タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

2021年を振り返り...東京 オリンピック はスポーツの祭典から 巨大エンタメ・ショービジネスに!

2021年を振り返ると、「悪しきにつけ悪しきにつけ」東京オリンピックの"強硬開催"に尽きるでしょう...

政府関係者、東京都、相似者「スポーツタレント」まで含め、だれも欲していなかった東京オリンピック強硬開催!

「莫大なスポンサーシップ(放映権)」と「"違約金"損害補償問題!を避けるためだけに開催された「東京オリンピック2021!?」について改めて、見つめ直してみました。

天声狸語 》東京 オリンピック とは何なのか? の目次

プロローグ 貴方は『 東京オリンピック 』を 開催 すべきだと思いますか?

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

※<本記事は2008年4月23日に旧サイトで初稿公開したレビューに一部補筆・改定を加えて2021年版としたコラムです!>

もしもこの質問を、マスコミから街角でインタビューされたら、貴方ならどうおこたえになりますか?

筆者なら、即座に"不要"と答えるでしょう!

現状の、『国家の紐付きオリンピックの開催方式では、プロパガンダに利用され、政治の道具にされるのはアタリマエ。』ダカラです。

決してオリンピックのような、『アスリート達の祭典』が不要だと言っているのではありません!

その『開催の仕方』に問題がある、と言っているのです。

嘗て北京オリンピックが開催された2008年に、長野での聖火リレーが無事に?終わり、聖火は次の国に移動して連日のニュースでの取り上げ方も『他国の騒動に変わった?』ことがありました。

当時、庶民の目は北京オリンピックの代表選手に選ばれるアスリート達に移ってしまいましたが...

武漢ウィリスの猛攻撃の最中に強行される!2021?東京オリンピック開催の今こそ、もう一度原点に立ち返りオリンピック大会の意義を考えなおす時ではないでしょうか?

『クーベルタン男爵の崇高な理想』を具現化するのであれば?...

国際オリンピック協会を多国籍企業の『プロモーター(興行企業)』として、各国の任意団体『国家主義的オリンピック協会』を改めて、"国からの直接補助を一切受け無い"独立した形で『各国政府の紐付き開催』から脱却しなければならないのではないでしょうか!

ご存知の通り近代オリンピックは、フランスのクーベルタン男爵の提唱により1896年(明治29年)アテネで第一回が開催されました。

途中2度の世界大戦(第一次大戦1914年(大正3年)~1918年(大正7年)、第2次大戦(1939年(昭和14年)~1945年(昭和20年))で中断されはしたものの、今日まで"列強各国"の国威発揚の場として利用され続けてきました。

つまり、第一次大戦前の"君主制の欧州列強"のなかで生まれ、人類のためではなく国(国王)間の威信を懸け"国威発揚(発情?)とプロパガンダの道具"にされてきたのです。

国家間のボーダーレスが標榜され、EU(ヨーロッパ連合)のように国境検問が廃止され、EU内を自由に往き来できるようになった今、

このような前時代的な封建体制が生んだ国粋主義に毒された近代オリンピックにどのような価値が有るというのでしょうか?

東京オリンピックを間近に控え、"法外な金額を払わされて放映権"を手に入れているNHKを初めとするマスメディア各社は、話題を聖火リレー問題にすり替えこの問題を取り上げようとはしません。

嘗ての北京オリンピック開催前でも『いったい何の為に、莫大な税金を投入してまで長野聖火リレーを警護する必要が有ったのか?』

が大方のアナリストの辛口批評でもあります。

時の政府にしても国民の関心をもっと大事な問題、例えば『暫定税率問題』からそらせ、どさくさに乗じて衆議院で再可決するために目をそらせた」ようにしか見えないのではないでしょうか。

どうしてもオリンピックを続けたければ、IOC(国際オリンピック委員会)と称する「前近代的な既得権益の権威団体」を解体して、オリンピック(株)としてオーガニゼーション(プロモーター)化して、各国のオリンピック委員会もオリンピック(株)の"各国支社"に事業転換して、 極限まで鍛え抜かれた一流アスリート達の為の、『一大エンターテイメント・スポーツショウ』として再出発すべきではないのでしょうか?

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

第1節 安っぽいナショナリズムを煽(あお)るだけの今の「オリンピック大会」では...

オリンピックのあり方に疑問あり!

東京オリンピックは、"(災)難"のため、誰(政治屋)の為に開かれるのでしょうか?...、武漢ウィルス騒ぎの渦中のこの時期に、「東京オリンピック」を開催しなければならない意味合いをは難(ナン)なのでしょうか?

2008年当時チベット問題にからめて、聖火リレーに対する妨害活動が世界各地で起こり、連日マスコミを賑わして...

昨年2020年Tokyo Orynpicが武漢ウィルスの猛攻にあい延期となり...

コロナ災害の渦中を未だ脱していない状況下にあるにもかかわらず...

医療関係者の心配をよそに、本年2021年"政治的判断・大人の理由?"で、強硬開催される見通しの"オリンピック"とはいったい何(難)なのでしょうか?

オリンピック と政治は切り離して考えるべき!

『スポーツと政治は切り離して考えるべきだ』とアマチュアスポーツの関係者は口をそろえておっしゃいますが、果たしてそう言えるのでしょうか?

国家丸抱えのオリンピック協会が参加者を仕切っている、今のオリンピックのあり方その物に、問題があるのではないでしょうか?

ワールドカップにしても然りです、サポーターと称する人たちは、『ニッポン、ニッポン...』を連呼して、安っぽいナショナリズムに酔い知れているだけではないでしょうか?...

しかしこの人達は一度でも『愛国心』とは何か?

などと、真剣に考えたことがあるのでしょうか?(※01)

参※01)当サイト関連記事 愛国心 を 考える《 天声狸語2008 》 オリンピック や ワールドカップ で決まって持ち出される 愛国心 とは? はこちら。

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

第2節 オリンピック は世界最高峰のアスリート達の"exhibition"になるべきでは...

『クーベルタン男爵の理想』を具現化するのであれば、今のオリンピックの開催方法を、「一から考え直す」必要が有るのではないでしょうか?

例えば、今の各国のオリンピック協会が『国家権力=金』 の傘の下で、

『代表選手』という訳の分からない独善的な選抜をして...

『既得権益の総帥』のような国際オリンピック協会に上申する、やり方自体に問題が有るのではないでしょうか?

第1項 オリンピック その物を完全に『エンタテイメント・ショー』にしたほうが...

今の様な『権威主義的オリンピック協会』を改め、国際オリンピック協会を『国際スポーツイベント・プロモート企業』として多国籍企業化して、各国からの補助を一切受け無い独立した形で、『各国政府の紐付き開催』から脱却してはいかがでしょうか?

勿論、競技場などの施設建設には地方自治体・国などの協力を仰がねば成らない部分もあるでしょうが...

今後は国内においても『選手強化費』などの名目の『不明朗な税金の無駄遣い』は一切やめるべきではないでしょうか? 

第2項 スポーツには上下は無い?

『スポーツに垣根は無い』と言いながら、オリンピックに選ばれた、種目とそうでないスポーツでは、「国内での待遇の垣根」を政府がこしらえているのは衆知の通りです。

雲泥の差どころか、『助成金』名目の『国家からの紐銭?』が全くないスポーツ団体すらも多数存在します!

メジャーなスポーツとしては、"ラグビー"がそうですし、ゴルフ、FIーGP、Kー1GP?ゲートボール!?...数え上げればきりがない程です。

かつてのテコンドーも然りで、野球ですら北京大会後は競技種目から外されたのはご存知の通りです。(東京オリンピックでは大会復帰したようですが)

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

第3節 トップアスリートは人造人間"ミュータント?"

戦前のドイツ、東西冷戦時代に鉄のカーテンで遮られていた「東欧諸国」の事例を持ち出すまでも無く、プロ・アマに係らず未だに国際大会で頻発しているドーピング問題が示すように...

トップアスリートと呼ばれる人たちは、"スポーツ馬鹿?"を逸脱した人類が作り上げた「ある種の"ミュータント"!」といえるのではないでしょうか?

つまり、運動能力を極限まで発達させた"新人類"といえるかもしれません?...(※事実、冷戦時代の共産圏の実態はそうでした)

人類全体の運動能力は進歩しているのか?...

反面、一般人の運動能力は向上しているのでしょうか?

確かに日本では、戦前に比べて、一般人の平均身長・平均体重などの「体格」は向上しているのでしょうが...

高度成長期以降、住環境を取り巻く自然環境が激変した都会においては?...

個人的に言っても、地方都市で育った小生(1951年生まれ)の周りには、運動公園などと言う洒落た代物はありませんでしたが、"山野"が広がっていて、毎日・お勉強そっちのけで駆け巡っていたものでした!

当時、から多少の心肺機能障害と運動関連機能障害を抱えていた小生はあまり運動は得意ではありませんでしたが、都会の高校?に入学して、周りの都会で育った"温室育ち"の「もやしっ子?」達より体力・持久力は優れていました!

毎年各スポーツジャンルの世界記録は更新されていますが...

勘違いしてはならないのは一般庶民の平均的な走・跳・投・泳と言った能力が向上しているわけではない事実です。

世界記録が更新されているのは、"極限まで鍛え抜かれ研ぎ澄まされた肉体"を持つ"改造人間"と言っても良いような"、たぐいまれなタレントをもつトップアスリート達がたたき出しているにすぎません。  

彼らは、日々記録更新のためにだけ精進し、その結果としてすばらしい記録を作っているのです。

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

第4節 青少年のスポーツ心を目覚めさせるトップアスリートたち!

嘗ての軍事教練の功罪とは?

嘗て、戦前には、軍事教練なるものが存在していて、かつ"国民皆兵"徴兵制度で、国民は体力(運動能力)の平滑化がなされていました!

多少物騒できな臭くもありますが、現在寿命を持ち上げているのは、戦前に育った世代であることは否定できません!

つまり、若いころから、「体を鍛える事」に慣れ親しんでいた人たちは、基礎体力を意地(維持)することに抵抗が無いわけです!

受験戦争を戦い抜く"頭能力"だけでは...

子供たちに、遊びを通じて"身近なスポーツ"と親しめる環境を整えることが、自治体・各スポーツ団体に求められる姿ではないでしょうか?

体力がない?と思い込んでいた、子供の頃の"やせ細った小生"でも、近くにあった自然公園?の丘の斜面にあった、遊具(標高差15m近くの滑り台)を日に何十回も昇り降りして、自然に体力を養っていたようです?

(※、「落下防止ネット、と監視人が配置できないと危険だ!」という父兄の指摘で、現在は撤去されています!)

トップアスリート達が青少年のスポーツ心を刺激する..

一部の「才能あるトップアスリート」を発掘するのがスポーツ振興の真の姿ではないはずです!

「スポーツ振興」とは、全ての国民・一般人がスポーツを通じて「健康を維持する自助努力」を支援する事業でなければならないでしょう!

少子高齢化の"老人社会"において、莫大な公的医療費負担が問題となっている今こそ、"国民体育"運動が必要なのではないでしょうか?

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

第5節 スポーツに"権威"は必要ない!

第1項 かつての"メダリストや大選手"が全て高潔な人たちとは限らない!

そう言う人たちが理事に名を連ね、牛耳っているスポーツ振興組織に、"強化費"名目で湯水の如く税金を垂れ流して、理事達が『不明朗な使途不明金』をバラ蒔いている現状が果たして良いのでしょうか?

アスリート達にとっても、現状の日本オリンピック協会が、スポンサーの選定・認可を牛耳っている状況には、不平不満が続出していると聞いています。

例えば、競泳の水着は、水泳連盟が、美津濃とデサントしか認めず、ヨーロッパの強豪達が使用しているハイテク水着は使用を認められていなかったり。

この為に1/100秒を争う競泳では非常に日本の選手に不利に働いていると聞いたことがあります。

"お上→下部組織"という"金の流れ"が無くなり、各アスリート達が個人又は所属スポーツクラブ単位で、スポンサーと契約出来るようなシステムに"『規制緩和?』されれば、アスリート達にとっても、自由度が増えるはずです!

個人エントリー、スポーツクラブエントリーになっても、このようなすばらしいトップアスリート達には、全世界からスポンサーが集まるでしょう。

又、そうでないフツー?のアスリート達でも、所属スポーツクラブや、各種団体、ボランティア等の支援組織からの援助は仰げるはずです。

第2項 より一層のボーダーレス化を

プロとアマチュアの垣根を

プロスポーツとアマチュアスポーツのジャンルの垣根(スキーム)の更なる排除が必要でしょう!

武道、ローカルスポーツなどのマイナースポーツにも日の目を

新オリンピック㈱が、世界的にマーケット(収益)がある!と判断できれば、現状の"格式"によるスポーツの"ランク分け"は必要ないでしょう!

つまりマイナーとされているスポーツでも、「振興団体の国際組織」を設立できれば、オリンピック㈱に競技認定申請を行えるような開かれたシステムにすべきではないでしょうか?

オリンピック(株)も公認料・加盟料・供託金などの収入増となり、プロモーション活動がやりやすくなるのでは?

これにより、全世界に愛好家のいる、空手、合気道、県道、弓道などの、日本古来の武術も、晴れて「スポーツの仲間入り」を出来る可能性が芽生えるわけです!

勿論、ゲートボールも!...

第3項 新時代のオリンピックとは

世界各国で、巡回開催される"exhibition" いわば、テニストーナメントや、ゴルフトーナメント、F1グランプリレースのような、世界タイトルマッチとなることが理想では...

予選(エリア・リーグ戦)を、各国のオーガナイザー(プロモーター)で持ち回り、4年に一度、各エリアのチャンピオン(と上位記録保持者による敗者復活組)を集めたexhibition大会をオリンピック発祥の地、ヨーロッパ最貧国!のギリシャで開催すれば、同国の観光事業の振興にもつながるでしょう。

つまり、現状の各スポーツのリーグ戦を「冠オリンピックイベント」として毎シーズン開催にして、サッカー、ラグビー、などのワールドカップ、野球の世界選手権、テニス・ゴルフトーナメント戦などと"統合"した、アスリートの祭典とすればよいのではないでしょうか!

つまり、世界最高峰のスポーツイベントに国家という枠縛りは必要なく、団体競技なら、"クラブチーム"のチャンピオンシップで良いはずです!

更に、個人競技でも、国籍にこだわらない「認定クラブチーム」の代表同士の競い合いで構わないのではないでしょうか?

第4項 アスリートは自身の"タレントと努力"で大会参加を目指すべき

湯水の如く国民の血税を貰っていて、世界レベルにも達しないような競技の代表選手達は恥じを知るべきです!

アスリート達は国の補助に頼るのではなく、自分達の"タレントと努力"で大会参加を目指すべきではないでしょうか。

これには、以下の改革が必要でしょう。

  • ●一つ、IOCの解体!
  • ●一つ、個人エントリーを採用し、選手団(国)単位での参加の廃止。
  • 一つ、表彰式での、"国旗掲揚""国歌斉唱"の廃止。

以上が達成されればボーダレスを目指す現在の地球人(世界人)は、

"国境や民族の違いを超えて、アスリート達による真のスポーツの祭典" として、

諸手を挙げてオリンピック大会に賛同するでしょう。

※ここをクリックするとこのページの"目次 Topに戻れます!

エピローグ オリンピックをプロパガンダの場としては成らない!

古くはナチスドイツの開催したベルリンオリンピック、最近では旧ソ連が開催したモスクワオリンピック、そして今回のレッドチャイナの開催した北京五輪等など...

各国政府が直接後押しする、プロパガンダの場としての現行の『各国選手団エントリー』方式オリンピックでは、『主義主張のために参加を辞退』する国が現れても致し方無いのでは無いでしょうか!

現状のやり方でオリンピックを継続する限り、未来永劫とも『国威発揚(発情?)』や『プロパガンダ』の場となり、 『オリンピック大会』を政治から切り離して評価することは難しいでしょう!

第1項 『各国の選手団』などは存在しない仕組みを導入すべし!

例えば日本で言う『各種団体』や『NPO法人』等の母体となる普及促進団体が有って、世界大会を開けるだけの『普及』つまりは『観客動員』が見込めるスポーツであれば、国際企業の新生オリンピックプロダクションが世界各地で年一回の『オリンピックの商標を冠した世界大会』をプロモートし、『各国の支社』単位で主催して大会から得た『収益金』で会場のレンタル費、運営費などを全てまかなうような仕組みは考えられないのでしょうか?

第2項 スポーツクラブ後援の『個人エントリー』を基本とすべし

各国オリンピック委員会単位でのエントリー方法も大幅に見直し。

  • ●1)スポーツクラブ(&プロ団体)に所属しエントリーフィーを払えば誰でも予選に参加出来るようにする。
  • ●2)各国・各地で予選を勝ち抜いた者が、メイン会場で開かれる「オリンピック本大会」に参加出来るようにする。

このようにすれば、

『政治とは切り離せない紐付きスポーツ団体』による『国家間の威信を掛けた戦い』でなくなり、

『エンターテイメント・スポーツの祭典』として『真のスポーツマンシップを表現するイベント』に成れるのではないでしょうか?

そうなれば、『聖火リレー』等は単なる『プリキャンペーン』の一環にすぎず、

『人権団体』や『環境保護団体』、『テロリスト』の標的に成ることは無いでしょう!

 

公開:2008年4月23日
更新:2022年1月 1日

投稿者:デジタヌ

JR東西安全事情《 鉄タヌコラム2007 》 安全に対する東西の受け止め方と心構えの差? TOPオリンピック や ワールドカップ などで話題に上がる 郷土愛・愛国心は"ナショナリズムを煽る行為"であってはならない!


 

 



▲社会問題調査室へ戻る

 

ページ先頭に戻る