狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

Historia『日本の "インターアーバン"と定番直流1500V 電化の歴史は近畿で始まった!』ー第1回ー

(要約) 旧 国鉄 時代の 省線 電化 の流れと日本定番 直流1500v電化 方式の流れについて...

日本における Interurban (郊外電車!)の歴史は近畿で始まったといってもよいでしょう!

大阪の5大私鉄が、国内に持ち込んだ Interurban (都市近郊線)コンセプトは、それまでの electric train=チンチン電車=street car のイメージを一掃するものでした!

そして、大都市圏のライフスタイルを大変革させました。

日本での インターアーバン(郊外電車) の歴史は近畿 で始まった! の目次

※ハイパーリンク、その他についての御断り

(Revision 5.1 /7/4/2023改訂)

直接 hyper-link は、当事者・関連団体の Official website 若しくは、関連当事国の Wikipedia 言語版へリンクしております。

但し(参※xx) は当サイト内の参照関連記事へのリンクです。

各国版"まとも"!なGoogle 人工知能翻訳を推奨

"日本語ウィキペディア"は政治色が濃く偏った異見!が蔓延っています。

外来文化!?についても、USAの主張が色濃く出ている米語版の"直訳版"が多く、

更に「翻訳者の主観」も強く表れている content が殆ど!なので...

オリジナルの各国語版・原典版!にリンクしています。

英単語優先!表記について

更に"曖昧で不明朗"な日本語(行政用語・表現)は用いずに、できるだけ「論点・観点が明確」に示せる「端的・明解」な英単語を用いるようにしております。

★前書き TrafficとLight rail について

(Version1,Revision1 ー9月2日♥敗戦記念日!版)

※ここをクリックすると本節をスキップして次節に進めます!

今年(2023年8月26日)開業した芳賀・宇都宮ライトレールが大きな話題と成っていますが...

『新時代のLRT???』などといううたい文句は、宇都宮名物の"地上げ屋" (-_-メ) 親派が LRT の意味を理解していないだけです!

第0項 公共交通の基本Trafficとは...

Trafficという単語はもともと「貿易」を意味し(現在も)、古イタリア語の動詞Trafficareと名詞Trafficcoに由来します。

イタリア語の語源は定かではありませんが候補としては、カタロニア語の trafegarから派生した、ラテン語の動詞 transfricare の造語「作る、行う」を意味するtrans-とfacere、 アラビア語の tafriq ' 「分配」とtaraffaqa、「利益を求める」から生まれた造語です。広義では、network traffic(空輸、海運、陸上交通など)多くをカバーしますが、道路交通のみを意味する狭義に使用されることもよくあります。《英語版Wikipediaより"意訳"引用

第1項 抑々ライトレール?とは

賢明な福井市(福井鉄道)の取り組み!

第1目 Light rail

Light rail という用語は、1972 年に都市大量交通局 (UMTA、米国Federal Transit Administrationの前身) によって、ヨーロッパと米国で起こっていた新しい路面電車の形態を表す造語でした。ドイツでは...北米のライトレールの前身である Stadtbahnという用語を使用しました...UMTA の大勢は独語の直訳 city rail を...しかし、最終的にUMTA はその報告書で、light rail という造語を用いました。《英語版Wikipediaより"意訳"引用》

小生も初めて耳にした当初は『ライトレール...ン軽便鉄道の事か?』ぐらいに考えていました!

小生の記憶では、USAよりむしろ、返還前の香港で新規開業した Light rail の報道のほうが記憶に残っています。(NHKの偏向報道の威力は凄まじい!

第2目 transit; 公共交通機関とは

Public transport (公共交通機関; transit)) は、 private transport(個人用途)とは異なり、多くの一般人が利用するための transportationで...交通機関の種類について厳密な定義はなく、公共交通機関について議論する際に空の旅は考慮されないこともよくあります。

Passenger rail terminology(UMTA認定鉄道用語)では、「バス、電車など」などの用語として使用されています。

transit の例としては、...omnibus(乗り合いバス)、トラム・ライトレール、および鉄道、軌道およびフェリー...《英語版Wikipediaより"意訳"引用

Passenger rail terminology(旅客鉄道用語)では、

元々、 rapid transit という用語は、1800 年代に、道路交通から分離されたTraffic を持つ新しい形式の迅速な都市public transportationを表すために使用されました。これにより、馬車路面電車路面電車乗合バス、その他の公共交通機関とは異なる高速交通手段が確立されました。《英語版Wikipediaより"意訳"引用

つまりLRTとは...

つまりLRT(Light rail transit)とは正しい日本語表現では"公共交通機関"という事になり、何のことは無い嘗てのInterurban(※001)がrenewal しただけの公営交通 street car(チンチン電車)にすぎません!

参※001)当サイト関連記事 直流1500V 日本定番電化と interurban(都市近郊線)の歴史は近畿で始まった! はこちら。

第2項 新たなトラム「バストラム」も登場!

以下はMETTIS virage serré ベルギーのVanHool社製ハイブリッドBus Tramの例。

欧米先進国?の地方都市で導入が盛んな「BusTram」を使ったBRTでは...

(当サイト内関連記事 トラムといえば『 バス・トラム 』を指す日が必ずやってくる!はこちら

更に、低床トラムの利点一般車両進入禁止(バス専用レーン)のメリットを生かした「定刻発着・定時運行」と「ユニバーサルデザイン」の「2大メリット」を活かしながら大掛かりな設備(軌道、トロリーライン、変電設備、信号保安設備など)が必要ない「超低床トラムタイプ」の連接バストラムが「BRT」(※5)がヨーロッパでは都市内中規模トランスポーターの主役になりそうな勢いで普及しだしています!

※5、バス・ラピッド・トランジット(英: bus rapid transit, BRT)についてのWikipediaの解説はこちら。

第3項 反対!するのも賛成?するのも市会議員の先生(専制???)方!

私達納税者!の意向を無視して、反対!するのも賛成?するのも"よとう(夜盗?)"市会議員の先生(専制???)方です!

第1目 反対派は...

何より、トラムブームで一番面白くないのは地下鉄・新交通システムを売り込んでいる、魏妖怪 syndicate,cartel(企業連合)に推された「地元民党」の先生(専制!)方です。

つまり反対しているのは「一般納税者=市民」では無く、liberal(革新系)リベラル会派の主催する環境保護団体!と結託した金権欲の塊!の専制型です。

第2目 賛成しているのも...

推進派に回っているのは、

地元の不動産業"地上げ屋" (-_-メ) 共から合法的賄賂(政治献金)と選挙協力を得ている一部の視界偽員共にすぎません!

第3目 同じ無駄な血税投棄ならば

新交通システムの1/10以下の総事業ですむなら「昔の市電」のように町の隅々まで線路を敷いて「エコ満載のトラム」を走らせて、

騒音と排気ガスをまき散らすディーゼルバスを市街地から駆逐したほうが...

★プロローグ 日本における"電気軌道"の先駆け京都

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

1895年(明治28年)に行われた第4回内国勧業博覧会(4月1日→7月31日)の会場アクセス手段として、同年2月1日 に伏見線 七条停車場(七条停車場・踏切南) ⇔下油掛(後の京橋)間に1067mmの狭軌路線として営業開始したのが日本初のチンチン電車京都電気鉄道でした。

そしてその後京都市電へと引き継がれ、1978年10月1日 の全線廃止まで、京都市電は京都市民に無くてはならない存在として親しまれ続けました。

★第1項 旧省線(国鉄)の電化の流れ

国鉄電化の流れは、日本初の京都のチンチン電車と同じ直流600Vから始まり、高圧給電の実用化過渡期の直流1200vの実証実験採用をへて、直流1500V電化方式が確立されて、日本における電化の定番技術として全国に普及していきました。

step1 初期のチンチン電車と同じ直流600V電化

旧国鉄の近郊線の電化は、当初東京近郊路線(現京浜東北線、中央線(1904年から中野⇔飯田町)などで路面電車と同じ直流600Vで開始されました。

step1 過渡期の高圧実証試験 直流1200v電化

1200V電化は1927年に中央線で試された電化方式で、高圧化による利害得失、変電所設備、車載機器などの技術開発・汎用製品化の実証試験が目的だったと考えられます。

step1 定番 直流1500v電化方式の確立

その後の1928年以降に電化された区間では在来線電化の標準となる直流1500V電化で全国に電化区間が広がっていきました。

※1928年以前は、車両・部品の共通化の為に、直流600Vで、電化工事が継続されていました!

近畿地区での電化は1934年からと遅れていたので、当初から直流1500Vでの電化が進んだと考えられます。

※1929年7月18日 開業の阪和線は当初は京阪電車の子会社阪和電気鉄道だったので、当初から当時の最新技術直流1500v電化が採用されたわけです!

第2項 旧国鉄路線別 直流電化 年表

中央線(電車線)
  • ●1904年中野⇔飯田橋間⇔御茶ノ水  600V電化
  • ●1908年 御茶ノ水⇔昌平橋駅  駅間電化
  • ●1912年 昌平橋⇔万世橋 間電化
  • ●1919年 中野駅 ⇔吉祥寺駅間 電化。
  • ●1922年11月 :吉祥寺駅 ⇔国分寺駅間が電化。
  • ●1927年 東京駅⇔国分寺間 1200Vに昇圧
  • ●1929年:東京駅⇔国分寺駅間 直流1,500 Vに昇圧
東北本線
  • ●1909年12月 上野 ⇔田端間⇔日暮里間が直流600V電化
  • ●1919年3月:中央本線の一部として東京⇔神田間開業。直流600V電化
  • ●1925年11月神田 ⇔上野間直流電化 
  • ●1928年2月:田端⇔ 赤羽間 直流電化 直流1,500 V電化(および在来区間の昇圧化)
山手線
  • ●1909年12月 山手線 田端駅 ⇔池袋駅間、赤羽駅 ⇔品川駅間電化。上野駅⇔新宿駅 ⇔ 品川駅 -⇔烏森駅、赤羽駅 ⇔池袋駅間に電車運転開始。直流600V電化
東海道線(京浜東北線・旧熱海線)
  • ●1909年12月:浜松町駅 - 烏森駅間の電車線(0.7M≒1.13 km)が開業。浜松町駅 - 品川駅間が複々線化(電車線敷設)直流600V電化
  • ●1910年6月:烏森駅 - 有楽町駅間の電車線 (0.7M) が延伸開業。有楽町駅が開業。9月15日:有楽町駅 - 呉服橋駅間の電車線 (0.7M) が延伸開業。呉服橋駅(東京駅の仮駅)が開業。
  • ●1914年12月 東京駅から高島町駅(のちに廃止)まで東海道本線の電車線が京浜線として運行を開始。
  • ●1925年12月:横浜駅 ⇔国府津駅間が電化。
  • ●1926年2月:国府津駅 ⇔小田原駅間が電化。
  • ●1928年2月:東北本線田端駅⇔赤羽駅間の電車線(複線)が完成。京浜線電車の運行区間を赤羽駅まで延伸 、旧熱海線 小田原駅 ⇔熱海駅間も直流1,500 V電化 
  • ●1934年7月:吹田駅 ⇔神戸駅間が直流1,500 V電化。塚本駅・立花駅・甲子園口駅・六甲道駅誕生
  • ※1937年10月10日:京都駅 ⇔吹田駅間が電化。
  • ●同年12月:丹那トンネルが完成し、熱海駅 ⇔沼津駅間 (21.6 km) が直流1,500 V電化電化複線開業。

★第2節 近畿のインターアーバンの歴史 

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冒頭で述べたように、日本の路面電車は1890年8月25日公布の 軌道条例で始められた馬車軌道が起源になるわけです、なので当初は走行速度8mile/h!(12.9km/h)とママチャリ暴走族?並みに抑えられていたわけです。

なので前出の京都電気鉄道も1924年1月 1日施行の軌道法で25mile/h!(40km/h)に緩和?されるまでは、ノンビリ走っていたわけです。

第1項 いち早く Interurban に目を付けた阪神電車  

阪神電車は、軌道法施行(1924年1月 1日)以前の軌道条例1890年8月25日公布)時代の1905年!いち早くinterurban (都市近郊線)に目を付けて、三宮駅⇔出入橋駅(大阪)間に直流600v電化によるinterurban (都市近郊線)を敷設して『待たずに乗れる 阪神電車』 (※21)のキャッチフレーズで、当時汽車運行で、日に数往復だった阪神間の旅客を搔っ攫いました。

軌道条例(1890年8月25日公布)で敷設された、専用軌道上を、チンチン電車がスピード違反(※22)の猛スピードで駆け抜けて省線から、阪神間の旅客需要を勝ち取りました。

タダシ、その後"専用軌道"とは別に「通常の鉄道路線にあたる新設軌道なる"抜け道"」が設定されて、25mile/h!規制が除外され、1919年8月15日の地方鉄道法施行以後も、軌道条例遵守で1924年1月 1日の軌道法施行後は前途した新設軌道を建設して、正々堂々と?国鉄に戦いを挑んでいたわけです。

参※21)当サイト関連記事 "待たずに乗れる 阪神電車 の再来には巨額投資が... はこちら。

以下に示す(南海・近鉄南大阪線以外の)在阪の私鉄各社も、全て長年軌道条例(軌道法)のお世話になってきたわけです。(阪急ではいまだに一部軌道特許を保有しています。更に OsakaMetro はほぼ全線新設軌道により建設されています、つまり鉄道事業法下ずく鉄道事業者ではなく!軌道法下ずく軌道会社なのです!

  • 1905年阪神電気鉄道  三宮駅⇔出入橋駅(大阪)直流600v電化で開業。※1967年11月に1500Vへ昇圧
  • ●1910年 京阪電気鉄道 天満橋 ⇔五条間を直流600v電化で開業。※1983年12月4日:京阪本線・宇治線・交野線の架線電圧1500Vに昇圧。京阪の昇圧が遅れたのは、当時直流600vの京都市電と平面交差する地点が多く存在して、1978年10月1日 の京都市電全廃まで、計画が立てられなかったのが原因とされてきます。
  • ●1910年  箕面有馬電気軌道(現阪急) 梅田 ⇔宝塚間、箕面線石橋⇔ 箕面間を直流600v電化で開業。※1969年8月24日 1500 Vに昇圧されましたが、その前前年1967年10月8日に一足早く 神戸線が1500 Vに昇圧されています。
  • 1911年11月21日 南海鐡道(地方鉄道) 南海本線 全線直流600v電化完成!※1973年10月1500 V昇圧。

第2項 複雑な経緯をたどった近鉄

  • ●1914年(大正3年)大阪電気軌道(現近鉄奈良線)上本町駅 ⇔奈良駅(高天町の仮駅)間が直流600v電化で開業。
  • ●1921年4月に大阪電気軌道畝傍線として(大和西大寺⇔ 現近鉄郡山駅)部分開業。1923年3月21日:平端駅 ⇔ 橿原神宮前駅(現在の駅とは別)間を延伸開業して全線開業。
  • ●1922年4月1日 天理軽便鉄道(1915年開業)を買収して平端駅⇔天理駅間を標準軌に改軌・電化して畝傍線と直通運行を開始した。
  • ●1922年5月16日 信貴生駒電気鉄道(現生駒線) 王寺駅⇔山下駅(現在の信貴山下駅)間で部分開業
  • ●1923年4月 2代目大阪鉄道(現近鉄南大阪線地方鉄道)大阪天王寺駅(現大阪阿部野橋) ⇔道明寺駅間を国内初の直流1500v電化で開業。

  • ●1924年10月:大阪電気軌道 国分線(現大阪線) 足代駅(現布施) ⇔八尾駅(現近鉄八尾駅)間を直流600vで開業
  • ●1927年7月に当時の八木線布施駅 ⇔八木駅間が全通した大阪線も600vで開業しています。
  • ●1928年11月奈良電気鉄道(現京都線)部分開業。

2代目大阪鉄道(現南大阪線)が1929年3月29日:古市駅⇔久米寺駅(現在の橿原神宮前駅)間を延伸開業して大軌・吉野線と直通運転を行うようになりましたが...

年年1月に大阪線が直流1500vに昇圧されるまでは、(現八木短絡線を経由して)上本町⇔大和八木⇔橿原神宮間に定期便の直通電車が走っていて、こちらのほうが大阪市内⇔橿原神宮間のメインルートとなっていました!

つまり近鉄黎明期には、南大阪線(2代目大阪鉄道)と橿原線(大阪電気軌道)が競合していた!わけです。

  • ●紫ライン 1500V昇圧区間
  • ♥ピンクライン渡り線
  • ●1929年(昭和4年)1月:大阪電気軌道桜井線大軌八木駅(現在の大和八木駅) ⇔桜井駅間開業に合わせて、布施駅 ⇔大軌八木駅間を直流1500Vに昇圧

1929年1月以降は、八木駅での乗り換えが必要となり、2代目大阪鉄道を資金援助(買収する)予定だったので、乗客の奪い合いはありませんでしたが...

但し、戦前は国家神道だったので、ことあるごとに旧八木駅(八木西口駅⇔真菅間)の旧本線(短絡線)を用いて臨時急行も運行されていましたが、通期の直通運行は廃止されていました。

1929年から戦後の1956年!まで、大阪線の1500V電車が布施⇔上本町間を徐行運転!(※23)で直通していました!八木西口⇔旧・橿原神宮前間についても同様のやり方で終戦まで臨時急行が乗り入れていました

参※23)E =I² ・Rなので フルノッチにすると、過電流が流れて、モーターが焼損するためです。

敗戦後

●1948年6月:大和鉄道(1918年開業)の新王寺駅 ⇔田原本駅間(現田原本線)が標準軌に改軌されて電化。

♥1956年12月8日:上本町駅⇔布施駅間複々線化(奈良線600V電化と完全分離」)これにより大阪線は全線1500v区間となる。

1966年12月に正月のお伊勢参りを当て込んで、18m級狭幅の小型複電圧特急車両18200系を用いて当初は2往復/日で運行開始されました!

八木短絡線が開通する前だったので、八木西駅でスイッチバックを行い旧本線・短絡線を用いて八木駅を2度通る形態で直通運行が開始されましたが...

翌年1967年2月20日 に 橿原線新ノ口⇔大阪線大和八木間に(途中にデッドセクションを設けていた!)新・連絡線が完成して、八木西駅でのスイッチバックは必要なくなりました!

(戦後・短絡線が出来るまでは旧本線・八木短絡線も使用されなくなり、橿原線・大阪線特急は八木駅で乗り換え・乗り継ぎとなりました)

♥1969年9月21日標準軌全線が1500Vに昇圧。

参※)当サイト関連記事 近鉄"狂気"路線・吉野線が進む(鉄)路は標準軌への改軌しか!はこちら。

第3項 その後に続いた1500v電化開業の阪和線と、大阪以外の"地方"では

国内2番目は讃岐平野を走る琴電・琴平線が、1926年12月21日 - 栗林公園 ⇔滝宮間が直流1500v電化・標準軌(軌間1435㎜)で部分開業しています!

国内3例目は 1927年(昭和2年)4月16日 に武蔵水電(現西武鉄道)が 村山線の高田馬場(仮)駅 ⇔ 東村山駅間を、国内3例目となる直流1500V!電化で開業して、東村山駅 ⇔川越駅間も同時に直流1500V!電化して、本家中央線に次いで全線電化開通しました。

国電よりも早かった各私鉄の1500V電化!

つまり1928年2月:東北京浜線の田端⇔ 赤羽間、東海道線旧熱海線 小田原駅 ⇔熱海駅間の 直流1,500 V電化(および在来区間昇圧化)より各私鉄の直流1500v電化のほうが早かったわけです、勿論国内電業メーカーの直流1500v電化用の地上設備・車上機器開発を後押しした、国鉄電化事業の功績も大きかったわけですが...

●1929年7月 阪和電気鉄道(現JR阪和線)阪和天王寺⇔和泉府中駅間全線複線直流1500v電化で開業!

後書き《 Interurban"民鉄"が辿った鉄路》シリーズについて

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※Version1,revision2(7/24/2023改訂)

第1項 Metropolis の Interurban が21世紀を生き抜く為には...

Metropolis (大都会・政令指定都市)の interurban (都市近郊電車)・民鉄(日本民営鉄道協会)が21世紀を生き抜く為には...

急成長している"バイアフリー"魏妖怪 syndicate(企業連合)ですが、

"橋上駅舎・エレベーター・エスカレーター・ホームドア"等と言った大掛かりな"道具立て"は、生活路線であるMetropolis(政令指定都市・中核都市)にある赤字 Interurban (都市近郊電車)では資金的に設備不可能!です。

地方都市の零細鉄道事業者公営軌道について、"利用者"であり出資者(納税者)でもある citizen の立場に立って、

公益性、Cost performance(費用 対 効果 )等の総合的な検討を加えた上で、(現在計画中の路線も含めて)軌道会社鉄道事業者が(分相応な背伸びしない)"身の丈に合った都市交通システム"としての Interurban (都市近郊電車)を考察してみました。

"高速電気軌道"は労働組合傾! journalist の造語!

日本では、鉄道雑誌に寄稿する労働組合傾 ! journalist ?共Interurban 高速電気軌道???態(意図的に)誤訳しているようですが...

urban は"都市"のという形容詞であり、urban Life(都会暮らし)の様に使われる単語です、つまり Inter-urban とは都会間路線の意味合いでどこにも高速電気軌道を示す、high speed、electric train、railway trackを示唆する単語は含まれていません!

更にInterurban発祥の地USAではディーゼルカーが走る非電化!路線もあります!

なので当 site では都市近郊電車又は都市近郊線と呼称することとしました。

第2項 日本のInterurban の歴史は近畿 で始まりました

日本における Interurban (都市近郊電車)の歴史は近畿で始まったといってもよいでしょう!(※991)

大阪の5大私鉄が、日本の都市に持ち込んだ インターアーバン・ コンセプトは、それまでの electric train=チンチン電車=street car のイメージを一掃するものでした!

参※991)当サイト内関連記事 日本での インターアーバン(郊外電車) の歴史は近畿 で始まった! はこちら。

第1目 殖産鉄道から開発軌道へ

鉄道は人馬が行きかう"街道"に代わって、宿場間を結ぶという発想から、電気軌道を引いて新しい街をつくる!と言う発想に変化したわけです。

阪急を育てた小林一三師匠が米国の Interurbanコンセプトを導入して、高速電気軌道を基軸にした宅地開発デベロッパー事業で成功をおさめ(※992)、私鉄経営を『 旅客需要追従型 』殖産鉄道から『 旅客創出・利益誘導型』の高速電気軌道に大転換させたわけです。

参※992)当サイト内関連記事 小林一三 師匠一門の『需要創出・利益誘導型』高速電気軌道派 はこちら。

第2目 Metropolis の Termina lと郊外の residential district を結ぶ Interurban へ進化!

そして、Metropolis(大都市圏)のライフスタイルを大変革させました

つまりMetropolis(大都会)のTerminal(終着駅)と郊外のresidential district(ニュータウン)を結ぶInterurban(都市近郊電車)と言う民鉄経営のビジネスモデルが広がったわけです。

第3項 node station 間を結ぶ"非ターミナル型" public transit の時代に...

一時巨大タイヤメーカー・自動車(バス)メーカーの企てで、廃れていたUSA各地のInterurbanがMetropolitan Transit System(都市圏広域交通事業体)と言う形で復活しています。

シカゴのL(Chicago Transit Authority)や大阪環状線、東京メトロのように、Interurban(郊外電車)の node station(結節駅)同士を結んで一元化運用する、「非ターミナル型」のtransportation network(交通網)が求められる時代になったのではないでしょうか...

※参)当サイト内関連記事 大阪環状線 は「 シカゴ L 」を商都 なにわ に移植して大成功を! はこちら。

参※)当サイト内関連記事 欧米先進諸国!では Regional Transportation District(Metropolitan Transportation Authority)が常識に はこちら。

狸穴総研 都市圏交通網研究所 出自多留狸

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更に、地名に関してもGooglMap検索を容易にするために言語表記を基本にして、カナ表記についてはGooglMapで使用されているGoogl 「カナ使い」を使用しています。

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海外事情は各国言語版 Wikipedia を優先!

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参)当サイト内関連記事 海外版Youtube 鉄道動画 と 各国語版ウィキペディアの勧め はこちら。

参)当サイト内関連記事 海外鉄道・ 空港関連 ご当地Wikipedia リンク集 はこちら。

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※但しハングル表記(韓国語版)위키피디아 は、両班(ヤンパン)出身者(※991)の intellectual が趨勢を占める狂育怪が"関与"しているので著しく信憑性に欠け!ていて、殆どが日本語版ウィキペディア以下!(50歩100歩?)の fake content なので無視!しました。

Red China版 (维基百科,自由的百科全书 )のほうがはるかに信頼性があります!

参※991)当サイト内関連記事 両班(ヤンパン)3悪に翻弄され続ける韓国国民と日韓関係 はこちら。

イデオロギーに関する日本語版ウィキペディアのイエローフラッグ"糞"フラッグが多い!

特に歴史とイデオロギーに関するイエローフラッグは(管理人"としてボランティア?で"ウィキペディア事務局に関与している)平和ボケした理想主義者、有識者?達が日"教祖"の偏向教育(大衆洗脳)方針に沿うように"注意(Communism!喚起?"しており、ハッキリ言って"糞"フラッグ!です。

むしろ"糞"フラッグが立っている content(内容)のほうが fairness(公正)な立場の内容と言えなくもありません!

交通施策に関する content は運輸続(lobbyist)の propaganda の温床に

また、交通関係の content はYoutuberにも虚仮にされている!ように、寄稿している lobbyist民間シンクタンク!)の連中がスポンサーである経済界・鉄道魏妖怪(ギョーカイ)の意向を強く反映したロビー活動目的の propaganda 媒体として利用!しており、特に整備整備新幹線・鉄道新線関連などの traffic network 構築に関するcontentでは、"地上げ"!につながる「偏った論調で貫かれており

universality(普遍性)に欠けた private document(私文書!書簡)に下ずく一般書籍や、鉄オタ向けの鉄道雑誌記事を、引用している content がほとんどとなっています。

なのでAcademic(学術的)ではない content に対しては、ボランティア管理者(共産主義者!)が 恣意(志位?てき)にfairness(警鐘:イエローフラッグ)"で牽制している場合も数多くあります。

※当サイト内関連記事 日本語ウィキペディアが 鉄道(傾?)Youtuberから"こけ"にされる訳は... はこちら。

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《日本の Interurban が辿った鉄路》関連特集記事のご案内 

※以下の♥タイトルをクリックするとシリーズ記事全てにジャンプ!できます。

 

公開:2021年5月 2日
更新:2024年2月 8日

投稿者:デジタヌ

サフェージュ タイプ モノレール は21世紀の 公営都市交通 の救世主! TOP鉄道貨客・混載事業を宅配事業者とのアライアンスで復活すれば赤字削減・事業継続への鉄路(みち)が開ける!


 

 



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