タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

ピーチライナーが「ピンチライナー?」になって消えた訳

※<本記事は06/29/2008に旧タヌキがゆくで初稿公開したレビュー「誰がために槌音は響く」第10回 一か八かの大博打に破れた小牧市のピーチライナー建設? (1991開業-2006年廃止)の補足解説記事です。

シリーズ「誰がために槌音は響く」2017  狸穴総研・都市交通研究工房・レポート

ピーチライナー 敗退の分析その2

「都市交通研究工房」2017シリーズ第14回 ピーチライナー敗退の分析

 都市交通研究工房 研究主観? デジタヌ の補足説明

<1㎞当たり42億(※1)、総工費313億円も掛けて建設したこの「交通効(キ)カン?!」がたったの15年でお払い箱となったわけである。..

当時名古屋中心部へのアクセスが甚だ悪い名鉄小牧駅(※2)をターミナルに選ぶと言う、利用者にとって利便性の殆どない(※3)「粗悪交通効カン」建設となった訳である。>原文引用。

もしも、「前時代的交通効カン」の代わりにLRT軌道を建設していたなら

2003年以降は、右肩上がりで沿線利用客が増えていたかもしれない?!

(日本初の新型低床トラムは1997年登場の熊本市交通局9700形車両でしかもピーチライナーを手がけた旧新潟鐵工所製でした!)

参照覧

※1) 「ナチュラルバリアフリー」を最大の特色「売り」とするトラム(LRT)では、

2017年現在ですら総事業費15億から25億円/Kmで敷設出来、しかも早くて(設計最高時速75Km/h)乗り心地の良い、空調完備の新型低床車両のオマケまでついてくる!

総事業費185億(/2017年現在)以下つまり2/3の事業費で開業出来ていた。

※2)ピーチライナー建設営業当時(1991開業-2006年廃止)名鉄小牧線は起点:上飯田駅 終点:犬山駅間(20.6Km)の孤立路線で有り上飯田駅ー地下鉄名城線平安通駅間はバスか徒歩連絡しか手段が無かった。(小生も仕方なく橋を渡って徒歩連絡した経験があります。)

2003年になって上飯田駅 - 味鋺駅間が地下化され名古屋市営地下鉄上飯田線(上飯田ー平安通駅間)と相互直通運転を開始してやっと平安通駅迄到達しこれに先立つ12年前の1971年にすでに開通していた名城線金山ー大曽根間と平安通駅で連絡し、名古屋中心部の栄駅に、鉄道の乗り継ぎで到達できるようになった。

※3-a)ピーチライナーの利用者無視は甚だしいもので、地上10数mを走る高架線、あるにもかかわらず、エレベータや、エスカレータの「施設は一切設備されてい無いバリアフル!」沿線の老齢者や身体障害者いわゆる交通弱者は病院通いにも利用できず「タクシー」利用で、病院通いをする有様!であった。

b)旧新潟鐵工所ご自慢?の車両は特命を条件に「足下を観られ」値切り倒され幾度となくの仕様変更の後に「鈍い!(営業運転最高速度30Km/h程度!)」「狭い!」「空調無し!」「片側扉!」「サスペンション無し!」「ノーパンク・ソリッドタイヤ!」の廉価版粗悪品仕様!で仕様決定!

但し安全運行のため?に「運転手付き!」の「全手動運転?」と徹底的にコストダウン?をはかり、最初にメーカーが提案したプランとは似ても似つかない、廉価版の粗悪仕様!で初期投資をケチった?代物。

納入された車両は「新都市交通」とは名ばかりの「前時代的・交通効かん」に成り果ててしまっていた。

劣悪な乗り心地は当時まだ生き残っていた鉄道貨車より酷い乗り心地...と評され、全く取り柄の無い代物であった!

しかもピーチライナー専用車両であったため、廃線後の引き取り手も無く、たった15年間の使用でスクラップ(鉄道車両の耐用年数は通常数十年)にされてしまった!

 

公開:2017年8月12日
更新:2019年10月28日

投稿者:デジタヌ

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