旅するタヌキ

【ホール 音響 ナビ】ウェスタ川越 ー埼玉県内屈指の総合舞台芸術ホールー

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ウェスタ川越

Official Website  http://www.westa-kawagoe.jp/

ウェスタ川越のあらまし

川越駅西口駅前再開発事業で作られた文化芸術振興施設、交流支援施設と交流広場から成る総合文化施設。

ウェスタとは、埼玉県西部と川越駅西口の「西:West」と、さまざまな市民活動、
にぎわいが本施設から始まる意味の「スタート:Start」を組み合わせてつくられた言葉です。<公式サイトより引用>

ウェスタ川越のロケーション

  • 所在地  川越市新宿町1丁目17−17

川越駅の繁華街と反対側の西口から駅前通りを400m程辿ったところに位置する。

西口側は再開発の真っ最中でウェスタ川越迄の通り沿いには遊休地も見かけられるが、ビルが立ち並んで来ている。ウェスタ川越辺りが西端でこの辺りから住宅街が拡がっている。

ウェスタ川越へのアクセス


最寄り駅 JR、東部線川越駅から徒歩5分。

ウェスタ川越がお得意のジャンル

大ホール

  • オーケストラコンサート、オペラ・バレエ公演以外にもミュージカル、Jポップ関係のコンサートや、往年のアイドル・エンタテイナーのワンマンショウ、ジャズコンサート、歌謡ショー、懐メロ歌手の歌謡ショー、有名タレントの座長ショー、現代演劇、伝統芸能、落語・演芸寄席、大道芸、パフォーマンス・ショー等ジャンルに拘らない幅広い演目でこのエリアの多くの人達に受けいれられている。
  • またプロ演奏団体、以外にも数多くのアマチュア団体が利用している。

ウェスタ川越の公演チケット情報

ウェスタ川越で催されるコンサート情報

ケットぴあ該当ページへのリンクはこちら。

施設面から見たホールの特色

※ご注意;以下※印は当サイト内の関連記事リンクです。
但し、その他のリンクは施設運営者・関連団体の公式サイト若しくはWikipediaへリンクされています。

大ホール

公式施設ガイドはこちら)

可動プロセニアムを備えた、3層の変形6角型多目的ホール。

6角型と言っても等辺では無く対抗する面と平行にならない用に配慮されている。

可動プロセニアムとホール内壁とデザインを揃えた重量級の反響板で一体型オープンステージホールになる流行のデザイン。

3階バルコニー両翼から「高床式」のスロープタイプのテラス席がホール中央まで伸びている。

客席両側壁(テラス床囲い)低・中層部は要所に「段差」を設けた木質パネルで表装されている。

3階大向こう席の背面はアンギュレーションを設けたパネルで表装されている。

天井は大型のセグメント天井反響板になっている。

ありきたりのプロセニアム形式多目的ホールとしては「彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホール」を凌ぐ音響であると言える。

埼玉県屈指の総合舞台芸術ホールとして狸穴総研・音響研究工房・『厳選後世に伝えたい・真の銘ホール50選』に選ばせていただく。

ホール音響評価点:97点

※関連記事「後悔しないコンサート会場の見分け方」まとめ  はこちら。

内訳

定在波対策評価点:40点/40点満点(※客席周辺がプレーンな平行壁はx0.5=20点が持ち点と成ります)

残響その1(初期反射)対策評価点:20点/20点満点(※客先周辺石材壁の場合はx0.5=10点が持ち点と成ります)

残響その2(後期残響)への配慮評価点:20点/20点満点

客席配置 17点/20点満点(※客席周辺石材壁の場合はx0.8=16点が持ち点と成ります。)

リハーサル室(小ホール)

(公式施設ガイドはこちら)

平土間床面積約220㎡(約133)でほぼ大ホールの反響板使用メイン舞台とほぼ同じ面積のリハーサル室。3.6mx12.7m面積 45.7㎡;約27.5畳)の小さなステージ迫りを備えており、約200席のオープンステージ小ホールとしても利用出来る。

ルーム音響評価点:90点

内訳;リハーサルルームとしての評価基準を適用しました

定在波対策評価点:45点/50点満点(ルーム低層部に1対以上のプレーンな並行壁がある場合は持ち点はx0.5=25点と成ります)

残響その1(初期反射)対策評価点:45点/50点満点(ルーム低層部3面以上がプレーンな垂直壁の場合は持ち点はx0.5=25点と成ります)

多目的ホール

公式施設ガイドはこちら

分割使用可能な、床面積 約650㎡(約392畳)の2階吹き抜けの天井(4.5m)を持つ、平土間多目的イベントルーム。

床面積に対して天井が低く、水平に配置された吊り天井は反転した「組格子」風のセグメント反響板となっているが、フローリング床とは完全に並行している為に定在波、初期反響対策としては?。

但し、大会議室、イベントホールとしてみれば上質な多目的イベントホールではある。

ホール音響評価点:74点

内訳

定在波対策評価点:20点/40点満点(※客席周辺or2面がプレーンな平行壁はx0.5=20点が持ち点と成ります)

残響その1(初期反射)対策評価点:19点/20点満点(※客先周辺石材壁の場合はx0.5=10点が持ち点と成ります)

残響その2(後期残響)への配慮評価点:15点/20点満点

客席配置 20点/20点満点(※客席周辺石材壁の場合はx0.8=16点が持ち点と成ります。)

施設データ

  1. 所属施設/所有者 ウェスタ川越/川越市。
  2. 指定管理者/運営団体 NeCST/川越市。
  3. 開館  2015年3月21日
  4. 設計  
  5. ゼネコン 
  6. 内装(音響マジック) 

大ホール

  1. ホール様式 、プロセニアム型式多目的ホール。
  2. 客席  3フロアー 収容人員 

    1,712席(複床式3層)
     ・1階席 982席(車イス席4席含む)/ 親子席10席
     ・2階席 154席
     ・3階席 576席

    オーケストラピット使用時
    1,510席
     ・1階席 780席(車イス席4席含む)/ 親子席10席

    仮設花道使用時
    1,648席
     ・1階席 918席(車イス席4席含む)/ 親子席10席

    、1・2階テラス席(桟敷席)、可動床、
  3. 舞台設備 、プロセニアムアーチ:間口:18.2〜14.0m(間口を狭めた場合)
    高さ:13.0〜10.0m
    奥行:約18.4m、ブドウ棚(すのこ)、仮設本花道。
  4. その他の設備 、楽屋x10、スタッフルーム、

多目的ホール

  1. ホール様式 、フローリング平土間多目的イベントホール。床面積;約650㎡天井高さ4.5m、可動(スライディングウォール)隔壁により、3室に分割利用可能。
  2. 客席  1フロアー スクール形式(3名掛け)約300名 シアター形式約780名 立食パーティ形式約400名
  3. 舞台設備 、電動バトン、200インチ固定スクリーン。
  4. その他の設備 、

付属施設・その他

  • 付属施設 リハーサル室(小ホール)、多目的ホール、会議室x3、
  • 施設利用(利用料金等)案内 詳しくはこちら

デジタヌの知っておきたい豆知識

ウェスタ川越のある川越市とこれ迄の歩み

かつて世に小京都は数あれど、小江戸は川越ばかりなり」と歌にまで詠まれた美しい街並みを残す元川越藩の城下町。

赤沢仁兵衛が考案した「赤沢式甘藷栽培法」によってサツマイモの収穫量は劇的に増加した。寛政年間に焼イモが江戸で大流行すると、新河岸川や入間川の舟運で江戸に出回ったサツマイモは川越芋と呼ばれ「栗よりうまい十三里」というフレーズと味の良さで持て囃され、「イモの町」のイメージも定着した。また幕末、川越藩領であった上野国前橋で生糸業を興し、その輸出で川越商人は財を成した。

推計人口、353,321人/2018年4月1日

本川越ー西武新宿 60分/500円/西部新宿線/47.5㎞

川越市―新宿 55分/760円/JR埼京線/43.5km

川越市ー池袋 30分/470円/東武東上線/31.4㎞

川越市ー渋谷 49分/590円/東武東上線・東京メトロ副都心線直通/38.2Km

川越市のこれまでの主立った出来事

旧令制国武蔵国入間郡。に属する

令制国(律令国)

645年旧暦6月12日の「乙巳の変」以降 668年即位した天智天皇によって制定された令制国(律令国)による国分けにより704年の国割確定・国印鋳造を基本として明治初期の廃藩置県後も現在に至るまで行政区分の基本となっている.

武蔵国

埼玉県、東京都の殆どと神奈川県川崎市・横浜市などの一部地域を含む。川越市のある入間郡、など現埼玉県域に14郡、神奈川県域に3郡、東京都域に4郡、東京都・神奈川県にまたがって1郡が広がっていた。

川越市のある入間郡

旧入間郡(258郷) -川越藩及び代官支配地; 幕府領、旗本領、上野前橋藩飛び地、下総古河藩飛び地、下総佐倉藩飛び地、上総久留里藩飛び地

室町時代、鎌倉には鎌倉府が置かれた。河越氏は武蔵平一揆の乱で力を失い、武蔵国の実権は関東管領上杉氏が握った。

その後関東では室町幕府と鎌倉府の対立で伝統的な豪族層が支配する北関東から武蔵国の国府である東京都府中市を通って鎌倉に抜ける鎌倉街道はしばしば戦場になった。

そのころ武蔵国は六浦や品川湊などの湊を抱え、西国や内陸部に広がる「内海」での交易を活発に行っていた。

戦国時代後期から後北条氏が大きな勢力を振るうようになり数多くの軍事拠点が置かれた。

1590年(天正18年)、豊臣秀吉による小田原征伐で後北条氏が滅亡。

以後徳川家康が関東に移り、山城では無く天守閣付きの居城を築城した。

江戸幕府の「入組支配」

入組支配;江戸幕府が行った政策で、かつての律令国家の上に成り立つ、地方豪族・大名に対し頻繁に転封(国替 )・減封(領地召し上げ)を行い地方の統一・団結を阻む政策。このため明治維新後も府県、郡村の離合集散が重ねられた。

「武蔵三藩」と呼ばれる川越藩、忍藩、岩槻藩が置かれ江戸の防衛として重臣が配されたが、複雑に入り組んだ支配で、各支配地(郷)間で大群・処遇に大きな格差が生じていた。

1594年(文禄3年)に利根川東遷事業が始まった

近世初期(1683年(貞享3年)また一説によれば寛永年間(1622年-1643年)に、下総国葛飾郡からその一部、すなわち隅田川から利根川(現在の江戸川下流)までの地域をあわせ、武蔵国の葛飾郡とした。

廃藩置県と明治新政府の行政改革

江戸時代、徳川政権の幕藩体制下で有名無地となった「令制国」の復活・修復と、入組支配の結果生じた近隣地区(村)同士の待遇(租税)格差をなくし、「地方創世の基本となる行政区分再編成」を行ったのが一連の廃藩置県政策であったともいえる。

教科書!では1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)の明治新政府の布告日が知られているが実際には1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の大政奉還から版籍奉還 (1868年8月1日)( 旧暦6月24日)を挟み、1871年8月29日の廃藩置県布告を経て1872年の 第1次府県統合、1876年の第2次府県統合終了まで明治新政府によって進められた一連の行政改革でその後の離合も含め武蔵国も幾多の行政変遷にさらされた。


1869年 - 版籍奉還により、最後の川越藩主・松平康載が川越知藩事になる。
1871年(明治4年)8月29日 - 廃藩置県により川越県誕生(川越藩領の関係で現在の茨城県や神奈川県内などにも川越県の区域があった)。
同年12月25日 - 第1次府県統合により入間県が誕生し県庁所在地となる。

1873年(明治6年)6月15日 - 入間県と群馬県が統合して熊谷県が発足。県庁は熊谷に置かれる。
1876年(明治9年)8月21日 - 第2次府県統合により、熊谷県の武蔵国だったエリアを埼玉県(県庁は浦和)に編入し、現埼玉県が誕生。
1877年(明治10年) - 豪商・竹谷兼吉が埼玉県最初の米穀取引所を開設。


1878年(明治11年)- 同年11月26日 - 埼玉県で最初の銀行であり、埼玉県唯一の国立銀行である第八十五国立銀行が開行(後の埼玉銀行、現在の埼玉りそな銀行)。
1883年(明治16年)7月28日:現・高崎線の一部に当たる日本鉄道第一区の上野 - 熊谷間開通、上野駅、王子駅、浦和駅、上尾駅、鴻巣駅、熊谷駅開業。

同年 川越 - 上尾宿(現・上尾市)間に乗合馬車の営業開始。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、川越城下17町・松郷・東明寺村・小久保村・脇田村・小仙波村・野田村の区域をもって川越町が発足

1893年(明治26年)3月17日 - 川越大火。市街地の多くを焼失。その後、耐火建築である蔵造りの建物が多く建てられることになる。
1894年(明治27年) - 川越鉄道の国分寺駅 - 久米川駅(現・東村山駅)が開業(現在の西武鉄道)。

1895年同年 - 川越鉄道の久米川駅 - 川越駅(現・本川越駅)間が完成。


1902年(明治35年) - 埼玉県で最初の火力発電所・川越電気鉄道石炭火力発電所が開設。



1906年(明治39年) - 川越電気鉄道川越―大宮駅間開業。埼玉県で最初に電車を走らせた鉄道となった。

1910年(明治43年)8月11日 - 関東大水害。川越でも東部の低地が洪水で大きな被害を出す。

1911年(明治44年)6月9日 - 同年4月1日に誕生した日本初の飛行場・陸軍所沢飛行場から徳川好敏大尉が操縦する複葉機アンリ・ファルマン機が、初めての飛行場外飛行として川越町中心部への飛行に成功する。同日、ブレリオ機で再度川越まで飛行するが異常が発生し、仙波村大字新宿(現・市内新宿5丁目)に不時着する(日本初の飛行機の不時着事故)。

1913年(大正2年) - 川越電気鉄道が水力発電事業に進出。埼玉県内や群馬県に電力供給するため、武蔵水電を設立。水力発電所も神流川に完成する。
1914年(大正3年) - 東上鉄道が池袋駅 - 田面沢駅間で開通(現在の東武東上本線)。

1920年(大正9年) 新河岸川の改修工事が埼玉県内・東京市内の全域で始まる。

1922年(大正11年)12月1日 - 川越町が仙波村と合併して埼玉県内で最初の市川越市が発足。

1923年(大正12年) - 9月1日 - 関東大震災。当市内の被災は軽微でで済んだ(たぶん荒川流・新河岸川が制震した?)

1926年(大正15年) - 武州瓦斯設立。埼玉県内に本社を置く最初の一般ガス事業者となる。

1931年(昭和6年) - 新河岸川改修工事終了。通船停止令により、舟運が300年の歴史に幕を閉じる。

1933年(昭和8年) - 新しい川越競馬場が新宿町に完成。

1935年(昭和10年) - 他市に先駆けた下水道整備事業など、公衆衛生に全力を捧げた。
1939年(昭和14年)12月1日 - 入間郡田面沢村を編入。

1940年(昭和15年) - 省線川越線開通(現在のJR川越線)。
1941年(昭和16年) - 西武大宮線(かつての川越電気鉄道)が全線廃止、バスに転換される。
1945年(昭和20年) - 終戦

1947年(昭和22年)2月25日 - 八高線列車脱線転覆事故が高麗川村(現・日高市)で発生。
1955年(昭和30年)4月1日 - 入間郡9村を編入合併。

1971年(昭和46年)12月 - 東京川越道路(現・関越自動車道)練馬IC - 川越IC間が開通。
1974年(昭和49年) 9月24日 - 川越環状道路が一部開通。
1981年(昭和56年)8月1日 - 富士見川越有料道路(現・富士見川越バイパス)が開通。
1985年(昭和60年)9月30日 - 川越線大宮―川越間電化に伴い埼京線として川越駅まで直通運転開始。
1987年(昭和62年)8月25日 - 営団地下鉄(現東京メトロ)有楽町線が川越市駅まで直通運転開始。
1989年(平成元年) 3月 - 川越駅橋上駅舎の供用開始。
1991年(平成3年)9月5日 - 本川越駅駅ビル(PePeやプリンスホテル)が開業。
1994年(平成6年)3月1日 - 狭山市と境界変更。同年5月1日 - 狭山市及び日高市との間で境界変更。現在の市域となる。
1996年(平成8年)3月16日 - 八高線(八王子駅-高麗川駅)が川越駅まで直通運転開始。
1999年(平成11年)12月1日 - 旧市街地の7.8ヘクタールが国の重要伝統的建造物群保存地区として選定される(埼玉県内初。関東地方でも2番目)。

2003年(平成15年)4月1日 - 中核市に指定される(埼玉県内では初)。
2006年(平成18年)10月10日 - ご当地ナンバーとして「川越ナンバー」が導入される。
2008年(平成20年)6月14日 - 西武国分寺線が本川越駅まで直通運転開始。同日、東京メトロ副都心線が川越市駅(一部は森林公園駅)まで直通運転開始。

ウェスタ川越これまでの歩み

2015年3月21日西口再開発の目玉として登場した。

ウェスタ川越以外の埼玉県の劇場ガイド

埼玉県下にある公共ホールのまとめ』ページはこちら。

ウェスタ川越の周辺観光スポット&イベント情報ガイド

埼玉県で行われる「龍勢まつり」などの 全国お祭りカレンダーはこちら。

さいたま市にある「鉄道博物館」等の観光ガイドはこちら

トリップアドバイザーの周辺口コミガイドはこちら。

埼玉県の特産品&名物ガイド

「狭山茶」など埼玉県の名産品ガイドはこちら、「神亀」など埼玉県の銘酒ガイドはこちら、「小江戸ビール」など埼玉県の地ビールガイドはこちら。

公開:2018年1月22日
更新:2018年8月11日

投稿者:デジタヌ

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