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飯田市《 タウンレビュー 》

飯田市とは

長野県の南端に近い天竜川を挟んだ伊那谷に開けた地方都市。上田市に次ぐ長野県内第4位の人口を抱えた市。りんご並木の街、人形劇の盛んな街としても知られ、城下町の面影を残す町並や保存された伝統芸能の多さから「南信州の小京都」とも呼ばれている。

特に1979年に人形劇カーニバルとして第1回が開催されて以来、2018年で40回を迎える『いいだ人形劇フェスタ』は毎年8月第1木曜日から日曜日までの4日間にわたり開催され国内最大級のイベントとして全国から集まる人形劇ファンを楽しませている。

中央自動車道全通後名古屋・新宿(東京)長野自動車道開通後は県庁所在地長野ともアクセスが改善された。

特に恵那山トンネル開通後は名古屋との結びつきが強く成った。

推計人口、100,077人/2017年10月1日。
飯田ー長野 3時間1分/2870円/ハイウエイバス。
飯田ー名古屋 2時間1分/2420円/ハイウエイバス。
飯田ー新宿 4時間15分/4200円/ハイウエイバス

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飯田市の足跡

1906年(明治39年)10月1日甲武鉄道が国有化され、御茶ノ水駅 - 篠ノ井駅間鉄道となる。

1909年 伊那電車軌道 辰野駅 - 松島駅間が開業

1911年(明治44年)5月1日:中央西線を編入して昌平橋駅 - 塩尻駅 - 名古屋駅間が中央本線となる。

1923年(大正12年) - 伊那電気鉄道線(現在のJR東海・飯田線)延伸、飯田駅が開業。辰野駅経由で長野・東京・名古屋と繋がる。

1927年(昭和2年)12月26日:駄科駅 - 天竜峡駅間(3.2M≒5.15 km)が延伸開業し天竜峡 - 辰野間全通。

1937年(昭和12年)4月1日 - 飯田町・上飯田町が合併して飯田市が発足、同年8月20日三信鉄道(現飯田線)大嵐駅 - 小和田駅間 (3.1 km) が延伸開業し現在の飯田線が全通。東海道線とも繋がる。

1947年(昭和22年)4月20日 - 飯田大火で旧市街地の大半を消失。
1953年(昭和28年)11月8日 - 大火をきっかけに整備された防火帯にりんご並木の植樹が始まる。
1956年(昭和31年)9月30日 - 座光寺村・松尾村・竜丘村・三穂村・伊賀良村・山本村・下久堅村と合併し、改めて飯田市が発足。以後周辺自治体併合繰り返し平成17年10月1日 最後に上村・南信濃村を編入して現在の市域と成る。
1975年(昭和50年)8月23日 - 中央自動車道恵那山トンネル下り線が開通し飯田インターチェンジ供用開始、名古屋市と直結する。

1979年(昭和54年)8月 - 「人形劇カーニバル飯田」の第1回大会が開催される(現「いいだ人形劇フェスタ」)。

1982年(昭和57年)11月10日 : 勝沼IC - 甲府昭和ICが開通し、中央自動車道全線開通。これにより東京と大幅にアクセス改善される。

1988年3月5日 : 中央自動車道岡谷IC - 松本IC間開通。

1989年(平成元年)8月 - アフィニス文化財団共催のクラシック音楽祭「アフィニス夏の音楽祭」の第1回大会開催。以後、2008年で20回記念開催となる。

1993年3月25日 : 長野自動車道 豊科IC - 更埴JCT間開通・全線開通、上信越道 更埴JCT - 須坂長野東IC間開通。県庁所在地長野市とのアクセス大幅に改善。

 

公開:2016年11月 5日
更新:2018年11月24日

投稿者:デジタヌ

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