Essay『加古川線の極赤字区間(西脇市⇔谷川)は鍛冶屋線同様廃止!に...』ー第2回ー
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第1項 加古川線の健康状態は血行も悪く最悪!
加古川線の2018年度輸送密度はたったの2,702人!/日、営業係数(※4)494円の大赤字で、
特に西脇市⇔谷川間17.3㎞は運行本数も往復18本/日で8時から15時代は3時間にたった1本!
それでも殆どの便が「空気輸送!」の現状です!
「加古川線の健康状態(営業係数)は血行(列車運行)も悪く最悪!」といえるのではないでしょうか...
第1目 谷川支線?は路線バス転換すら難しい区間!
切り捨てられる!沿線に暮らす交通弱者の通学・通院の「足を確保」するには、commuter bus(通勤通学乗り合いバス)、community Bus (地域内バス)等のomnibus (公共乗り合いバス)路線が必要となりますが...
元々路線バス転換すら難しい区間です。
「県境を跨って無い」ので人の往来もあります!
困ったことに?この区間(西脇市⇔谷川間)は県境を跨っていません!
つまり、わずかではありますが通学・通院需要、つまり「人の往来」が有ります!
なので「持続可能な鉄道事業!」を目指す方向で「鉄道を存続させる必要」があります!
沿線自治体住人が、お互いに異見を出し合って、討論してコンセンサスが取れた時点で、行政当局に働きかける必要があるでしょう!
第2項 地元旧播州鉄道「トカゲの尻尾切!」の歴史
加古(過去)に起こった「播州鉄道支線?廃止の歴史」を振り返ると、伝統的?に「播州の"為政者(自治体長)"は領民の事を考えていない !?」のでは」と思えてくるのですが...
- ●別府鉄道(※22) 1921年9月3日開業→ 1984年2月1日廃止!
- ●高砂線(旧播州鉄道) 1913年12月1日開業→1984年12月1日廃止!
- ●鍛冶屋線(旧播州鉄道) 1913年8月10日開業→1990年4月1日廃止!
- ●三木鉄道(旧播州鉄道) 1916年11月22日開業→2008年4月1日 廃止!
参※22)当サイト内関連記事 別府鉄道 をLRTとして復活できれば 山陽新幹線 新加古川駅 も夢では... はこちら。
第1目 1984年の高砂線(&別府鉄道)の廃止では
高砂線と別府鉄道廃止当時の自治体長へのインタビューでは「あまりにも他人事風な発言」が...
つまり!
『どうせ、わしらの先祖が金出して作った鉄道や...』
『後から来よった、よそ者にとやかく言われんでも...』
『開かん門は開かんやろ!わしらがどうしようが、勝手ちゃうか?』
『適当に補助金出しといて...途っとと見切りをつけて...早めに厄介払いせんと...』
とでもお考えになっているのでは...と勘ぐれてしまうわけです。
第2項 加古川線(鍛冶屋線)の辿った鉄路を振り返ると...
彼ら(自治体・患部?)に任せておくと、
西脇市⇔谷川間の加古川線は、有効なsolution(解決策)を見いだせ無いまま"トカゲの尻尾切"のように、切り捨てられる!でしょう...
第1目 鍛冶屋線は廃止前日まで多くの住人が利用していた!
鍛冶屋線は廃止前日まで、(鉄オタでない!)沿線住人の大事な足として「大勢の市民」が利用していました!
※印は鍛冶屋線
- ●1913年(大正2年)4月1日:播州鉄道 加古川町駅 - 国包駅(現厄神駅)間4.7M≒7.56km)開業。加古川町駅・日岡駅・神野停留場・国包駅が開業。
- ※同年8月10日:国包駅 - 野村(現西脇市) - 西脇駅間延伸開業。国包駅 - 野村駅市場停留場・小野町駅・粟生駅・河合西停留場・大門口駅(現・青野ケ原駅)・社口駅(現・社町駅)・仮滝野駅(現・滝駅)開業。
- 同年9月1日:滝野駅開業。
- 同年10月22日:野村駅(現西脇市駅)開業。
- ●1915年(大正4年)5月14日:加古川町駅国有鉄道加古川駅に統合(公示日)。
- ●1916年(大正5年)2月4日:粟島停留場開業。
- 同年10月21日:播鉄中津停留場・釣橋駅開業。
- ※1921年5月9日 西脇駅 ⇔市原駅間 延伸開業。
- ※1923年5月6日 市原駅 ⇔鍛冶屋駅間延伸開業。羽安停留場・播鉄中村駅・鍛冶屋駅開業。
- ●1923年(大正12年)12月21日:播丹鉄道に譲渡。
- ●1924年(大正13年)12月27日:野村駅 ⇔谷川駅間延伸開業!加古川線全通!比延駅・黒田庄駅・本黒田駅・船町口停留場・久下村駅開業。
- ●1943年(昭和18年)6月1日:国有化され、国鉄加古川線に。
- ●1958年(昭和33年)6月10日:旅客列車が気動車化(ガソリンカー?)
- ●1986年(昭和61年)11月1日:貨物営業廃止!
- ●1987年4月1日:国鉄分割民営化によりJR西日本誕生!
- ※1990年4月1日:野村(現西脇市)駅 ⇔鍛冶屋駅間全線廃止!。元祖西脇駅廃止!野村駅を西脇市駅に改称!。
- ♥2004年12月 全線DC1.5kv電化!
★
- ●黄土色ラインは"トカゲの尻尾切"にあった路線
- ●グレーの汽車マークは嘗ての駅
★第3項 加古川線存続のキーを握るのは加古川市と西脇市
Google map をご覧いただければ一目瞭然!
一連の廃線劇!は加古川市(実力者?)と、西脇市(実力者?)が3セク化(協力)を拒んだからです!
「梯子を外されて」は高砂市(民)も、多可町(衆)も、踏ん張りようが有りま線(せん)!
更に、「バス事業者」が絡んでいるのも隠しようもない事実です!
第1目 迷惑をこうむったのは...
ビデオにもあるように通勤・通学で惑をこうむったのは、尻尾(支線沿線)の住人
今回(西脇市駅⇔谷川駅)も、「両市(患部)が廃止派」に回れば、存続は難しいでしょう!
つまり後述する、「谷川駅構内渡り線"親切"事業」も実現し無い!でしょう。
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公開:2019年9月21日
更新:2024年2月18日
投稿者:デジタヌ
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