狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

Historia『 アメリカ建国に重要な役割を果たした大河川と鉄道』ー第11回ー

ここをクリックするとこの Content の Opening に戻れます!

★第12節 嘗てコロラド州に張り巡らされていた 生い立ちの異なる4つの鉄道網

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

コロラド州の鉄道網を語る上で大事な点は、鉄道網が北海道同様にexploitation railway(開拓鉄道)"殖産鉄道"&Mining-railway(鉱山鉄道)として拡張されてきて、inter-Cityとしてのpassenger traffic(旅客輸送)が全く考慮されていない経緯によります。

第1項 コロラド州の鉱山鉄道・森林鉄道とは

夫々のMining-railway(鉱山鉄道)が人気のない山中を「さ迷って」路線を拡大していったのは、鉱山開発のためであり、このエリアのpassenger traffic(人の往来)を念頭に置いたものではないのです!

西部開拓時代の州に昇格する以前の、準州時代も含め隣接準州のterritory(領有地)時代には、鐡道の事業免許には地権つまり沿線一帯の所有権(鉱山開発権)も含まれていました!

なので、Denver and Rio Grande Western RailroadとDenver, South Park and Pacific Railroadが別別の経路を辿らざるを得なかったわけです!

州に昇格した1876年8月1日以降の1883年に開業した、最後のMining-railway(鉱山鉄道)Colorado Midland Railwayは、鉱山開発権とは分離されたcargo transportation(貨物輸送鉄道)を主要目的とする鉄道事業免許だったので、一部区間をDenver and Rio Grande Western Railroadと共有したりもできました。

いずれにせよ、運ぶもの(鉱物資源)が枯渇しては、「収益の柱が無くなり」事業継続が困難になった訳です!

現在、旅客事業を行っていない岩手開発鉄道はいわば主要出資者の太平洋セメントの専用線であり、鉱山が閉山しない限りは事業継続するわけですが!...

第2項 嘗てプエブロはコロラド州経済をさえるコロラド州第2の人口を誇る"製鉄"の町だった

Puebloは米国有数の製鉄所 Colorado Fuel and Ironの町でした。

北海道で言えば、室蘭にあたる街です。

有名なロックフェラーの財閥の拠点となっていたのがColorado Fuel and Iron(1881年創業コロラド製鐵)でした。

アメリカ人ならよく知っていることですが、Puebloは、ロッキー山中の豊富な鉄鉱石と良質な石炭でピッツバーグのカーネギー製鉄と並ぶ、製鉄の町となりましたがその後...

第2次大戦後の1949年にDenver South park and Pacific Railroad(後のColorado and Southern Railway)は最後の旅客営業を終えて、ミッドランド駅(コロラドスプリングス)は廃止されました!

つまり日本より半世紀以上も前に、ルーラルエリアでは、貨物輸送無くしては鉄道事業が成立しないことが証明されていたわけです!

しかし北海道ではいまだに...

第1目 Puebloに至った最初のインターシティーは

Pueblo, Colorado Colorado Fuel and Iron(1881年創業コロラド製鐵)により、米国有数の製鉄の町に発展していましたが...

Denver and Rio Grande Western Railroadが開業した当初は、東部と結ぶインターシティー鉄道は存在していませんでした!

プエブロに、東部と結ぶインターシティー鉄道が開通したのは1876年になってからのことです。

これは、、後述する協定に下ずきAtchison, Topeka and Santa Fe Railwayが州境のRaton Passを通らないルートで、Puebloへのルートを建設したためです。

第2目 Denver and Rio Grande Western Railroadと、Southern Pacific Transportation Companyが合併しなかった当たり前?の理由とは

フィリップ・アンシュッツ (Philip Anschutz) 率いるD&RGWの親会社、リオグランデ・インダストリーズ (Rio Grande Industries) は1988年にサザン・パシフィック鉄道 (SP) を買収した。《Wikipediaより引用》

但し事業統合・合併はしませんでした!

アメリカの鉄オタ?も残念がる件ですが...

つまり、完全に合併してしまうと、"運賃体系""労働条件"を同一にしなくてはならず、経営者にとっては不利となるわけです!

つまり、Southern Pacific Railroadとして"共通ブランド"で営業を行いながら、実際は第1種鉄道事業としては分離したほうが金儲けには都合が良い訳!わけです。

現在の巨大企業アムトラックの問題点はここにあるともいわれており、巨大企業(事業体)では、労働条件、料金体系が問題となってきて、企業として収益を上げるのが厄介になってくるわけ!です(※51)

なので、株式非公開・非上場の子会社でありながら、社内カンパニーのような形で、泉北拘束?鉄道(※52)が存在しているわけです!

参※51)当サイト内関連記事 ホールディングスとは はこちら

参※52)当サイト内関連記事 何故 泉北高速鉄道 は御堂筋線の 延伸 ではなく南海高野線と繋がったのか... はこちら。

日本でも嘗ての国鉄が解体された理由の一つに

つまり"独立採算"企業内カンパニーの考え方は、起業家・投資家にとっては魅力的な経営方針ではあるが...

受益者であるcustomer(取引先・荷主)とpassenger(上客?)、worker(従業員)にとってはあまり有難くはない訳!

嘗ての国鉄を懐かしむ人が多いのはこのためで、超巨大事業体だった日本国有鉄道では、"基本"全国一律運賃・一律賃金体系であったことが、"事業"としての"採算性"を圧迫して、トータルでの事業メリットを阻害していたといえるでしょう。

つまり、事業化、投資家にとっては、ホールディングス組織や、社内カンパニー制度は、企業存続(利益を守る)を計るためには、良作となりますが...

鉄道利用者(一般利用客)にとっては、断捨離(リストラ)による路線統廃合で、"面白みのない鉄道"となり...荷主にとっても、"高額運賃"に繋がりeconomyではなくなるわけです

第3項 生い立ちの異なる4社

Pacific Railroad Actsで大陸横断を目指したKansas Pacific Railway(現Union Pacific Railroad)と、地元勢力のDenver and Rio Grande Western Railroad、Denver, South Park and Pacific Railroad、Colorado Midland Railwayでは大きく生業(なりわい)が異なりました。

つまり、Pacific Railroad Actsに下ずくTranscontinental Railroad(大陸横断鉄道)を目指したKansas Pacific Railway は inter-ocean 運輸を狙っていましたが...

他の3社は、"開発鉄道"鉱山鉄道を目的に開業しました。

第1目 州都Denver に到達した最初のpassenger traffic(旅客輸送)はDenver Pacific Railway and Telegraph Company

Cheyenne(Wyoming州)に先手を取られたコロラド州!

1862年に制定されたPacific Railroad Acts(太平洋鉄道法)により、1869年5月10日にFirst transcontinental railroadとして知られる "Pacific Railroad"がマディー川・ノースフォークマディー川・クロー川を遡ったCheyenneを通り開通したことにより、

Wyoming州は "Pacific Railroad"の東側を担当するUnion Pacific Railroadが、Cheyenneに1867年に到達したことを踏まえて、1868年7月25日に、連邦政府が確立ワイオミングを準州に昇格させて、Cheyenneを州都としました。

当時カンザス準州、ネブラスカ準州のterritory(領有地)だった現コロラド州Front Rangeの要衝デンバーの有力者・財界人たちは危機感を覚え、

第2目 コロラド州誕生とコロラド・シルバーブーム

そして1876年8月1日(アメリカ合衆国建国100周年から28日後)、コロラド州が合衆国第38番目の州として昇格して、同時に1878年にLeadville近くで大きな銀の鉱脈が発見され、コロラド・シルバーブームが始まったわけです!

つまりこの鉄道Kansas Pacific Railway(現Union Pacific Railroad)は、Pacific Railroad同様にtranscontinental railroad(大陸横断鉄道)を目論んだpassenger traffic(旅客輸送)が目手だったわけです。

参※)当初のPacific Railroadが東の起点(終点)をOmaha としたのは,ミシシッピー川の支流Missouri Riverを渡河する橋が1872年3月22迄完成しなかったためです。

第4項 Denver and Rio Grande Western Railroadの生い立ち

嘗ての官営幌内鉄道とよく似たexploitation railway(開拓鉄道)&Mining-railway(鉱山鉄道)が1871年7月28日に営業開始した、Denver and Rio Grande Western Railroadです。

Denver and Rio Grande Western Railroadは、1870年にFront Rangeに沿って開拓された町々(砦)を結んで、DenverとEl Pasoを結ぶ,exploitation railway(開拓鉄道)として起業されました。

結局は、BSNFの起源の一つAtchison, Topeka and Santa Fe Railwayとの戦いに敗れ、Mining railway(鉱山鉄道)としてコロラドローカルエリアの振興に向かったので、大陸横断旅客ラインを目指した各ラインとは異なり、旅客はあまり考慮されていませんでした。

ミシシッピー河の支流サウスプラット川を遡って、西部開拓、鉱山開発の拠点となったDenverですが、

1870年当時はFront Rangeにあるワイオミング州、コロラド州、ニューメキシコ州はいずれも準州で、西部開拓の真っ最中でした。

第3目 exploitation railway(開拓鉄道)を目指したDenver and Rio Grande Western Railroad

前途したようにDenver and Rio Grande Western Railroadは Cheyenne⇔Denver間の Denver Pacific Railway and Telegraph Companyの完成を受けて、Front Range(※53)」山脈に沿って南端のElPasoまでを結ぶFront Range回廊を目指したわけです。

1870年当初はデンバーとニューメキシコ州のサンタフェを結ぶexploitation railway (開拓鉄道)を目指して起業されましたが、その後、ロッキー山中に眠る、豊富な鉱物資源(鉄鉱石、良質な石炭)開発を目的とする典型的なMining-railway(鉱山鉄道)としての鉄路を辿り、Puebloの発展とコロラド州の経済を支える原動力となった訳です。

つまりDenver and Rio Grande Western Railroadは典型的なMining-railway(鉱山鉄道)として成長したわけです。

参※53)Front Rangeとは正しくローキー山脈の前縁山麓!に当たる部分で、南北千キロ以上にわたって続くロッキー山脈が西部の大草原から立ち上がる?山麓部分で、現在でも南北交通路の重要な回廊の一つとなっていて、Interstate 25号(州間高速道路)が貫いています。

2番目の大陸横断鉄道 Atchison, Topeka and Santa Fe Railwayとの壮絶な死闘!

ニューメキシコ州のDemingで1881年3月にSouthern Pacific Railroad(SP)と接続して2番目の大陸横断鉄道ルートを開設したAtchison, Topeka and Santa Fe Railway(サンタフェ鉄道)との間で(殺し屋!迄動員する)壮絶な争いとなり、結局サンタフェ鉄道と和解してRatonまでの州境を越境するルートを譲り、ミドル川に沿って渓谷をさかのぼり、Fir Summit Amphitheater(La Veta passs)を超えて、ワゴン川沿いに下って鉄鉱石の産出地Alamosaを目指しました!

このルートは pioneer(開拓者)達がtrail(幌馬車道)として開拓した路で、途中に、石炭、鉄鉱石などの鉱脈(鉱山)も発見されていたルートです。

Veta pass 付近の現在Forbes Park,Coloradoとして知られている谷間の高原には、森が広がっていて木材の伐採地となっていて、森林鉄道としても貢献しました。(※71)

New Mexico準州(※72)のRaton,に石炭層が発見されて、Ratonに向かいましたが...

参※71)北海道にあった、嘗ての武利意森林鉄道についての、当サイト内関連記事 森林鉄道《鉄道人気スポット ナビ》まるせっぷいこいの森 はこちら。

参※72)New Mexico州はまだ生まれておらず、州境は未確定の状態でした。New Mexico州が準州から47番目の州として昇格したのは1912年1月6日。

第5項 後発組の2つのMining-railway(鉱山鉄道)

第1目 最初からMining-railway(鉱山鉄道)として歩んだDenver, South Park and Pacific Railroad

1872年に開業して、1893年に倒産し!1894年に Colorado and Southern Railwayに買い取られたDenver, South Park and Pacific Railroadは最初からMining-railway(鉱山鉄道)の鉄路(みち)を走り出しました。

現在Leadvilleからの一部区間が保存鉄道Leadville, Colorado and Southern Railroadとして不定期運行しています。

また、Georgetownでは観光保存鉄道Georgetown Loop Railroadとして季節運行されています。

※いずれもGooglemapのサイドバーの地名をクリックすると周辺が拡大されます。

第2目 Mining-railway後発組Colorado Midland Railwayはシルバーブームの衰退と運命を共に

更に、1876年8月1日のコロラド州成立後の1883年に開業した最後発のColorado Midland Railwayは、ズバリMining-railway(鉱山鉄道)を生業としていました!

なので態々険しい「人気のないロッキー山中を"さ迷って!"leadvillを通過して鉱山町Aspenを目指したわけです!

この会社は1890年9月にAtchison, Topeka and Santa Fe Railway,(現BNSF)に売却されて、Puebro⇔Denver間が組み入れられて、その他の区間は廃止!されて、同じくDenver and Rio Grande Western Railroadを買収したUnion Pacific Railroadとダブルトラックでこの間の貨物営業を行っています。

シルバーブームがさり沿線の銀山、金山、鉄鋼・石炭鉱山町が衰退して、Old Coloradd City(現Colorado Springs) の"鉱石市場"がすたれて町が衰退した時に、人気のない渓谷を結んでいたColorado Midland Railwayは運ぶものが無くなり!使命を終えたわけです!

第3目 コロラド鉄道協会の公式コンテンツについて

「アメリカの鉄オタ」もこの辺が理解できないようで、懐古趣味に満ちた「公式コンテンツ?」を制作するのでしょうが?...

先ず、Denver and Rio Grande Western Railroad、Denver, South Park and Pacific Railroad、Colorado Midland Railwayの3つの異なった事業者をMining-railway(鉱山鉄道)として一括りにして、紹介しています。

これでは、夫々の存在した理由の説明にはなりません!

更に、Mining-railway(鉱山鉄道)の使命cargo transportationと、開通当初のtranscontinental railroad(大陸横断鉄道)の果たしたpassenger traffic(旅客輸送)の役割をあやふやにして、混同して説明しています。

続きはこちら

ここをクリックするとこの Content の Opening に戻れます!

 

公開:2021年10月19日
更新:2024年2月21日

投稿者:デジタヌ

Historia『 アメリカ建国に重要な役割を果たした大河川と鉄道』ー第10回ーTOPHistoria『 アメリカ建国に重要な役割を果たした大河川と鉄道』ー第12回ー


 

 



▲Historia,Geopolitics & logistics 研究室へ戻る

 

ページ先頭に戻る