タヌキがゆく

彦根市《 タウンヒストリア 》

彦根市のあらまし

毎年7月に松原水泳場で開催される「鳥人間コンテスト選手権大会」や、マスコット「ひこにゃん」を通じて広く知られている都市。

嘗て徳川家譜代の大名である井伊家の居城・彦根城を中核として彦根藩が置かれた町でも有る。

大規模な都市空襲を受けなかったことから近世以来の城下町や宿場町の町並みが比較的保存されていることでも知られている。

明治4年新暦8月29日がら明治5年新暦3月24日ほぼ半年間廃藩置県が断行され、彦根藩領は彦根県(11月22日から長浜県)となり県庁所在地でもあった。

明治5年新暦3月24日県庁が坂田郡長浜に移転。同年新暦9月28日滋賀県が犬上県を編入合併し滋賀県が誕生したが、県の中心部に有りながら歴史駅経緯から「県庁」を辞退し西端部に位置する大津になった。

県庁が大津市に移ってからも実質的な県庁所在地として発展していく。

平成の大合併迄は、大津市次いで県下第2の人口を持つ自治体であった。しかし、前途の通り地方気象台(彦根地方気象台)、国立大学(滋賀大学)、裁判所支部などといった各種機関が現在も市内に集中し、滋賀県東部における商工業の中心地である事に変わりは無い。

  • 推計人口、113,733人/2017年10月1日
  • 彦根ー大津 38分/970円/JR/51.7km
  • 彦根ー(米原・名古屋)-品川 2時間33分/12,610円/在来線-新幹線(2回乗り継ぎ!)/445.1km

トリップアドバイザーの周辺口コミ ナビはこちら。

彦根市のこれまでの歩み

1602年 彦根山(金亀山)にて、尾張藩・越前藩等7国12大名(15大名とも)が助力する天下普請(手伝普請)による彦根城の築城が始まる。

1606年 彦根天守が完成し井伊直勝が入城。

1615年(元和元年):佐和山藩が廃藩となり、替わって彦根藩が立藩。

1622年 彦根城が完成。同じ頃、城下町もほぼ完成していたとされる。

1632年3月20日彦根藩第2代藩主・井伊直孝が、大和郡山藩主・松平忠明とともに、江戸幕府初代大政参与(大老)に就任。以来幕末の1858年(安政5年)4月23日 (旧暦)(6月4日):井伊直弼が江戸幕府大老に就任。し桜田門外の変で暗殺された後も彦根藩は1866年の第二次長州征討において高田藩との征討部隊が小瀬川河畔にて長州藩諸隊に大敗し、壊滅したように江戸幕府に忠義を尽くしてきた

明治4年旧暦7月14日廃藩置県が断行され、彦根藩領は彦根県となる。旧暦10月10日(新暦11月22日)第一次府県廃合により、彦根県(旧・彦根藩)・宮川県(旧・近江宮川藩)・山上県(旧・山上藩)・朝日山県(旧・朝日山藩)が新設合併し、長浜県が発足。

1872年(明治5年)新暦3月24日県庁が坂田郡長浜に移転。

同年新暦9月28日滋賀県が犬上県を編入合併した。

この時、徳川幕府開白以来譜代大名であった歴史的経緯から、県域のほぼ中央部にあるにもかかわらず、徳川政権に義理立てし県庁所在地を辞退し西端部に位置する大津になったという経緯がある。

1889年7月1日日本国有鉄道(国鉄。JRの前身)東海道線(関ヶ原駅-膳所駅間の開通と同時))に彦根駅が開業。

1923年(大正12年)4月 彦根町(現・彦根市内)にて彦根高等商業学校(滋賀大学経済学部の前身)が開校。

1937年(昭和12年)2月11日 犬上郡から離脱し彦根市成立。

1949年(昭和24年)春、滋賀師範学校・滋賀青年師範学校・彦根経済専門学校を母体に、国立滋賀大学が開校。

1950年(昭和25年)春 滋賀県立短期大学が開校。

1952年(昭和27年)3月29日彦根城の天守・附櫓及び多聞櫓が国宝に指定される。

1956年(昭和31年)7月19日 彦根城跡(外堀などを含む近世城郭としての彦根城跡)が国の特別史跡に指定される。この年東海道本線が電化される。

1964年(昭和39年)4月12日 、名神高速道路が開通し、彦根インターチェンジが供用開始。同年10月1日:東海道新幹線 東京 - 新大阪間開業。

1985年(昭和60年)3月14日 - 新快速が彦根駅まで乗り入れを開始。

1995年(平成7年)4月:彦根市八坂町に滋賀県立大学が開学。

1997年2月11日 ひこね市文化プラザ開館。

 

公開:2016年11月 3日
更新:2019年8月 4日

投稿者:デジタヌ

高島市《 タウンヒストリア 》TOP京都市《 タウンヒストリア 》


 

 



▲近畿調査班へ戻る

 

ページ先頭に戻る