旅するタヌキ

森ノ宮ピロティホール 《ホール 音響 ナビ》

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森ノ宮ピロティホール

Official Website http://www.piloti-hall.jp/gekijyo/

森ノ宮ピロティホールのあらまし

かつて2008年3月まつの閉館まで大阪市直営の施設として、大阪青少年会館亡き後、破格の料金でアマチュア団体のメッカとなっていたホールが2010年に(株)キョードー大阪が店子と指定管理者になり再オープンした施設。

森ノ宮ピロティホールのロケーション

ところ  大阪市中央区森ノ宮中央1-17-5

旧日生球場の東隣に位置している(といってもわからない方へ)。地下鉄中央線森ノ宮駅2番出口を出て路地を入ってすぐのところにある。

森ノ宮ピロティホールへのアクセス

鉄道・バスなどの公共交通

最寄駅はJR大阪環状線・

大阪メトロ 中央線森ノ宮駅2号出口 より徒歩約一分/63m

JR&地下鉄長堀鶴見緑地線森ノ宮駅下車、徒歩約3分/240m

マイカー利用の場合

(※共用・専用駐車設備が少ないので公共交通機関利用がおすすめ)

森ノ宮ピロティホール


森ノ宮ピロティホールがお得意のジャンル

  • ワタナベエンターテインメント関西事業本部が入居しており、劇団Patchなど関西を拠点としたタレントや全国区で活躍するナベプロ所属タレントの関西におけるフランチャイズホールとなっている。
  • オーケストラコンサート、オペラコンサートやバレエ公演、ソリストのリサイタル、アンサンブルの演奏会、小編成の室内楽コンサートなども行われミュージカル、Jポップ関係のコンサートや、往年のアイドル・エンタテイナーのワンマンショウ、ジャズコンサート、演劇・伝統芸能、落語・演芸寄席、トークショー、着ぐるみヒーローショー、パフォーマンス・ショーなどの色物などジャンルに拘らないバラエティーに富んだイベントが行われている。
  • またプロ演奏団体、以外にも数多くのアマチュア団体も利用している。

森ノ宮ピロティホールで催されるコンサート・イベントチケット情報

チケットぴあ該当ページへのリンクはこちら。

施設面から見たホールの特色

※ご注意;以下※印は当サイト内の関連記事リンクです。
但し、その他のリンクは施設運営者・関連団体の公式サイト若しくはWikipediaへリンクされています。

ホール

(公式施設ガイドはこちら。)

平土間(オーケストラピット部可動床部)から連なる緩やかなスロープを持つ1フロアーのプロセニアム形式多目的ホール。

ホール両側壁は開館当時全国的に流行っていた「石壁」(打ち放しコンクリート壁)、さすがにアンギュレーションだけはつけてあり定在波(※1)に対する配慮だけはしてあるがいわゆるエコールーム仕様(※2)のホール。

当然大向う背後壁面は音響グリルで表装した吸音壁。

大向うから緩やかに立ち上がる天井は凸型局面のプラスターボード製のセグメント反響板を段差を付けて装着する手法。

脇花道背後まで続く大型のプロセニアムはの山型窪みを付けたプラスターボード製の反響板で表装されている。

上部プロセニアムは凸型のラウンドした大型コーナー反響板となっている。

ホール音響評価点:83点

§1,「定在波対」策評価点:39点/40点満点

  • ※各フロアーの配置・形状、壁面形状、天井形状、天井高さ、等の要素をそれぞれ減点法で算出。
  • ※客席側壁がプレーンな垂直壁で「完全平行・平面」の場合は、満点x0.5=20点をベースに算出。

§2、残響その1 「初期反射」対策評価点:9点/20点満点

  • ※壁面の素材・形状、客席配置、その要素で減点算出。
  • ※(コンクリート、人造大理石、タイル・陶器製などの)硬質材の客先周辺壁材仕様は、満点x0.5=10点をベースにして減点算出。

§3,残響その2「後期残響」への配慮評価点:19点/20点満点

  • ※壁面形状、音響拡散体(相当要素)、テラス軒先形状、天井構成、その他の要素で減点算出。

§4,客席配置への評価点:16点/20点満点

  • ※壁際席、大向こう席、平土間部分の見通し(眺望)不良、それぞれ-1点/1箇所で減算。
  • ※客席周辺壁材が硬質壁の場合は、満点x0.8=16点をベースに減点算出。

※関連記事「後悔しないコンサート会場の見分け方」まとめ  はこちら。

総評

少々客席を欲張ったようで、両側壁一杯、大向う両サイド、まで座席を詰め込んだのはいただけない。さらに平土間部分中央部A列からG列の19番30番は千鳥配列座席とすべきであった。

定在波の心配が無いよくできた「巨大エコールーム」といったところ。

ここで演劇をするのは大変だろうねえマチャミさん?

サブホール(リハーサル室)

(公式施設ガイドはこちら。)

★室のリハーサル室、練習室、音楽スタジオを備えている。

第★練習室、リハーサル室、音楽スタジオ;幅約16mx奥行約★m、床面積約★㎡(約★畳)の天井が低い(約2.8m) 、Pタイル床、のバレエ・ダンスレッスンバーを装備した壁面ミラー(カーテン付き)を備えたリハーサル室。壁面はプレーンな木質パネルで表装され、随所に大きくスラントした、ガセット風の装飾柱を配置し対抗するミラー面との平行部をキャンセルしようとはしている。

天井は両長辺から折れ上がったデザインで音響有孔ボードで表装されている。

ルーム音響評価点:45点

§1,「定在波対評価点:20点/50点満点

  • ※ルーム低層部に1対以上の並行したプレーンな垂直壁がある場合は、満点x0.5=25点をベースに減点算出。

§2、「初期反射」対策評価点:25点/50点満点

  • ※ルーム低層部3面以上がプレーンな垂直壁の場合は、満点x0.5=25点をベースに減点算出。

総評

ホールを午前午後通しで使用してゲネプロを行う団体が多く、まさしくバレエ・ダンス専用レンタルレッスン室といったところ。

森ノ宮ピロティホールの施設データ

  1. 所属施設/所有者 森ノ宮ピロティホール/大阪市。
  2. 指定管理者/運営団体 株式会社キョードー大阪/賃貸契約株式会社キョードー大阪。
  3. 竣工・開館   1979年6月
  4.  

ホール

  1. ホール様式 プロセニアム型式多目的ホール。

  1. 客席仕様   最大幅約★mx最大奥行約★m、有効床面積約★㎡(約★畳)、天井高さ(最高部)約★m ★スロープ★フロアー 
    • 収容人員1030席、
      • 1階固定席X922席、1階(オーケストラピット部可動床)可動席X108席、
      • Pタイル張り、通路部のみカーペット敷
  1. 舞台設備
    • 基本仕様プロセニアム形式;有効幅約29m(ステージ最大幅約38.7m)x有効奥行き約17m有効面積約493㎡(約298畳)-プロセニアムアーチ:間口約16.3m、高さ約?m、実効面積;約265.7㎡(約160畳)ステージ高さ;FL+約?cm、ブドウ棚(すのこ)高さStL+約?m、バトン類x15本
    • 付属舞台;可動床・可動客席オーケストラピット&エプロンステージ迫り;最大幅約18.18m最大奥行約4m有効面積約63㎡;約38畳、演奏面レベル設定;Fl-約?m~StL、脇花道
    • 舞台設備(装置&設備);
    • 仮設資材;オーケストラ平台、ひな段用けこみ、所作台、講演台
    • 大・小道具:、金・銀屏風、
    • 特殊効果照明器具;ミラーボール、ストロボ、リップルマシン(さざ波)ディスクマシン(雲)、
    • 特殊効果音響その他;、
    • 伝統芸能幕:不明、霞幕x3
    • 洋式幕装備;袖幕X3、ひき割り幕X2、暗転幕、緞帳
    • スクリーン;常設スクリーン(サイズ不詳)、
    • 投影設備;、不明
    • コンサート対応設備;反響板、指揮台/指揮者用譜面台、ピアノ椅子、コントラバス用椅子、奏者椅子(スタッキングチェアー)譜面台、
    • 専用備品 -フルコンサートピアノ(スタインウェイ、ヤマハ)、
  1. 舞台仕様・詳細寸法などに関する仕込み図面集等
  1. 専用施設 
    • 、洋室楽屋X8、シャワー室X(男女各々x)、更衣室、
    • サブホール(リハーサル室)
    • レジストレーションカウンター、クローク、ロビー、ホワイエ、カフェコーナー、
  1. 施設利用(付帯施設利用料金等)案内 詳しくはこちら公式ガイドへ。

デジタヌの独り言

橋下改革以来大阪市の施設は使用料がべらぼうに高くなった、道理で同程度の規模なら「出来の良いいずみホール※ガイド記事はこちら)」に流れるわけ!

デジタヌの知っておきたい豆知識

※1、定在波の悪影響に関するnatuch音響さんの解説記事はこちら。

※2、エコールームに関する「音工房Z」さんの解説記事はこちら。

森ノ宮ピロティホールのある大阪市・中央区とこれ迄の歩み

大阪府

旧・摂津国の一部・河内国・和泉国からなる府。

かつては、都道府県で東京都に次ぐ第2の人口だったが、2006年5月1日に神奈川県が大阪府の人口を上回ったため、現在は第3位である。

推計人口、大阪市8,819,416人/2018年4月1日

※参、都道府県人口 Top5

No.1;東京都 ;推計人口、13,784,212人/2018年4月1日。

No.2;神奈川県;推計人口、9,161,113人/2018年4月1日。

No.4;愛知県 ;推計人口、7,521,078人/2018年4月1日。

No.5;埼玉県 ;推計人口、7,310,878人/2018年4月1日。

大阪市

旧摂津国と旧河内国にまたがるエリアで、大阪市の府庁所在地
推計人口、2,716,989人/2018年4月1日。

令制国(律令国)

645年旧暦6月12日の「乙巳の変」以降 668年即位した天智天皇によって制定された令制国(律令国)による国分けにより704年の国割確定・国印鋳造を基本として明治初期の廃藩置県後も現在に至るまで行政区分の基本となっている.。

大阪市の属していた摂津国

古代から近世を通じ、大阪平野を形作ってきたのは、淀川(神崎川・大川)水系、旧大和川(石川)水系、猪名川水系、武庫川水系であった。

特に淀川・大和川水系は「河内湖」(内海)に注ぎ、河内湖がほぼ消滅してからも長らく河内は湿地帯であった。

有名な、古市、百舌鳥古墳群は、河内湖周辺の先に堆積した比較的標高の高い堆積平野に作られている。

奈良時代においてはこれらの水系が旧大川(上町大地北端・現大阪城北側天満)の辺りに集中し、流域はたびたび洪水に見舞われるとともに、「肥沃な平野」を形作っていった。

つまり、これら旧河川を境に、上町大地周辺と淀川以北・以西を摂津国、上町大地の東側を流れる下除川(現下除川・現今川)以東を「河内国」、上町台地以南の下除川以西の地域を「泉国」と律令体制で定めた。

これら3国が元となり現在の大阪府が形造られている。(摂津国の猪名川以西は現・兵庫県域)

旧摂津国

大阪府域;島上郡、島下郡、豊島郡、能勢郡、西成郡、東成郡、住吉郡

兵庫県域;川辺郡、有馬郡、武庫郡、菟原郡、八部郡、
の12郡で成り立っていた。

淀川(大川本流)以北の六甲山系と伊丹台地に挟まれた三田から流れる武庫川、伊丹台地、と千里丘陵に挟まれた能勢郡から流れる猪名川、淀川分流の神崎川、の各河川流域の比較的早く形成された平野部と古くは難波宮が置かれた上町台地とその周辺部で構成されている。

中央区(旧東区)の属していた摂津国東成郡

大阪湾の中央に南北に突き出した上町台地の東部(河内湖沿い)を「難波大郡」(なにわのおおごおり)、西部(大阪湾沿い)を「難波小郡」(なにわのこごおり)と称したことが「日本書紀」に記載されている。つまり旧南区側は150戸程度の集落、旧東区(上町大地と東側)は2000戸以上の大きな集落郡であった。

東部の難波大郡を東生郡、と称するようになった、「生」は「生る」に由来し、「上町台地の東に新たに生まれた集落」という意味であったとされる。

古代百済の言葉との関係を指摘する学者によると「ナリ」は古代百済語で渡し場を意味すると見られ、「津」を当時「ナリ」と読んでいたことが推定される。

上町台地の「東側の津(ひがしなり)」「西側の津(にしなり)」である。

古墳時代のころには現在の鶴橋駅近くの東小橋周辺に、猪甘津という入り江に港があったとされ、その川に物資運搬や通行用の橋が架けられたと思われる。

江戸幕府の「入組支配」

入組支配;江戸幕府が行った政策で、かつての律令国家の上に成り立つ、地方豪族・大名に対し頻繁に転封(国替 )・減封(領地召し上げ)を行い地方の統一・団結を阻む政策。このため明治維新後も府県、郡村の離合集散が重ねられた。

東成郡には幕府領(天領)、大阪城代地領、京都守護職地領、旗本地領、相模小田原藩飛び地が入り乱れていた。

廃藩置県と明治新政府の行政改革

江戸時代、徳川政権の幕藩体制下で有名無地となった「令制国」の復活・修復と、入組支配の結果生じた近隣地区(村)同士の待遇(租税)格差をなくし、「地方創世の基本となる行政区分再編成」を行ったのが一連の廃藩置県政策であったともいえる。

教科書!では1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)の明治新政府の布告日が知られているが実際には1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の大政奉還から版籍奉還 (1868年8月1日/旧暦6月24日)を挟み、1871年7月14日の廃藩置県布告を経て1872年の 第1次府県統合、1876年の第2次府県統合終了まで明治新政府によって進められた一連の行政改革で、その後の離合も含め大阪府(旧摂津国)も幾多の行政変遷にさらされた。

1868年(慶応4年)1月22日大坂鎮台設置。

同年1月27日大坂鎮台を大坂裁判所と改称。

同年2月 - 幕府領・旗本領が大坂裁判所司農局の管轄となる。

同年4月 大坂裁判所に町地(大阪3郷;天領)を除く周辺部を管轄する司農局設置。

同年5月2日 大阪府を設置(町地;旧天領を除く)大阪市街地を管轄させる。

同日より - 大坂裁判所司農局の管轄地域が大阪府司農局の管轄となる。

※大阪府発足当時の管轄地域は、摂津国東成郡61郷、西成郡132郷(中心部大阪3郷をのぞくほぼ現大阪市域)、住吉郡37郷、河内国交野郡1郷(加納藩預地)であった。

同年5月10日 摂津県を豊崎県に改称。

同年6月8日大阪府司農局を南北に分割、 大阪府司農局の管轄地域が大阪府北司農局の管轄となる。

同年6月22日 旧泉国・河内国をもって堺県設置

1869年 - 大阪城下(天領)大坂三郷を再編し、大阪市街地が東大組、南大組、西大組、北大組の4大組に分割される。

1871年7月14日 廃藩置県布告

同年11月20日(旧暦12月31日) - 第1次府県統合により、猪名川以東の島下郡・豊島郡・能勢郡・西成郡・東成郡・住吉郡および島上郡の大部分(山崎村を除く)が大阪府猪名川以西の5郡が兵庫県の管轄となる。

1873年(明治6年)1月1日(旧暦明治5年12月4日)新政府太陽暦使用を布告。

1875年4月30日 - 大区小区制の大阪府での施行により、大坂四大組の区域を除く東成郡が第5大区となる。

1874年(明治7年)5月11日:現東海道線大阪駅 - 神戸駅間(20M27C56L≒32.74 km)が旅客線として開業(三ノ宮駅 - 神戸駅間複線)。大阪駅・西ノ宮駅(現在の西宮駅)・三ノ宮駅(現在の元町駅付近)・神戸駅が開業。西成郡曽根崎村に大阪駅が開業。

開業当時の梅田周辺はわずかに民家があるだけで荒地と梅田墓地が広がっていた。

1876年(明治9年)7月26日:向日町駅 - 大阪駅間(22M56C57L≒36.54 km)が旅客線として延伸開業。向日町駅・高槻駅が開業。(つまり東海道線開通には新淀川淀川開鑿工事は未着工であった。)
同年8月9日:山崎駅・茨木駅・吹田駅が開業。同年9月5日:向日町駅 - 大宮通仮停車場間(3M47C≒5.77 km)が延伸開業。大宮通仮停車場(現在の京都貨物駅付近)が開業。

1877年(明治10年)2月6日:京都駅 - 大宮通仮停車場間(40C11L≒0.81 km)が延伸開業。大宮通仮停車場が廃止、京都駅が開業。神戸駅 - 京都駅間全通

京阪間の物流が淀川の水運から鉄道利用に変化する。

1879年2月10日 - 郡区町村編制法の大阪府で東成郡が発足。郡役所が天王寺村に設置。第1 - 4大区(旧・大坂四大組;自治区)の区域に東区・南区・西区・北区が設置され、郡より離脱。

同年 - 郡区町村編制法施行により、4大組が東区、南区、西区、北区(旧)の4大区(自治組織)となる。
1881年(明治14年)2月7日 -堺県を大阪府に編入合併。

※1704年10月大和川付け替え完成以来の「この辺の事情」が「21世紀まで尾を引く」大阪府・大阪市と堺市の確執につながっている?。

1885年 (明治18年)6月17日~7月上旬の淀川洪水で大被害が出る。被害は納谷川以南にまで拡大し大和川付け替えで無くなったはずの「河内湖も出現し」最大で4ⅿも浸水した!上町台地以外の大阪市内はすべて浸水した。

1887年旧暦11月4日 奈良県を分離再設置し現在の大阪府域が完成。

1889年(同年)7月1日:東海道本線・新橋駅 - 神戸駅間が全通。

同年 - 市内4大区(自治区)をのぞく大阪府下4区を大阪市とし市制施行、市制特例により市長を置かず、大阪府知事が市長職務を行う。

1895年(明治28年)5月28日:大阪鉄道 天王寺駅 - 玉造駅間(2M28C≒3.78km)が開業(現JR環状線の東側一部)。
同年10月17日:玉造駅 - 梅田駅間(4M29C≒7.02km)が延伸開業(後の城東線・現環JR状線東側)が開通。

同年5月28日:大阪鉄道 天王寺駅 - 玉造駅間(2M28C≒3.78km)が開業(現JR環状線の東側一部)。

同年10月17日:関西鉄道・玉造駅 - 梅田駅間(4M29C≒7.02km)が延伸開業(後の城東線・現環JR状線東側が開通。) 

1879年 大坂城京橋口から青屋口にかけて大日本帝国陸軍の大阪砲兵工廠が建てられた。

1898年 淀川の洪水対策として新淀川放水路(全長 約7km,川幅約 800m)着工,

1900年9月20日 大阪馬車鉄道が天王寺南詰(現在の天王寺駅前交差点付近) - 八弘社*2(現在の阿倍野) - 阿倍野(現在の東天下茶屋)間1.05マイル(1.7 km)を開業。続いて天王寺南詰 - 天王寺*3(現在の大阪市天王寺区四天王寺前交差点にあった駅)間延伸開業

同年10月26日:南海鉄道天王寺支線 天下茶屋駅 - 天王寺駅間2.4km(単線)開業。

1901年(明治34年)8月新淀川開削完成に先立って東海道本線上淀川橋梁開通

同年10月5日:南海天王寺支線開通により南海線 住吉駅 ー 関西鉄道大阪駅間で直通運転を開始。

1903年 9月12日 日本初の市営電車(大阪市電)花園橋(現在の九条新道交叉点) - 築港桟橋(現在の大阪港/天保山)5.1kmの築港線が部分開業。

1907年10月1日 - 関西鉄道・国有化。城東線誕生

1909年(明治44年)8月20日、大阪市電谷町線の第三期線として、谷町六丁目 - 天満橋間が開業し、全線開業。

1909年 新淀川完成。

1910年12月3日 大阪市電上本町線(玉造線上本町二丁目駅から上本町四丁目の仮駅間、上本町五丁目駅から西道頓堀天王寺線天王寺西門前駅間)2区間部分開業。翌年1911年1月29日上本町四丁目仮駅から上本町五丁目駅間が開通、全線開業

1913年 - 中央公会堂が竣工。

1914年(大正3年)3月1日 大阪市電九条高津線新川停留場から上本町六丁目停留場までの東線部分が開業。同年7月7日に難波新川停留場と新川停留場の間が開業し、南北線と接続した。

1921年(大正10年)12月21日、大阪市が「市営モンロー主義」に基づき、南海鉄道上町線の天王寺駅 - 公園東門駅間を強制的に買収して大阪市電の期外線として天王寺西門前駅 - 阿倍野橋駅間を開業。

1925年 西成郡の残余10町10村および東成郡の残余7町17村全てを編入、西成区、西淀川区、東淀川区、東成区、住吉区を設置、旧市域に天王寺区、浪速区、港区、此花区、を設置同時に此花区、港区がに北区(自治区)から分離新設して13区となる。

1928年 8月17日:大阪市電・大手前上本町線(馬場町停留場 - 上本町二丁目停留場間)開業。これにより天王寺ー梅田間がつながる。

1931年(昭和6年)11月16日  大阪城天守記念館が鉄筋コンクリート造りで誕生、同時に大阪城公園の基となる大手前公園開園。

1933年(昭和8年)2月16日:城東線の電化に伴い、南海天王寺支線・大阪駅直通運転を増発。

同年5月20日 - 日本初の公営地下鉄・大阪市営地下鉄(梅田-心斎橋間、)開通。

1935年(昭和10年)10月30日:大阪市営地下心斎橋駅 - 難波駅間 (0.9 km) が開業。

1938年(昭和13年)4月21日:大阪市営地下難波駅 - 天王寺駅間 (3.4 km) が延伸開業。天王寺―梅田(大阪)間に第2ルート誕生

1940年 大阪砲兵工廠が規模を拡大し当時東洋一の規模を誇った大阪陸軍造兵廠となる

1943年  戦時決戦体制整備のため、4大区(自治区)が半強制的に解散され、同時に北区から福島区・大淀区・都島区が分離。大阪市が統合し 22区となる。

1944年(昭和19年)6月1日、大阪市電谷町線・鉄材供出を目的に"不要不急の路線"として、谷町六丁目 - 天満橋間が廃止され、全線廃止。

1945年8月14日 アメリカ軍による爆撃(第8回大阪大空襲)で造兵廠は80%以上の施設が破壊され、敗戦後は連合軍総司令部に接収された。

1952年、講和条約発効により旧大阪陸軍造兵廠接収が解除されたが、、不発弾が多く危険という理由でまで更地のままだった。1960年代中頃公園用地の整備開始

1953年 - 大阪市営トロリーバスが開業。
1955年 - 北河内郡1町および中河内郡1町4村を編入、旧摂津国と旧河内国にまたがるほぼ現在の市域となる。
1956年 - 政令指定都市に移行。

1964年6月28日 : 阪神高速1号環状線(土佐堀 - 湊町)が南行き一方通行で開通(現在とは逆向き)

同年(昭和39年)9月24日:市営地下鉄新大阪駅 - 梅田駅間 (3.5 km) が開業。

同年10月1日- 東海道新幹線が開通し、新大阪駅が開業

同年10月10日東京オリンピック開幕!

1967年3月10日 : 阪神高速道路1号環状線全線が開通。

1967年3月24日:大阪メトロ谷町筋線 東梅田駅 - 谷町四丁目駅間 (3.5 km) が大阪市電14系統(守口ー阿部野橋駅)の置換線として開業、大阪府庁ー大阪駅が地下鉄で直結。

同年9月30日:地下鉄中央線谷町四丁目駅 - 森ノ宮駅間 (1.3 km) が開業。

1968年(昭和43年)7月29日:地下鉄中央線・森ノ宮駅 - 深江橋駅間 (2.3 km) が開業。

同年12月17日:大阪メトロ谷町筋線谷町四丁目駅 - 天王寺駅間 (3.8 km) が延伸開業、

同年12月18日:大阪市電・大手前上本町線・上本町線・天王寺阿倍野線・全線廃止。

1969年7月1日:本町駅の本駅完成(開通前は西側仮駅) 。同年12月6日:本町駅 - 谷町四丁目駅間 (1.7 km) が延伸開業、大阪港駅 - 深江橋駅間が全線開通。

1969年3月31日大阪市電九条高津線他緯線を廃止・全廃 翌年6月15日大阪市営トロリーバスを廃止。

大阪市電九条高津線の思い出記事はこちら。

1970年3月8日 : 阪神高速13号東大阪線(西横堀 - 法円坂)が開通。

1970年3月15日 - 9月13日(6ヵ月、183日間)大阪万博開催。

同年 - 大阪城公園の完成式が行なわれる
1981年5月2日未明大阪砲兵工廠旧本館跡を文化庁のお達しを無視して?大阪市が取り壊しを強行。

大阪城ホールの建設を開始。

1983年 10月1日大阪城公園駅開業。同年 10月1日 大阪城ホール開館。

1986年 - 大阪ビジネスパークにTWIN21竣工、本格的に開発が始まる。

1989年(平成元年)2月13日に、それまでの東区(旧東成郡の一部)と南区(旧西成郡の一部)が合併し中央区が誕生。

1995年 -1月17日、阪神・淡路大震災。大阪市内では震度4を記録し火災や停電などの被害を受けた。特に兵庫県尼崎市に隣接する西淀川区では家屋全半壊などの被害もあった。

1996年12月11日、最寄り駅として大阪ビジネスパーク駅(大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線)開業。

2018年大阪市交通局が民営化され、地下鉄事業は大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)、バス事業は大阪シティバスに引き継がれた。

森ノ宮ピロティホールのこれまでの歩み

1979年 大阪市立労働会館(現・大阪市こども相談センター)に併設されて開館した。大阪市の財政改革の一環で市の施設としては2007年度限りでの廃止が決まり、2008年3月末に一旦閉館。その後、民間企業への貸し付けを前提に改修工事を行い、2009年6月に一般競争入札により、キョードー大阪と定期建物賃貸借契約を結び、2010年に再オープンした。

森ノ宮ピロティホール以外の大阪府の劇場ガイド

『大阪府下にある公共ホールのまとめ』ページはこちら。

森ノ宮ピロティホール周辺観光スポット&イベント情報ガイド

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公開:2018年7月 8日
更新:2018年8月19日

投稿者:デジタヌ

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