タヌキがゆく《狸穴総研機関誌・狸穴ジャーナル》

今や 鉄道事業 は本業ではない!鉄道系YouTuber の"夢想"を打ち砕く現実とは...

鉄道 vs 高速電気軌道 日本の 私鉄 におけるフィロソフィー抗争?の歴史

鉄道事業は、獏(ばく)でも無ければバグでもありません!

列車運行現場以外には夢を掻き立てるような「ロマン」はありません!

求められるのは、「将来を見通す洞察力」と"機を見るに敏"なる「ビジネス感覚」です。

「鉄道オタク」のままでは管理部門では浮いてしまいます!

リクルート中の「鉄道研究会」メンバーの大学生はよくよく考えたほうが...

《 Future urban transportation conceptionⅢ 》高速電気軌道編 第1回

『 旅客需要追従型 』と『 旅客創出・利益誘導型』の2つ流れが...

鉄道雑誌、やどのWebコンテンツを見ても、新規路線の直通運行(車両乗り入れ)については、技術的問題主に、保安設備ATCの違いや、車両規格(車両限界)にばかり目が向き、車両乗り入れに関する"近視眼的な直接投資効果"しか取り上げられていないようですが...

そんな甘い夢物語ではありません!

現実には、設備投資(車両増備)に見合ったグループ全体としての「リターン」がどれだけ見込めるか?...

が最重要となっています。

つまり、相鉄線のJR湘南新宿・埼京線直通運行(※00)を例にとれば、運輸事業(西谷⇔羽沢横浜国大間の運賃収入)だけではJR連絡線の建設事業費及び、新規車両などの関連設備投資をペイ出来ないことは最初から承知しています!

狙いは"相鉄"の知名度を上げることで、相鉄線への注目を集めて、いずみ野線沿線で滞っている「沿線の宅地開発」に弾みをつけて路線価値を上げるカンフル剤としてのプレキャンペーンなのです!

なので需要予測を誤って開業2年足らずで、白紙ダイヤ改正を行い「直通便を普通列車に格下げしたの」ではなくて、初期の狙い「都民への相鉄ライン(沿線)のアピール」は十分達成できたわけです!

参※00)当サイト関連記事 2022年東急新横浜線 開業で" 相鉄 いずみ野線 "が表舞台に! はこちら。

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《 Future urban transportation conceptionⅢ 》の総合目次

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プロローグ 鉄道事業者 に課せられた『 旅客需要追従型 』と『 需要創出・利益誘導型 』の2つの命題

需用のなかったエリアに鉄道を引っ張り沿線に宅地を開発して両点ターミナルに「ランドマーク」を配置して、鉄道沿線住人の鉄道旅客需要を喚起する「経営手法・ビジネスモデル」は、画期的で素晴らしい発想の「ビジネスモデル」として...

第2回 名鉄 名古屋駅 列車集中 カオス解消の迷案?バイパス新線建設による本数削減案とは...

名鉄名古屋本線「名古屋駅のカオス?」を救う(鉄)路は、駅の大改造よりバイパス路線を建設して列車本数の削減を図る方がよいのでは?

第3回 宝塚本線!十三⇔大阪梅田間は悲鳴を上げている....

十三⇔大阪梅田間のボトルネック解消はどうすれば可能か?...輸送力の限界にさしかかっている「宝塚本線」利用者の悲痛な叫び!とは...

第4回 阪急 はトップシークレットをつかんでいる! 阪急空港連絡線 構想の裏側を読む...

少子高齢化による旅客需要の先細り予測と宝塚本線「十三(じゅうそう)⇔梅田」間の「輸送力UP」の矛盾に対する答えが"なにわ筋線"参入表明と"意図不明な阪急大阪空港連絡線計画???

第5回 " 阪急 茶屋町神線 "建設で京・阪・神間の一体運用を!

大阪を取り巻く交通事情は変化し、少子高齢化時代になっても京都・大阪・神戸主要3都市への3極集中?は加速されてインターアーバン路線阪急電車の役割は大きくなってきています!

第6回 阪急電車 四つ橋筋線 乗り入れ についての2つの夢物語 " LRT "と" 四つ橋線全面運休による 切り下げ工事 "案

4つ橋筋線をトラム化し、宝塚本線と相互乗り入れできるようにすれば....阪急大阪梅田駅の一極集中・大混雑は回避できて...

第7回 西宮市さん 今津線 の 阪神 本線接続移籍案!..な~んていかがでしょうか?

阪急今津線を、阪神電車に移籍させ「西宮市内に地下新線」を建設して、宝塚 と 大阪難波 を直結しましょう!...という夢物語。

第8回 "待たずに乗れる 阪神電車 の再来には巨額投資が...

阪神電車は嘗て、1905年4月に出入橋駅(大阪)⇔ 三宮駅をチンチン電車で開業しました。

第9回 阪神 姫路線の旅?姫路行 直通特急を乗り通してみて...

阪神本線での欲求不満を解消?するかのように「水を得た飛び魚?」のごとく、最高速度110㎞/hで"飛ばす飛ばす"これぞ真の特急!

第10回 京阪中之島線の生い立ち 

創始者のひとり渋沢栄一が描いていた夢「旧東海道」「旧山陽道」沿道を結ぶ"京阪神連絡鉄道"は、結局は夢物語に...

第11回 近鉄奈良線 はリニア中央新幹線 グランフロント大阪総合駅延伸で変わる か?...

2040年頃の目前に迫った「リニア中央新幹線 大阪梅田中央駅伸開業計画!」奈良中央駅⇔大阪梅田中央駅間が10分少々となれば、観光客などの現金利用客は...

第12回 南大阪線 "陵・神・線?" 2.4Km の新線建設の夢物語

近鉄ご自慢の通勤ライナー?吉野線特急電車は毎朝「橿原神宮前駅」から8両に増結され、通勤客を運んでいるが...

第13回 近鉄 南大阪線 大阪駅 乗り入れ願望は 河陽鉄道 開業以来の沿線住人の"120執念"がこもった夢物語...

本年(2018年)11月23日 柏原市制施行60周年記念行事として道明寺線内で特急車両による団体列車の往復運行が行われた。河陽鉄道(柏原駅 - - 富田林駅間)開業120周年にも当たり...

エピローグ「Japanese Private railways Pass 」制度設立で交通事業者のコロナ災害復興を!

コロナ災害終息後の、地方に住む住人の交通アクセス確保のためにも今からコロナ災害後の公共交通事業者の復興支援策を検討しておく必要があるのではないでしょうか?

プロローグ 『 旅客需要追従型 』鉄道派と『 旅客創出・利益誘導型』高速電気軌道派 の2つ流れが

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明治後期・大正初期に入ると「都市近郊生活圏」でも、文明開化によるトランスポーテーションの変革が起こり、首都圏、中京圏、京阪神間などの大都市圏で、中核都市と近郊の町々を結ぶ従来からある、物流主体の「需要追従型」鐡道と、アメリカのインターアーバン(都市間電気鉄道)をモデルとした、旅客輸送に特化した「高速電気軌道」があらわれきました。

さらに阪急電車の創始者のひとり小林一三師匠が、ニュータウン開発を目的とした「需要創出型」高速電気軌道へと変化させて首都圏にも広げていったわけです。

このようにLocal transportation 都市圏電気鉄道"民鉄"の歴史は、

崇高な理想を追い求める『 旅客需要追従 』"哲(道)学"派と、マネーゲーム"デベロッパー事業"のための、単なる手段・ツールとしての『 旅客需要創出 』"開発軌道派"に分かれて歩んできたと言えて、

言い換えれば『夢の実現に向かう理想家達の「鉄オタ集団」と、ビジネスライクな「実利集団」との"鬩ぎあい"の歴史』を辿って来た!といえるのかもしれません。

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第1節 崇高な理想を追及する『 旅客需要追従型 』鉄道派

第1項 合本主義を唱え実践した" 渋沢栄一 "

幕末・明治初期を通じて広く産業界に係り、日本の富国強兵に貢献した渋沢栄一氏は、東急の基となった"田園都市開発"や"おけいはん"の創設にも係った人で、"合本主義"を唱えて「公共事業」としての鉄道事業を推し進めた偉人でもありました。

公益を追及するという使命や目的を達成するのに最も適した人材と資本を集め事業を推進させるという考え方。...私益のための資本の集中では無く、公益の追及、より良い社会の実現のために、資本や人材を合わせる事の重要性を説いた...。

《Wikipediaより引用》

「川崎市の浅野町」の埋め立て事業を行った浅野セメント創業者の浅野総一郎などこの頃の、産業界の起業家の多くは、"合本主義"という言葉は使わないにしろ、

『私益のための資本の集中では無く、公益の追及、より良い社会の実現のために...』という共通した思想・理念・信念に基づいて事業を行っていった人たちのようです。

第2項 1910年に設立された近鉄の始祖"大阪電気軌道"

1910年9月16日に奈良軌道として設立されて、直ぐに改称されて"大阪電気軌道"として創業した近鉄では...

創業者の一人金森 又一郎 (4代目の社長)もそういった流れをくむ人で、強い使命感を持って自ら火中?に飛び込んだ「鉄オタ」の一人といえるでしょう...

後の7代目の社長佐伯 勇氏へと続く近鉄の企業理念は、正しく「公益・社会資産としての鐡道事業」に尽きるのではないでしょうか?

第3項 関東では東武鉄道、小田急が...

日本の"民営鐡道事業の父"といわれている東武鉄道の 根津 嘉一郎氏なども「鉄オタ」の一人といえるでしょう。

最初は、成長産業?として鉄道に興味を持ち、ほんの気まぐれ?で全国各地の鉄道会社に投資していた投資家にすぎなかったのですが...

東武鉄道に懇願されて、同社の経営を引き受けてからは、東武鉄道の経営に専心して同社の発展をささえ、更には関西の南海鉄道の取締役なども引き受けて、南海の経営改善に助言を与えていました。

投資家・実業家であると同時に「鉄道が」好きだったのでしょう!

ロマン(スカー)が好きな小田急

明治最後期の1910年に設立された 鬼怒川水力電気が大正11年(1923年)に設立した小田原急行鉄道も"明治期からの鐡道ロマン"を引き継いだ「ロマンスカー」といえるでしょう...

彼らは、「鉄道は社会資産!」という信条・哲学の下に"崇高な使命感!"に燃えて、"鉄道事業を稼業"として行って人たちなのでしょう。

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第2節 小林一三 師匠一門の『需要創出・利益誘導型』高速電気軌道派

一方、同じく財界の"銀行マン"から転身して、"事業としての鉄道会社経営"に興味を持ち、阪急の創業に携わった小林一三 師匠は、鉄道事業そのものより"金を汲み出す"いわば"ポンプ"としての電気鉄道事業に興味を持った人です。

アメリカのインターアーバンを日本に持ち込み、更には「需要創出型」私鉄経営セオリーを確立して、日本中に広めた功労者でもあるわけです。

彼は従来からあった、旧来からの「街道筋の町町」を結ぶ物流・旅客需要を取り込む流通「需要追従型」ではなく、

都市近郊にある「未開の荒野?」旅客に特化した高速電気軌道(LRT)を引き「沿線の宅地開発」を行い「ニュータウン」を建設して"新たな旅客需要"を生む「需要創出型」"電気鉄道事業"を展開したわけです。

第1項 デベロッパー事業に基軸を移して

さらには鉄道事業を目的とするのではなく「デベロッパー事業」の必要ツール・アクセス確保として鉄道事業を位置付けて、軌道事業は「欠損を出さない程度」のほどほどの儲けがあれば良し!としたのでした。
前途した「東急の始祖」田園開発㈱は正しく「宅地開発」事業を目的とした「デベロッパー」事業で宅地の付加価値を高めるためのツール「アクセス手段」として「鉄道事業を行うために、創始者である渋沢栄一にその経営手腕を認められて「黒子に徹しながら」東急の実際のマネージメントを行っていたわけです。

第2項 関東では小林一三の愛弟子?五島慶太が

そしてその彼が、後継者として白羽の矢を当てたのが、東急王国をきずいた五島慶太になるわけです。

だから五島慶太は、むやみに鉄道網を広げたのではなく、東京近郊"林野"にニュータウン開発を行うために電気軌道を引き、ちょうど都合の良い「出物?」があれば傘下に収めて「事業拡大」を計ったわけです。

だから、インターアーバンの"証"である高速電気軌道網に重点を置いた事業拡大策をとったわけです。

この辺りが、同じライトレールでも「軽便鉄道・簡易鉄道」に拘った「東武」や「西武」とは違うわけです。

また、資金的目途が立たないのに、後先考えずに?新線建設に走った京阪や、トンネルを掘りまくった大阪電気軌道(現近鉄)とは違うわけです。

第3項 『絶対に損はしない阪急商法』の本家阪急では

中でも小林師匠の古巣「阪急」は「絶対に損をしない阪急商法」に徹して、路線拡大も慎重に行い、第2東海道線建設の野望!に燃える?"おけいはん"新京阪鉄道が、後に買い取った"北大阪電気鉄道"が自社路線の要に当たる"十三"乗り入れを願ったときにも、上客?(乗客・利用者)ともども阪急百貨店の為に快く!受け入れ...

戦後は、事業拡大に有望な「新京阪」を自社に残す条件で「京阪の分離再出発」を認めて、うまく立ち回り「絶対に損をしない阪急商法」経営理念を守ってきたわけです。

千里線延伸も

1921年、十三⇔豊津間を開業させた北大阪電気鉄道は、阪急が直接たづさわった事業ではありませんが、戦後新京阪(現京都線)ともども阪急に残った千里線が、

1958年に大阪府企業局が主体となって開発が決まり1961年に着工された千里ニュータウン計画で、重要なアクセス路線として脚光を浴びて延伸することになり、大阪府との繋がり、土建屋との繋がりも一層"緊密"となり、デベロッパー事業展開の強力な"情報源"を得たわけです!

更には、神戸線沿線、今津線沿線、甲陽線沿線などの六甲山麓の高級住宅地開発や、傘下に収めた神鉄の「鈴蘭台」開発へと繋がっていくわけです。

expo'70大阪万博の時に出来た"北急"

縄張りの外(市域外)への延伸を理由に、御堂筋線延伸を引き受けなかった大阪市に代わって、万博アクセス路線となる御堂筋線延伸事業・北大阪急行電鉄事業も、単なる投機ではなく!

沿線の宅地開発、商業施設開発のデベロッパー事業に勝算ありと計算しただけで...

狙いは的中して、万博期間中に「投資した建設費」もすべて回収するという"思わぬおまけ"までついて大成功したわけです!

expo'70大阪万博の翌年1971年には神戸市街地となった裏六甲の宅地開発を行う目的で、六甲山をぶち抜く!長大トンネル路線"北神急行電鉄"を自社グループ(子会社神鉄と)だけで建設!

阪神電車グループを取り込む

「ホワイトナイト」として賞賛された阪神グループ株式の公開買い付けも...

「絶対に損をしない阪急商法」小林師匠の教えを忠実に守っただけで...

だから、1960年代当時、東海道新幹線計画のあった北方貨物線!に沿って「新大阪支線」を申請して沿線農耕地を叩いて買い漁り?その後は、新線建設に乗り出すでもなく「将来の布石」にと、放置して!

新大阪駅駅前周辺市街地改造計画の"目"が無い!(※21)とみるや、長年放置!しておいた新大阪線用地の東西両端は売却して「捨て石」に、

2012年に新大阪駅裏がわ?を塞ぐ形で阪急新大阪駅用地として購入してあった用地を、「阪急新大阪ビル」に転用して、JR東海の新大阪駅を孤立させて、

スキーム方式で「整備新幹線網建設の目途」が"軌道"に乗り出して、新大阪駅巨大ハブターミナル構想が実現しそうになると、新大阪連絡セン(しない)構想をちらつかせながら、実は「駅ビルそのものをJR東海に買い取らせて」、現有の新大阪連絡センの事業用地の不動産価値を高めたうえで、売り抜けようと...

だから、小生は新大阪連絡センは"実現セン"と読んでいます

参※21)当サイト関連記事 新大阪駅 周辺が 副都心 になれない5つの理由! はこちら。

四つ橋線乗り入れ発言も...

数年前に公表された、四つ橋線乗り入れ構想(※22)も...、大阪梅田新都心計画に絡み、かねてから所有していた沿線の不動産を高値で売り抜けるための...

その都度、純真な?鉄オタの小生は、乗せられて「妄想を書き?立てた」(※23)わけですが...

阪急さんは「鉄道ロマン」ななどと言う甘ッチョロイ妄想とは無縁のビジネス集団!

だから子会社の神鉄粟生線の廃線問題(※24)も...北神急行電鉄の譲渡と交換条件で...

参※22)当サイト関連記事 阪急電車 四つ橋筋線 乗り入れ についての2つの夢物語 " LRT "と" 四つ橋線全面運休による 切り下げ工事 "案 はこちら。

参※23)当サイト関連記事 阪急 大阪空港連絡線構想 が なにわ筋線十三支線計画 で直結出来たら!? はこちら。

参※24)当サイト関連記事 神鉄 粟生線 存続問題 神戸市内の緑ヶ丘駅迄は残る!?はこちら。

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エピローグ 『類は友を呼ぶ!』

世代は変わっても、「社風」「気風」は脈々と受け継がれるものです...

次の世代を担う若者たちのリクルートの参考になれば、と思い寄稿してみました。

誤解のないように申し添えておきますが、小生は、他人(国民)が汗水たらして、稼いだ"税金"を全く無駄だとわかっていながら"塵路線"に不法投棄!してしまうような"政治家"や"木っ端役人"どもとは違い、

自らの努力で稼ぎ出した"身銭"を有効に投資した、小林一三師匠ら先人達を、心から尊敬申し上げております!念のために。

第1項 リクルート中の次世代を背負う若者の皆さん

就職先に選ぶなら、趣味性の強い近鉄グループよりは、ビジネスに徹した阪急グループのほうが将来の生活設計が立てやすいでしょう!

でも、鉄オタとして己の"鉄学!"レールソロフィーを貫き通したいなら...

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後書き《 Future urban transportation conception 》シリーズについて

世界の都市圏交通システムの"潮流は超低床トラムカー"を使用した"LRT"や連接バスを用いた都市型BRTに移ってきています!

全国の政令指定都市・中核都市にある公共交通について、現在計画中の路線も含めて背伸びしない"身の丈に合った分相応な交通システム"とは何か?

地下鉄やモノレール、新都市交通、LRTなどの"軌道"に拘らずに、"利用者"であり出資者(納税者)でもある一般市民の立場に立って、コストパフォーマンス(費用 対 効果 )についての総合的な検討を加えた上で、エコロジー・エコノミー・ユニバーサルデザイン(バリアフリー)・コンビニエンス(利便性)の4拍子がそろった超低床バストラムを用いた軌道レス交通システムの"都市型BRT"も含めて、全国の都市圏交通への適用を検討してみました。

狸穴総合研究所 地域交通問題研究室 出自多留狸

 

公開:2021年2月24日
更新:2021年4月28日

投稿者:デジタヌ

"軍部"と" 政治家 "に翻弄された 大廻り迂回路 ・廃線 の歴史TOPJR西日本 が京都市内の 奈良線複線化 に熱心な訳は...


 

 



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