『タヌキがゆく』狸穴ジャーナル

臨海鉄道 や 専用線 が日本の港湾都市から消えて行った訳は...

前書き(要約) 行政当局の交通施策の貧困が臨海鉄道を廃線に導いているのでは...

臨海鉄道に関してはこれといった定義はない!

そもそも日本初の鉄道、新橋⇔横浜間を走った官設鉄道(東海道線)も沿線の民家への火災対策(火の粉対策)として海岸沿いを走っていたので、元祖臨海鉄道!と言っても差し支えない無い。

更に、近年では「りんかい線」が、もともと貨物輸送を目的とする臨海鉄道として建設された京葉線・東海道貨物線の一部として東京臨海高速鉄道を名乗っており、これに木更津からの内房線を含めてこれら4路線で、長大な臨海鉄道を形成している!

臨海鉄道 や 専用線 が日本の港湾都市から消えて行った訳は... の目次

※リンクについて

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但し、その他の直接 hyper-link は当事者・関連団体の公式サイト若しくはオリジナル各国語版Wikipediaへ直接リンクしています。

プロローグ そもそも臨海鉄道とは?

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※当サイトで用いた廃線ルートは、全て国土地理院の公開航空写真データに基づいています。

但し数m程度の誤差があることはご了承願います。

(※以下 直接リンクは事業者公式Website、Wikipedia該当項にリンクしてあります。)

WIKIではいろいろ屁理屈?をこねているが、これといった定義はない!

そもそも日本初の鉄道、新橋⇔横浜間を走った官設鉄道(東海道線)は沿線の民家への火災対策(火の粉対策)として海岸沿いを走っていたので、元祖臨海鉄道と言っても差し支えない無い!

更に、近年では「りんかい線」が、もともと貨物輸送を目的とする臨海鉄道として建設された京葉線・東海道貨物線の一部として東京臨海高速鉄道を名乗っており、これに木更津からの内房線を含めてこれら4路線で、長大な臨海鉄道を形成している!

実際には、二俣新町⇔東京貨物ターミナル間は貨物列車は運行されておらず、更に東京テレポート⇔東京貨物ターミナル(八潮車両基地)間は引き上げ線として使用されていて、本来の貨物輸送は行われていない!が...

本項では

YouTubeでは、政治的主張(新線建設推進)を持たない偏見抜きの公正な立場で、一切の主義主張を廃して淡々と歴史的事実として時系列でレポートしている良識派もいる一方で...

思慮の無い「頭の空っぽな鉄オタ野次馬」が、面白おかしく「乗って見たかった...今もあれば...さぞや...」などと、現役リタイアした「ご隠居取り手鉄」のノスタルジーをくすぐるようなレポートで再生回数を稼ごうとしているコンテンツが大半を占めているようだが...

本項では、沿岸部に敷設されて、港湾と幹線を結ぶ貨物輸送をメインとする"殖産鉄道"としての開発鉄道・臨港鉄道と、事業者自らが「臨海鉄道を冠している鉄道」を取り上げた!

なので、完全に1企業(三菱鉱業;現三菱マテリアルの製品搬出)のために敷設された専用線・引き込み線の、秋田臨海鉄道も含めた。

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第1節 臨港鉄道・臨海鉄道の歴史

第1項 鉄オタたちは、単なるノスタルジーで、臨港鉄道・臨海鉄道・開発鉄道が全国から消えていったことを懐かしむが...

一部のYouTuberを除き、いい加減なYou tuberたちは、臨海鉄道が何故無くなったか?については言及していない(出来ない?)

つまり、彼らは、土建屋、や鉄道事業者その物から"拝領"した歴史資料(シナリオ?)?に下ずいて、しゃべっているだけで、突っ込んだ考察はしていない(出来ない?)訳。

鉄道事業者は、単に(貨物を含む)輸送密度が低下して、営業係数が悪化したために、廃線に追い込まれた!と"嘆く"だけだが...

何故輸送密度が低下(貨物輸送が無くなった)かは、理解していない!

つまり単なる懐古趣味、に終始している訳!

第2項 鉄道の優位性は"陸蒸気!?"

鉄道輸送の一つの利点は、船舶同様に、一度に大量の貨物を扱える点にある!

つまり、嘗て(明治維新以前は)、海路以外では不可能だった、大量の貨物を一度に捌ける点にあった。

その代表的なものが、木材(原木輸送)と、主に石炭・石灰石などの鉱物輸送、そして、液体燃料輸送!

信越本線が新潟県で算出される"原油"輸送に用いられ軽井沢⇔横河間の碓氷峠アプトラインに日本初のパイプラインが埋設されたのは有名なお話!

現在でも活躍している、臨港鉄道はいずれか一方もしくはその両方を運んでいる開発鉄道であり、旅客扱いを行っているのはごく一部に限られている!

しかも、ほとんどの路線は殖産路線(貨物輸送)が目的で、貨物駅が主体で貨物輸送開業後に後追いの形で旅客扱い駅が親切(新設)された路線も多い!

九州の筑豊炭田を網の目のように張り巡らされた出炭路線網が典型的(※11)

黒いダイヤの産出地の九州・北海道では、鉱山から船積港までの輸送手段として、多くの石炭路線が生まれ、同時に多くの殖産・開発鉄道も敷設された。

手宮線、香椎線,筑豊本線(若松港線)など

例外的に漁港からの水産物輸送の為に敷設された福島臨海鉄道、なども見られるが...多くの場合は、国鉄幹線の支線扱いのXX港線という風に港湾支線の形態をとっている路線が多い!

参※11)当サイト関連記事 もったいない 勝田線 跡地も LRT なら 復活 できる! はこちら。

第3項 臨海鉄道は幹線と港を結ぶ支線・開発鉄道として登場

明治初期、文明開化の時代に、全国に多くの殖産鉄道を目的とした鉄道が私鉄として生まれたわけだが...

お手軽に敷設が出来て(※11)、大量の貨物を運ぶことができる、軽便鉄道・軽便軌道が日本各地の幹線(主要都市)と港を結ぶ支線として、"人車鉄道"や馬車鉄道として開業した!

どの後、幹線にそのまま乗り入れられるように軌間1067mmの日本標準軌・狭軌に改軌されて、(※12)短軸貨車が港⇔主要都市間の生活物資輸送を担うようになった。

参※11)別項で記したように、敗戦後の復興期・高度成長期を通じて、アメリカから、大型土木機械が輸入されるまでは、道路建設は簡単には手が出せず、"人力"で軌道敷設できる鉄道が、大量輸送手段としてもてはやされたわけ。

当サイト内関連記事 森林鉄道・軽便鉄道・路面電車が日本各地から消えた理由とは? はこちら

参※12)軽便鉄道と言えば、直ぐに思い浮かぶのが軌間762㎜を代表とするナローゲージの簡易鉄道を思い浮かべ方も多いだろうが、軌間をうんぬんするものではなく、当初から1067㎜の狭軌路線として官設鉄道への貨物車両直通を狙った路線も多かった。

更に、1909年に軽便鉄道法として、立法化されてからは、西武鉄道のように、鉄道路線から軽便鉄道に態々登記変更する鉄道会社も現れた。

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第2節 鶴見線!と日本初の埋立て臨海工業地帯!

有名どころでは、日本初の海岸埋め立て工業地帯、として知られる川崎・鶴見工業地帯に敷設された、鶴見線があげられる。

同線は、浅野セメントで有名な、浅野 総一郎氏が、当時3多摩の原石山から、石灰石を運び、浅野町にある同社のセメント工場に原料を運ぶために敷設され、その後、同埋め立て地に進出した企業も、東海道線からの引き込み線として利用した殖産路線!

第1項 石油化学コンビナートでは「お呼びで無い」!

重要なのは、臨港鉄道が受け持つのは、燃料輸送に限られ、重化学コンビナートで算出される石油製品輸送には使用されない点。

つまり敗戦後の高度成長期以降に、誕生した第3期四日市石油コンビナート(1972年操業開始霞ヶ浦地区)等では、最初から臨港鉄道計画すらなかった訳!

つまり重化学コンビナートでは、各プラント(工場)間がパイプラインで結ばれていて、しかも製品の殆どは、鉄道輸送には適さない代物!が多い。

つい最近まで、石炭輸送が行われていた高崎線・秩父鉄道も石炭輸送が必要で亡くなったので、三ヶ尻支線が廃止されたわけ!

更に、米軍横田基地⇔千葉臨鉄道間のジェット燃料輸送は有名なお話。

また、名古屋臨海鉄道→西濃鉄道上田石灰製造㈱神尾燃料輸送、四日市臨海鉄道⇔三岐鉄道の製品輸送、四日市臨海鉄道→関西線の燃料輸送などなど...

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第3節 海外の国際港では臨港鉄道が当たり前!

嘗て、陸運が鉄道主体だったころは、横浜港・神戸港などの貿易港には、harbour railway(臨港線)が通っている埠頭や桟橋があり、貨物船から鉄道に積み替えられて、日本各地と結んでいました。

なので次節に示すような、臨港鉄道が各地にあるわけです。

その後、海運はバラ積貨物船から、"荷役"が容易なコンテナ船の時代になり、"沿岸部に工業地帯が展開している日本"ではトラック輸送が鉄道に取って代わったわけです。

第1項 大陸国では今もharbour railwayが大活躍!

横浜を代表する"大黒埠頭"や、神戸を代表する"ポートアイランド"にある、container terminalには、広大なcontainer yardはあっても、harbour railway(臨港線)がありませんが、.

ユーラシア大陸やアメリカ大陸など"大陸内に工業都市"がある大陸国では、貿易港と内陸部が、100Km!単位で離れており、運河網が発達したヨーロッパでは、小型船やプッシャーバージに積み替えて河川沿いの各工業都市を結び、内陸部にある大都市(消費地)へは鉄道に積み替えて継走されています。

♥以下はヨーロッパ最大の貿易港ロッテルダムの例です

新しくできた港湾施設へもharbour railway(臨港線)が延伸されていて、container-portだけではなく、各landing stage(埠頭)にspur track(引き込み線)が敷かれて、ヨーロッパ各地に鉄道貨物として継走されています。

第1目 大陸国にある貿易港の"3種の神器"

諸外国のcontainerportでは、container yard ( container terminal)、wharf(埠頭)、そしてharbour railway(臨港鐡道)はセットになって機能しています!

日本では、コンテナバースと言えば港、コンテナターミナルと言えば鉄道を指し(連想)しますが、何れもカタカナ英語(和製英語)に近いものです。

port、 harbor(港)には...

港湾施設には、containerport以外にも、石炭・鉄鉱石などの鉱産物や原木や製紙原料の材木チップなどのbulk carrier(ばら積み貨物船)の停泊するcoal wharf(石炭波止場)や、原油・天然ガスを運ぶタンカーの停泊するtanker port、自動車運搬船専用埠頭などがあります。

付随施設として

付随施設として大規模なcontainer yard、coal storage (貯炭場; 石炭貯蔵)、reservoir(原油タンク)、lumberyard(材木集積場)、や自動車運搬船の場合は大規模な駐車場などが設けられています。

container berth と landing stage

日本ではcontainer berthとlanding stageは混同されていますが別々のものです。

berthとは、本来は区切られた部分ですが、港の場合は岸壁の事で、お船がお行儀よく並ぶので、berthと呼ばれています。

landing stageとは、河川の河口部や浅瀬にある港湾で、陸地から離れた、部分に接岸するために、設けた荷役施設のことです。海外では揚子江河口部にある、上海港にある港湾施設で多く見かけられます。

特に、50万トン!クラスの超大型タンカーが使用するtanker portは、喫水が必要なのと、パイプラインで荷役が可能なのでlanding stageが多く見受けられます。

石炭を始めとする鉱産物は、現在coal storageからベルトコンベアでlanding stageに停泊したbulk carrierに積み込むのが一般的ですが、USAの積出港などでは、桟橋まで専用貨車が乗り入れて、ホッパーへ投炭して積み込む施設が一般的でした。

後述する北海道にある「日本初の石炭積出港」小樽港(※31)はcoal storage 、landing stage、そしてharbour railwayの手宮線を備えた、日本有数のcoal wharf(石炭波止場)でした。

参※31)当サイト内関連記事 小樽市総合博物館《のりもの博物館 ナビ》ミニSLが走る 道内最大の施設 はこちら。

国際貿易港上海では

上海港で鉄道が引き込まれているcontainerportが少ないのは、中国内陸部と中国国内を通過してヨーロッパとアジアを結ぶトランス=ユーラシア・ロジスティクスのcontainer terminal(コンテナターミナル)が、は連雲港となっているためです。

上海港を経由する国内(内陸部への)貨物は、主に長江や運河網を利用した、cargo boat(川船)やbarge(艀)に積み替えられて移送されるために、鉄道積み替えのcontainer terminal(containerport)が絞られているわけです。

更に、上海の中心市街から約90㎞離れた、東シナ海(杭州湾)の洋上にある舟山群島に、中國お得意の?小島を利用した人工島を作り、東洋一の規模を誇る「洋山深水港(containerport)」が建設されていて、香港・シンガポール同様にTax freeの施設として、国際間コンテナ航路の中継港となっています。

更に上海では、嘗て使われていて現在はお役御免となったharbour railway(臨港線)も、後述するように都市交通(高架鉄路線)として再利用されています!

海沿いに細長い島国日本では

日本では、工業都市(生産地)、大都市(消費地)が港から数十キロ圏内にコンパクトに!まとまっていて、ほぼ直結しているので陸揚げ後の貨物輸送は、近距離・小分け輸送に適したトラック(セミトレーラー)輸送に取って代わられたわけです!

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第4節 日本の各地から消えていった臨港鉄道

前途したように、港と消費地が直結している日本では、各荷主まで、直接トラック輸送される形態になり、長距離、大量輸送を得意とする鉄道は、近距離小口配達に適したトラック輸送に取って代わられたわけですが、嘗て港湾施設を備えた"臨海工業地帯"等の工業都市では持てはやされていました。

第1項 近畿最大の臨港鉄道網を誇った大阪市

大阪市内北港・大阪港埠頭に張り巡らされていた臨港鉄道網は天下の台所、なにわにふさわしい国内有数の規模を誇っていました!

夫々、西成鉄道(1898年開業)、関西本線大阪臨港線(1956年開業!)を始祖に拡張されて、その後の大阪環状線(※21)の礎にもなりました!

参※21)当サイト内関連記事 大阪環状線 は「シカゴ・ L」を商都 なにわ に移植して大成功を! はこちら。

大阪市が交通政策を踏み外さなかったら...

これらの臨港鉄道とトラム網(路面電車網)が残されていたら、その後に建設された、殆どの無駄な地下鉄網建設(※22)も建設しなくて済み、市民が膨大な借金(市債)に苦しむことも起こらなかったでしょう!

此花区・港区にあったこれらの"専用線"を旅客転用していれば、そして中央線に拘らずに、だだっ広い中央大通りの中央部分にトラムカー(Straßenbahn)を走らせていたら...

参※22)当サイト内関連記事 大阪メトロ 迷走の歴史!市民生活の「日頃の足」となる地下鉄建設のはずが... はこちら。

♥日本一整備された軌道を軽快にトラムカーが駆け抜ける、まるでヨーロッパの街並みのような!鹿児島市

第2項 旧横浜港から敷設が始まった横浜の臨港鉄道網

新橋⇔横浜(桜木町)間の官設鉄道に始まった横浜近代化と共に、神奈川沖(横浜旧港)から新港(横浜ハンマーヘッド)へと移った貿易港の歴史の流れと共に、横浜臨港鉄道網は整備されていった。

この路線網も残しておけば、特に東神奈川から分岐していた初代横浜港線(横浜線)は残しておけば、中央卸売市場への旅客(通勤)運輸に使えた...

更に、ヨコハマキャビン?などと言うジョーク路線を作らなくても、汽車道に、観光レトロトラムを走らすだけで済んだのに...

♥一両ぐらいなら阪堺電気軌道さんが譲ってくれたかも?

第3項 神戸臨港鉄道網

大阪市にしろ、神戸市、横浜市にしろ、「新種の気鋭」を「珍種(業界)の起栄」と勘違いなさっているようで...(※23)

参※23)当サイト内関連記事 ミニ地下鉄 はリニアに"金食い虫"で厄介者のお荷物"公共交通効カン!" はこちら。

第3項 明暗を分けた岡山県の臨海鉄道

前項でも珍しく現在生き残り。しかも旅客扱いまでしている唯一の臨港鉄道として、知られている水島臨海鉄道があるが...

塔鉄道以外にも

現在唯一旅客営業を行っている戦後生まれの水島臨海鉄道

現在も、健在な戦後生まれ(1970年開業)の水島臨海鉄道は、嘗ては現在よりも更に手広く?商いを行っていた!

この路線は、製鉄所と石油化学コンビナートという、お呼びがかからない、工業地帯に建設されたが...

三菱自動車工業水島製作所(※24)という、生産工場を路線に抱えたことが明暗を分けたようだ、ご存じの通り自動車工場は昼夜3交代で生産を行っていて、通勤利用者が多い、また重化学エリアにはコンテナ貨物駅を隣接して、製品輸送も担えるようになっている。

更に水島自体が、岡山・倉敷都市圏のベッドタウンとしても発展したために一定の利用客がいる。

参※24)小生が良く訪れていた1980年代には三菱自工前は未開業だったが、ホテル最寄り駅の常盤は旅客扱いをしていてたまに利用したことがあった。(通常は営業車を利用して日帰り出張していました)

参※当サイト内関連記事 三菱自動車の周回路 《バンク伝説》岡崎オーバル とその兄弟 はこちら。

第4項 不運としか言いようのない先駆者たち

登場が早すぎた?生活路線!。

両鉄道共に、同じような生い立ちで同じような運命を辿った臨港鉄道!

!令和の御代"迄持ちこたえられていたら...

市民生活に欠くことのできない生活路線LRTになっていた!

岡山臨港鉄道

岡山臨港鉄道(1947年開業)は、宇野線(本四連絡線)茶屋町と、現南区を結ぶ路線だった!

残念なのは、登場が早すぎた!事。

そして、専用線的性格が強かった同路線が、頼みの綱のクラレと汽車製造の両方に貨物輸送を無くし、業績が悪化してしまったこと!

もしも岡山県がもう少し持ちこたえてくれていたら、バスだけに頼っている現状の状況を打開する特効薬になっていたであろう路線だ(※25)

参※25)当サイト関連記事 岡山 都市圏交通網の再整備は都市型 BRT で はこちら。

別府鉄道!と加古川市

詳しくは 当サイト内関連記事 別府鉄道 をLRTとして復活できレバ新幹線加古川駅も夢では... をご参照願います!

加古川市

推計人口 259,947人!(、2021年7月1日現在)

人口密度 1,877人/km2!

中心駅加古川駅利用者

一日平均乗車人員 23,989人/日(降車客含まず)/2019年度

しかし廃止当時はボランティア駅?が設置されていた集落?以外は「工場と、耕作地!」が広がるルーラルエリアだった!

1984年(昭和59年)に鉄道事業撤退後は、タクシー・貸切バス事業者として営業継続した。本社は兵庫県加古川市。鉄道事業は貨物輸送が主体だったが、旅客営業も行っていた。輸送量減少により、1984年の国鉄ダイヤ改正を機に、貨物輸送の維持が出来なくなり、全線廃止された。《Wikipediaより引用》

とされているが、地図をご覧いただければ一目瞭然、もとをただせば地元大企業多木化学(元化学肥料工場)の専用線!として敷設した路線で、地元民の為に?旅客ボランティア営業をしていた路線。

創業 1915年(大正4年)7月5日!

主要株主 (2011年3月現在)

多木化学(株) 87.54%
その他株主 12.46%

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第5節 時代に押し流されて計画だけに終わった幻の臨海鉄道

★第1項 大阪府

産業都市・大阪府下には日本有数の大阪港と、堺高石重工業・石油化学コンビナートが存在するが...

ゆめさき線(桜島線)以外にも臨港線は存在していたが、臨海鉄道は存在していなかった!

が、幻の臨海鉄道、臨港線計画があって、実現していれば21世紀の新たな通勤インフラとして、脚光を浴びていたかもしれない!

大阪市にあったもう一つの臨港鉄道計画

さらに大阪市南部大和川沿いにはもう一つの幻の臨港鉄道計画も見っることができる!

こちらは"南港"造成が始まった1958年当時、営業路線だった阪和貨物線(関西本線貨物支線)から延伸して、南港を結ぶ計画だった、こちらも用地は確保されていて、いつでも着工できる状態だったが...

すでに、有蓋貨車によるバルク積載の時代では無くなってきていた、更に計画されていた用地の一部が大阪市営地下鉄御堂筋線の我孫子延伸(1960年)により車両基地として転用されてしまった!

そこで、当計画もお蔵入りとなり、用地の大部分は一般道(生活道路)と一部が阪神高速湾岸線用地に転用されて今日に至っている。(※31)

参※31)当サイト関連記事 おおさか東線 おおさか東線 を 延伸 して『おおさか南線』を建設しませんか? はこちら。

堺泉北臨海鉄道

京阪神にある(あった)幻の臨海鉄道構想として有名なのが堺高石臨海鉄道。

そこで、比較的古く(北部堺市沿岸部1957年→ 1966年南部高石市1961年→1972年)から、埋め立て造成が始まった・堺・高石工業地帯では計画当初は臨海鉄道が張り巡らされる予定で、その用地も確保されていた!

堺側には現コスモ石油、高石エリアには現エネオス、もあり臨海鉄道による燃料輸送も計画されていたが...

臨海センターに展示されていたジオラマ!

1970年当時迄現サントリーロジスティクスの有る石津西町に「臨海センター」という建物があり、堺高石臨海工業地帯の進出企業の交流館(企業となり組み?の事務局)となっていて、貸し会議室レストラン、小規模ホールなどが設けられていたが...

そのエントランスホールにジオラマが展示してあって、臨海鉄道路線が示されていて!有蓋貨車の模型も配置されていた!

頼みの綱が市街地を通過する生活路線 南海電鉄では?...

上図の北端南海電鉄堺駅周辺を拡大していただければお分かりのように、

堺駅が地上駅時代の南海電鉄は広大な貨物ヤードを持っていて、国鉄同様に貨物営業を行っていた!更に天王寺支線で天下茶屋⇔天王寺間が繋がっており、貨物対応していた!

そこで、南海電鉄接続案がとられていたが...

南海電鉄は阪和間の町々を結ぶをインターアーバン(高速電気軌道)であり、市街地を通過する燃料輸送には(当時の運輸省・通産省当たり?)クレームがついた!

更に、1986年に国鉄の貨物営業が縮小を待たずに、南海電鉄そのものも1980年代に貨物輸送事業から撤退して旅客輸送増強に向かい、堺駅(1983年)も高架化され天王寺支線(1984年天下茶屋⇔今池町)間が廃止されたために、国鉄との連絡が絶たれて、この計画は日の目を見ることはなかった!

!但し用地はその後の阪神高速湾岸線や、一般道路に転用されて、無駄にはなっていない?

造成時に態々開けておいた鉄道用地は一部はその後に出来た阪神高速道路湾岸線に転用されたが、大部分は今も大阪府の所有する"遊休地"として残存している!

夢に終わった玉名臨海鉄道

岡山県にあるもう一つの夢の臨海鉄道が、玉名臨海鉄道だ。

水島臨海鉄に対して幻に終わった玉名臨海鉄道は、造成自体が未完の状態だったことと、石油精製工場も無く、沿線自体も今ほどには宅地化されていなかった為に、需要が見込めずについに着工されることはなかった、但し取得済みであった用地は、その後一般道などに利用されている!

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第6節 今も"お役に立っている"地方都市"の臨海鉄道

★第1項 四日市臨海鉄道

この市(コンビナート)こそ、臨海鉄道の「必要性と時代遅れの両面」を如実に表しているコンビナートは無いだろう!

四日市公害で一世を風靡した?石油コンビナートの町だが、臨海鉄道が敷設されたのは、古くからあった南部の石油精製エリアだけ!

前途したように、第3期増成分の北部の霞ヶ浦地区(1972年操業開始)の重化学コンビナートでは最初から臨海鉄道計画は無かった!

当時完成しつつあった国道23号名四国道(1972年全通)で十分と判断されたのであろうが、全くその通りだった!

南部の第1コンビナート(塩浜地区1958年操業開始)第2コンビナート(午起地区 1963年操業開始)の石油精製コンビナートに張り巡らされた四日市臨海鉄道は今も健在で、元気に世紀湯製品(燃料)をタンク車で出荷している、また関西線経由で三岐鉄道富田駅から製品セメントを出荷港まで運んでいる、

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第7節 21世紀は都市型臨海鉄道の時代?

第1項 京葉臨海鉄道 が第2の鶴見線になるかも...

別項でも取り上げたが、この京葉臨海鉄道(1963年開業)が、21世紀に一番注目される臨海鉄道になるだろう!

人口密集地の、首都圏にあり!

しかも、周りが、重工業地帯と準工業地帯(2次製品加工業・物流業)とに囲まれていて、更に近接して住宅地も広がっている!

つまり鶴見線同様に通勤需要が見込める訳!

また各支線も鶴見線同様に通勤に特化出来て、昼間は"運休"しても問題は生じないだろう!

更に、駅配置次第では、昼間の近隣住人の現金利用!も見込めることに...

沿線企業への通勤客にとっては

現在は、前途したように石油製品(燃料)輸送でほぞ細と?生計を立てているが...

起点の蘇我駅は内房線(総武快速線)京葉線の交わる重要ハブ駅であり、旅客化(LRT)化すれば、十分に勝算がある路線となりえる!

現状このエリアに通勤する人はマイカー通勤が主体だが、旅客運行を始めれば、鉄道転向組もかなり現れるだろう!

都心方面への通勤利用には

並行する内房線は駅間距離が長くラピッド路線で、準工業地帯寄りの住人にとっては意外と便が悪い。

並行する房総往還道は混雑がひどく路線バスも『歩くよりはまし』な程度!

月ぎめ(無料!)パーキングを併設すれば、パークアンドライドが実現出来てモーダルシフトにも貢献できる!

駅配置次第では、勿論自転車が利用可能な距離に収まる!

詳しくは別項で...

第2項 名古屋臨海鉄道

千葉臨海鉄道と非常によく似ている臨海鉄道が名古屋臨海鉄道

こちらも、燃料輸送で程細と生計を立てているわけだが、消費者(燃料輸送先)の都合でいつ廃線になるかも予測できない臨港鉄道の一つ。

千葉臨海鉄道同様に、沿線には住宅地も控えているが、こちらはこまめに乗客を拾うことを得意とする?名鉄ライン。

おまけに首都圏程の旅客需要も無い...

非常に残念だが、今世紀前半には...

第3項 先行き不安な"北関東"の鹿島臨海鉄道・JR鹿島線(成田線)

そして次に心配なのが、鹿島臨海鉄道と、鹿島線・成田線...

鹿島臨海鉄道は、ご存じの通り、加島工業地帯の出荷ラインとして、誕生した殖産臨海鉄道だが...

こちらも、石油製品を生産しているのは1事業所のみだった、大半はトラック輸送に頼る、石油化学製品!

つまり頼みの綱の、燃料輸送が1983年以来途絶えて久しい今、何時廃業しても不思議でない状況!

おまけに、コンテナ貨物輸送は、鹿島スタジアム駅(貨物駅)でJR貨物(※531)に受け渡しており、自社は鹿島臨港部のみ!

おまけに旅客営業は臨港部では行って無く、通常JR鹿島神宮駅まで直通して鹿島線との連絡を計っているが...

肝心のJR鹿島線自体が、工場エリアから離れており、ビジネス客はほとんどが「便利な高速バス」を利用しており、小生が指摘した21世紀のアクセスモデル。

地方都市間の「インターシティーは高速バス」利用(※532)の形態になってしまっている!

そしてついに、先ごろ特急電車が昇天なさったようである。

鹿島市は鹿島スタジアムがあることだし、鹿島線は無くならないだろうと高をくくっているようだが...

サッカー開催日以外は惨憺たる状況で、お隣香取市の佐原駅以遠の鹿島線・成田線は利用客も少なく、前途した燃料輸送が無くなると、確実に廃止3セク転換話が持ち上がると予想できる。

つまりそうなると、サーッカー開催時の、数万人の入場者を高速バスだけで裁くのは困難となり、さりとて、鹿島臨海鉄道がJRの後を引き受けたとしても、レールバス?のピストン輸送ではとても...

それに、サッカー特需の為だけに、佐倉⇔鹿島サッカースタジアム間を電化しておくのも"もったいない"お話だし、と言うことはJR乗り入れを期待することもできず...

ココは、お隣神栖市さんにお願いして、臨港部の貨物専用線を、旅客路線(LRT)(※533)として復活?させる方向で協議なさったほうが、よろしいかも...

LRT路線化すれば、朝夕のラッシュ時間帯の停滞に巻き込まれることも無く通勤・通学・お年寄りの病院通いにも便りになる生活路線が誕生することになり。一先ずは、鹿嶋臨港鉄道んお延命?は何とかなりそうで...

さらに最新のバッテリーカーを用いれば、駅周辺だけの電化だけで済み、全線電化の必要もなくなり誠に都合よくl事が進むわけ!

いずれにせよ、鹿島サッカースタジアム⇔桜⇔松岸駅(銚子市)は鹿島臨海鉄道はが引き受けざるを得なくなるでしょう!

他県に跨ることを茨城県が不服とするならば、鹿嶋市・神栖市・潮来市の3市は高速バス以外の帝都東京への公共交通を無くすこととなり、サッカー開催も危ぶまれることに...

参※531)鹿島臨海鉄道は、JR貨物と茨城県が主要株主となっている3セクで、親会社のJR貨物はJRTTの100%子会社です!

つまり、殆どお役人で構成された会社です!参)当サイト内関連記事 鉄道建設・運輸施設整備機構が改組できれば 整備新幹線網建設"妄想"が... はこちら。

参※532)当サイト内関連記事 21世紀の広域交通網は発想の大転換が必要では! はこちら。

参※533)当サイト内関連記事 ヨーロッパ各地で LRT が復興した背景 はこちら。

参※)1990年代小生がセールスマンで活躍していたころ、当地を良く訪問したが、当時から高速バスを利用するのが常だった。

ヘソ曲がりで鉄オタの小生は特急に乗って見たく、一度だけ利用したことがあったが、当時の鹿島神宮駅の吹き曝しのホームで"冬場"に1時間近く待つのは"荒行"に近いものだった!

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第8節 20世紀後半から21世紀初頭に昇天!した臨海鉄道

新潟臨海鉄道は

東港と黒山駅(白新線)を結んでいた新潟臨港鉄道は県営鉄道となり、現在は運休状態で、新潟トランシスの出荷路線としてのみ途中までが再利用されているようだが...

元々終点近くには集落があった路線で、新港開削事業で路線そのものが消え失せたのは誠に残念ではある!

しかし大幅に迂回して迄路線を復活してもしょうがないので、国道7号を利用したBRT路線(※61)の新設で、利便性を計るほうが得策であろう!

沿道には新潟競馬場もあり、多くの利用客が期待できるエリアでもあり、今後の市街地化にも対応できる。

参※61)当サイト内関連記事 LRTにも通じる『 都市型 BRT 』は『 日本型 BRT 』のようなローカル線廃止の方便ではない! はこちら。

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第9節 一部が生き残った臨港鉄道

第1項 嘗て日本最大の貿易港だった新潟市の臨港鉄道網

大東亜戦争以前には、大陸への玄関口・国際港として栄え、東京市・大阪市を押さえて日本一の大都市として栄えていた旧新潟市都市圏にあった日本有数の規模を誇る臨港鉄道網!

新潟臨海鉄道(新潟県営鉄道)とJR線臨港線

JJR新潟港線(新潟港駅)はイベント列車用としてかろうじて生きながらえているようだが、

JR新潟臨港線は早々と店じまいした様で、...

しかし、地図をご覧のように、嘗てこの路線はフェリーターミナル、都空の玄関口新潟国際空港!の近くまで繋がっていて、用地も遊休地として残っているので、LRTとして復活させれば。

空港・フェリーの利用客の助けになるだけでなく、市街地化した沿線住人の頼りになる"生活路線"として復活できる可能性が大いに残されている!

但し別項で述べたように、新潟都市圏交通のいオーソリティー化が必須となり、路線バスと・LRTが、異なった事業者で運営されれば、またぞろ赤字をばらまくだけの存在となってしまう事は目に見えている!

市内交通は新潟交通に一元化すべきだろう!

出来れば、新潟市が中に入り、新潟県・新潟市新潟交通・JR東日本の4社で、新潟トランジットオーソリティーを設立して、JR幹線・LRT・BRT・エリア交通を担うコミュニティーバスの有機的な一体運用が望まれる。(※71)

参※71)当サイト関連記事 21世紀の都市圏交通のあるべき姿とは はこちら。

第2項 和歌山県営鉄道

元々は西浜にあった広大な「木場」木材加工施設の搬出用として敷設されていた。

南海電車そのものが、貨物輸送も行っており、高野線(汐見橋支線)木津川駅にも川船に積み替える広大な貨物ヤードがあり、さらには和歌山市駅から紀勢本線と繋がっていたので、無蓋貨物車両に木材を積み込み出荷していた!

その後木場は無くなり、河口(木工工場)は残ったが最早トラック輸送の時代になっていた!

そして、明石大橋海峡が出来るまで、和歌山市駅⇔和歌山港間の南海和歌山港線が残り本四間の重要ルートとして、和歌山港から南海フェリーと"高速艇"が徳島航路(小松島航路)に走り、和歌山港駅まで南海特急サザンが走り、難波⇔徳島(小松島港)を2時間で結ぶ南海ラインが活躍をしていた。

20xx年までは、途中駅も設けられていたが、築港植松町には、15号・16号を走る路線バスが高頻度で走り、途中駅の利用者が無くなり2えきは廃止された。

第3項 門司臨港鉄道(門司港レトロ観光線)

現在き九州鉄道記念館(門司港駅)⇔関門海峡めかり駅間が門司港レトロ観光線(※72)として旅客営業を行っている。

元々が貨物路線として敷設された路線だが、最2期新門司港(フェリーターミナル)造成時には最早トラック輸送全盛期に入っていたので、当初は延伸計画もあったようだが?(用地は確保されていたが)結局実現はせず幻の延伸計画となり、既存開業区間も廃線となってしまった。

参※72)当サイトシリーズ記事 九州銀行レトロライン《 観光鉄道 ナビ 》門司港レトロ観光列車 はこちら。

第4項 北海道最大の規模を誇った小樽臨港鉄道網

小樽は、石炭船積港として、漁港から発展して、その後北海道・日本国の玄関口国際貿易港として、栄えて、同時に国内有数の臨港鉄道網を構築していた!

手宮線と小樽臨港鉄道網

嘗て黒いダイヤ積出港として栄華を極めた手宮線と小樽臨港鉄道も網(※73)

参※73)当サイト内関連記事 小樽市総合博物館《のりもの博物館 ナビ》ミニSLが走る 道内最大の施設 はこちら。

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第10節 その他の"今は亡き"臨海鉄道

第1項 秋田臨海鉄道(三菱鉱業専用線)

秋田臨海鉄道は、全国でもまれにみる企業(旧三菱鉱業)専用引き込み線だが...

共用?部分も多いので、新屋エリアに併用軌道を延伸してLRT秋田として再出発されてみてはいかがだろうか?

秋田運河、雄物川と放水路?に隔離?された割山・新屋エリアは意外と市内中心部から隔絶されていて、公共交通不毛地帯となっている!

路線バスに頼っている、アクセスもラッシュアワーには...

但し、御町内はさほど込まない?ので、路面電車を復活?(新設)すれば、奥羽本線沿線の高校・大学への通学が楽になると思われれる。

第2項 広島臨港ライン

この路線は、広島港が荷役港として機能しなくなった時点で、廃線となり一般道(一部都市高速)に転用されたが...

別項で示した、将来の芸備線・広島市内区間LRT化の際に市内乗り入れ区間として役立つかもしれない!(※81)

参※81)当サイト内関連記事 広島市内の 芸備線 を LRT化 して新たな"芸備文教ライン"の実現を! はこちら。

前途した以外にも東京23区・横浜市・神戸市・長崎市などの国際貿易港には、多くの臨港鉄道支線網が構築されていた!

あまり話題に上がらない臨港鉄道を上げると」...

第3項 若狭湾にあった臨港鉄道

舞鶴臨港支線

嘗ての日本海軍舞鶴港、日立造船、と舞鶴線を結んでいた。

敦賀港線

2021年現在休止線となっているこの路線は、北陸線が開業した当初、本線として活躍した路線でその後、福井方面に延伸されるさいに、新たに敦賀駅(機関区)が設置されると共に経路も変更された!

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エピローグ 臨海鉄道が"21世紀の輝く希望の星"に返り咲く!には...

第1項 貨物専用線から港湾エリアをカバーするコミューター路線に...

臨海鉄道・臨港鉄道は"専用線"部分が多く、超低床トラムカーを用いた都市交通としてよみがえらせるには最適の鉄道です!

大都市圏では、市街地・近郊の主要幹線が朝夕のラッシュで渋滞が激しく「路線バス」では定時運行(定刻発着)が困難になってきています!

前途した大都市近郊の臨海鉄道・臨港鉄道を専用軌道線として蘇生すれば、超低床トラムカーが、渋滞にも巻き込まれずに、通勤・通学の役に立つ生活路線として立派に蘇生できます!

♥LRT路線として見事に蘇生した富山港線

第2項 大都市市街地では超低床トラムカーの高頻度運行で....

大都市圏の市街地部では輸送力の大きいトラムカーの高頻度運行で、渋滞しらずの都市交通システムに転用できます!

前途した大阪市、千葉市近郊路線など...

地方都市では観光路線として

前途したも門司港レトロラインが一つのモデルケースとなるでしょう!

停滞した、地方経済を立て直す、町おこしとして。前途した小樽市の手宮線のLRT化等が期待されます。

第3項 柔軟な発想が必要! 

懐古趣味(ノスタルジー)で鉄道を眺めるのではなく...

経済活動を支える生活路線として、見直すべき時期ではないでしょうか!

臨海鉄道・臨港鉄道が時代遅れなのではありません!

交通政策を行っている痴呆都市?の交通政策が時代遅れ"なのです!

参※)当サイト内関連記事 21世紀の交通網は発想の大転換が必要では?! はこちら。

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《abandoned railroad》関連特集記事のご案内 

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後書き《 abandoned Road 》シリーズについて

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abandoned Railroadの教訓から学ぶ必要がある"持続可能な鉄道事業"とは

多く歴史ある鉄道がabandoned railroad(廃線)となって"天に召された"ましたが...

鉄道黎明期の LRT ?ブーム

明治維新後の文明開化で訪れた陸蒸気幹線の発達と共に、日本各地で民間資本による"軽便ブーム"が起こり、その多くが昭和に至るまで大活躍していました。

今風に言うなら LRT 網と言うことになります!

全国にあった軽便軌道の栄枯盛衰は

これらは、市街地を駆けまわる"チンチン電車"網であったり、都市圏交通を担うインターアーバン(都市圏電気軌道)であったり、鉄道幹線(大都市)と港町を結ぶ臨海鉄道・臨港鉄道、山間部を縫う森林鉄道、更には1960年代まで北海道で大活躍した"殖民軌道"などなど...

更には、準LRTと言っても過言ではない地方交通線が例に挙げられるでしょう。

abandoned railroadが復活!するには更には赤字路線を蘇生させるには...

♥RTD(Regional Transportation District,デンバー地域交通事業団の例

これらのabandoned railroadにスポットを当てて、陸上交通における"地方交通線"が担ってきた役割と、その"生い立ち"、更には"消えていった背景"を考察して、現行の廃止対象路線がトランスポーターとして『21世紀を走りぬく』方法を模索してみました。

狸穴総研 交通問題研究所 出自多留狸

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参)当サイト内関連記事 海外版Youtube 鉄道動画 と 各国語版ウィキペディアの勧め はこちら。

参)当サイト内関連記事 海外鉄道・ 空港関連 ご当地Wikipedia リンク集 はこちら。

思想(イデオロギー)に関するcontentについてのイエローフラッグ"糞"フラッグが多い!

特に歴史・イデオロギーに関するイエローフラッグは、ボランティア?で"管理人"としてウィキペディア事務局に関与している平和ボケした理想主義者、有識者?達が日"教祖"の偏向教育(大衆洗脳)方針に沿うように"注意喚起?"されており、ハッキリ言って"糞"フラッグです!

むしろ"糞"フラッグが立っているcontent(内容)のほうがfairness(公正)な立場の内容と言えなくもありません!

交通施策に関するcontentは運輸族のプロパガンダの温床に

但し、交通関係は、スポンサー(与党運輸族)の意向を強く反映しているので、イエローフラッグが警鐘(fairness)を鳴らしている場合もありますが...

更に、地名に関しては、Google地図検索を容易にするために、言語表記を基本に、(カナ表記)についてもGoogle 地図で使用されている「カナ使い」を使用しています。

又、引用句に関しては《XX語版》を明確にしています。

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  • ●ラテン語表記は 裸展?語版 Vicipaedia
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  • ●中国語表記は Both China版 維基百科

にそれぞれ直接リンクしてあります。

※但しハングル表記 韓国語版 위키피디아 は著しく信憑性が無く!殆どが日本語版以下(50歩100歩?)の fake content なので無視!しました。(Red China版 維基百科のほうがはるかに信頼性があります!

当サイト内関連記事 日本語ウィキペディアが 鉄道(傾?)Youtuberから"こけ"にされる訳は... はこちら。

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公開:2021年7月21日
更新:2022年9月15日

投稿者:デジタヌ

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