狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

連載《 臨海鉄道 や 専用線 が日本の港湾都市から消えて行った訳は...》ー第4回ー

第4回 日本各地から消えていった臨港鉄道

前途したように、港と消費地が直結している日本では、各荷主まで、直接トラック輸送される形態になり、長距離、大量輸送を得意とする鉄道は、近距離小口配達に適したトラック輸送に取って代わられたわけですが、嘗て港湾施設を備えた"臨海工業地帯"等の工業都市では持てはやされていました。

第1項 近畿最大の臨港鉄道網を誇った大阪市

大阪市内北港・大阪港埠頭に張り巡らされていた臨港鉄道網は天下の台所、なにわにふさわしい国内有数の規模を誇っていました!

夫々、西成鉄道(1898年開業)、関西本線大阪臨港線(1956年開業!)を始祖に拡張されて、その後の大阪環状線(※21)の礎にもなりました!

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大阪市が交通政策を踏み外さなかったら...

これらの臨港鉄道とトラム網(路面電車網)が残されていたら、その後に建設された、殆どの無駄な地下鉄網建設(※22)も建設しなくて済み、市民が膨大な借金(市債)に苦しむことも起こらなかったでしょう!

此花区・港区にあったこれらの"専用線"を旅客転用していれば、そして中央線に拘らずに、だだっ広い中央大通りの中央部分にトラムカー(Straßenbahn)を走らせていたら...

参※22)当サイト内関連記事 大阪メトロ 迷走の歴史!市民生活の「日頃の足」となる地下鉄建設のはずが... はこちら。

♥日本一整備された軌道を軽快にトラムカーが駆け抜ける、まるでヨーロッパの街並みのような!鹿児島市

第2項 旧横浜港から敷設が始まった横浜の臨港鉄道網

新橋⇔横浜(桜木町)間の官設鉄道に始まった横浜近代化と共に、神奈川沖(横浜旧港)から新港(横浜ハンマーヘッド)へと移った貿易港の歴史の流れと共に、横浜臨港鉄道網は整備されていった。

この路線網も残しておけば、特に東神奈川から分岐していた初代横浜港線(横浜線)は残しておけば、中央卸売市場への旅客(通勤)運輸に使えた...

更に、ヨコハマキャビン?などと言うジョーク路線を作らなくても、汽車道に、観光レトロトラムを走らすだけで済んだのに...

♥一両ぐらいなら阪堺電気軌道さんが譲ってくれたかも?

第3項 神戸臨港鉄道網

大阪市にしろ、神戸市、横浜市にしろ、「新種の気鋭」を「珍種(業界)の起栄」と勘違いなさっているようで...(※23)

参※23)当サイト内関連記事 ミニ地下鉄 はリニアに"金食い虫"で厄介者のお荷物"公共交通効カン!" はこちら。

 

公開:2021年7月21日
更新:2024年3月21日

投稿者:デジタヌ

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