壮絶なシェア争い!を生き抜いた琴平線《 高松琴平電気鉄道 第3回 》
第3回 壮絶なシェア争いを生き抜いた琴平線
第0項 高松⇔琴平は一大 corridor だった!
琴平線開業(1926年12月21日)当初の、高松⇔琴平間は4社!が犇めく、一大 corridor でもありました。
更に宇高連絡船が開業するまでは、金毘羅詣で(本四ルート)は丸亀港・多度津港がその役割を担っていました。
※本州側は下津井電鉄の下津井港。下津井港は古くから風待港として栄えた港町で、下津井 ⇔丸亀間航路は航路が短いことから本州と四国とを結ぶ「四国往来」と呼ばれる主要ルートの一部とされ、金比羅参りの人々などが古くから多く利用していました。
第1目 先鞭をつけた讃岐鉄道!(国鉄土讃線・予讃線)
- ●1889年(明治22年)5月23日:讃岐鉄道により丸亀駅 ⇔ 多度津駅 ⇔琴平駅間開業。
- ●1897年2月21日:丸亀駅⇔高松駅 間延伸開業(高松⇔琴平間開業)
- 1904年12月1日:山陽鉄道が買収。
- 1906年12月1日:山陽鉄道を国有化。
- 1909年10月12日:国有鉄道線路名称制により高松駅 ⇔ 多度津駅 ⇔ 琴平駅間が讃岐線となる。
- ●1910年6月12日宇野線開業で、山陽汽船商社が開設していた、多尾連絡船(尾道 - 多度津間)及び、岡山 - 高松間航路が統合されて、宇野⇔ 高松間の航路が開設されました。
- 1913年(大正2年)12月20日:(現予讃線)多度津駅 ⇔観音寺駅間延伸開業
- 1916年4月1日:(現予讃線)観音寺駅 ⇔川之江駅間延伸開業。
- 1917年9月16日:(現予讃線)川之江駅 ⇔伊予三島駅間延伸開業。
- 1919年9月1日:(現予讃線)伊予三島駅 ⇔伊予土居駅間延伸開業。
- 1921年6月21日:(現予讃線)伊予土居駅⇔ 伊予西条駅間延伸開業。
- 1923年5月1日:(現予讃線)伊予西条駅 - 壬生川駅間が開業。讃岐線から讃予線に改称。
- 10月1日:(現予讃線)壬生川駅 ⇔伊予三芳駅間延伸開業。
- 12月21日:(現予讃線)伊予三芳駅⇔伊予桜井駅間延伸開業。
第1項 琴平線のアウトライン
他の2路線とは異なり、地元有志により 地方鉄道法(1919年8月15日施行)に下ずく InterCity として生まれました。
第1目 讃岐平野の新幹線!として生まれる
1910年6月12日の宇高連絡船の開業で、四国の玄関口が、高松港(高松市)に移りました。
そして前途した様に、前年10月に開業していた、高松駅 ⇔ 多度津駅 ⇔ 琴平駅間の讃岐線が、金毘羅詣でのメインルートとなりました。
後述する、琴平参宮電鉄、琴平急行電鉄線は多度津、丸亀両港の失地回復!を狙って敷設された鉄道です。
1-1-1 生い立ち
国鉄讃岐線が、金毘羅詣での大役を担っていたわけですが...
上記の通り、現予讃線が延伸されるたびに、比重(運行便数)は現予讃線が主体となり、
現土讃線の延伸が遅々として進まない中、多度津駅 ⇔ 琴平駅間は支線扱い!となり、高松駅 ⇔ 琴平駅間を直接結ぶ intercity!を待望する声が、金毘羅町(1890年2月15日 町村制施行!)から起こりました。
そこで、有志と地元財界で1924年に琴平電鉄が設立されて、
1-1-1-1 1927年に全通!
1927年4月22日に現・瓦町⇔琴平間が全通して、金毘羅詣での♥主役となったのです。
つまり、国鉄と琴電はお互いにうまく住み分けに成功したのです。
- ●1920年(大正9年)2月7日 -金比羅電鉄に対し鉄道免許状下付(香川郡栗林村-仲多度郡琴平町間)。
- 1920年度 - 琴平電鉄に名称変更
- 1924年(大正13年)7月28日 - 琴平電鉄設立。
- 1926年12月21日 - 栗林公園 ⇔滝宮間開業。
- 1927年(昭和2年)3月15日 - 滝宮 ⇔琴平(現在の琴電琴平)開業。
- 同年4月22日 - 高松(現・瓦町)⇔栗林公園間延伸開業。全通。
- 1938年5月1日 - 塩江温泉鉄道(仏生山 - 塩江)を合併。塩江線とする。
- 1941年5月10日 - 塩江線戦時体制不急不要路線として廃止
- ※残っていれば、高松空港線として活用できた!
第2目 競合路線① 琴平急行電鉄線
- ●開業1930年4月7日 開業
- ●坂出駅⇔琴急琴平駅間15.7km
- ●軌間:1067mm 全線直流600v電化単線!
1-2-1 アウトライン
- ●1926年12月16日 地方鉄道法(1919年8月15日施行)により地方鉄鉄道免許状取得
- 1928年(昭和3年)10月30日 琴平急行電鉄株式会社設立
- ●1930年4月7日 - 坂出⇔電鉄琴平間開業。
- 1940-42年 - 電鉄琴平駅を琴急琴平駅に改称。
- 1944年1月 - 戦時処置の不要不急線として休止(線路供出)
- 1948年7月1日 - 琴平参宮電鉄と合併。
- ●1954年9月30日 - 正式廃線 ※県道として跡地利用
第3目 競合路線② 琴平参宮電鉄
- 1911年(明治44年)9月8日 讃岐電気軌道株式会社設立
- 1948年(昭和23年)7月1日琴平急行電鉄を合併
1-3-1 軌道線
1-3-1-1 丸亀線
丸亀通町駅⇔善通寺赤門前駅 7.1km
軌間:全線1067mm 単線 直流600V電化!
- ●1911年(明治44年)9月8日 讃岐電気軌道株式会社設立
- 1922年(大正11年)10月22日 1890年8月25日 軌道条例(1890年8月25日公付)による軌道線として丸亀通町⇔善通寺(後の善通寺赤門前)間丸亀線開業
1-3-1-2 琴平線
善通寺赤門前駅⇔琴参琴平 6.8km
軌間:全線1067mm 全線複線!直流600V電化!
- 1923年8月4日 善通寺 ⇔琴平(後の琴参琴平)間開業。
1-3-2 鉄道線
地方鉄道法(1919年8月15日施行)による地方鉄道線。
軌間:全線1067mm 単線!直流600V電化!
1-3-2-1 多度津線
善通寺門前間⇔多度津西口(鉄道線)6km
- 1924年10月9日 善通寺門前 ⇔多度津西口間(多度津線)開業。
1-3-2-2 坂出線
丸亀通町⇔坂出駅前 7.1km
- 1928年(昭和3年)1月22日 丸亀通町 ⇔富士見町間延伸開業。
- 1928年(昭和3年)3月20日 富士見町 ⇔坂出駅前間延伸開業。
第3目 戦時統合により♥高松琴平電気鉄道が誕生
戦時統合により、1943年11月1日 - 讃岐電鉄・琴平電鉄・高松電気軌道が合併し高松琴平電気鉄道が発足しまし、讃岐電鉄の路線が志度線および市内線、琴平電鉄の路線が琴平線、高松電気軌道の路線が長尾線となりました。
さらに同年12月1日 - バス16社と八栗登山鉄道のバス部門も合併しました。
第2項 創業当初は讃岐の一大(観光)産業だった♥金毘羅さんと♥八島
現在、八島(山頂標高292m)から観光客は去り?、八島ケーブルカーも廃止に追い込まれ、お隣の五剣山(標高366m)に人気が移ったわけですが...
嘗ては、栗林公園、金毘羅宮と共に3大観光地として、観光客で賑わったわけです。
第1目 高松⇔金毘羅間高速鉄道は時代とともに...
四国初の偉業"高松の新幹線!"高速鉄道!?として、鉄オタから持て囃されている琴電ですが...
琴電を巡る、旅客需要は創業当初とはかけ離れています。コロナ禍前の2019年度でさえ1日平均乗降客が1,461人!では...
しかも、混むのは土日祝日だけで、平日は閑散!としています。
一方、瀬戸大橋で直通できるJR琴平線は、同じ2019年度で2,348人/日!を記録しています。
つまり完全に逆転したのです。
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公開:2025年7月 8日
更新:2025年7月 8日
投稿者:デジタヌ
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