音・道・楽・人 分室『旅するタヌキ』

大隈講堂《ホール 音響 ナビ》現在に通じるホールデザインの"活きた教科書!"

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大正モダニズムから昭和初期にかけての、アーリーアメリカン・ショー・レビュー劇場の要素を取り入れながら、建築音響学の先駆者佐藤武夫先生が苦心の末に、デザインされた大熊講堂。その後の昭和初期の「大劇場建設ブームラッシュ」に、また近代映画館デザインにも多くのヒントを与えた記念碑的ホール。

大隈講堂のあらまし

Official Website https://www.waseda.jp/culture/

地上3階、地下1階。で地下に 小講堂を備えている大講堂。

早稲田大学の戸塚キャンパスにある講堂。

同年(1927年)誕生の一橋大学・兼松講堂(※ホールナビはこちら)とともに活きた文化財として有名なホール。

特に日本の建築音響学の始祖・佐藤武夫先生が設計にかかわったことでも有名で、音響に優れた現存する昭和初期の本格的洋式劇場としても名高い。

建設当時の最新流行を取り入れたデザインで、旧帝国劇場(1911年3月開館)、宝塚大劇場/(兵庫県)(1924年完成)などの最新式洋式劇場(レビュー・ショー劇場)の流行を取り入れ、2階バルコニーの下層部に対するオーバーラップが大きいフロアー配置だが、このホールの成功がその後1929年開館の日比谷公会堂や、翌年1930年9月完成の名古屋市公会堂(※ホールナビはこちら)などの多目的ホールデザインにも多くの影響を与え、その他今となっては現存しない昭和初期の日本のレビュー・ショー専門劇場の「雛型」となり近代劇場デザインの一つの様式を決定つけた銘ホール!

その流れは、現在に至るも続き、「宝塚大劇場」(※ホールナビはこちら)その他のレビュー・ーショー劇場デザイン手法の一つの流れとして受け継がれている。

※ご注意;以下※印は当サイト内の関連記事リンクです。
但し、その他のリンクは施設運営者・関連団体の公式サイト若しくはWikipediaへリンクされています。

大隈講堂のロケーション

ところ  新宿区戸塚町1-104

早稲田鶴巻町西交差点を西に辿ってすぐの、ロータリーに面している。

ロータリーの周囲は、本講堂南正面には小野記念講堂、ロータリーを挟んで西側には会津八一記念博物館、等文化施設が並び回りを校舎が取り囲んでいる。

大隈講堂へのアクセス

鉄道・バスなどの公共交通

もよりの駅 

東京メトロ東西線早稲田駅 3a出口より徒歩約5分400m

都電荒川線早稲田停留所より徒歩約5分450m。

バス停

マイカー利用の場合

キャンパス内は基本的に部外者車両乗り入れおことわりです。

公共交通機関をご利用ください。

大隈講堂がお得意のジャンル

主に学内の催しに利用され、学外の団体も理事会の審査で「ふさわしい」と判断された場合は条件付きで解放されているのは兼松講堂と同様。

大隈講堂の建築音響デザイン

建築音響学の大先輩の作品を評するのはおこがましいことでもあるが...。

大隈講堂の音響デザインについての所見

(公式施設ガイドはこちら。)

プロセニアム形式の立派なステージを備えた「演劇」にも対応できる講堂。

平土間から続く緩やかなスロープを持つ、メインフロアーと、比較的急峻なスロープを持つ2階バルコニー席で構成された2層構造のホール。

時を同じくして誕生した兼松講堂が、西洋渡来、日本固有の伝統的?公会堂スタイルの建物なのに対して、こちらは超モダンなデザインのホールである。

またこちらは、後に定番となった、硬質両開きドアと、分厚いカーテンの組み合わせの出入り口となっている。

釣鐘型のフロア形状と扇形段床配置の客席

佐藤武夫先生の面目躍如といったところが、フロア形状は釣鐘状を基本としており、これに扇形段床配列座席(※11)を併用し、さらにスロープ最上段の平行壁面部分の両側壁間を20m超(※12)に拡幅し、この3つで定在波(※13)の発生と、音響障害対策(※14)としている。

参※11)当サイト関連記事  第1節 扇状段床座席を用いたホール横断定在波の障害回避策 はこちら。

参※12)当サイト関連記事  第1項 「壁面間隔20m超」の伝承技法の誤り!について はこちら。

参※13)当サイト関連記事  第2章 定在波で起こる音響障害『ミステリーゾーン』 はこちら。

1階メインフロアー

最前列から3列C列までが平土間ぶぶんで、D列から最高列U列まで緩やかな扇形段床スロープの客席アレンジとなっている。

貴賓席を持つ2階バルコニー

2階バルコニー両翼に前方に貴賓席が設けられ普段は分厚い半円錐状の音響カーテンで覆われている。

客席はメインフロアー同様に扇形段床上に配置されている。

客席側壁

全体平面形状が釣鐘型なので、各フロアー周辺の背丈ほど迄の部分は垂直壁となっている。

壁面は兼松講堂と同様に当時一般的だった「漆喰」で表装されている。

ホール全体を覆う巨大なアーチ天井とヴォールト

ヴォールトの明り取り部分を持った大型アーチ天井が用いられている。

中上層部に当たる、アーチ天井の壁面は鱗状に丁寧に整形されている。

明り取りのヴォールト天井部分は、割と大きな曲率だが、焦点(球面中心)はメインフロアーのオーディエンス頭上数mになる様に曲率が選ばれている。(※14)

参※14)当サイト関連記事 「パラボラ収束音場クロス拡散法」(音響シャワー法)とは?はこちら。

当時のレビュー・ショー劇場の定番・馬蹄形プロセニアムとサブプロセニアム

プロセニアムは馬蹄形(トンネル断面型)でプロセニアムの前方仮設脇花道背後壁面は、馬蹄形のアーチがかかっておりプレプロセニアムというか全体が反響板となっている。

総評

改修時に2階大向う壁面が縦桟を配したグルービング材に換装されたりはしているが、全般にオリジナルの状態を良く再現している。

釣鐘型で(平行壁面キャンセル)定在波の発生を封じ込めたのはグッドアイデアであった。

※画像をクリックすると拡大できます。

echo2.jpg

つまりホール間口方向定在波は、ステージ%平土間かぶり付き!部分、今風なら脇花道部分で生じやすく、多目的ホールでは、通常平土間のこの部分は、ハノ字壁面として「間口定在波」の発生を抑制している!

一方ホール後方については(実際には、定在波音響障害の殆どの原因「低周波成分」は球面波に近い反射特性なので、ホール後方でも間口方向(ホール横断方向)にも散乱して、定在波を生じさせるが...)

直進性の音声帯域(※21)の内1kHz以上の中高音域では、直角方向への散乱は少ないので、並行部分を残す傾向がみられる。

先生は平土間部分の側壁とホール後方の壁面を「出来るだけ滑らかにつなげる」釣鐘形状を際されたのであろう!

当時の最先端モダンデザインを取り入れたのは良いが、兼松講堂などに対して、オーディエンス周辺の漆喰壁の面積が目立ち、何故この部分まで漆喰にしたのかわからない。(せめてメインフロアー周辺は木質パネル(板張り)で良かったのではなかったのか?

※参21)音声周波数帯域とも言われ楽器や肉声の基音となる300~3400Hzの低・中音域を指します。ちなみに電波法のAM放送の公称伝送帯域は100 Hz~7,500 Hzです(実際には50Hz程度から12kHz程度は伝送できています。)関連記事「音の良いフルレンジスピーカー列伝」はこちら。

最後部の完全並行拡幅部分の意味は?

1・2階ともに最深部に一部並行壁部分があるが、この部分の壁面間隔が伝承技法に従って約20.5mまで拡幅されて、可聴音域を避けているが...

当初は、座席は配置されていなかったのではないだろうか?

つまり、この部分は当初「立見席」程度にして置き「座席」とはされていなかったような気がする!

この部分の意味合いは、「大隈講堂デザインに関する所見」を拝見していないのではっきりとは分からないが、多分、背後壁目で生じる強い初期反響を、「相殺するゾーン」を意図されたのではないだろうか?

つまり当時吸音材を用いた吸音・遮音壁の技法が一般化されているわけでも無く、「分厚いカーテン」ぐらいしか、強い初期反響を抑制する手段がなかったので、この部分の「共鳴」で消音することを考えられたのかもしれない?

軒先が深い下層部に対するオーバーラップの大きい上層部バルコニー

音楽ホールというよりはどうやら当時の学長の意図をくみ「西洋演劇劇場」として、肉声の通りと視認性を重視し前後長を切り詰めるために、下層部に対するオーバーラップの大きい軒先が深い上層部バルコニーを採用したようであるが、コンサートを聴くには1階メインフロアー後半座席は不向きなような気がする。

音響拡散体の数々

当時、残響の概念(※22)などまだ一般的(輸入されておらず?)ではなく、装飾的な意味合いが強いだろうが、当時のトラディッショナル建築の代表である兼松講堂(※ホール音響Naviはこちら。)壁面からガセット一体型の剥き出し天井梁を用いていたのとは対照的に、当ホールはモノコック?構造のアーチ天井で、側壁上層部に前途貴賓席の切れ込みを生かしたサブドーム、そして天寿王は明り取りを兼ねたドーム・ヴォールト、メインフロアー側面には、装飾窓、装飾(非常)扉、壁面灯、そしてサイドプロセニアム中層にある装飾窓、更にはプレプロセニアム等々音響拡散体(※6)も数々配置されている。

参※22)当サイト関連記事 第1章 「エコー」と「後期残響」は別物はこちら。

惜しまれる怪築?

態々定在波実被害席を親切?

前途したように、2回大向こう背後壁を"今風"の木質パネルに縦さんをあしらったグルービングパネルに改修したのは良かったが...

多分修復(改築)時に2階バルコニーのP列中央部14~21番席8席を撤去し、新たに最上段の通路部分の両袖部分にQ列の1~4番と31番~34番として移設し、中央部分に映写室を張り出したために2階大向こうに幅8mの完全平行壁が出来てしまった?

つまりこの部分に約21.3Hzの半波長周波数成分を持つ定在波が発生するエリアが新たに出来てしまったことになる!

つまりは前途したように幅約20.5m 手半波長定在波成分8.5Hzの「音圧変調停留ゾーン」兼レゾネーターとして、消音エリアであったはずなのに、態々改悪したことになる!

ついでに壁面障害席もオマケとして増設?

更に多分建設当初のままの姿を保っているであろう1階メインフロアーの後部の幅約20.5mの完全平行壁面部両袖の座席配置から推測?して、2階後部O・P・Q列の1&34番席も修復時に追加されたものと思われる。(オリジナルの客席図が公開されていないのであくまでも憶測?)

再度の改修を望む!

"活きた文化財"として、一般団体へのレンタルも行われているようだが...

前途した2階バルコニー最後列部分は(あまり使用されない?)映写室を撤去して、オリジナルに戻すか、両翼の座席は撤去すべきであろう!さらに背後壁、及び映写室の凸部を含む側壁部分は「縦格子(音響グリッド)+グラスウールなどの吸音材構成の吸音・遮音壁に改修するべきだろう。

場合によっては、背後壁を撤去して、縦格子によるパーティション構造にして、建屋外壁のガラス窓前部に「分厚い音響カーテン」を敷設すれば、基本この部分ではホール軸方向の定在波は発生しないデザインなので、現状の大向こう席も成立するかもしれない?

1回後方背後壁の改修

※画像をクリックすると拡大できます。

echo_sound.jpg

1階最後列背後壁に関しては、釣鐘現象(※99)も大きそうなので、カーテン背後の見えない部分を「縦格子+吸音材」の最新手法で「吸音・遮音壁」に改修する方が「先生のデザインコンセプト」を引き継ぐことになるのではないだろうか?

参※99)当サイト関連記事 『第2節 定在波音響障害とよく似た釣鐘現象 はこちら。

大隈講堂の施設データ

  1. 所属施設/所有者 早稲田大学大隈記念講堂/早稲田大学。
  2. 指定管理者/運営団体 ㈱早稲田大学プロパティマネジメント/早稲田大学。
  3. 竣工・開館    1927年10月20日竣工
  4. 設計  佐藤功一、内藤多仲、佐藤武夫共同設計
  5. ゼネコン 戸田組(現・戸田建設)
  6. 音響設計 佐藤武夫
  7. フロアー配置図・フロアマップはこちら

大隈講堂

  • ホール様式 プロセニアムステージ付き講堂様式、
  1. 客席仕様;(※客席配置図・座席表はこちら)2スロープ2フロアー 
     
  2. 収容人員1123席
    • 木質パーケット床、

  • 各種図面,備品リスト&料金表。

施設利用料金

  • 利用案内をご覧の上直接お問い合わせください。(申し込み団体審査あり)

大隈講堂これまでの歩み

1926年(大正15年)2月11日 着工

1927年10月20日 竣工。

1999年、東京都景観条例による東京都選定歴史的建造物に指定される。

2007年9月末 耐震補強を含むリニューアル完成。

2007年12月4日付  重要文化財(建造物)に指定される(東京都選定歴史的建造物は解除)。

※参照覧

※1、定在波対策については『第4章 セオリーその1 "定在波の駆逐" と "定在波障害の回避策"』をご覧ください

※2-1、定在波の悪影響に関する一般人向けnatuch音響さんの解説記事はこちら

※2-2、定在波に関するWikipediaの(技術者向け)解説はこちら。

※3、関連記事『ホールに潜む ミステリー ゾーン (スポット)とは?』はこちら。

※4、第11章 ドームとヴォールトはこちら

※5、直接音、初期反射音、残響音についての(株)エー・アール・アイさんの解説はこちら。

※6、音響拡散体については、『ホールデザインのセオリー 第9章第3節第1項 音響拡散処理と音響拡散体となる要素』をご参照ください。

をご覧ください。

 

公開:2018年7月30日
更新:2021年1月 2日

投稿者:デジタヌ


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