音響研究室便り『旅するタヌキ』

嘗ての自動車大国 アメリカ を築き上げた高速周回路達《 memories of banks 》第2回  

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自動車の育ての親!アメリカには、Proving Groundの廃墟や使われなくなったSpeed Way(アメリカンオーバルトラック)の遺構が多数存在します!

前書き 自動車育ての親アメリカにあるバンク遺構の数々

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(※以下、用語については当サイト関連記事 プルーピンググラウンドの走路用語と解説をご参照願います。)

アメリカには嘗ていわゆるヴィンテージカー、クラシックカーと呼ばれるhigh-priced luxury American automobil marquesga(※1)が数多く存在していて、その遺産としてブランド消滅と共に廃止されて住宅地に成ったり、一致分が遺構として残っていたり、持ち主が変わって今も現役のProvinng Groundとして使われていたりするコースや、ストックカーレース場としてにぎわっていた時期もあるアメリカンオーバルショートトラックなどが全土に散らばっています!

参※1)当サイト関連記事 時代の流れに翻弄されたVintage Brand Carと企業買収の歴史 その6 米国はこちら。

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《 memories of banks 》の総合目次

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第1回 ヨーロッパ の高速周回路跡 

世界初の常設クローズドサーキット、英国の旧『ブルックランズ (Brooklands )サーキット』そしてイタリアのモンツァ・サーキット...

第3回 輸出産業を支えた日本 の高速周回路 跡

伝説のスカイラインGTの生誕の地旧プリンス自動車工業 旧・村山テストコース、そして数々の世界記録を誕生させた日本初のFIA国際公認高速周回路旧谷田部試験路等

※ご注意、これらの施設のほとんどは現在非公開施設です!、一般人は特別イベントが開催される時以外は見学できません!

※以下、用語については当サイト関連記事 プルーピンググラウンドの走路用語と解説をご参照願います

旧Packard Proving Grounds

49965 Van Dyke Ave, Shelby Charter Twp, MI 48317 アメリカ合衆国

1928年→1956年

敷地面積 560エーカー(230ヘクタール)

参※Wikipedia関連記事 Packard Proving Grounds はこちら。

嘗てのking of high-priced luxury American marque's として日本の皇室でも採用されたPackard(※2)のPGです。

GMのMilford Proving Ground(1924年)に遅れること4年後の1928年に完成したこの施設は旧管理棟などがPackard Proving Grounds史跡として非営利団体Packard Motor Car Foundation(公式サイトはこちらhttps://packardprovinggrounds.org/)により一の施設が所有されて公開されています。

パッカードプルービンググラウンドは、タイミングタワーを備えた2.5マイル(4.0 km)の高速コンクリート楕円形トラック、さまざまな条件のマイルのテスト道路、飛行機格納庫(パッカードは航空機エンジンの開発にも関与しており、トラックの内野を使用していました)ランディングストリップとして)、修理用ガレージ、および試験場のマネージャーとその家族を収容するゲートハウス/ロッジ。チューダーリバイバルロッジの建物はまた、8台、プラスエンジニアを訪問して寮の部屋のためにガレージスペースを持っていました。《Wikipediaより引用》

参※2)当サイト関連記事 時代の流れに翻弄されたVintage Brand Carと企業買収の歴史 その6 米国はこちら。

高速周回路

一周2.5マイル(4㎞)のコンクリート舗装されたバンクを持つオーバルトラックがありました。

オーバルトラックの走路跡(直線部分)が一部分残っていますがほとんどのエリアは住宅地になっています。

GM,Desert (Mesa) Proving Ground

Unnamed Road, Mesa, AZ 85212 アメリカ合衆国

Google earth Mode(航空写真モード)で閲覧するとコースの全容を確認することができます。

Phoenix-Mesa Gateway Airport(旧ウィリアムズ空軍基地)の真東に当たるニュウタウンエリアにあった施設です

1953年に開所して、2009年7月完成したDesert Proving Ground Yuma(※3)が完成すると同時に閉鎖されました。

1941年に開港してした旧ウィリアムズ空軍基地が旅客機を収容するように拡張され、施設は1994年にウィリアムズゲートウェイ空港として開設されて利便性が各段に向上しましたが、反対に民間機の飛行規制は緩和されて機密性は大きく後退しました。

敷地面積 約177haの大きな施設でしたが、前途の通り1994年に民間空港となったウィリアムズゲートウェイ空港のすぐ隣では気密性に問題があり、砂漠地帯特有の気象条件で施設の老朽化も著しく進んでいたりして、国際空港の開港でメサの市街地化が進んだ等の理由で、新しい施設に移ったのでしょう。

60年代から80年代、3.5マイル(5.6 km)の新しいユマの施設より1マイルも長い本拠地Milford Proving Groundと同じ直径約1.4マイル(約2.3km)全周4.5マイル(約7km)の高速周回路でカマロ、ファイアーバードといったアメリカンマッスルカーが周囲を気にすることなく爆音を立てて走行していたと思うだけで、胸が熱くなります!

地図をごらんいただけばお分かりのように、空港に面したエリアは空き地?で残っており、今後武漢ウィルス騒ぎが落ち着いて、航空需要が回復したらhoenix-Mesa Gateway Airportの拡張に充てられるのかもしれません?

参※3)当サイト関連記事 かつての世界ナンバーワンGMのPGはこちら。

旧Toll Bros Chrysler Proving  (Wittmann, Arizona)

33040 N 203rd Ave, Wittmann, AZ 85361 アメリカ合衆国

公式サイト https://www.nashvillesuperspeedway.com/

※Google earth Mode(航空写真モード)で閲覧するとコースの全容を確認することができます。

場所:33°47′41.2974″ N 112°29′46.737″ W

5,555エーカー(2,248ヘクタール)の面積をカバーし、そのうち3,836エーカー(1,552ヘクタール)がフェンスで囲まれています。

この施設には、車両やコンポーネントの太陽への露出をテストするエリア、都市の交通コース、腐食対策施設、山のグレードへのアクセスも含まれていました。

この施設は、民間デベロッパーに売却されたため、現在は閉鎖されています。

《Wikipediaより引用》

Ford,Flat Rock Assembly Plant の旧PG

1 International Dr Flat Rock, MI 48134 アメリカ合衆国

1972年 Ford の Michigan Casting Center (MCC) としてオープン

1987年 Mazda Motor Manufacturing USAとして再オープン時にProving Groundを併設?

2011年 再びFlat Rock Assembly Plant となりProving Groundは運用停止!

※Google earth Mode(航空写真モード)で閲覧するとコースの全容を確認することができます。

嘗て(1992 年~2011の間)Mazda Motor Manufacturing USAの製造拠点でした。※4)

北米向けカペラ(Mazda626)のノックダウン生産で始まり、2003年型の Mazda 6(アテンザ)が、1998 t~ 2002年の間には Ford ContourとMercury Cougar がそして 2005年からは再登場のFord Mustang も組み立てられていました。

FORDとの提携が解消されてからFlat Rock Assembly Plant となり引き続きFord Mustang、そして新たにLincoln Continental.が生産されるようになりましたが、生産台数は大幅に減少して、約500人の季節労働者を含む1,000人以上の労働者が解雇されました。

参※4)Wikipedia関連記事 Flat Rock Assembly Plantはこちら。

旧走路は現在完成車の一時置き場と出荷ヤードに転用

Ford Flat Rock Assembly Plantに併設されていたPGで、今も嘗ての高速周回路の遺構がのこっており、インフィールド南端に設置されていたスキッドパッドも含め完成車の、駐車場として使用されているようです。

バンク付き転回路を持つ直線路跡?

走路は3車線あったようで、南・北の各転回路はアメリカンにしては珍しいコンクリート舗装のバンク路で、特に北側バンクはRも大きくかなりのバンク角(30度?)で高速120mph(192km/h)ていどの高速コーナーだったようでが、南バンクは径も小さくバンク角もさほどでもなく(15°程度?)、ひょうたん型にくびれていてしかもくびれた部分にはバンク角がついていないので、どちらかといえば西側のバックストレッチで最高速テストに使用されていた走路なのかもしれません?

この走路以外の走路は現在跡形もなく、往時をしのばせるのはこの駐車設備?だけになっています。

この走路で面白いのは、南側転回路の中央部はスキッドパッドになっていたようですが、北側転回路の中央部分は溜池(遊水地?)になっていることでGMのblack Lakeと違って渡り鳥が間違って飛来しても問題が無い施設だったようです?(※5)

参※5)当サイト関連記事 Black Lake proving groundはこちら。

Nashville Superspeedway

4847-F McCrary Rd, Lebanon, TN 37090 アメリカ合衆国

開場 2001年 2011年レース場開催終了

公式サイト https://www.nashvillesuperspeedway.com/

嘗て2011年8月までレース場としてレースも開催されていたが、現在は一般走行のみの時間貸し施設となっている。

Rockingham Speedway(US)

2238 N US Hwy 1, Marston, NC 28363 アメリカ合衆国

公式サイト https://www.rockinghamspeedway.com/

開設 1965年 

2007年 レース開催終了

2015年7月 閉鎖

参※Wikipedia関連記事 Rockingham Speedway(US)はこちら。

2018年以降Rockingham Properties LLCが所有していますが動きはありません!

一周1マイル(1600m)のショートオーバルは最大角度25°のバンク持っており、さらにインフィールドには一周1.65マイル(2.57km)のテクニカルコースが設定できる走路もありました。

さらに2008年には場外にリトルロックと呼ばれる新しい0.526マイル(847 m)のフラットオーバルトラックが建設されていました。

現在走路はかなり荒れていますが、現存しています。

国道を挟んで北側にはドラッグレース場Rockingham NC Dragstrip(公式サイトはこちら)が営業を続けています。

North Wilkesboro Speedway(Dale Jr Speedway)

North Wilkesboro, NC 28659 アメリカ合衆国

オープン  1947年5月18日 1996年閉鎖

2010年一時仮営業 2011年5月9日完全閉鎖

一周0.625マイル(1.006 km)オーバルコース コーナー14°(ストレッチ部分3°内傾)

参※Wikipedia関連記事 はこちら

※Google earth Mode(航空写真モード)で閲覧するとコースの全容を確認することができます。

嘗てNASCARレースが開催されていたショートトラック。

他のショートトラック同様にこのトラックもダートトラックとしてオープンして、1957年に走路長5/8マイル(1㎞)の舗装トラックとなりました。

1996年1月1日、ステイリー家が所有するノースウィルクスボロスピードウェイの50%の持分が、ニューハンプシャーモータースピードウェイの所有者であるオーバルトラックの開発者でありプロモーターであるボブバーレに売却されました...トラックは1996年の秋のレース後に閉鎖されました。《Wikipediaより引用》

その後2005年にロブマースデンによって設立されたSTS Motorsports、Inc.が、Save the Speedwayを立ち上げて2010年の1シーズンだけ、スピードウェイの支援を行いレースを開催しましたが、2011年4月のレースの後、Save the Speedwayはスピードウェイアソシエイツとの提携を中止し、スピードウェイのサポートを中止すると発表しました。

Google earthで確認できるように現在も、トラックと鉄骨つくりのスタンドは残されていますが、施設は完全に閉鎖されていて、施設以外の敷地は所有者の農場になっているようです。

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公開:2020年8月29日
更新:2021年1月20日

投稿者:デジタヌ


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