タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

金沢市《 タウンヒストリア 》加賀百万石の城下町、元・金沢県の県庁所在地

加賀百万石で有名な石川県・金沢市とは

石川県

北陸3県の中心県、同エリアの経済の中心地である。

嘗て、明治9年から明治14年の5年間に亘り編入当時の新川県(現富山県)と敦賀県(現福井県)の嶺北地域を編入し大石川県として、富山と福井に支庁を置いた時期もあった。

推計人口、1,147,447人/2017年10月1日。

金沢市

加賀百万石で有名な元城下町。北陸経済の中心地。現・石川県(元・金沢県)の県庁所在地。明治5年から翌年に掛けての1年間、中央政権の身勝手により県庁所在地の栄誉を剥奪され、元の県名迄も変えられてしまった経緯を持つ都市。

(※タウン歴史ヒストリアはこちら)

推計人口、466,031人/2017年10月1日。

金沢ー東京 2時間33分/14120円/北陸新幹線/450.5km

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金沢市と石川県のこれまでの歩み

旧石器時代にまで遡る古代からの歴史有る県

能登町には縄文時代の前期から晩期まで約4,000年続く長期定住遺跡が真脇遺跡が残されている。金沢市のチカモリ遺跡も縄文時代後期から晩期の遺跡とされている。

奈良時代に入り、718年に羽咋・能登・鳳至・珠洲の4郡を割いて能登国が立てられた。

能登国は741年から757年のあいだ越中国に併合された歴史も有る。

以降能登は越中と、加賀を幾度となく渡り歩く事となる。

平安時代初期の823年になって越前国から加賀・江沼2郡を割いて加賀国が立てられた

奈良・平安時代、加賀・北陸地方には東大寺、西大寺などの荘園が数多くあった。

応仁の乱のころになり加賀国では浄土真宗が広まり、やがて農民らによる加賀一向一揆衆が本願寺を中心に武士の支配を脱却した自治・統治が約100年に渡ってつづいた!

織田信長が100年の太平を破り、柴田勝家らを派遣してこの地を制圧し勢力圏とし能登国を前田利家に、加賀国を佐久間盛政に与えた。

その後豊臣秀吉が政権の座につくと、前田利家は加賀国も領して、尾山御坊跡の尾山城(金沢城)に入り城下町の建設を始めた。

江戸時代加賀藩は産業の振興に尽力し学問や文芸を奨励したことから、城下町の金沢を中心として今に続く伝統文化が興隆した。

明治4年に版籍奉還後の金沢藩は金沢県となった!

1869年(明治2年)版籍奉還で加賀藩は金沢藩と成った。

1871年(明治4年)7月14日 廃藩置県で、金沢藩域は金沢県となった。同年11月20日に・金沢県・大聖寺県両県を廃止し、旧・金沢県を分割し加賀地方に金沢県を置いた。

中央政府の思惑で石川県に改称

1872年(明治5年)2月2日、金沢県庁を「金沢では県域の北に寄りすぎであるためというこじつけ理由」で石川郡美川町(現・白山市)に移し、この郡名より石川県と改称した。現金沢市域は当時石川郡に属していた。

同年9月25日に射水郡を除く七尾県を石川県に併合。同年11月に足羽県より白山麓18か村を併合し、現在の石川県と同じ県域となった。

1873年(明治6年)再び県庁は金沢に移転したが、その後も県名は石川県のままとされた。

大石川県の誕生

1876年(明治9年)、当時の新川県(現富山県)と敦賀県(現福井県)を編入し、富山と福井に支庁を置いた。

1878年(明治11年)12月17日 - 郡区町村編制法が施行され金沢城下534町で金沢区成立。

1881年(明治14年)福井県分離独立

1883年(明治16年)富山県分離独立

1882年3月10日北陸本線(現米原ー金沢間176.6km)の内、長浜駅ー敦賀駅・金ヶ崎駅(現・敦賀港駅)が開業。

1884年(明治17年)4月16日:柳ヶ瀬トンネル開通に伴い、柳ヶ瀬 - 洞道西口間延伸開業。

1887年(明治20年)4月、金沢に旧制第四高等中学校(現・金沢大学の前身)が設置された。

金沢市の誕生

1889年(明治22年)4月1日 - 金沢区に市制施行され金沢市誕生。

同年 7月1日:北陸本線米原駅 - 長浜駅間延伸開業。

1896年(明治29年)7月15日:北陸線 敦賀駅 - 福井駅間が開業。

1897年(明治30年)9月、北陸線 福井駅ー小松駅 延伸開業。

1898年(明治31年)4月に金沢駅まで延伸。(米原-金沢間全線開通)

同年10月、金沢城内に旧陸軍第九師団司令部が設けられた。

同年(明治31年)11月1日:金沢駅 - 高岡駅間が延伸開業。津幡駅・石動駅・福岡駅が開業。

金沢は北陸地域での学問的、軍事的な拠点として発展していく

1899年(明治32年)3月20日:高岡駅 - 富山駅間延伸開業。小杉駅・富山駅が開業、富山駅 - 米原駅間に1往復直通列車運行開始。

1919年(大正8年)金沢市内に路面電車開業、都市化が進む。

1925年(大正14年)4月1日 - 石川郡野村を編入。同年4月10日 - 石川郡弓取村を編入。以降幾多の周辺地域の編有を経て1962年(昭和37年)6月1日 の河北郡森本町編入を最後に現在の行政区域が確定した。

1944年(昭和19年)11月15日 - 海軍小松飛行場 東西1500m×100mと南北1700m×100m、2本の滑走路が完成し、海軍攻撃隊2個中隊を配備。

戦後アメリカ軍に接収閉鎖。

1953年(昭和28年)4月3日 - 小松飛行場再開港。

1955年(昭和30年)7月2日 - 日本ヘリコプター輸送(現・全日本空輸)による小松 - 大阪線の不定期路線を開設。。

1957年(昭和32年)10月1日:木ノ本駅 - 近江塩津駅 - 敦賀駅間 (23.4 km) の新線が単線で開業。木ノ本駅 - 敦賀駅間の旧線 (26.1 km) は柳ヶ瀬線と成った。

1958年(昭和33年)アメリカ軍の接収が解除され航空自衛隊が駐屯。

1960年(昭和35年)4月19日 -小松飛行場 第1次拡張工事着工。主滑走路(東西滑走路)を2400m×45mに延長整備。

1961年(昭和36年)12月20日 - 併用飛行場としてリニューアル開港し、小松 - 名古屋 - 羽田線開設。

北陸トンネルの開通!

1962年(昭和37年)6月10日:北陸トンネル正式開通。

1963年(昭和38年)北陸本線福井駅・金沢駅間が電化。

1964年(昭和39年)9月 - 小松飛行場第2次拡張工事着工。F-104Jジェット戦闘機導入のため滑走路を2700mに延長し、副滑走路を廃止。同年。同年10月東海道新幹線開業。

同年12月25日:大阪駅 - 富山駅間に特別急行「雷鳥」、名古屋駅 - 富山駅間に特別急行「しらさぎ」の運行を開始する、これによって東京ー金沢間の旅客列車が大幅に時間短縮される。

モータリゼーションの到来と市電廃止

1967年(昭和42年)金沢の市内電車が廃止された。

1972年(昭和47年)県内初の高速道路となる北陸自動車道金沢西IC・小松IC間が開通。

本格的空の新時代迎える

1973年(昭和48年)6月15日 滑走路かさ上げ工事により、空港運用を1か月間休止。同年11月1日、ボーイング737小松 - 東京線に就航。

1973年(昭和48年)10月17日 : 小松IC - 丸岡IC開通。

1974年7月20日 湖西線開通 翌年1975年3月10日より金沢-大阪間 が湖西線経由と成る。同年(昭和49年)10月29日 : 砺波IC - 金沢東IC開通。

1975年(昭和50年)9月9日 : 丸岡IC - 福井IC開通。(福井IC - 武生IC/1976年11月2日開通 、武生IC - 敦賀IC/1977年2月8日開通。)

1978年(昭和53年)県内の北陸自動車道は全線が開通した。

小松空港で国際線運航開始!

1979年(昭和54年)12月12日 - 日本航空による国際定期路線(新潟 - 小松 - ソウル線)開設。国際線の運用が開始される

1980年(昭和55年)4月7日 : 「敦賀IC - 米原JCT」開通により北陸自動車道米原ー金沢間全通。

1982年11月15日上越新幹線が開業、金沢ー長岡ー大宮ー上野の乗り継ぎルートで東京がより身近になる。

1985年3月14日東北新幹線上野-大宮間開通で更に便利良くなった。

1986年(昭和61年)10月1日 - 日本航空が小松 - 東京線を開設、全日空とダブルトラック化。

1989年(平成元年)3月11日:ダイヤ改正により湖西線内の最高速度が130km/hに引き上げられ、大阪駅 - 金沢駅間は最速2時間39分と成った。

1991年(平成3年)6月20日:東北新幹線 東京 - 上野間 (3.6km) 延伸開業。1回の乗り換えで帝都東京と繋がる。

1993年(平成5年)4月1日 - 旧日本エアシステムが小松 - 東京線を開設、空の便トリプルトラック化される。

同年(平成5年)志賀町で 志賀原子力発電所(北陸電力)が営業運転を開始した。

1995年(平成7年)4月20日:ダイヤ改正により、「スーパー雷鳥(サンダーバード)」が運転開始。全区間130km/h運転の実施により、大阪駅 - 金沢駅間を2時間29分と成り10分短縮された。、

1997年3月22日ほくほく線開業で東京がさらに近くなる。

2003年(平成15年)石川県で2番目となる能登空港が開港。

北陸新幹線金沢駅開業で帝都・東京と新幹線でつながり再び金沢が新潟と並び日本海側の中心都市に!

2015年(平成27年)3月14日 北陸新幹線 長野 - - 金沢間開業。

2016年(平成28年)3月27日 - 全日本空輸、羽田便を1日6往復から4往復に減便 。
同年4月1日 - 全日本空輸、北陸3空港(小松、富山、能登)のマルチエアポート制度の取り扱いを終了。

 

公開:2017年1月13日
更新:2019年7月22日

投稿者:デジタヌ

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