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ダンロップタイヤの高速周回路《バンク伝説》ダンロップタイヤその1 住友ゴム工業

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Dunlop ブランドタイヤは嘗て英国に本社を置き motor sports分野とくにモンテカルロラリーでは当時のBLMCのminiと組んで常勝タイヤSPラジアルを送り出していたタイヤメーカーでもあり。

世界各地のクローズドサーキットにDunlop buridgeというコースをまたぐアーチを作っていたことでも有名です。

前書き

※ご注意、この施設は非公開施設です!、社外の一般人は特別イベントが開催される時以外は見学できません!

※以下用語については 当サイトシリーズ記事プルービンググラウンドについての走路用語と解説 を参照ください。

現在は同じく同国にあったっ巨大国営企業集団BLMCどうように解体されて、タイヤ部門は住友ゴム工業の子会社を経て、現在は世界3位の米Goodye社の一部門となっています

(※小生も1975年当時初めて履いたロープロファイルタイヤ?175/70SR13サイズのテキスタイル!ラジアルがSPラジアルでした。

ブロックパターンに細かなサイプ(グルーブ)を刻んだタイヤは、オールシーズンタイヤでもないのに、抜群の雪道性能を備えていて、積雪15cmほどの峠道路!で前を走る標準タイヤ(多分5.60-12-4PRの標準バイアスタイヤ!※)にチェーンを巻いたカローラを追いかけまわして、下り道で道を譲ってもらった経験があります!

このタイヤはほぼオールシーズのオールマイティータイヤでしたが、欠点は"大きなロードノイズ"でスティールラジアル化と一層のロープロファイル化(82→70→60→55→45→35!)が進んだことで市場から消えてしまいました。

その後このマイクログルーブ細かなサイプの技術がBRIGESTONEによって見直されてスタッドレスのオールシーズンタイヤ「Donut」に反映されて「アイスコンパウインド」の開発とともにスタッドレスのオールシーズンタイヤとして開花したわけです!もちろんこのタイヤもマイカーに履かせて有難く使わせていただき、冬場の信州上田市へのビジネスの心強いパートナーとなってくれていました。)

参※1)当時出始めた155/82R13タイヤに相当する外形の5.6インチ幅の12インチバイアスタイヤ!つまりアスペクトレシオ100%以上のバイアスタイヤ!

住友ゴム業が作るDunlopタイヤとは?

1909年には兵庫県神戸市に工場を設立して日本ダンロップが産声を上げこれが日本における最初のタイヤ工場となりました。

1985年にプラザ合意によるバブル経済の予兆で、日本で合弁事業住友ダンロップ(日本ダンロップ)を経営していた住友ゴム工業が、英Dunlopのタイヤ部門を買取りました。

1991年(平成3年)2月に日本でのバブル経済がはじけて、住友ゴム工業自体も不良債権を抱えて、その後10年に渡り資産整理に明け暮れました。

1999年に住友ゴムと米Goodyerが提携を結び、両者の間で北米、欧州とアジアと前途以外のエリア向けの供給を分担することとなりました実質的な資産分割譲渡です。

それぞれ異なった別シリーズの製品がDunlopブランドで流通するようになりました。

2003年に 住友ゴム工業が日本ダンロップを吸収合併してダンロップタイヤ株式会社が誕生して日本でのダンロップ事業は住友ゴム工業系列に一本化しました。

2005年1月にダンロップタイヤ(株)とファルケンタイヤ㈱ (旧オーツタイヤ)が合併しれダンロップファルケンタイヤ株式会社となりました。

同社は住友ゴム工業の子会社としてダンロップ、ファルケン両ブランドのタイヤ販売を行っていました。

2010年1月1日にダンロップファルケンタイヤ株式会社は親会社の住友ゴム工業に吸収合併されて、同社のタイヤ製造部門となりました。

この時点では「旧英Dunlop」タイヤ部門の資本はグッドイヤーが75%の株式を所有して、残る25%を住友ゴム工業が所有していました。

2015年9月になりGoodyerとの提携が破棄されて以来、旧英国Dunlop事業部の株式は完全に米Goodyerに移り100%子会社となり資産(工場設備)もGoodyerのものとなり現在に至っています。

日本国内で販売会社のダンロップグッドイヤータイヤを住友ゴム工業が買い取り、日本グッドイヤーはグッドイヤー社が買い取り日本における出先機関としました。

2016年(平成28年)1月 - ダンロップグッドイヤータイヤを吸収合併。

但しDunlopタイヤのアジアにおける商標使用権は住友ゴム工業が有償での独占契約を交わして住友ゴム工業で開発製造されたDunlopタイヤがこれらの地域で流通しています。

さらに欧州市場には FALKEN(ファルケン)ブランドで輸出もしています。

※日本・アジア市場ではDunlopブランド一本に統一しています。

つまり住友ゴム業が作るDunlopタイヤほとんどすべてが国産技術で開発されて製造されており、米Goodyerが製造・販売している欧州、南北アメリカ大陸向けのDunlopタイヤとは全く「生まれも育ちも違う」いわば老舗の本家・分家が夫々同じ商標で別々の地域にデリバリーしているお酒のようなものです?

住友ゴムが本家Dunlopの資産(商圏)を手放さないで済んでいたなら、ブリジストン、ミシュラン、ファイアストーン、に次ぐ世界第4勢力となっていたことでしょう!逆にDunlopの資産(商圏)を手に入れたGoodyear Tire and Rubber Companyを抜いて世界第3位のタイヤメーカーになっていた可能性もあります!

ダンロップタイヤテストコース

所在地 〒707-0113 岡山県美作市真加部740

開所 1986年5月

敷地面積 100ヘクタール

※Google earth Mode(航空写真モード)で閲覧するとコースの全容を確認することができます。

国内のタイヤメーカーでは本格的な高速周回路の草分けで、操縦安定性テストというより、正しく連続高速耐久テストをするために作られた本格的なバンクのあるオーバルリンクです。

冬季用タイヤの旭川proving ground は 1994年(平成6年)4月24日 -合弁事業として存在したダンロップファルケンタイヤ㈱誕生の前の住友ゴムから支援をうけていたオーツタイヤ時代に独自に開所したproving ground です。

嘗て存在したオーツタイヤ宮崎テストコース

また現在住友ゴム工業宮崎工場となっている施設は1976年11月にオーツタイヤ宮崎工場として建設された工場で、工場建設完成に遅れて建設がすすめられ、1980年には直線路が完成して一部で供用開始している姿が国土地理院の航空写真からうかがえ、同じく1986年1月の国土地理院の航空写真では完成したコースが鮮明にに捉えられています。

敷地約11.3haを占める立派な施設で、敷地東側工業団地内の道路に面して当時の工場建屋をコの字型に取り巻くように建屋の東側・南北3面に設置されていました。

(現在はその後の工場増築で跡地は工場建屋になっています)

開所当時から防音と、目隠し?の為に東側道路に沿って植樹された防音輪?に面影が残っています

約550mある直線部部分ははば20mほどの往復4車線相当の往復走路の中ほどの膨らんだ部分にはマルチレーンのSpecial Surfaces Trackが設けられていました。

特徴的な施設としては、マルチレーンのSpecial Surfaces circle track.があげられます。

この手の circle trackはskid padとして利用されることが多いのですが、このサークルは波状路などででぉたマルチトラックのSpecial Surfaces Trackになっており、当時全国各地にあった荒れたコンクリート舗装の悪路でのグリップ力を試験していたのかもしれません。

北西端部(現ダンロップゴルフクラブ)と野球グラウンドには、ラフロードが設営されていて、建設機械用の大型タイヤの(現在は撤退・製造終了)の試験走路も設けられていました。

同様に南側の一般道と、工場建屋の間には2輪車向けのタイヤの試験走路と思わしきオーバルトラックや自動車教習所風の屈曲路も設けられていたようです。

前途のごとく2005年1月にダンロップタイヤ(株)とファルケンタイヤ㈱ (旧オーツタイヤ)が合併しれダンロップファルケンタイヤ(株)となってから「合理化のために製品開発試験体制を1本化」して、1986年5月に開所した岡山県美作市のダンロップタイヤテストコースに集約して"余剰施設"として廃止されて宮崎工場の拡張用地に充てられたのでしょう。

このコースが現存していればまちがいなしに国内最古のタイヤメーカーの本格的開発試験用のproving groundになっていたと思われます

す。

 

公開:2020年7月19日
更新:2021年1月20日

投稿者:デジタヌ


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