですが...

軽飛行機同様のオープン型キャビンには空調も無く、おまけにものすごい騒音!で、高額運賃の割には comfort(快適性)でも無く!、まだ長距離旅客便は無理!で、前途した様に郵便貨輸送が主体でした。

第3目 DC3と空港黎明期

エポックメイキングとなった Douglas DC-3 を、1936年9月のAmerican Airlines(アメリカン航空)が1936年9月に定期航路に就航させて"旅客空路"が全米各地に広がり、次第に空路が中・長距離の passenger traffic(旅客事業)の主流になっていったのです。

2-3-1 空港黎明期

DC3の登場で、アメリカ各地にそれまでの landing strip (滑走路) を備えた airplane field(飛行場)から本格的ranway(滑走路)を備えた airport(空港)が整備されだしましたが...

2-3-1-1 DC-3

航空旅客に革新をもたらしたDC3ですが、航続距離も短く、更にB247同様空調も無いオープン型キャビンでは、快適とは程遠く!、まだ長距離旅客便は無理!で、

つまり、Economical(経済性)を持ち合わせているともいえず、まだまだConvenience(利便性)が確保されているとは言えない状況でした。

なので、暇人の裕福層や、余程忙しいビジネスマンでもない限りは「態々乗り継いで迄」飛行機を利用する旅人は数少ない!存在でしたが、着実に空路の時代は迫っていました。

第3項 デンバーでは

例えば現在米国内有数の大空港デンバー国際空港を持つ Denver では、1929年10月17日に旧 Stapleton International Airport(デンバー市営空港)が開港しました。

新空港建設で、1937年に United Airlines (航空郵便)がB-247で、Continental Airlines (航空郵便)が当時最新鋭のDouglas DC-3で地方便を開設し、American Airlines が1939年に全米に"旅客空路"を開設するようになって、空港施設が充実しだしました。

第1目 戦時中の1944年に拡張されて Stapleton International Airport に

Front Range urban corridor の交通の要衝デンバーでは、折からの第2次大戦も絡み!空輸の伸びと共に airport の拡充が成されました。

終戦間際の1944年には拡張されてStapleton International Airportに改名して、レシプロ大型(爆撃)機の離発着が可能!となっていました。

第2目 第2次大戦後の1947年にはDC7が長距離空路を

第2次大戦終戦後の1947年に登場した究極のレシプロ大型機DC-6(DC7)が大成功をおさめ、大西洋空路などの長距離国際線で大活躍しだしました。

最早大西洋横断も太平洋横断も航空機の時代に突入していました、更にアメリカ国内の大都市間を結ぶ中距離・国内線にも就航しだしました。

第3目 1955年に革新的なジェット旅客機B-707が登場

更にアメリカン航空が1959年1月25日に Boeing 707 で、初の大陸横断ノンストップ空路を開設して、アメリカの都市間 Passenger transportation は一気に空路の時代!となったのです。

そして20世紀の終わり1995年2月28日Denver International Airport が開港!

しました。

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公開:2025年9月 8日
更新:2025年10月13日

投稿者:デジタヌ

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