タヌキがゆく

北陸新幹線 小浜京田辺ルートは 前代未聞・空前絶後の新幹線大廻ルート!を生む...

大廻り迂回路 ・廃線 の歴史は "軍部"と" 政治屋! "によって画策された!...

前代未聞の政治大廻り線「北陸新幹線・小浜・長田辺ルート」が決定になりそうです!?が...

お金に目がくらんだ政治屋共は、たった45.9㎞の米原⇔敦賀間を3倍以上168㎞もの大回り私たち利用者におしつけようとしているのです!

中央東線の大八回り どころの騒ぎではありません!運賃も時間も3倍以上では誰も利用できなくて、

福井県は中京経済圏さらには帝都東京と絶縁!したようなものです。

小浜・京田辺ルートを推す与党整備新幹線建設推進プロジェクトチームと関西経団連(関西電力)、福井県北陸新幹線建設促進同盟は、全く非常識極まりない破廉恥な人たち!といえるでしょう。

《 交通政策とは 》第7回

小浜・京田辺ルートに決定すれば、湖西線がとばっちりを受けて、並行在来線!として廃止対象路線!となります。

step1) 特急しらさぎの廃止による、利用者減で北陸本線米原⇔敦賀間の利用者減によるローカル線化!で昼間2時間に1本程度に!

step2) 米原⇔大垣間の利用者減少によりJR東海新快速廃止!再び2両連結のローカル線に!後戻り

step3) 敦賀間⇔小浜⇔京都の小浜ルート完成で湖西線サンダーバード 国際救助隊に帰還! 湖西線が超赤字路線に転落!存続問題で廃線決定:再び江若バスのバス路線に!

※JR西日本が湖西線を廃止するのはほぼ間違いなく、3セク転換しても「直通新快速」が廃止になればアウト!なので、1年後輩の三江線同様に廃線!(ああモッタイナイ!)

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※リンクについて

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《 交通政策とは 》シリーズの総合目次

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プロローグ 欧米 から学ぶ 鉄道再建 に関する2つの取り組み

旅客運輸のみを考えた場合のトレンドとは、鉄道発祥の地"英国"で行われている Leasing とUSAで盛んなTransportation Authority 方式の2つ... 

第1回 整備新幹線 は国の宝!?...それとも亡国への "哲路!?"

"先進ヨーロッパ諸国では、在来線・近郊電車、貨物列車、"高速列車"が仲良く走れる"新幹線鉄道規格新線や、在来線を「高速化」改修して「スーパー特急」を走らせる方向に向かっています!

第2回  整備新幹線 建設事業を "誰が得する" ために 推進 しているのか?...

情報は光、人は飛行機、物流は高速道路が担う時代!同じ金を土建業界にばらまくのなら、『道路整備と地方空港整備に回して欲しい』が大方の一般人の思いでは?時代錯誤も甚だしい...

第3回 運輸族 ・ 地方議会議員 が 鉄道 新線を "建設したがる訳!" とは...

"道路整備事業では、鉄道建設に比べて地上げへのインパクトに欠けます!護岸工事では、土建業界は潤っても、地上げ(不動産屋)には関係ありません!更に...

第4回 与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム とは...

北海新幹線 札幌延伸工事、長崎新幹線佐賀県内通過計画、北陸新幹線大阪延伸計画、などで毎度世間をお騒がせしている 土建屋の"提灯持ち"与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム とは...

第5回 交通政策審議会 の"提言"は 与党運輸族 の慾得妄想のアドバルーン?

国交省の外郭諮問機関「交通政策審議会」とその「答申」に記された「提言」が、さも「お上」から拝領した金科玉条「錦の御旗?」のごとく「都合良く使いまわされて」...

第6回 スキーム (建設費負担枠組み)は整備新幹線 建設だけではない!都市計画事業でも... 

本来は、故郷創生、地域振興のための事業ではならないはずの「整備新幹線建設プロジェクト」が、景気刺激策?がメインの、土建屋救済土木事業になり果てて、

第8回 運輸族(旧運輸省派)の天下は終わった、今や国土交通省(旧建設省派)が国土軸を模索する時代に...

北海新幹線 札幌延伸工事、長崎新幹線佐賀県内通過計画、北陸新幹線大阪延伸計画、などで毎度世間をお騒がせしている 土建屋の"提灯持ち"与党整備新幹線建設推進プロジェクトチーム とは...

Top Index

プロローグ 前代未聞・空前絶後の新幹線大廻ルート!

元々北陸線は、東海道線を通じて天子様のおわします帝都・東京と北陸を結ぶために造られた路線でした!

北陸新幹線小浜ルート 米原⇔京都⇔敦賀 248km!

名古屋⇔京都⇔小浜⇔敦賀の場合

乗り換え10分含む乗車時間 77分(1時間17分)運賃合計9,130円!

2028年頃完成未定?運賃名古屋⇔京都⇔敦賀 のとおし運賃4070円

名古屋⇔京都間 147.6km 34分ののぞみ?指定席券2860円

京都⇔敦賀間 約100km 最速かがやき(表定速度182㎞として)33分 指定席券2200円

東海道線・北陸線新快速乗り継ぎで (125.8km)

3時間30分 2310円

福井県福井県北陸新幹線建設促進同盟会ご推奨の高速バスで

名古屋新幹線口⇔敦賀インター? 1時間45分 2,300円

敦賀インター⇔敦賀駅 敦賀市コミュニティバス!11分200円

但し敦賀インターでの徒歩連絡と時間待ちを加えると 3時間!

第1節 北陸本線の変遷

※以下開通年度順

第1項 北陸線敦賀⇔今庄間旧線 1896年開通 

旧線 敦賀⇔杉津→今庄間 26.4km

  • ●開通 1896年(明治29年7月15日)
  • ●廃線!使用年数 90年!

北陸トンネル新線 敦賀⇔今庄間 19.3㎞

距離的には7.1kmの短縮にとどまっているが、単線非電化急勾配路線区間が、複線電化超大トンネルかされて1時間以上の時間短縮となった!

  • ●開通 1962年(昭和37年)6月10日:北陸トンネル開通
  • ●短縮距離 7.1㎞

概暦

1896年(明治29年)7月15日:北陸線 敦賀駅 - 福井駅間(38M40C≒61.96 km)が開業

1962年(昭和37年)6月2日:新線切り替えに先立ち、敦賀駅 - 今庄駅間の旧線区間廃線式を挙行。

6月9日:早朝上り216列車と下り225列車をもって、下り線線路付け替えのため敦賀駅 - 杉津駅 - 今庄駅間 (26.4 km) が廃止。以降終日新線を暫定使用。
6月10日:北陸トンネル正式開通。敦賀駅・福井駅にて祝賀式典が執り行われる。敦賀駅 ⇔今庄駅間が複線交流電化新線 (19.3 km) 開業。

第2項 1882年3月開業 京都⇔敦賀間 東海道・北陸ルート113.6km

第1目 1882年開業 米原⇔敦賀間

柳ケ瀬線(木ノ本⇔敦賀間26.1km)
  • ●最急勾配25‰
  • ●開業1882年3月開業
  • ●1957年(昭和32年)10月1日 新線開通により柳ヶ瀬線として分離。
  • ●本線供用期間 75年
  • ●1964年5月 全線廃線!
新線(木ノ本⇔敦賀間23.5km)

距離短縮は2.6㎞だが、勾配緩和(10‰)によりSL急行が大幅に時間短縮!

  • ●最急勾配上り線のみ10‰(下り線は25‰)
  • ●開通 1957年(昭和32年)10月1日

第3項 1957年開通 山科⇔近江塩津間 93.6㎞

湖西線(山科⇔近江塩津間)74.1km

山科⇔米原⇔近江塩津間 93.6㎞を 19.5km短縮して京都⇔敦賀間を大幅に時間短縮。

  • ●開通 1974年7月
  • 20XX年廃線予定?!※11(北陸新幹線小浜ルート完成のとばっちりで!)

参※11)当サイト関連記事 湖西線 サンダーバード が国際救助隊に帰還してしまう日 続編はこちら。

第3項 北陸線は名古屋方面と先に繋がっていた!

1883年(明治16年)5月1日:東海道線、関ヶ原駅 ⇔長浜駅間の直通ルートが完成(14M32C65L≒23.19 km)が開業。関ヶ原駅・春照駅が開業。長浜駅で官設鉄道金ヶ崎駅方面に接続。

前年5月1日に開業した太湖汽船の長浜駅 - 大津駅間琵琶湖上航路を鉄道連絡船に利用して 新橋ー神戸間全線開業

1884年(明治17年)4月16日:柳ヶ瀬トンネル開通に伴い、柳ヶ瀬 - 洞道西口間(2M29C54L≒3.81 km)が延伸開業。長浜駅⇔・敦賀駅・金ヶ崎駅(後の敦賀港駅)全線開業。

同年1884年(明治17年)5月25日:大垣駅 ⇔関ヶ原駅間(8M35C32L≒13.59 km)現路線が延伸開業。

1889年(明治22年)7月1日 関ケ原駅⇔分岐点間は4M45C≒7.34 km)が延伸開業し、新橋駅 ⇔神戸駅間が全線開通

デジタヌの思い出 1

1978年当時、北陸を担当していたので、大阪⇔福井⇔金沢⇔高岡⇔富山間はしょっちゅう特急雷鳥で行き来していました。

当時の雷鳥には食堂車がついており、帰りは殆ど食堂車で"晩酌"を楽しみながらよく過ごしたものです!

ついでに言うと当時はのんびりしていて、食堂車で知り合った姫路の某食品会社の会長さんに誘われて、今庄⇔敦賀間のグリーン車に不正便乗させていただいたこともありました...

当時グリーン車はガラガラで、車掌さんも態々検札などに回ってこない時代でした?

第2節 東海道本線 国府津駅⇔沼津間 1889年開業

御殿場線

  • ●起点 国府津駅→沼津間 60.2㎞
  • ●最急勾配 25‰
  • ●開業1889年
  • 東海道本線期間 45年間!

丹奈トンネル・ルート

距離的には11.7㎞の短縮にすぎないが、勾配区間が無くなったために大幅な時間短縮が図られた。

1992年に東海道線来宮駅構内列車衝突事故で不通になった際には東海道本線のバイパスとして、寝台列車が当路線経由で運行された。

  • ●開通 1934年12月1日
  • ●丹那トンネル新線区間 48.5㎞

沿革

1889年(明治22年)に新橋⇔神戸間に官営鉄道が開通して同路線の一部として単線で開業。

1896年 「東海道線」として正式に幹線に昇格

1901年 全区間複線化完成。

箱根のお山を避けるために御殿場方面に迂回したが25‰急勾配?の為に当時の汽車ではスピードアップ(輸送力)にも限界が生じて、熱海経由の海岸ルートを計画した。

1918年 熱海線として海岸ルート着工。

1934年(昭和9年)12月1日の丹那トンネル開通に伴い、東海道本線は熱海駅経由に変更され、ローカル線御殿場線となった

1944年(昭和19年)、不要不急線に指定されて単線化された。

デジタヌの思い出 2

1991年当時、東京本社勤めとなり大阪に"帰省"した帰りに"当時沼津⇔(小田急)新宿間!で運行されていた、直通"特急あさぎり"を利用したことがあります。

今になって見れば乗っておいて本当に良かった!(鉄オタさん羨ましいでしょう?)

第3節 高崎⇔長岡間

信越線軽井沢ルート 1893年開通

清水トンネルが開通するまで38年間上野⇔新潟間の幹線として使用された。

横川⇔碓氷峠間の碓氷峠越来間11.2kmに相当時間を要した。

  • ●信越線 高崎⇔軽井沢⇔新潟間 280km
  • ●全線開業 1893年
  • ●幹線使用 38年間

上越線

同線開通で急行列車で11時間6分→7時間10分になり一挙に4時間の所要時間短縮が図られ所要時間が1/3に短縮された!

  • ●上越線 高崎(清水トンネル)新潟 229km
  • ●全線開業 1931年
  • ●短縮距離 51km

沿革

1893年(明治26年)4月1日:横川駅 ⇔軽井沢駅間が延伸開業して高崎⇔直江津間が全通。

1904年(明治37年)5月3日:沼垂駅 - 新潟駅(初代)間が延伸開業して、高崎⇔新潟間が開通!

1931年(昭和6年)9月1日:水上駅 - 越後湯沢駅間延伸開業(清水トンネル開通)で上越線全通!

デジタヌの思い出 3

1989年当時、当時誕生したばかりのJNR長野工場にスーパーバイザーとして出張した際に帰路東京本社に会議で赴く際に、碓氷峠越え(下り?)上り"特急あずさ"に乗車した思い出があります!

これもいい思い出ですが、"八王子"に停車した際に当時の八高線・相模線のディーゼルカー!を見て、なーんだ八王子って"山梨県"だったのか?と勘違いした思い出があります。o(^◇^)o

第4節 中央線 岡谷⇔塩尻間 1906年開通

辰野ルート(大八回り)

伊藤大八という代議士が誘致したという話から「大八廻り」とも呼ばれている。

北陸新幹線小浜ルート同様に完全な政治路線で、建設当時の土木技術でも現国道20号線沿いに建設出来ていた?

●辰野ルート(大八回り) 28㎞

●1906年(明治39年)6月開通

●幹線使用年数 77年!

中央東線(塩嶺トンネル)

●中央東線(塩嶺トンネル)ルート 12㎞

●1983年7月完成

●短縮距離16km!半分以下の3/7に短縮

沿革

1906年(明治39年)6月11日:岡谷駅 - 塩尻駅間(16.9M≒27.20km)延伸開業で中央線全通

第5節 1934年開通山陽本線 徳山⇔櫛ケ浜間 

岩徳線(山陽本線旧線)

短縮距離21.7km 約2/3に距離短縮!

  • ●岩国→ 櫛ケ浜駅 43.7㎞
  • ●開通1934年
  • ●新線幹線使用期間 10年

旧山陽本線(柳井線)

  • ●岩国→ 櫛ケ浜駅 65.4km(幹線使用区間)
  • ●1897年(明治30年)9月25日
  • ●幹線使用期間 37年

1934年(柳井線)となり幹線から離れる

1944年に複線化完成で山陽本線に再編入

山陽本線の略歴

1897年(明治30年)9月25日:広島駅 - 徳山駅間 (68M41C≒110.26 km)が延伸開業

1901年(明治34年)5月27日:厚狭駅 - 馬関駅間 (21M60C≒35.00 km)が延伸開業し、神戸駅 - 馬関駅(現在の下関駅)間が全通。

岩徳線の本線使用は10年間に終わった

距離短縮というより本路線も軍部からの横やりで、内陸部に移された路線だったが、戦時中の物資の無い時期にこの区間の複線化が行われて、超大トンネルを避けて柳井線を複線化して再度本線として使用された。

距離は2/3に短縮されたが蒸気機関車の当時では急勾配区間が多くトンネル区間も多かったので幹線からは外されたことになっているが、当時貨物輸送主体だった山陽線としては明治の開通当初から通過していた柳井、光、下松の各都市をショートカットしたのが致命傷?であったのだろう。

現在の山陽新幹線はこの岩徳線とほぼ同じ経路を走って距離を短縮している!

岩国⇔徳山間の運賃は岩徳線経由距離となっている。(つまりどちらの路線を経由しても同一料金、但し時間は大廻の柳井回りが早くなっている!)

第6節 1909年開通鹿児島本線 八代⇔鹿児島間 

この路線も軍部の横やり(海岸に近いと艦砲射撃を受けやすい!?)で人吉回りとなった路線。

肥薩線 山回り回り 152.1km

  • ●開通 1909年11月21日:鹿児島本線として全通
  • ●路線分割で 本線終了1927年10月
  • ●鹿児島本線期間 18年

1909年(明治42年)11月21日:人吉駅 ⇔吉松駅間が開業。門司駅※ ⇔ 人吉駅 ⇔ 鹿児島駅間が鹿児島本線!として全線開業。

鹿児島本線 海岸ルート 166.2km

距離としては伸びたが、険しい山岳路線からほぼ平坦な路線となったために(特に貨物列車が)大幅な時間短縮となった。

  • ●開通1927年 10月17日 鹿児島本線として開業

1927年10月17日:湯浦駅 ⇔水俣駅間延伸開業で全線開業鹿児島本線となる。

2004年3月13日 九州新幹線全通により八代⇔川内間が第3セクター肥薩おれんじ鉄道に移管される。

デジタヌの思い出 4

懐かしい線区で 新幹線開業以前の1991年当時に、たびたび寝台特急!大阪⇔川内間を往復したものでした。

第7節 1898年開通長崎本線 

第1項 肥前山口⇔諫早間

当初は佐世保線・大村線周りが長崎本線として使用されていた!

早岐回り(佐世保線・大村線ルート)87.5㎞

  • ●開通 1898年(明治31年)11月27日
  • ●本線時代 36年間

現行旧有明線ルート(肥前鹿島経由)60.8km

  • ●開通 1934年
  • ●短縮距離 26.7km 約2/3の距離に短縮!

1898年(明治31年)11月27日 【延伸開業】*大村 ⇔諫早 ⇔ 長与(鳥栖 ⇔早岐⇔長崎間が開通)

1934年(昭和9年)4月16日 【延伸開業】有明東線 肥前浜 ⇔ 多良 【駅新設】肥前七浦、肥前飯田、多良(12月1日 【延伸開業】多良 ⇔ 湯江(長崎本線に編入))

なのでつい最近まで、夜行列車、寝台急行などは佐世保回りと有明線回りがあった。

第2項 長崎本線喜々津⇔浦上間 

長与支線 23.5km

  • ●開通 1898年(明治31年)11月27日
  • ●本線時代 74年間

新線(市布経由)16.8km

直線化により速達列車の大幅時間短縮!

  • ●開通 1972年(昭和47年)10月2日
  • ●短縮距離 6.7km 約5/7に短縮 

デジタヌの思い出 5

小生も1967年に高校の修学旅行の時「佐世保線回りの」寝台急行で長崎を訪れたことがあります!

当然(市布経由)の新線などなかった時代でのんびりした時代でした。

帰りも別府からの寝台急行!でした。

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今どきの鉄道傾!Youtuberタレント、シナリオライター、 コラムニストとは?... のご案内

2021年4月17日更新版・公開

要約

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続きはこちらから...

後書き《 交通政策とは 》シリーズについて

鉄道黎明期において日本各地で幹線鉄道を敷設していったのは、民間資本による"民鉄"でした。

幹線の多くはその後お国に買収されて、官営鉄道になり国鉄を経て現在のJR各社となりました。

現在の大手私鉄の殆どはこの時運よく買収を逃れたましたが、第2次大戦中の戦時統合で合併を余儀なくされて、敗戦後に再度独立して現在に至っています。

また大手私鉄の大半が辿ったLRTや新都市交通、バス路線にもスポットをあてて、離合集散、新線建設・廃線を繰り返しながらも"波乱万丈の路"を走り続けてきた公共交通事業者の過去・現在に焦点を当ててみました。

狸穴総研 公共交通網調査室 出自多留狸

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むしろ"糞"フラッグが立っているcontent(内容)のほうがfairness(公正)な立場の内容と言えなくもありません!

交通施策に関するcontentは運輸族のプロパガンダの温床に

但し、交通関係は、スポンサー(与党運輸族)の意向を強く反映しているので、イエローフラッグが警鐘(fairness)を鳴らしている場合もありますが...

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  • ●クネクネ文字?は 使用各国版 ويكيبيديا
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※但しハングル表記 韓国語版 위키피디아 は著しく信憑性が無く!殆どが日本語版以下(50歩100歩?)の fake content なので無視!しました。(Red China版 維基百科のほうがはるかに信頼性があります!

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公開:2020年9月16日
更新:2022年5月12日

投稿者:デジタヌ

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