タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

コロラド州から学ぶ JR北海道 鉄道網の近未来のあり方とは...

北海道は小さな大陸?

北海道は東西約500㎞、南北約450㎞にも及ぶ対角線をひし形を形成している"小さな大陸"と言えなくもありませんが...

《鉄道事業再建には...》シリーズ 第7回 北海道の 鉄道事業(開拓鉄道 ・鉱山鉄道 ) は終わった!

現状米国・オーストラリアでは"陸蒸気"として、長大な貨物列車が大陸を横断して貨物輸送を担っています。

いずれの国も100両以上、延長数キロメートル・編成重量1万トン!以上にも及ぶ貨物を"陸蒸気"として物流に利用しています。

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《鉄道事業再建には...》シリーズの総合目次

※以下のタイ トルをクリックするとシリーズ記事全てにジャンプできます!

プロローグ 21世紀の広域交通網は発想の大転換が必要では!

明治維新後に訪れた文明開化の象徴"鉄道"が全ての陸上交通を担う鉄道万能論の時代はとっくに終わっています!

第1回 21世紀の 持続可能 な 鉄道事業 とは? ー 交通事業者編 ー

再玉高額鉄道、盗用高額鉄道、金沢崖っぷちライン?などの高額交通効カン?を容認する私たち国民の姿勢を改めないと...

第2回 21世紀の 持続可能 な 鉄道事業 とは? ー 都市圏広域交通事業体の必要性!ー

大阪市が拘る"市営モンロー主義"は業界との癒着を生み不要不急地下鉄路線を蔓延させてしてしまいましたが、千葉市にみられるような"自由放任主義"も無秩序な交通体系を生み都市機能麻痺状態を...

第3回 赤字間違いなし!地方都市での 新都市交通・地下鉄 新線計画 について考える

地方都市で計画されている利用者無視の「新都市交通・地下鉄新線」計画は誰のため...?輸送密度8000人/日以下の地方都市のローカル公共交通の「生きる鉄路」を模索してみました。

第4回 21世紀の 持続可能 な 鉄道事業 とは? ー regional line 編 ー

日本国内の殆どのregional lineは赤字路線となっています!広大なサービスエリアを持つJR各社は鉄道事業では収益が得られず!色んな模索をしているわけですが.

第5回 Rural line 地方ローカル線 を"意地"するには...

幾つになっても、大人になれない「鉄オタ」と運輸族は"汽車ポッポ"と"新幹線"神話にしがみ付いて離れようとはしないようですが...鉄道だけが、陸上交通手段ではありません!

第6回 森林鉄道・軽便鉄道・路面電車が日本各地から消えた理由とは?

森林鉄道・軽便鉄道・路面電車衰退の理由は、戦後復興・高度成長期に訪れた「急速なモータリゼーション化の波に飲み込まれた」と...

第8回 鉄道 は陸上旅客輸送の1手段にしか過ぎない! regional line の役割とは?

年を取るとだんだん断捨離が出来なくなり、年に一度も使わないようなものまで『いつか使う日が来るから...』と後生大事に取っておくきらいがあるようで...

第9回 JR北海道 を救う鉄路は 運輸族 と手を切る以外には...

一度原点に立ち返り、JR北海道温存に拘らず!JR東日本の子会社化、札幌市交通局の3セク広域交通事業団化も含めて、北海道全体の鉄道網を見直す時期ではないでしょうか!

第10回 臨海鉄道 や 専用線 が全国の港湾都市から消えて行った訳は...

時代遅れと思われている臨港線を懐古趣味で眺めるのではなく、生活路線として見直すべき時期ではないでしょうか!痴呆都市?の交通政策そのものが時代遅れ"なだけです!

第11回 何れ鹿島線・成田線が廃線となり! 茨城県立カシマサッカースタジアム は廃墟になるかも?

燃料輸送が途絶えた鹿嶋臨港線にとって頼みの綱のコンテナ輸送も無くなればJR東日本は鹿島線・成田線沿線自治体に廃線協議を申し入れるでしょう!鹿島線が廃線になれば、茨城カシマスタジアムでのサッカー開催が...

第12回 近江鉄道存続問題に見る滋賀県の無為無策に近い赤字補填補助金の実態とは...

滋賀県が打ち出した、沿線自治体からの補助金拠出施策では、近江鉄道の未来は廃線しか...近江鉄道を経営破綻・廃線の危機から守るには、積極策の推進しかないだろう!

第13回 九州 の Rural 鐡道事業を 廃線 の危機から守るには思い切った制度改革が...

地元では当たり前?"乗り鉄"の間では悪評たなびくJR九州の「ローカル線の乗り心地」は、どうすれば改善できるでしょうか?安全運行確保の上でも重要なこの問題は、事業者間の"territory"に...

エピローグ  独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備機構(旧・鉄建公団)が組織改編できれば地方の 鉄道事業者 にも未来への希望が...

国と地方自治体、民鉄協会加盟主要私鉄、JR各社が出資者となって㈱日本鉄道サービス(JNRS)を設立して第3種鉄道事業者に移行して、新たに車両リースも行えるように定款を変えてはいかがでしょうか?

Annex1  宅配便事業者とのアライアンスが、鉄道事業再建の鉄路に!

現在、猛威を振るうコロナ災害、で鉄道事業者が存亡の危機に立たされていますが、宅配便事業者とのアライアンスで貨客混載事業を復活できれば鉄道事業を再建出来るかも!

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★プロローグ 歴史から学べなかった?ailway mania(鉄道狂!)達

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「人は歴史から多くのことを学んだ」と言われていますが「railway mania(鉄道狂!)は同じ失敗を繰り返している!」といえるのではないでしょうか。

北海道はアメリカ大陸の縮小版であると同時に、デンバーを中心としたコロラロ州のミニ版ともいえます!

Mining-railway・exploitation railwayとして始まった北海道の鉄道史!

Mining-railway(鉱山鉄道)・exploitation railway(開拓鉄道)"殖産鉄道"として始まったJR北海道は、嘗てのDenver and Rio Grande Western Railroadと同じような、鉄路を歩んでいるのではないのでしょうか...

問題のすり替えが絶妙な某自称・鉄道系?Youtuber「鉄某頭?」は日本各地の"鉄道の問題点"をすり替えて!

『大量輸送(物流)が最大の美点』である『"陸蒸気"の本質』から争点をそらし、"人の交流"passenger traffic(旅客輸送)人心を誘導して、単なる1つの要素でしかない『速達性』のみを強調して、『新線建設ですべてが解決できる...』風な結論に人心を誘導して、「運輸族」の"利権の温床"鉄道新線建設熱"を煽って(プロパガンダして)いるわけです。

※注、直接リンクについて

ハイパーリンクは事業者公式Website、又はWikipedia該当覧にリンクしてあります。

但し海外事情については日本語版ウィキペディアは、編集者(与党関係者?)に都合のよい内容に、かなり歪曲!されている場合が多いので、公正を期するために各国版 Wikipedia にリンクしてあります!
また、地名に関しては、Google検索を容易にするために、言語表記を基本に、()内仮名表記についてもGoogle 地図で使用されている「カナ使い」を使用しています。

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★第1節 コロラド州開拓鉄道の歴史は北海道鉄道史の先例!

第1項 北海道の鉄道網とコロラド州の鉄道網が似通っている点とは

1872年(明治5年)10月14日に開業した新橋⇔横浜間の本州で最初の官営鉄道は、鉄道発祥の地英国から招聘した鉄道技師にの指導で建設されたので、英国式のSLが走ったわけですが、官営幌内鉄道をはじめ北海道の鉄道は、アメリカから招いた鉱山技師ホーレス・ケプロンを招聘して資源調査が行われ、1879年にアメリカから鉄道技師ジョセフ・ユーリー・クロフォードを招いて建設を開始したわけです、なので米国のピッツバーグのH. K. ポーター社から輸入したcowcatcherや火の粉除け煙突のついたアメリカンスタイルの弁慶号や義経号が用いられたわけです。

但しこちらは、Denver and Salt Lake Railwayの軌間914 mm (3 ft)のNarrow gaugeではなく(※31)、内地の官設鉄道同様に英国式の1067mm (3 ft 6 in)のNarrow gaugeが採用されました。

また多くのMining-railway(鉱山鉄道)で用いられた、木製のTimber trestles(木製トレッスル橋)もジョセフ・ユーリー・クロフォードが持ち込んだ技術です。

参※31)前途したように、アメリカのMining-railwayでは、より敷設が容易な"軽便鉄道"に近い軌間914 mm (3 ft)のNarrow gauge採用したのでしょう。

第1目 嘗ての官営幌内鉄道とDenver and Rio Grande Western Railroadの相似性

なので、当初は鉱山鉄道として、北海道で言えば各地の森林鉄道、植民軌道に近い敷設が容易な軌間3フィート(914 mm!)の狭軌、を選択したわけです!

河川沿いのルート選定も

函館本線:石狩川、

根室本線;十勝川支流空知川、十勝川(佐幌川)、空知川支流シーソラシ川、旧狩勝峠、十勝川支流佐幌川、十勝川、

釧路本線;釧路川、分水嶺、札弦川支流オニセップ沢川、斜里川支流札弦川、斜里川,猿間川

石北本線;石狩川、(支流留辺志部川)⇔(分水嶺)

宗谷本線;天塩川、下エベココロベシ川、サロベツ川、分水嶺、勇知川、クトネベツ川、エノシコマナイ川

旧夕張線;夕張川

室蘭本線(石炭出荷線);安平川、支流知来川、

1880年11月28日に北海道炭礦鉄道空知線として開業した函館本線も

函館本線;長万部川、蕨岱駅峠、歌才川、朱太川支流黒松内川、朱太川支流熱郛川、熱郛川支流白井川、分水嶺、名目川支流、尻別川、分水嶺、堀株川支流セトセ川、峠、余市川

沿いに建設されているわけです。

但し異なる点は

pineerであったホーレス・ケプロン技師が各河川を遡って、地質調査を行ってから、入植者達のtrailが出来たのではなく、一気にexploitation railway(開拓鉄道)が敷設された点です。

鉄道沿いの、幹線道路は後になって鉄道沿いに建設されたものです!

幌馬車が一般的でなかった日本では、小舟→鉄道と一気に進行したわけです。

そして、20世紀後半になってやっと、幹線道路の舗装が完備されだして、Automobileの時代になった訳です。

なので、当初は敷設が容易だった植民鉄道の新規路線が1960年代になっても親切(しんせつ)されていたわけです。(※32)

参※32)当サイト内関連記事 実は一般道の舗装率と深い関係がある「モータリゼーションの激流!」 はこちら。

第2項 コロラド州とは

州昇格 38番目 1876年8月1日

以前は元祖アメリカ合衆国13州が1803年にフランスから購入したルイジアナterritory(領土)から誕生したカンザス・ネブラスカ準州のterritory(領有地)でした。(※33)

面積 269,837 km² (北海道83,423.84km2の約3倍!)

人口 5,029,196人(北海道住民基本台帳人口5,201,524人2021年7月31日現在とほぼ同数!)

過疎率(人口密度) 18.70人/km² (62.4人/km2の北海道が4倍強人口密度が高い!)

州都はデンバー 人口600,158人※都市圏では2,543,482人(札幌市 住民基本台帳人口1,962,615人 /2021年7月31日現在とほぼ同程度)

参※33)ルイジアナ植民地・準州の州昇格

ピンク色が接している州

  • ●ルイジアナ州18番目1812年4月30日
  • ●ミズーリ州24番目1821年8月10日
  • ●アーカンソー州25番目1836年6月15日
  • ●テキサス州28番目1845年12月29日(El Paso 所在地)
  • ●ミネソタ州32番目1858年5月11日
  • カンザス州34番目1861年1月29日(1861年1月29日準州)1854年5月30日準州昇格
  • ネブラスカ州37番目1867年3月1日(Omaha所在地)1854年5月30日準州昇格
  • ★コロラド州38番目 1876年8月1日(一部元カンザステリトリー、元ネブラスカテリトリーから割譲されて1861年2月28日準州昇格)
  • ●ノースダコタ州39番目1889年11月2日
  • ●サウスダコタ州40番目1889年11月2日
  • ●モンタナ州41番目1889年11月8日
  • ワイオミング州44番目1890年7月10日(Cheyenne所在地)※1868年7月25日ワイオミング準州に昇格)
  • オクラホマ州46番目1907年11月16日
  • ●ニューメキシコ州47番目1912年1月6日(1850年9月9日準州昇格)

※★Pacific Railroad沿線の州

  • カリフォルニア州31番目1850年9月9日(Sacramento所在地)
  • ユタ州45番目1896年1月4日(Ogden所在地)(1850年9月9日準州昇格)

第3項 西部を縦貫する3つの山脈

日本人の概念(受けた教育)ではロッキー山脈は南北に連なる巨大な山脈と考えられがちですが、アメリカ大陸がプレート異動で誕生した際に、太平洋プレートにぶつかりできた"大きなシワ"が西海岸を南北に貫く、ロッキー山脈、シエラネバダ山脈でロッキー山系は、日本アルプス同様にいくつもの連峰が複雑に折り重なっていて、全体として巨大な山系を形成しているわけです。

ミシシッピー川水系を西に辿ると出くわす山系がロッキー山脈でその山麓に広がった南北に広がる一帯がFront Rangeと呼ばれるAreaです。

ロッキー山系の山麓に沿って南北に伸びるFront RangeがFront Range urban corridor と呼ばれる都市回廊を形成しているわけですが...

後述するDenver and Rio Grande Western Railroadは、このFront Rangeに沿って開拓されたた、町々(砦)を繋ぐ縦貫ラインとして発想されたわけです。

日本で言えば、日本鉄道(東北本線)に当たる"殖産鉄道"と言うことになります。

現在はInterstate 25号(州間高速道路)がニューメキシコ州の国境の町El Paso(Las Cruces)(※33)からコロラド州を通り、北部のワイオミング州のBuffaloまでFront Rangeに沿って貫いています。

参※33)正確にはEl Paso⇔Las Cruces管はInterstate10号(州間高速道路)

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★第2節 北海道開拓とアメリカ開拓に果たした鉄道の類似点

アメリカ鉄道網、北海道鉄道網の歴史は共に『exploitation railway (開拓鉄道)とMining-railway(鉱山鉄道)の歴史だった』といえるでしょう!

第1項 アメリカ開拓当初は"大河を利用した水運"が主役

第1目 ミシシッピー川とその支流は重要な交通路だった

アメリカ開拓を支えたのは「母なる大河ミシシッピー川」などの"大河"の存在でした。

Mississippi Riverは日本人にとっては、アメリカ大陸を「南北に縦断」する大河としての認識しかないでしょうが...

"英語版Wikipedia"の添付地図をご覧になればお分かりのように、アメリカを3分する、南北に連なる西のRocky Mountains(ロッキー山脈)とSierra Nevada(シェラネバダ山脈)東のAppalachian Mountains(アパラチア山脈) にはさまれた、中西部のほぼ全エリアを支流と共にカバーしています。

「母なる大河ミシシッピー川」が豊富な水量に恵まれているのは、この両山系から発した、「雪解け水」の恩恵によるものです。

そしてアメリカ開拓以来長年このエリアの重要な交通路となっていました。

Mississippi Riverは、鉄道が出来るまではこのエリアのcargo transportationのpassenger transportationの双方を受け持つ重要な交通路でした。

explorer(探検家)達が、ミシシッピー河とその支流を遡り、新天地を見つけ、Pioneer( 開拓者)が彼らの情報をもとに、「未開の地」に入植して川沿いに開拓拠点となる町々が生まれて、その後に各町を最短距離で結ぶtrail(幌馬車道)が出来て、新たなる入植者たちが、Wagon Train(幌馬車隊)を組んで入植し、各町々を結ぶtrailにstagecoach(駅馬車)が開設されて人の往来が盛んになり、trailに沿って鉄道が敷設されたわけです!

そして、蒸気機関!による大型建設機械の誕生で、旧trailが立派な舗装道路(※10)に改修されて、モータリゼーションの激流が流れ出して...

登場当初は複葉機による郵便輸送だった空路も、エポックメイキングとなったDouglas DC-3の登場で、1936年9月のAmerican Airlines(アメリカン航空)での就航を機に、全米各地に広がり、次第に空路が中・長距離のpassenger traffic(旅客事業)の主流になっていったわけです。

参※10)舗装と言っても、アメリカでは当初はレンガ道でその後は長年コンクリート舗装の時代が続き、アスファルト舗装が一般化したのは、Paver (アスファルトフィニッシャー)が実用化された1938年年にBarber Greene Coが特許を取得して生産に乗り出してから以降のことです。

当サイト内関連記事 実は一般道の舗装率と深い関係がある「モータリゼーションの激流!」 はこちら。

第2項 passenger transportationの変遷

つまり、passenger transportation(旅客輸送)は河川→駅馬車→鉄道→自動車・航空機と変遷していったわけです。

第3項 cargo transportationの変遷

日本ではロジスティクス(logistics;兵站軍事用語)という"カタカナ英語"が好んで用いられる、貨物輸送(cargo transportation)は、水運(河川&運河)→鉄道→トラック輸送と変化してきたわけです。

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★第3節 米国における大陸横断運輸の変遷

第1項 アメリカ大陸横断の歴史

前途したように、最初の大陸横断鉄道は1855年にパナマに開設されたPanama Canal Railway(パナマ地峡鉄道)で、

それまでトレイル(幌馬車隊)と駅馬車に頼っていた、東海岸(アメリカ建国時の13州)と西海岸の準州(カリフォルニア州など沿岸属州)を結ぶ、閉じスティクス、トランジットが一気に活発化したわけです。

そして、1914年のPanama Canal(パナマ運河)開通(全長約80)に繋がり、それまでのマゼラン海峡回りから、大幅に距離時間が短縮できcargo transportationでも大変革をもたらしたわけですが...

そして、リンカーン大統領の掛け声でPacific Railroad Acts(太平洋鉄道法)が制定されて、国策企業Union Pacific RailroadCentral Pacific Railroadが(Omaha, NebraskaからSacramento, Californiaまでの 1,756マイル(2,826キロメートルを結んだ)が繋がり第2の転機となった訳です!

第2項 最初の大陸横断鉄道ユニオンパシフィック鉄道と統廃合の歴史

日本でもなじみの深い?鉄道会社ですが、Union Pacific Corporation(ホールディングス)の現業部門の子会社です。

元々は前途したようにリンカーン大統領の功績で、1862年に制定されたPacific Railroad Acts(太平洋鉄道法)で起業した"国策企業ユニオン・パシフィック鉄道とセントラル・パシフィック鉄道"が一つになり、その他サザンパシフィック鉄道などを吸収合併してアメリカ西部をカバーする巨大鉄道事業者!となっているわけです。

※以下に同じ名称の鉄道が何度も登場しますが、これらは直接関連はありません!

日本でも嘗て、「大阪鉄道」が何度も鉄道史に現れたように、本社の登記場所が異なった自治体だったり、同じ登記場所でも同時期に重複しなければ「同一社名」で会社を登記(設立)することが可能なわけです。

第1目 Union Pacific Railroad

現在、Union Pacific Corporationが所有する北西部を網羅する鉄道網の、鉄道事業の中核企業としての役割を果たしています。

自社所有26,354マイル(42,413km)、アライアンス各社の路線を使用した、営業距離32,205マイル(51,829km)

第2目 Central Pacific Railroad

生い立ちと経路

Sacrament⇔Winnermucca⇔Ogden

1862年に、Pacific Railroad Actsで最初に設立された国策鉄道事業者で、Sacramentoからユタ州のPromontory, Utahまでの建設を行ないました。

Scramentoが終着点となったのは、Sacramento Riverが,ミシシッピー河同様に、河口から180mile(約290km )上流まで、船舶の航行が可能で、かつAmerican Riverとの合流点に出来た新しい町は、サクラメントの住民は1849年に市憲章を採択し、1850年に州議会によって承認されました。、1850年2月27日にカリフォルニアで最も古い地方自治体となりました。(そしてその後も発展を続け1879年に州都となりました。)

なので、Pacific Railroadの西の起点とされたわけです!

1862年創設→1885年Southern Pacific Transportation Companyに買収される→1988年リオグランデインダストリーズ(ホールディングス)傘下→1996年ユニオンパシフィックコーポレーション(ホールディングス)傘下→1998年Union Pacific Railroadとして事業統合。

第3目 Western Pacific Railroad

初代 Western Pacific Railroad (1862-1870)

1885年、Southern Pacific Transportation Companyの子会社→1959年Southern Pacific と事業統合(合併)→1996年Union Pacific Corporationの傘下→1998年Union Pacific Railroadとして事業統合。

ミシシッピー河同様にサクラメントと河口部のSuisun Bayの間約42マイル(68 km)は大きく蛇行しており、この間の大型船による水運はeconomyではありませんでした。

そこで、輸送コストの削減を図るために、Pacific Railroadが建設開始されるのに合わせ、カリフォルニア州サクラメントで Western Pacific Railroadが起業されて1852年にすでに完成していた、オークランド河口の輸送埠頭とサクラメント間を結ぶ鉄道を起工したわけ!

この間に、大型船が航行できるSacramento Deep Water Ship Channel(運河)が完成したのは20世紀後半の1963年になってからのことです。、

そして、1869年5月10日Pacific Railroadが開通して、運行を開始した翌年1870年にCentral Pacific Railroad に吸収合併されました。

オークランドが本格的な貿易港となったのは1874年に浚渫が完成して、外洋航路の大型船舶が着岸できるようになってからのことです。

2代目 Western Pacific Railroad(1870年→1916年)

この会社が、後述するDenver and Rio Grande Western Railroadの資金援助を得て、もう一つのロッキー越えラインの1909年開通のFeather River Routeを完成させて、初代CaliforniaZephyr(1950年→)の運行ルートとなった訳です。

3代目 Western Pacific Railroad(1903年→)

1903年設立→1916年2代目Western Pacific Railroadを買収合併、1982年ユニオンパシフィックコーポレーション子会社→1998年Union Pacific Railroadとして事業統合。

第4目 Southern Pacific Transportation Company

変遷

1865年設立→1988年リオグランデインダストリーズ(ホールディングス)傘下→1996年ユニオンパシフィックコーポレーション(ホールディングス)傘下→1998年Union Pacific Railroadとして事業統合。

生い立ち

1865年に設立された会社ですが...1885年にセントラルパシフィック鉄道を傘下に収めるまでは鉄道事業は行っていませんでした。

(※いわば、日本の泉北高速鉄道の様な生い立ちです、当サイト内関連記事 何故 泉北高速鉄道 は御堂筋線の 延伸 ではなく南海高野線と繋がったのか... はこちら。

New Orleansからカリフォルニア州へは

これ以後19世紀中に、ルイジアナ州のAlgiers(New Orleans)⇔Lafayette を結ぶTexas and New Orleans Railroadをはじめ、多くの小規模な鉄道会社を次々に買収・総合して、El Paso⇔Tucson⇔Los Angeles⇔San Francisco、Sacramento間を結ぶ路線網となり,

(※San FranciscoとSacramentoへはLos Angelesで分岐していました。)

東部へは

テキサス州のTylerからSt. Louisへ伸びていたSt. Louis Southwestern Railwayを吸収して、別会社SPCSLCorporationの路線を経てChicagoとも繋がりました。

第3項 現在アメリカの鉄道網は共存共栄の時代に!

嘗てアメリカ全土に40万Kmの路線網を誇っていた鉄道網は

嘗て最盛期の1916年当時は総延長40万Km!にも達して隆盛を極めたアメリカ鉄道網ですが、後述するように空路の発達などで衰退を辿りました。

そこで20世紀後半に大型合併が行われて、以下に示すような、8大鉄道網(と一部の地域鉄道)に集約されたわけですが...

  • ●BNSF鉄道 BNSF Railway (BNSF、旧バーリントン・ノーザン・サンタフェ鉄道)
  • ●グランド・トランク社 Grand Trunk Corporation (カナディアン・ナショナル鉄道の子会社)
  • ●スー・ライン鉄道 Soo Line Railway (カナディアン・パシフィック鉄道の子会社)
  • ●CSXトランスポーテーション社 CSX Transportation (CSX)
  • ●オムニ・トラックス社 OmniTRAX incorporated (OTI)
  • ●カンザス・シティ・サザン鉄道 Kansas City Southern Railway (KCS)
  • ●ノーフォーク・サザン鉄道 Norfolk Southern Railway (NS)
  • ●ユニオン・パシフィック鉄道 Union Pacific Railroad (UP)

この際に各鉄道会社間のアライアンス(※31)によりRestructuring( 再構築)を行い、"共有区間"を設けて無用な"重複区間"を大幅に削減して、総路線長225,500km(2006年現在)迄路線の断捨離を行いました!

嘗て、 (UP)、Denver and Rio Grande Western Railroad(以降D&RG)、が並走していたOgden⇔Solt Lake City間では共有路線化され、BNSF(Colorado Midland Railway)とDenver and Rio Grande Western Railroad(Union Pacific Railroad)が並走していたDenver⇔Pueblo間では、お互いに行き来できる単線並列区間となり、一部区間はお互いに路線の維持管理・設備更新を折半しあう共有区間にも、Denver⇔Ogden間のD&RGW(Union Pacific Railroad)やOgden⇔Keddie Wye間の旧Western Pacific Railroad(Union Pacific Railroad)などではBNSFの貨物列車がレンタル利用(日本で言う第二種鉄道事業)したりして、競合するのではなく共栄を図っています。

日本の鉄オタは"競合関係"が大好きなようですが...

(仙台鳥鉄?)などの日本の「お子ちゃま鉄オタ」は"ライバル関係"という"お言葉が大好き"なようで、日本語版Wikipediaを起筆(翻訳)した「お子ちゃま鉄オタ」も米国鉄道網を理解できないようで、日本で言うところの第二種鉄道事業者区間すなわち「路線レンタル営業区間」区間や、日本にはない"共有区間"(共同所有・共同維持管理区間)の存在に理解が追い付いていないのが読み取れて面白くもあります...

「お子ちゃま鉄オタ」には理解できないのでしょうが、嘗ての西部開拓時代!のような"キョーゴー関係"等は大昔のお話で、今や「無駄を省いて共存共栄(※32)を図る」方向になったわけです!

典型例として、シャイアン郊外に"親切"された、貨物取扱ヤードを"航空写真"をもとに図中に記入しておきました。

サイドバーのCheyenne Cargo Distribution Centerをクリックして拡大してみてください。

広大な敷地に、Union Pacific Railroad、BNSF Railway 共通のDistribution Centerが設けられていて、両社の路線網をconnectしている様子がよくわかります!

参※31)当サイト内関連記事 広範囲にわたる企業提携(アライアンス)関係とは? はこちら。

参※32)当サイト内関連記事 鉄道事業者 同士が覇権を争うライバル 関係の ご時世 では無くなっている! はこちら。

★第4節 パナマ運河と大西洋・太平洋を結ぶinter-ocean cargo transportationの変遷

東西の海の玄関口ニューヨーク⇔オークランド(サンフランシスコ)間が直線距離(大圏距離)にして約4,100km (4140km )、cargo transportationの主要都市、シカゴ⇔オークランド間で約3000㎞(2,980km )にもなります。

第1項 キーワードは1万トン輸送!と、Double-stack rail transport 

アメリカ鉄道網(鉄道事業者)の再生には、1列車当たり1万トン!の貨物輸送と、それを実現するためのDouble-stack rail transportが欠かせない必須条件となっていたわけです。

つまり結論から言ってしまえば、現状のJR貨物のMax1,300 ton輸送体制では、"速達性"以外は内航航路の船舶(フェリー※)に対抗できず、最低でもかつて目指したEF200形電気機関車による1,600 ton輸送体制が必要なわけです!

参※)燃料やセメントなどの粉・液輸送や原料関係(鉱石、石炭、原油、木材チップ(製紙原料))などのバラ済み輸送はバルク船やタンカーが主体で、その他の製品・生活物資輸送も大型化した長距離フェリーにトレーラー(コンテナ)部分だけを乗せて、積み込み・積み下ろし港からは地元営業所のトラクター(牽引車トレーラーヘッド)が港⇔customer(荷主)間を輸送するシステムが定着しています!

第1項 米国の"陸蒸気"海上コンテナ輸送について

アメリカの鉄道が、再生できた要因はズバリ、船舶輸送(貿易)との連携、複合貿易貨物輸送システム(land and water combined transportation)に尽きるでしょう。

★ローッキー越えのFeather River Routeの有名なKeddie Wyeを走行中のDouble-stack rail transportのマイルトレーン!

険しい山岳地帯を踏破する、大陸横断鉄道でさえ、全長1マイル(1.6㎞)約1万tonのマイルトレインが運行。

パナマ運河開通後も、米国での東西沿岸都市を結ぶ物流は発展と共に層化して、特に近年は輸送コスト低減のためにコンテナ船は年々大型化して、パナマ運河を通れないオーバーパナマックス船が一般化して、アジアから東海岸への物流(貿易)を賄うために、貨物を西海岸から内陸部や東海岸に運ぶ手段として複合貨物鉄道輸送(land and water combined transportation)が必要になりました。

Southern Pacific Transportation Companyは、大手コンテナ船会社シーランドの創設者マルコム・マクリーンと共同で、...1977年に初めて二段重ね貨物列車のアイデアを発表した。

《Wikipediaより引用》

現在Union Pacific Railroadの傘下に入ったSouthern Pacific Transportation CompanyACF Industryと専用台車を共同開発してその後 アメリカンプレジデントラインズと提携(アライアンス※21)して、1984年に最初の総二段重ね貨物列車がSouthern Pacific Transportation CompanyからConsolidated Rail Corporationに直通してロサンゼルスからKearny, New Jersey間に"Stacktrain" rail serviceの名前で運行開始されました。

参※21)当サイト内関連記事 広範囲にわたる企業提携(アライアンス)関係とは? はこちら。

第2項 Double-stack rail transport

Double-stack rail transport (複層鉄道輸送)とは海運と鉄道を一体運用して、アジア⇔ヨーロッパの東回りの東西貿易を維持するために考えられたシステムでいわば複合貿易貨物輸送システム(land and water combined transportation)と呼んでも差し支えないシステムです。

第1目 海上コンテナの規格

基本となる海上コンテナには,色々な、形状、サイズ、種類がありますが...

一般的(米国内)で流通しているコンテナは、

長さX巾 X高さX最大積載重量が以下の数値で

○ [1AAA] 12,192 mm (40 ft) 2,438 mm (8 ft) 2,896 mm (9 ft 6 in) 30,480 kg (67,200 lb)
○ [1AA] 12,192 mm (40 ft) 2,438 mm (8 ft) 2,591 mm (8 ft 6 in) 30,480 kg (67,200 lb)

○ 1CC 6,058 mm (19 ft 10-1/2 in) 2,438 mm (8 ft) 2,591 mm (8 ft 6in) 20,320 kg (44,800 lb)

のISO 668コンテナ規格と

アメリカ国内規格 14,630 mm (48 ft) 2,591 mm (8 ft 6 in) 2,908 mm (9 ft 6 in) 重量制限無し!
APL 13,716 mm (45 ft) 2,438mm (8 ft) 2,908mm (9 ft 6 in) 重量制限無し!
マトソン 7,315 mm (24 ft) 2,438 mm (8f t) 2,603 mm (8 ft 6-1/2 in) 22,680 kg (50,000 lb)
シーランド 10,688 mm (35 ft) 2,438 mm (8 ft) 2,603 mm (8 ft 6-1/2 in) 22,680 kg (50,000 lb)

が一般的に鉄道輸送されています。

つまり、最大で、総重量100ton,(軸重25ton)長さ18m

積載重量60ton(又はそれ以上!)の貨物が自重40ton 近いキャリーに積まれて,時には10両のDLと合わせて100両以上、全長2㎞以上編成重量10000ton!以上の貨物列車が最高時速80mile/h(約120㎞/h)で大草原をつぱしっているわけっです!

正しく陸上を走る、"陸蒸気"そのもの!

しかしこのシステムが一般化して、他の鉄道会社にも普及して、鉄道事業そのものが復活するには更に長い年月を要しました!

♥以下はBNSF鉄道の先頭牽引x4両、中間x3両、後押しx3両 合計10両!DL編成の例 4,400hpX10=44,000hp≒33,000Kw!

第2目 実現までには莫大な再投資も

米国CSX社ではレール上の車両限界として、以下を規定しています。

  • Doublestack 1 -- 18 ft 2 in (5.54 m)
  • Doublestack 2 -- 19 ft 2 in (5.84 m)
  • Doublestack 3 -- 20 ft 2 in (6.15 m)

つまり電化した場合、米国、オーストラリア大陸同様にトンネルの必要ないインド大陸?では、架線の高さは6.5m(日本では4.5m)、(新規の3段積対応路線として7.45mも)が設定されています。

これ以外に積載量が倍増するための軌道強化策、として橋梁の架け替え!、重軌条化(60㎏→80㎏)(※22)

(※22)日本国内では、新幹線で使用されている60kg軌条が一般的には最大で、80kg軌条の規格(ISO,ASME,JIS)はあっても、製鉄所のトーピードカー用の構内軌道ぐらいでしかお目に掛かれませんが、多層化の進む米国では一般幹線(maine line)でも使用されだしています、しかも皮肉なことに、嘗てカーネギー製鉄所からの輸入レールに頼っていた日本でしか製造できない(されていない)ので、米国のレールは日本製で独占されているわけです!

第3項 険しいFeather River Route!が残ったのは

Williams Loopや随所のΩラインで有名なFeather River Route!が残ったのは、後述するMoffat Tunnel route やTennessee Pass routeのように長大トンネルが無かった!ので、Double-stack rail transport対応の改修が容易だったからです。

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★第5節 passenger traffic(旅客輸送)の変遷

前途したように、当初はexplorer(探検家)が発見した"川"に沿ってPioneer(開拓者)が拠点の町々を開拓して各町を結ぶtrail(幌馬車道)が出来て、Pioneer(開拓者)がカリフォルニアを目指し、町々を駅馬車が結ぶようになり、trailに沿って"快適な移動手段"としてtranscontinental railroad(大陸横断鉄道)が敷設されて、"黄金渓"カリフォルニアへの開拓者が利用するようになったわけです。

つまりtranscontinental railroadはパナマ鉄道に代わる、大西洋と太平洋を最短時間で結ぶinter-ocean railway(大洋間鉄道)でもあったわけです!

その後は、ほぼ一世紀を経過して、"舗装道路"がアメリカ全土を隈なく網羅するようになり、local areaのpersonal useは馬車からAutomobilesに移り、航空機の発達で、inter-ocean passenger trafficは空路の時代になったわけです。

第1項 コロラド州のpassenger trafficは

一方、西部開拓のFrontier(前哨ライン)ともなったコロラド州ではFront Rangeの開発拠点であるデンバーから、後述するexploitation railway(開拓鉄道)"殖産鉄道"としてMining-railway(鉱山鉄道)がロッキー山中に分け入って、山中にある"鉱山"を繋いでいったわけですが...

何れも、cargo transportationが主目的で、各transcontinental railroadのように「旅人にとって快適な乗り物」を目指したものではありませんでした!

但し地元資本が主体となって、1870年6月にはCheyenne⇔Denver間に、そして1870年8月にはKansas Cityと繋がりKansas Pacific Railwayとなり1874年にはMississippi River にEads Bridgeが完成して、Denver⇔Chicago 間の直通ルートが完成しましたが...

transcontinental railroadを目指していたKansas Pacific RailwayもDenverと東部を結ぶアクセス鉄道となりましたが、ロッキー山脈を越えてカリフォルニアとを結ぶtranscontinental railroadには成れなかったので、transit passenger traffic(通過客)利用のメインルートとはなれませんでした! 

つまり、Denver and Rio Grande Western Railroad(以降D&RG)がプエブロから、有名な」Royal Goegy を経由してSalidaを通りSalt Lake Cityに至る狭軌路線がRoyal Goegy routeが1883年3月に完成していましたが、Salt Lake City⇔Ogden間はUPが所有しており、Denverから西海岸へは乗り換えが必要でした。

transcontinental transit passenger trafficにも使えるようになったのは1901年になってから

つまりtranscontinental transit passenger traffic(通過客)には役立たなかったわけです。

Tennessee Passを超えてDotseroを経由してGrand Junctionで1889年にSouthern Pacific Transportation Companyとの直通をめざして標準軌に改軌するために分離したUtah Division (D&RGW)とと繋がり2代目Western Pacific Railroadと直通運行を開始したのは1901年

になってからの事で2代目Western Pacific Railroadと直通列車を運行できるようになり、DenverでKansas Pacific Railwayと連絡(乗り換える)ことにより大陸横断のtransit passenger trafficとしても機能しだしましたが...

第2目 空路の発達との関係

何処の国でも「懐古趣味の鉄オタ共」は鉄道に執着しますが...

D&RGWが1931年にDenver and Salt Lake Railwayを買収して、同ラインのBondと南回りルートのDotseroとを結ぶ短絡線(64 km)を建設開始して、1934年にDenver ⇔Dotsero,Glenwood間のバイパス路線が完成して、Denver⇔Salt Lake City 間が繋がり、transcontinental railroadのpassenger traffic(旅客輸送)の主役 Rio Grande Zephyrが経路変更をして、Moffat Tunnelルートに移ったことがTennessee Pass route(コロラドスプリングス・プエブロ経由南回りルート)の終わりの原因だと、鉄オタ共は主張しますが...

Front Range urban corridor(フロントレンジ回廊)の中心地Denverでは、1929年には始祖となる 旧デンバー市民空港が開港していて主に郵便機の為に使用されていました。

戦後になって遅れて誕生したデンバー経由のtranscontinental transit passenger traffic

Denver and Rio Grande Western Railroadが1934年にMoffat TunnelルートにRio Grande Zephyrを移した2年後の1936年9月にはAmerican Airlines(アメリカン航空)がDouglas DC-3の国内線への就航を開始して、Inter-City passenger traffic(都市間旅客輸送)は空路の時代に移ろうとしていました。

空路が整備されだした頃

DC3の登場でアメリカ国内航空路は完備されだしましたが...

当時の、プロペラ機ではまだ、長距離空路は無理で、大陸横断では乗り継ぎが不可欠でした。

つまりConvenience(利便性)が確保されているとは言えない状況でした。

Economical(経済性)を持ち合わせているともいえず、更にものすごい騒音で更に高額運賃の割にはcomfort(快適性)も無く余程忙しいビジネスマンでもない限りは、「態々乗り継いで迄」大陸横断に飛行機を利用する旅人は数少ない存在でしたが...

Front Range urban corridorの交通の要衝デンバーでは空港整備も進んだ

現在のデンバー国際空港が開港したのは20世紀の終わり1995年2月28日になってからのことですが...

終戦間際の1944年には拡張されてStapleton International Airportに改名して、レシプロ大型機DC-6(DC7)の離発着が可能となっていました!

第2次大戦終戦後1947年登場の究極のレシプロ大型機DC-6(DC7)が長距離空路を開拓して

第2次大戦終戦後の1947年に登場した究極のレシプロ大型機DC-6(DC7)が大成功をおさめ、大西洋空路、などの長距離国際線で大活躍しだしました。

最早大西洋横断も太平洋横断も航空機の時代に突入していました、更にアメリカ国内の大都市間を結ぶ中距離・国内線にも就航しだして...、

大陸横断鉄道としてchicago, Burlington and Quincy Railroad(現BNSF)、3代目Western Pacific Railroadの3社で直通便が初代California Zephyr(※51)として共同運航されだしたのは、空港整備が進み快適な大型機が就航しだした1948年になってからのことです。

最早この時期になると、ほとんどの大都市間は空路で結ばれており、しかも大型軍用機で開発された気密構造の機体は騒音も減少して、快適な空の旅を楽しめる時代になっていました!

更にアメリカン航空が1959年1月25日にBoeing 707で初の大陸横断ノンストップ空路を開設して、アメリカは一気に、国内空路の時代に入ったわけです!

参※51)1970年に運行を終了して 1983年4月24日からAmtrakが同じ名称で運行を開始したわけです。

★第6節 嘗てプエブロはコロラド州経済をさえるコロラド州第2の人口を誇る"製鉄"の町だった

Puebloは米国有数の製鉄所 Colorado Fuel and Ironの町でした。

北海道で言えば、室蘭にあたる街です。

有名なロックフェラーの財閥の拠点となっていたのがColorado Fuel and Iron(1881年創業コロラド製鐵)でした。

アメリカ人ならよく知っていることですが、Puebloは、ロッキー山中の豊富な鉄鉱石と良質な石炭でピッツバーグのカーネギー製鉄と並ぶ、製鉄の町となりましたがその後...

第2次大戦後の1949年にDenver South park and Pacific Railroad(後のColorado and Southern Railway)は最後の旅客営業を終えて、ミッドランド駅(コロラドスプリングス)は廃止されました!

つまり日本より半世紀以上も前に、ルーラルエリアでは、貨物輸送無くしては鉄道事業が成立しないことが証明されていたわけです!

しかし北海道ではいまだに...

第1項 Puebloに至った最初のインターシティーは

Pueblo, Colorado Colorado Fuel and Iron(1881年創業コロラド製鐵)により、米国有数の製鉄の町に発展していましたが...

Denver and Rio Grande Western Railroadが開業した当初は、東部と結ぶインターシティー鉄道は存在していませんでした!

プエブロに、東部と結ぶインターシティー鉄道が開通したのは1876年になってからのことです。

これは、、後述する協定に下ずきAtchison, Topeka and Santa Fe Railwayが州境のRaton Passを通らないルートで、Puebloへのルートを建設したためです。

第2項 Denver and Rio Grande Western Railroadと、Southern Pacific Transportation Companyが合併しなかった当たり前?の理由とは

フィリップ・アンシュッツ (Philip Anschutz) 率いるD&RGWの親会社、リオグランデ・インダストリーズ (Rio Grande Industries) は1988年にサザン・パシフィック鉄道 (SP) を買収した。《Wikipediaより引用》

但し事業統合・合併はしませんでした!

アメリカの鉄オタ?も残念がる件ですが...

つまり、完全に合併してしまうと、"運賃体系""労働条件"を同一にしなくてはならず、経営者にとっては不利となるわけです!

つまり、Southern Pacific Railroadとして"共通ブランド"で営業を行いながら、実際は第1種鉄道事業としては分離したほうが金儲けには都合が良い訳!わけです。

現在の巨大企業アムトラックの問題点はここにあるともいわれており、巨大企業(事業体)では、労働条件、料金体系が問題となってきて、企業として収益を上げるのが厄介になってくるわけ!です(※51)

なので、株式非公開・非上場の子会社でありながら、社内カンパニーのような形で、泉北拘束?鉄道(※52)が存在しているわけです!

参※51)当サイト内関連記事 ホールディングスとは はこちら

参※52)当サイト内関連記事 何故 泉北高速鉄道 は御堂筋線の 延伸 ではなく南海高野線と繋がったのか... はこちら。

日本でも嘗ての国鉄が解体された理由の一つに

つまり"独立採算"企業内カンパニーの考え方は、起業家・投資家にとっては魅力的な経営方針ではあるが...

受益者であるcustomer(取引先・荷主)とpassenger(上客?)、worker(従業員)にとってはあまり有難くはない訳!

嘗ての国鉄を懐かしむ人が多いのはこのためで、超巨大事業体だった日本国有鉄道では、"基本"全国一律運賃・一律賃金体系であったことが、"事業"としての"採算性"を圧迫して、トータルでの事業メリットを阻害していたといえるでしょう。

つまり、事業化、投資家にとっては、ホールディングス組織や、社内カンパニー制度は、企業存続(利益を守る)を計るためには、良作となりますが...

鉄道利用者(一般利用客)にとっては、断捨離(リストラ)による路線統廃合で、"面白みのない鉄道"となり...荷主にとっても、"高額運賃"に繋がりeconomyではなくなるわけです

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★第7節 コロラド州に張り巡らされた、生い立ちの異なる4つの鉄道

コロラド州の鉄道網を語る上で大事な点は、鉄道網が北海道同様にexploitation railway(開拓鉄道)"殖産鉄道"&Mining-railway(鉱山鉄道)として拡張されてきて、inter-Cityとしてのpassenger traffic(旅客輸送)が全く考慮されていない経緯によります。

第1項 コロラド州の鉱山鉄道・森林鉄道とは

夫々のMining-railway(鉱山鉄道)が人気のない山中を「さ迷って」路線を拡大していったのは、鉱山開発のためであり、このエリアのpassenger traffic(人の往来)を念頭に置いたものではないのです!

西部開拓時代の州に昇格する以前の、準州時代も含め隣接準州のterritory(領有地)時代には、鐡道の事業免許には地権つまり沿線一帯の所有権(鉱山開発権)も含まれていました!

なので、Denver and Rio Grande Western RailroadとDenver, South Park and Pacific Railroadが別別の経路を辿らざるを得なかったわけです!

州に昇格した1876年8月1日以降の1883年に開業した、最後のMining-railway(鉱山鉄道)Colorado Midland Railwayは、鉱山開発権とは分離されたcargo transportation(貨物輸送鉄道)を主要目的とする鉄道事業免許だったので、一部区間をDenver and Rio Grande Western Railroadと共有したりもできました。

いずれにせよ、運ぶもの(鉱物資源)が枯渇しては、「収益の柱が無くなり」事業継続が困難になった訳です!

現在、旅客事業を行っていない岩手開発鉄道はいわば主要出資者の太平洋セメントの専用線であり、鉱山が閉山しない限りは事業継続するわけですが!...

第2項 生い立ちの異なる4社

Pacific Railroad Actsで大陸横断を目指したKansas Pacific Railway(現Union Pacific Railroad)と、地元勢力のDenver and Rio Grande Western Railroad、Denver, South Park and Pacific Railroad、Colorado Midland Railwayでは大きく生業(なりわい)が異なりました。

つまり、Pacific Railroad Actsに下ずくTranscontinental Railroad(大陸横断鉄道)はinter-oceanの運輸が目的ですが...

第2項 州都Denver に到達した最初のpassenger traffic(旅客輸送)は

第1目 Cheyenne(Wyoming州)に先手を取られたコロラド州!

1862年に制定されたPacific Railroad Acts(太平洋鉄道法)により、1869年5月10日にFirst transcontinental railroadとして知られる "Pacific Railroad"がマディー川・ノースフォークマディー川・クロー川を遡ったCheyenneを通り開通したことにより、

Wyoming州は "Pacific Railroad"の東側を担当するUnion Pacific Railroadが、Cheyenneに1867年に到達したことを踏まえて、1868年7月25日に、連邦政府が確立ワイオミングを準州に昇格させて、Cheyenneを州都としました。

当時カンザス準州、ネブラスカ準州のterritory(領有地)だった現コロラド州Front Rangeの要衝デンバーの有力者・財界人たちは危機感を覚え、Cheyenne⇔Denver間に Denver Pacific Railway and Telegraph Companyを1870年6月24日に開業して、 更にtranscontinental railroadを狙ってDenver⇔Kansas City間にKansas Pacific Railway(現Union Pacific Railroad)が両都市から鉄道建設を始めて1870年8月15日にStrasburg(Colorado州)で繋がり1869年に完成していたHannibal BridgeSt.Louisとも結ばれ、 1874年にMississippi River に掛かるEads Bridgeが完成して、Denver⇔Chicago 間に直通ルートが完成して、同時に東部と西部を結ぶ第2の直通鉄道ルートとなりました。

第2目 コロラド州誕生

そして1876年8月1日(アメリカ合衆国建国100周年から28日後)、コロラド州が合衆国第38番目の州として昇格して、同時に1878年にLeadville近くで大きな銀の鉱脈が発見され、コロラド・シルバーブームが始まったわけです!

つまりこの鉄道Kansas Pacific Railway(現Union Pacific Railroad)は、Pacific Railroad同様にtranscontinental railroad(大陸横断鉄道)を目論んだpassenger traffic(旅客輸送)が目手だったわけです。

参※)当初のPacific Railroadが東の起点(終点)をOmaha としたのは,ミシシッピー川の支流Missouri Riverを渡河する橋が1872年3月22迄完成しなかったためです。

第2項 Denver and Rio Grande Western Railroadの生い立ち

嘗ての官営幌内鉄道とよく似たexploitation railway(開拓鉄道)&Mining-railway(鉱山鉄道)が1871年7月28日に営業開始した、Denver and Rio Grande Western Railroadです。

Denver and Rio Grande Western Railroadは、1870年にFront Rangeに沿って開拓された町々(砦)を結んで、DenverとEl Pasoを結ぶ,exploitation railway(開拓鉄道)として起業されました。

結局は、BSNFの起源の一つAtchison, Topeka and Santa Fe Railwayとの戦いに敗れ、Mining railway(鉱山鉄道)としてコロラドローカルエリアの振興に向かったので、大陸横断旅客ラインを目指した各ラインとは異なり、旅客はあまり考慮されていませんでした。

ミシシッピー河の支流サウスプラット川を遡って、西部開拓、鉱山開発の拠点となったDenverですが、

1870年当時はFront Rangeにあるワイオミング州、コロラド州、ニューメキシコ州はいずれも準州で、西部開拓の真っ最中でした。

第3目 exploitation railway (開拓鉄道)を目指したDenver and Rio Grande Western Railroad

前途したようにDenver and Rio Grande Western Railroadは Cheyenne⇔Denver間の Denver Pacific Railway and Telegraph Companyの完成を受けて、Front Range山脈に沿って南端のElPasoまでを結ぶFront Range回廊を目指したわけです。

1870年当初はデンバーとニューメキシコ州のサンタフェを結ぶexploitation railway (開拓鉄道)を目指して起業されましたが、その後、ロッキー山中に眠る、豊富な鉱物資源(鉄鉱石、良質な石炭)開発を目的とする典型的なMining-railway(鉱山鉄道)としての鉄路を辿り、Puebloの発展とコロラド州の経済を支える原動力となった訳です。

つまりDenver and Rio Grande Western Railroadは典型的なMining-railway(鉱山鉄道)として成長したわけです。

第4目 2番目の大陸横断鉄道 Atchison, Topeka and Santa Fe Railwayとの壮絶な死闘!

ニューメキシコ州のDemingで1881年3月にSouthern Pacific Railroad(SP)と接続して2番目の大陸横断鉄道ルートを開設したAtchison, Topeka and Santa Fe Railway(サンタフェ鉄道)との間で(殺し屋!迄動員する)壮絶な争いとなり、結局サンタフェ鉄道と和解してRatonまでの州境を越境するルートを譲り、ミドル川に沿って渓谷をさかのぼり、Fir Summit Amphitheater(La Veta passs)を超えて、ワゴン川沿いに下って鉄鉱石の産出地Alamosaを目指しました!

このルートは pioneer(開拓者)達がtrail(幌馬車道)として開拓した路で、途中に、石炭、鉄鉱石などの鉱脈(鉱山)も発見されていたルートです。

Veta pass 付近の現在Forbes Park,Coloradoとして知られている谷間の高原には、森が広がっていて木材の伐採地となっていて、森林鉄道としても貢献しました。(※71)

New Mexico準州(※72)のRaton,に石炭層が発見されて、Ratonに向かいましたが...

参※71)北海道にあった、嘗ての武利意森林鉄道についての、当サイト内関連記事 森林鉄道《鉄道人気スポット ナビ》まるせっぷいこいの森 はこちら。

参※72)New Mexico州はまだ生まれておらず、州境は未確定の状態でした。New Mexico州が準州から47番目の州として昇格したのは1912年1月6日。

第3項 後発組の2つのMining-railway(鉱山鉄道)

第1目 最初からMining-railway(鉱山鉄道)として歩んだDenver, South Park and Pacific Railroad

1872年に開業して、1893年に倒産し!1894年に Colorado and Southern Railwayに買い取られたDenver, South Park and Pacific Railroadは最初からMining-railway(鉱山鉄道)の鉄路(みち)を走り出しました。

現在Leadvilleからの一部区間が保存鉄道Leadville, Colorado and Southern Railroadとして不定期運行しています。

また、Georgetownでは観光保存鉄道Georgetown Loop Railroadとして季節運行されています。

※いずれもGooglemapのサイドバーの地名をクリックすると周辺が拡大されます。

第2目 Mining-railway後発組Colorado Midland Railwayはシルバーブームの衰退と運命を共に

更に、1876年8月1日のコロラド州成立後の1883年に開業した最後発のColorado Midland Railwayは、ズバリMining-railway(鉱山鉄道)を生業としていました!

なので態々険しい「人気のないロッキー山中を"さ迷って!"leadvillを通過して鉱山町Aspenを目指したわけです!

この会社は1890年9月にAtchison, Topeka and Santa Fe Railway,(現BNSF)に売却されて、Puebro⇔Denver間が組み入れられて、その他の区間は廃止!されて、同じくDenver and Rio Grande Western Railroadを買収したUnion Pacific Railroadとダブルトラックでこの間の貨物営業を行っています。

シルバーブームがさり沿線の銀山、金山、鉄鋼・石炭鉱山町が衰退して、Old Coloradd City(現Colorado Springs) の"鉱石市場"がすたれて町が衰退した時に、人気のない渓谷を結んでいたColorado Midland Railwayは運ぶものが無くなり!使命を終えたわけです!

第4目 コロラド鉄道協会の公式コンテンツについて

「アメリカの鉄オタ」もこの辺が理解できないようで、懐古趣味に満ちた「公式コンテンツ?」を制作するのでしょうが?...

先ず、Denver and Rio Grande Western Railroad、Denver, South Park and Pacific Railroad、Colorado Midland Railwayの3つの異なった事業者をMining-railway(鉱山鉄道)として一括りにして、紹介しています。

これでは、夫々の存在した理由の説明にはなりません!

更に、Mining-railway(鉱山鉄道)の使命cargo transportationと、開通当初のtranscontinental railroad(大陸横断鉄道)の果たしたpassenger traffic(旅客輸送)の役割をあやふやにして、混同して説明しています。

★第8節 Denver and Rio Grande Western Railroad のTennessee Pass routeの終焉は

Colorado Midland Railwayが自滅!した後の第2次大戦後も、標準機に改軌したDenver and Rio Grande Western RailroadのMissouri Hill routeが生き延びれたのは、前途したPuebloのColorado Fuel and Ironがまだ元気だったからです!

つまり、北海道の室蘭と違って海路(海運)による原料・製品輸送が出来なかったColorado Fuel and Ironにとっては、「陸蒸気の存在は欠かせなかった」わけです!

しかしその後訪れた鉄鋼不況でColorado Fuel and Iron自体が衰退して、原料輸送のMining-railway(鉱山鉄道)Tennessee Pass routeの使命も終わったわけです!

更にMoffat Tunnel route が現在生き残っているのは旧Denver and Salt Lake Railway(Moffat Tunnel route)沿線にいまも鉱山が操業を続けており、需要があるからです!

第1項 Tennessee Pass routeがeraseされた理由とは

Tennessee Pass routeが早晩廃止されたのは、Moffat tunnel line沿線にある石炭鉱山から、前途したプエブロにあるColorado Fuel and Ironへの石炭輸送の必要が無くなったことが最大の理由でしょう!

更に

大陸横断貨物のneedsに合わなくなった

transcontinental transit cargo transportation(大陸横断貨物)を賄うには前途したDouble-stack rail transportが不可欠となりますが...

Tennessee Pass Railway tunnelはDouble-stack rail transportへの対応はしていない!

Tennessee Pass Railway tunnel をDouble-stack rail transport対応に改修するには膨大な費用が!必要となります!

第2項 Moffat tunnel lineの将来は...

Moffat tunnelラインの問題点も Double-stack rail transportに対応していない事です!

videoでBNSF が走っているのはこの区間は前途した共有区間(アライアンス)区間になっているためで、鉱石運搬貨車が写っているのもこの路線性格であるMining-railway(鉱山鉄道)を良く表しています。

地図中にピンク色で示した区間は、要所要所に設けられた2Km前後の待避線区間で、マイルトレインに対応していることがわかりますが...

延長10Kmにも及ぶMoffat tunnel と3つの長大トンネル群はいずれもDouble-stack rail transportには対応していないので、沿線の石炭鉱山が閉山されると、Tennessee Pass route同様に廃止されるでしょう。

第3項 大事なポイントは

日本に限らず"鉄オタ"は、「やれ標準軌が、スピードが...」と枝葉末節に拘りたがりますが...

これら3つのロッキー越えのMining-railway部分が無くなったのは、"運ぶ資源が枯渇した"からにすぎません!

つまり北海道も同様に、「黒いダイヤ」を必要とし無くなった現在、ほとんどのMining-railwayは必要なくなったわけです!

某土建屋傾Youtuber「鉄某頭?」が、『自然災害に強い路線を作れば...』などと嘯いていますが、

自然災害は防げても、"人災?"(需要の変化)は防げません!

アメリカの「鉄某頭?」さんもTennessee Pass復活の可能性云々(うんぬん)を言っていますが...
資金面で再投資は不可能!でしょう。

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★第8節 アメリカの鉄道史から学ぶべき点とは...

第1項 広大なアメリカでは、passenger traffic(旅客事業)は空路に

直線距離(大圏コース)にして東西約4180㎞!(ニューヨーク⇔サンフランシスコ)南北約2630㎞の広大なアメリカでは、東西海岸の大都市間移動に係らず主要都市間の中・長距離移動は空路が常識で、各主要都市には1つ以上の"国際空港"(ジェット機マーク)が備わっていて、直接世界の各都市とも繋がっています。

つまり、ビジネスは勿論、余程の暇人でもない限りは一般旅行客も、長距離移動は空路を使うのが普通です。

例えば、前途したコロラド州の各スキーリゾートへは、デンバーまで空路で移動するのが当たり前で、そこから西方のWinter Parkへロッキー遊覧を兼ねてCalifornia Zephyrを利用することはあても、シカゴや、サンフランシスコから列車で移動する人はいません!

第1目 あったかいカリフォルや砂漠のネバダ州にも多数のスキーリゾートが

あったかい"南国のイメージ"があるカリフォルニア州、そして荒涼とした熱い砂漠のイメージの有るネバダ州ですが...

西海岸から山一つ越えたLake Tahoe(タホ湖)周辺には、巨大なスキーリゾートが沢山あり、勿論近くにはregional airport(地域空港)があり、日本人がイメージしているようなマイカーによる"スキー渋滞"は生じません!

第2項 鉄道と言えども"地勢"まで変えてしまう力はない!

日本各地に出来た、新幹線巨大乗換駅が都心に成長できた例は少ない!

パシフィック鉄道の開業で、ネブラスカ州のterritory(領有地)から準州に昇格して、州都となったシャイアンも、パシフィック鉄道開通当初は、『もはやデンバーの時代は終わった!...』などと嘯いていましたが...

2010年現在ではデンバーの足元にも及ばない人口59,466人のチッポケなrural town!です。

つまり、「鉄道幹線を誘致できても、地勢(地の利)までは変えられない!」という先例です。

新大阪駅がいつまでたっても都心になれないのはこのためです!(※43)

参※43)当サイト内関連記事 周辺オフィス街から隔離された 新大阪駅 では 北陸新幹線 も リニア中央新幹線 もやってこない?... はこちら。

鉄道駅が無くなっても...

アメリカには、鉄道駅が無くなっても、立派に存続している町はたくさんあります!

今や中途半端なインターシティー特急より、point to pointで(世界の)大都市と直接つながった"ジェット機様"のほうが有難いわけで...

コロラド州には嘗ての広大な"鉄道駅の跡地"を利用してジェット機も離発着できる立派な"regional airport(地方空港)を建設して再利用している都市も沢山あります!

第3項 international Airport,Regional Airportの充実が望まれる

直線距離(大圏コース)にして東西約4180㎞!(ニューヨーク⇔サンフランシスコ)南北約2630㎞の広大なアメリカでは、東西海岸の大都市間移動に係らず主要都市間の中・長距離移動は空路が常識で、各主要都市には1つ以上の"国際空港"(ジェット機マーク)が備わっていて、直接世界の各都市とも繋がっています。

つまり、ビジネスは勿論、余程の暇人でもない限りは一般旅行客も、長距離移動は空路を使うのが普通です。

例えば、前途したコロラド州の各スキーリゾートへは、デンバーまで空路で移動するのが当たり前で、そこから西方のWinter Parkへロッキー遊覧を兼ねてCalifornia Zephyrを利用することはあても、シカゴや、サンフランシスコから列車で移動する人はいません!

第1目 あったかいカリフォルや砂漠のネバダ州にも多数のスキーリゾートが

あったかい"南国のイメージ"があるカリフォルニア州、や熱い砂漠のイメージの有るネバダ州ですが...

西海岸から山一つ越えたLake Tahoe(タホ湖)周辺には、巨大なスキーリゾートが沢山あり、勿論近くにはregional airport(地域空港)があり、日本人がイメージしているようなマイカーによる"スキー渋滞"は生じません!

第4項 北海道では

第1目 アメリカのスキーリゾートに比べて余りにも貧弱な北海道の空港整備

北海道の場合だと、東京⇔札幌間をジェット利用で、富良野などのスキー場に行くようなものですが!...

"北海道大陸"で、まともな国際空港?は新千歳空港のみ!

あとは自衛隊基地と、農業用の軽飛行機滑走路はあっても、regional airportと呼べる地方空港は、大都会の旭川空港、函館空港、とかち帯広空港(帯広空港)、ぐらいで後の稚内空港、オホーツク紋別空港(紋別空港)、女満別、たんちょう釧路空港(釧路空港)、中標津空港(根室中標津空港)などは、空港ビルさえない施設も!

何れも一応小型ジェットが離着陸可能?ですが、ほとんどはボンバルディアのプロペラ機が離着陸できる程度のコミュータ空港?

まあ千歳⇔稚内でも直線距離で約420㎞しかない!?し、自動車専用道の整備でこれ位の距離なら拘束(高速)バスでも...

つまり北海道は一見小さな大陸?ですが、コロラド州のような「道内のローカル物流」がないわけです!

更に、アメリカは陸続きなので、太平洋・大西洋を結ぶinter-ocean cargo transportationとして、州内を通過するtransit cargo transportationもあるわけですが、北海道では...

また、米国ではオクラホマ・カンザス州などの穀倉地帯からの農産物輸送も陸蒸気に頼らざるを得ない訳ですが、...

北海道は海に囲まれているので、鉄道に拘らなくても、「大量の物流は海運で賄える」わけです!

第2目 食糧倉庫北海道の出荷ラインは海路でも

つまり、北海道が主張する食糧兵站・ライフラインのコンテナ貨物輸送は、鉄道でなくともほとんど変わらないコストで、代行できるわけです!

更に、札幌周辺などの都市圏で消費する消費財・生活物資も、JR貨物でなくても輸送できます!

かつてのお青函連絡船とは異なり、現在の大型フェリーはめったなっことでは欠航にはなりません!

室蘭が工業都市なのは海運で直接海外と繋がっているためです。

空の玄関口千歳空港からも、さほど遠くない嘗ての北海道の玄関口小樽港と、苫小牧港の両港は、本州の消費地とを結ぶ定期フェリー航路が既に存在しています!

つまり、日本の胃袋を支えている、石北本線の有名な"玉ねぎ列車"や十勝平野の"ジャガイモ・大豆"などの農産物も、高規格道路経由で釧路港・網走港からでも大量輸送が行えるわけです!

実際に、大都市での港湾⇔冷蔵保管倉庫間の輸入玉ねぎコンテナ輸送は、大型トレーラー車が大活躍してしています。

※、JA淡路が"出荷している"輸入玉ねぎは、大阪南港・神戸港のコンテナバースから、明石海峡大橋ルートで淡路島にあるJA淡路の冷蔵倉庫群に輸送されています!

第3目 3セク転換してもJR貨物の路線使用料値上げは困難!

さらに一部のrailway mania(鉄道狂!)が主張する、"貨物専業の3セク第3種鉄道事業"では、路線の維持管理・更新費用がかさみすぎて、現状の輸送密度(ton/k m・日) では、今よりかなりの使用料アップをしないと採算に合わなくなり、嘗ての3セク北海道ちほく高原鉄道のように、いずれは設立準備金を使い果たし! 事業破綻して廃業!するのは目に見えています!

第4目 長万部町の判断は正しい!

現状採算すれすれのJR貨物も路線使用料値上げに応じるのは困難で、値上げを強行すれば第2種鉄道事業継続も....

長万部町を、一部の鉄道傾YouTubeが名指しで半ば"極悪人"のように批判していますが...、函館本線(室蘭本線)町内区間廃止決議も、理にかなっているわけです!

という事で、函館本線五稜郭⇔長万部⇔与市間は廃線せざるを得ないでしょう!

ゆくゆくは長万部⇔東室蘭間の室蘭本線も

更に、長万部町当局が提案しているように長万部駅前高速バスターミナルの整備で、室蘭本線 長万部⇔東室蘭間も 高速バス路線転換して廃止せざるを得ないでしょう!

現状JR貨物は、函館本線は北海道いさりび鉄道のように3セク転換されても、廃止バス路線転換は無いだろうと高をくくっているようですが...

ライフライン確保を「伝家の宝刀」にして"高飛車に出ている"と日本ハムファイターズに家出される札幌ドームのように足元をすくわれてしまうでしょう!

2023年段階では、新函館北斗⇔函館間はインターアーバン路線としてJR北海道に残るので、函館市民の日常生活には支障をきたしません。

更に前途した、長万部⇔東室蘭⇔札幌間の室蘭本線は事業継続されますから、道南観光にも影響は出ないはずです。

※、1995年当時、北海道を担当していた小生は、度々室蘭へ出張していましたが...

当時の最高速度130㎞/hのスーパー北斗を利用することは少なく、ほとんど千歳空港⇔室蘭間を走っていた「空港リムジンバス」を利用していました!

更に、日帰り出張でないときは、帰路は必ずと言っていいほど上野まで寝台特急で...

第5目 今後確実に迫る道内main-lineの廃線

今世紀前半には、札幌都市圏広域交通を除き、前途した室蘭本線も含め殆どの鉄道路線は廃止せざるを得ないでしょう。

何故なら、梯子(函館本線)を外されると、道内のコンテナ貨物輸送は、全道の都市間を最短距離で結ぶ自動車専用道・高規格道路網に取って代わられて、鉄道の役割は消え失せ、低輸送密度の旅客輸送も、高速バスで十分事足りることになるからです。

最早線形が悪く速達性が無くなった低輸送密度のregional lineでは、旅客のニーズにこたえられなくなったわけです!

某鉄道系(土建屋系)Youtuberは、新線建設による線形改善でintercity旅客需要を取り戻せるなどと夢門語りを吹聴していますが...

高速バス路線でさえ存続が難しくなってきている!状況で、最早それほどの都市間旅客需要も残されていません!

更に、中途半端に広い小大陸?北海道では、米国のルーラル州同様に、都市間コミューター空路の充実で、都市間シャトル輸送も賄えます。

つまりビジネスで急ぐ人はコミューター空路で、それほど急がない人は高速バスという風にならざるを得ないでしょう!(急がないといっても、JR北海道の特急よりも運行本洲が多く、所要時間も格段に短縮できて、便利なわけで...)

現在コロラド州内でもグレイハウンドバスが、インターシティ路線で大活躍しています。

※小生がアメリカへ出張した1989年当時でさえ、New YorkのJohn F. Kennedy International Airportと直線距離で264㎞離れた Pennsylvania州のHarrisburgという田舎町にあるCapital City Airportと言うregional airportとの間は、現在コミューター機として有名なBombardier "Dash 8" 50席よりさらに小さなドルニエ社の19名!乗りの小型プロペラ機Do 228で移動していた。

軽飛行機並みに機体の気密性(防音)が極めて悪い、貨物機並み?の煩い機体で、YS-11が静かに思えるくらいの?とにかく"喧しい"機体"で同行した上司と全く会話が出来なかったことを覚えている!

それでも最高速度434 km/h!の飛行機は新幹線並み?に早く、ニューヨーク⇔ハリスバーグ間を1時間程度で結んでくれていた。高度数千メートル程度の低空・有視界飛行なので、景色は悪くはなかったし、驚くことに飲み物の機内サービスもあった!。

第6目 生活物資輸送輸送は

JR貨物のコンテナ輸送は高規格国道が延伸する"木古内"にコンテナターミナルを設けて、道内各地の"オフレールステーション"との間を高規格道路で結べば...

青函トンネルを利用した安定した"貨物輸送ライン"が確保できて、更には大幅な運輸コストダウンも果たせます。.

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エピローグ 北海道がコロラド州のような希望に満ちた未来を目指すには...

第1項 大幅な断捨離による鉄道事業の見直しが必要!

開拓鉄道・鉱山鉄道の時代は過ぎ去ったので、札幌近郊路線以外は、思い切って全線廃線として!

ライフラインとしてのcargo transportationは、港湾整備を行い、嘗ての北回り、南回り廻船の復活で、本州との運輸に当たる方向で調整したほうが得策でしょう!

第1目 空路も、自動車専用道も無かった時代には戻れません!...

貨物需要は、customer(取引先・荷主)にとっては、economy(経済性)効果によるコスト低減!

旅客利用者にとっては、interest(興味の的)によるconvenience(利便性)と言うことになるでしょう、

つまり旅客では、到達時間に絞れば、空路、sightseeing(観光)に絞れば鉄道と言うことになり、

convenience(利便性)を追求すれば、aotomovilと言うことになるわけです。

つまり、今後JR北海道が生き残るためには、地元(経済界・JA北海道・一般利用者)の理解と支援のもとに、大幅な断捨離(Restructuring :リストラ)が必要となってくるわけです!

第2目 根室本線の廃線と新狩勝峠トンネルの活用!

現行の新狩勝トンネルは、根室本線・石狩線諸共"廃線"として、コロラド州を見習い"疎水"トンネルとして、分水嶺を超えてルウオマンロラプチ川を、十勝平原に導き灌漑用水として利用します。

更に、高圧電力ケーブル、光通信ケーブルなどの"共同溝"として再利用すれば無駄にはなりません!

第2項 新帯広国際空港を核にコロラドスプリングス都市圏のような一大リゾート構想も

現在、コロナ過迄順調に需要を伸ばせてきたインバウンド観光客を狙い、スノーリゾート、夏場の避暑地として売り出す。

第1目 日本3台車窓の復活!

根室本線 旧狩勝峠越えラインを復活させて、帯広⇔新国際空港(十勝清水)⇔サホロリゾート口⇔富良野間に、観光列車sorachi express を走らせて、Sorachi river line として独立させて、観光路線に特化させる。

当然現行の2倍以上の運賃となるが、観光客目当てなので問題はない!(地元住民には路線バスを利用してもらう)

更に、旧狩勝峠信号場(スイッチバック線跡)を狩勝峠レールウェーパークとして、野音(※91)などを設けて。夏季の集客施設として売り出す!

参※91)当サイト内関連記事 野外ステージ 音楽堂 音響ナビ はこちら。

第2目 帯広空港の国際空港化

 更に、新帯広空港を大改修して、国際航空貨物のハブターミナルとして売り出す!

さらに可能ならば国内2番目の24時間空港として世界のエアーラインにプロモーションする。

第3項 "防衛・航空宇宙・先端科学産業"の誘致が

同じくコロラドスプリングを見習い、航空自衛隊基地を千歳から(現空港に)移し、同時に、防衛大学、航空宇宙関連産業を誘致して軍事産業を引き受ける。

現在、狭い間隔で4本の滑走路が"犇めく"!千歳基地・新千歳空港は"誤着陸進入"が問題となっており、航空自衛隊の移転は北海道(札幌市・千歳市)にとっても有意義なはず!(※91)

更に、経済特区申請をして、先端科学技術産業関連のベンチャービジネスを積極的に誘致する!

ICTの時代、"僻地"のデメリットは無くなっている!

参※91)当サイト内関連記事 千歳空港は2か所にあった!陽炎のように終わった連山飛行場! はこちら。

鉱山の町だったコロラドスプリングが鉱山廃坑後に大化け!

コロラドスプリングスは、夕張のような鉱山の町旧コロラドシティー(現在のコロラドシティーは別物!)と保養場所と生まれたコロラド温泉?が合併して生まれた町で、首都デンバーの南方約100㎞に位置する、コロラド州第2の人口を誇る町です。

距離的には札幌⇔旭川間114㎞と似通った関係系です。

前途したColorado Midland Railwayが廃業した1918年当時、鉱山の衰退で、3万人程度の人口で、その後新たな産業の誘致もされ、一進一退を繰り返していたが...

1960年以降、軍需産業、航空宇宙産業の誘致が成功して急激に発展して、2010年時点で実に416,427人とColorado Midland Railway廃止当時の約14倍まで人口が急増しており、コロラド州第2の都市まで成長しました!

さらに今後も増加する見込みとなっています!

第4項 宅配業者とのアライアンスで貨客混載事業の復活も

札幌近郊のインターアーバン(都市圏高速電気軌道)についても、宅配業者とのアライアンスで、札幌集配センター⇔旭川サテライト集配センター間の宅配貨物貨客混載などを行い、収支の改善を計る。

参)当サイト内関連記事 宅配便事業が、鉄道貨客混載事業を復活できるかも! はこちら。

♥鉄道貨物新時代を予感させるJR東日本の 電車型 業務用車両!

第1目 苫小牧⇔札幌⇔小樽間は、宅配専用列車で中継輸送を行う

前章で詳述したように、インターシティーは、コミュータ航空機と、高速バスでregional line(地方交通線)を完全に置き換える。

第2目 専用コンテナ開発で新幹線の貨客混載のリバイバルを...

航空貨物を見習い専用コンテナ・新幹線車両を開発して、嘗ての東海道新幹線メール便のような貨客混載事業を、宅配業者とのアライアンスで実現する。

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後書き 《鉄道事業を再建するには...》シリーズについて

"温故知新"と言う格言があります。

「人は歴史から多くのことを学んだ」と言われていますが、「railway mania(鉄道狂!)は同じ失敗を繰り返している!」といえるのではないでしょうか!

旧建設省派の運輸族は、"鉄拳公団"解体後、羽振りが悪くなり、政治献金・票田確保の為に、"こうそく(拘束?)passenger traffic(旅客輸送)である"整備新幹線建設推進プロジェクト"に躍起になっています!

彼ら運輸族(とその"親派")にとっては都合が悪いので、"蔑視!"されているmining-railway(鉱山鉄道)や森林鉄道、軽便鉄道、などのexploitation railway(開拓鉄道)ですが、臨海鉄道も含めてこれらのcargo transportation(貨物輸送)に基軸を置いた殖産鉄道は、

日本の鉄道発達史においては"欠かすことのできない存在"であることは動かせない"史実"です。

そんな殖産鉄道にスポットをあてて、21世紀を行く抜く鉄道の"鉄道の存在意義"を改めて考え直してみました。

狸穴総研 地域交通問題研究室 出自多留狸

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今どきの鉄道傾!Youtuberタレント、シナリオライター、 コラムニストとは?... のご案内

2021年4月7日更新版・公開

要約

鉄道傾Youtuber と称している"Web動画専門タレント"達は、Webコンテンツ 製作・配信零細プロダクションが、クライアントから依頼のあった"ガセねた"をもとに膨らませたコンテンツに出演して、生活費を稼ぎだしているフリーターが殆どで...

クライアント(依頼主)は...利権(政治献金・選挙協力)に躍起の運輸族...不動産への一般人の投棄熱を煽り一儲けを...地元の怪しげな"地上げ屋"不動産屋の魏妖怪(ギョウカイ)が殆ど...

続きはこちらから...

 

公開:2021年9月 3日
更新:2021年10月24日

投稿者:デジタヌ

アメリカ鉄道網から学ぶべき点! ー 21世紀の 持続可能 な 鉄道事業 とは... ーTOPアメリカ鉄道網から学ぶ「持続可能な鉄道事業」実現のための教訓とは...


 

 



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