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さいたま市《 タウン ヒストリア 》

彩の国さいたま芸術劇場のある埼玉県・さいたま市とこれ迄の歩み

さいたま市

埼玉県の南東寄り荒川に面した市。

推計人口、1,290,029人/2018年4月1日。

大宮駅-浦和(駅)約6分/170円/JR湘南新宿ライン/6.1km

大宮-東京 33分/550円/JR上野東京ライン/30.3km

過去には「ださい玉」と呼ばれ、最近では「さいたまポーズ」で売り出している埼玉県の県庁所在地。

埼玉県・さいたま市のこれまでの主立った出来事

旧令制国武蔵国に属する

令制国(律令国)

645年旧暦6月12日の「乙巳の変」以降 668年即位した天智天皇によって制定された令制国(律令国)による国分けにより704年の国割確定・国印鋳造を基本として明治初期の廃藩置県後も現在に至るまで行政区分の基本となっている.

1457年(長禄元年) - 太田道灌によって岩付城(岩槻城)が築城される。

現岩槻区は江戸時代、大岡家岩槻藩2万2千石の城下町として、また日光御成街道の宿場町として栄えた。

岩槻藩の所領であった現岩槻区域以外(他の9区)の区域はり細分化され幕府領(天領)や旗本領を中心に、「寺社領」や岩槻藩領(飛び地)が複雑に入りまじっていた。

当時街区(町並み)が形成されていたのは、岩槻町、浦和宿、大宮宿、与野町、および大門宿の5か所のみであった。

岩槻町以外の宿場町は規模が小さく浦和宿と大宮宿は、中山道の宿場町であり、与野町は甲州街道と日光御成街道を結ぶ奥州道中岩槻道の継立場として成立した街で最も規模の大きい街であった。

更に江戸時代は、利根川・荒川流域において、多数の河川の付け替えや沼地の干拓が行われた時代であり、現さいたま市域にある農耕地や集落も、新田開発や新村誕生、逆に閉田・閉村等の大きな影響を受けた。

江戸幕府の「入組支配」


入組支配;江戸幕府が行った政策で、かつての律令国家の上に成り立つ、地方豪族・大名に対し頻繁に転封(国替 )・減封(領地召し上げ)を行い地方の統一・団結を阻む政策。このため明治維新後も府県、郡村の離合集散が重ねられた。

廃藩置県と明治新政府の行政改革


江戸時代、徳川政権の幕藩体制下で有名無地となった「令制国」の復活・修復と、入組支配の結果生じた近隣地区(村)同士の待遇(租税)格差をなくし、「地方創世の基本となる行政区分再編成」を行ったのが一連の廃藩置県政策であったともいえる。

教科書!では1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)の明治新政府の布告日が知られているが実際には1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の大政奉還から版籍奉還 (1868年8月1日)( 旧暦6月24日)を挟み、1871年8月29日の廃藩置県布告を経て1872年の 第1次府県統合、1876年の第2次府県統合終了まで明治新政府によって進められた一連の行政改革でその後の離合も含め武蔵国も幾多の行政変遷にさらされた。

1869年(明治2年)1月13日 - 武蔵国のうち浦和宿の属する足立郡などが大宮県となる。
1869年(明治2年)9月29日 - 浦和宿に県庁が設置され、「浦和県」に改称される。

同年 版籍奉還により最後の川越藩主・松平康載が川越知藩事になる。

1871年(明治4年)8月29日 - 廃藩置県布告により川越県誕生(川越藩領の関係で現在の茨城県や神奈川県内などにも川越県の区域があった)。

同年12月25日 - 第1次府県統合により入間県が誕生し川越城下が県庁所在地となる。

同年11月14日 - 浦和県、忍県、岩槻県が合併し、埼玉県となり暫定的に「浦和宿」が県庁所在地となる。

1873年(明治6年)1月1日(明治5年旧暦12月4日)新政府太陽暦を採用・告示

同年 - 岩槻城が廃城(取り壊し)となる。

同年6月15日 - 入間県と群馬県が統合して熊谷県が発足。県庁は熊谷に置かれる。

1876年(明治9年)8月21日 - 第2次府県統合により埼玉県が入間県と合併、新たに埼玉県が誕生。同年12月1日には旧浦和県庁舎が埼玉県庁舎となる。

1883年(明治16年)7月28日 - 日本鉄道上野駅ー浦和駅ー熊谷間が開通。浦和が東京と鉄道で繋がる。(同時にお隣上尾駅も開業)

1885年(明治18年)3月16日:大宮駅開業。同年7月16日現東北本線(大宮 -蓮田駅-久喜駅-栗橋)栗橋まで開業。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い浦和宿が北足立郡浦和町が、北足立郡大宮宿と4村区が合併し大宮町、北足立郡与野町と9村区が合併して与野町が誕生。

1891年(明治24年) - 岩槻・大宮間に乗合馬車が開通する。

1921年(大正10年)8月 - 浦和から大門・志木への乗合バスが運行。
1923年(昭和12年)9月1日 - 関東大震災発生。倒壊建物は出たが、被害は軽微。浦和町
1929年(昭和4年)11月17日 - 総武鉄道(現在の東武野田線)粕壁駅~大宮駅(仮駅)間が開業。。

1932年(昭和7年)9月1日 - 東北本線赤羽~大宮間が電化完成、電車線(現京浜東北線)が大宮まで延伸開業。(同時に高崎線と東北本線の「列車」のほとんどが当駅を通過するようになった。)


1933年(昭和8年) - 新国道(国道17号)志村-大宮間が開通。
1934年(昭和9年) 2月11日 - 市制施行により浦和市となる。

1940年(昭和15年)11月3日 - 大宮町・他3町村が合併し、大宮市となる。

1944年(昭和19年) - 総武鉄道が東武鉄道と合併し、東武野田線となる

1954年(昭和29年)5月3日 - 南埼玉郡岩槻町と周辺6村が合併し、新・岩槻町となる。
同年7月1日 - 市制施行し岩槻市となる。

1958年7月15日 - 与野町が市制施行により与野市となる。

1965年(昭和40年)10月1日 - 埼玉県内で初めて大宮駅に特急電車の停車が開始。

1968年(昭和43年)10月1日:東北本線大宮駅 - 赤羽駅間3複線化完成により、同区間の京浜東北線(近郊電車区間)と東北本線の「旅客列車」を完全分離。

同時に浦和駅・東北本線列車旅客線ホーム運用開始。朝夕ラッシュ時のみ中距離列車が停車を開始。

1972年(昭和47年)11月13日 - 東北自動車道が部分開通(岩槻IC - 宇都宮IC)。

1980年(昭和55年) - 東北自動車道の岩槻IC - 浦和料金所間が開通。

1982年(昭和57年)6月23日 - 東北新幹線(大宮駅~盛岡駅)開業。同年11月15日上越新幹線(大宮-新潟間)開業、同時に大宮-上野間で新幹線リレー快速が運行開始。

同年11月15日 - 浦和駅で中距離列車の終日停車を開始。

(つまり1968年以来14年間、特急はおろか、殆どの普通列車ですら浦和駅は通過していた!)

1983年(昭和58年)12月22日 - 埼玉新都市交通伊奈線大宮駅~羽貫駅が開業。

1985年に新幹線大宮~上野間開業、同時に 埼京線が開業。

1991年に新幹線上野~東京間が延伸開業 大宮-東京間が新幹線で繋がる。

2001年(平成13年)5月1日に浦和市・大宮市・与野市の3市の合併により誕生し、

2005年(平成17年) - 4月1日、さいたま市が岩槻市を編入合併し、岩槻区が発足。

2013年(平成25年)3月16日 - 浦和駅周辺高架化工事完了に伴い、東北貨物線にもホームを新設し湘南新宿ラインと東武鉄道直通特急「日光」・「きぬがわ」・「スペーシアきぬがわ」が、更に大宮駅始発・終着で運転される臨時「スーパービュー踊り子」が停車となる。

 

公開:2017年2月 6日
更新:2019年7月22日

投稿者:デジタヌ

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