タヌキがゆく

高島市《 タウンヒストリア 》

ガリバーホールのある高島市のあらまし

『ガリバーホール』は滋賀県最大の面積693.05?を誇る高島市にある...、言い得て妙ではある。

安曇川流域の旧新旭町と石田川流域の近江今津、知内川流域の旧マキノ町に農耕地や市街地が拡がり、ほかは比良山地や野坂山地などの森林が広がり、自然豊かな風光明媚な町であも。

『日本さくら名所100選』にも選定されているマキノ町海津大崎は、花見シーズンになると10万人を超える観光客が訪れる桜の名所として有名。

旧今津町は「琵琶湖周航の歌」の発祥地としても知られている。

旧今津町・旧マキノ町・旧朽木村は豪雪地帯でもあり、それを利用したスキー場も賑わいを見せ、嘗ては神辺高原と共に京阪神のスキー客のメッカともなっていた。

  • 推計人口、48,637人/2017年10月1日
  • 新旭ー大津 1時間3分/970円/52.8km
  • 新旭ー(京都)ー品川 3時間20分/14,450円/湖西線-新幹線/560.6km

高島市のこれまでの歩み

「高島」の地名は鎌倉時代初期にまで遡り、近江源氏である佐々木信綱の子の佐々木高信が、父信綱より現高島市域に所領を分与されて高島高信と名乗った事に由来する。

高島氏歴代は、高島平野の中央部清水山に築いた清水山城(旧新旭町)を居城とし鎌倉時代・室町時代と将軍家に直属する奉公衆として長く栄えた。

その後安土桃山時代に一時期、磯野 員昌が国替えにより新庄城(旧新旭町)で統治に当たったが、その後に京極高次などが大溝城(旧高島町勝野)を居城とし1619年に伊勢上野から国替えしてきた分部光信により大溝藩が成立して以後明治維新まで大溝城(旧高島町)が近江国高島郡の中心地となっていた。

明治時代に陸軍の駐屯地・饗庭野演習場が置かれたことをきっかけに今津村に『高島郡役所』が設置され、それ以後国や県の出先機関が設置されるようになりは旧今津町が高島郡の中心地となった。

アクセス面から見た町村合併史

1879年(明治12年)5月16日 - 郡区町村編制法の施行により、行政区画としての高島郡が発足

1889年4月1日 9地域で今津村発足、5地区で安曇村発足、3地区で大溝村発足、5地区で高島村発足。

1902年11月1日 - 大溝村が町制施行して大溝町となる。

1906年12月26日 今津村町制施行で今津町誕生。

1921年 地元有志(財界・資本)による江若鉄道部分開業。

1922年4月 浜大津-現小浜線・上中駅の間の国鉄予定線として起案される。

1931年 江若鉄道 浜大津 - 近江今津間51km全通

浜大津と現JR膳所間は京阪石山坂本線を三線軌条化し国鉄と接続し、貨物輸送を主体に連携し、季節列車として大阪からの直通旅客列車なども運行されていた。

1940年2月11日  安曇村が町制施行して安曇町誕生。

1943年4月29日 大溝町と二村が合併して高島町発足

1945年 安曇町と三村が合併して安曇川町誕生。

1955年1月1日 2村合併で新旭町誕生、四村合併でマキノ町誕生、

1966年12月 江若鉄道と競合しない区間の山科 - (仮称)北大津(現在の大津京駅)間と近江今津 - 近江塩津(北陸本線)間が認可される。

1967年1月12日 皇子山総合運動公園(大津市)で湖西線起工式が開催される。

その後地元との話し合いで、江若鉄道全線を日本鉄道建設公団が買い上げ、江若鉄道の既存駅に相当する新駅を設置する事で地元(滋賀県)との交渉が決着する。

1969年 江若鉄道鉄道事業を廃止。鉄道用地を日本鉄道建設公団に売却した。

1974年7月20日 湖西線 山科駅 - 近江塩津駅間 (74.1 km) 全線開業。

1993年10月23日 旧高島町にガリバーホールオープン!

2005年1月1日 - 5町1村が合併して高島市が誕生した。

2006年(平成18年)9月24日 湖西線永原駅 - 近江塩津駅間が交流電化から直流電化に変更。同年10月21日新快速・快速が敦賀駅まで延長され湖西線全区間(現高島市全域)が京阪神エリアと直結した。

 

公開:2016年11月 3日
更新:2019年8月 4日

投稿者:デジタヌ

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