旅するタヌキ 

富士スピードウエイ 雄大な富士の裾野御殿場に拡がるFIA国際公認クローズドサーキットガイド

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富士スピードウエイ

Official Website http://www.fsw.tv/

富士スピードウエイのあらまし。

富士スピードウェイは、静岡県駿東郡小山町にある日本を代表するサーキットのひとつで、「西の鈴鹿」と並び東日本に於けるレースファンのメッカと成っている。

1966年1月3日の開業以来50年に及ぶその歴史の中では、数々の名勝負と数多の名ドライバーを育んできた。

2000年からはトヨタ自動車が傘下に収め、その後2003年9月からコースレイアウトも含めた施設全面改修のために休業し2005年4月に最新鋭のサーキットとしてリニューアルオープンした。

数々の名ドライバーを輩出

かつて1971年~1989年にかけて開催されていた富士グランチャンピオンレースシリーズは、同コースのみで年間6戦前後開催されていた人気レースで、多くのレースファンを集めていた。

レースは「FUJI独自のレギュレーション」によるオープンタイプ単座レーシングカーで戦われていた。

このシリーズ戦からは日本人初のFIドライバーー中嶋悟や"富士の魔術師"と呼ばれた星野一義らの有名ドライバーが生まれた。

1977には当時JAF・ツーリングカーにより行われていた「富士チャンピオンレースシリーズ」で"ドリキン"こと土屋圭市氏がシリーズチャンピオンとなり上位レースに転出している。

輝かしい歴史

国内タイトルレースに限らず過去には「FIA・FI日本グランプリ」、世界耐久選手権の日本ラウンド「WEC-JAPAN」「インディ富士200マイル」、「日本Can-Am富士200マイルレース」、等も開催されていたが、現在国際級のレースとしては唯一「FIA世界耐久選手権第7戦富士6時間耐久レース」が行われているのみで、当時を知るものとしては少し寂しい気もするが、現在はカーレース以外にもイベント企画も積極的に開催し、広げ以前と変わらぬ賑わいを見せている。

富士スピードウエイのコースの見どころ&観戦ポイント

スタート直後は一団となってフルブレーキングで「TGRコーナー」になだれ込み、ここでのコーナー取りテクニックが見物の1つでもあり、且つこのスタート直後の「TGRコーナー」へのなだれ込みでのアクシデントも多い。

「トヨペット100Rコーナー」内側インフィールドも観戦者が多いポイント。中高速のマシンが吹っ飛んでゆく迫力を味わえる。

「アドバンコーナー」 インフィールド芝生席は、超人気スポット!高速の「トヨペット100Rコーナー」からフルブレーキングで突っ込んで来るドライバーの「度胸と華麗なテクニック」が歓声と共にため息も誘う!

そして以外とアクシデントは少ないコーナーでもある。

「パナソニックコーナー」(最終コーナー)を立ち上がってくる各車のコーナーワークも見物、大きく膨らんだ隙間を、追尾する車両が、オーバーテイクする場面も...。

そして何と言ってもグランドスタンドから見るFUJI独特の長いストレートでのスリップストリーム(※i)を利用した豪快な追い抜きも見物!

ドライビングテクニック面から見たコースレイアウトの特徴

2005年リニューアルオープンでFIAの「グレード1」を取得した。

距離;4.563km、コーナー数;16 、ホームストレート1,475m、コース幅15~25m

コース終盤の第3セクターを中低速コーナーが連続する高速テクニカルコース。

長い直線に続く「TGRコーナー」(第1・コーナー)は、鋭角なヘアピンで且つ「最大のオーバーテイクポイント」ともなっている。

第2コーナーはフル加速しながら「コカコーラコーナー」(第3コーナー)へと向かう

「コカコーラコーナー」は高速左90度ブラインドコーナーで「トヨペット100Rコーナー」(第4・5コーナー)に繋がる。

「トヨペット100Rコーナー」は中高速コーナー出口第5コーナーはカーブが緩かな高速コーナー。

「アドバンコーナー」(第6・コーナー;ヘアピンカーブ)は、トヨペット100Rコーナー」出口から近くブレーキングしながらのアプローチが非常に難しくなっている。

第7・8コーナー(300R)は右の超高速コーナーで全開のまま抜ける。

「ダンロップコーナー」(シケイン・第9・10・11・12コーナー)はフルブレーキから右に大きく切り返し、すぐに左に切り返す形。

つづら折りのコーナーが3つ連続で続くコース終盤のテクニカルセクション(13・14・&「レクサスコーナー」(No.15コーナー)は 上りブラインドコーナーが続くセクションで「ライン」が複数ある難易度の高いセクション。

「パナソニックコーナー」(最終第16コーナー) もラインが複数あり、インベタで回るドライバーもいれば、外を回るドライバーもおり、ここの脱出速度がストレートの速度に影響するため、非常に難しいコーナーとされている。

ピットレーン入り口はホームストレートの中間にありピットに入る速度を大きく抑制するためにシケイン状のコーナーが設けられている。ここを上手く通過すればピットのロスも減らせる。

富士スピードウエイで開催されるビッグタイトルレース

「ビッグタイトルCarレース」

 スーパーフォーミュラ(※シリーズ戦ガイド記事はこちら)、全日本F3選手権(※シリーズ戦ガイド記事はこちら)、スーパーGT(※シリーズ戦ガイド記事はこちら) 、スーパー耐久シリーズ・富士SUPER TEC 24時間レース(※ガイド記事はこちら) 、「FIA世界耐久選手権第7戦富士6時間耐久レース」(※ガイド記事はこちら

「ビッグタイトルMotoレース」

 現在は開催されていません!

富士スピードウエイ で開催されるチケット情報

チケットぴあ該当ページへのリンクはこちら。

富士スピードウエイ へのアクセス

所在地 静岡県駿東郡小山町

アクセス 

  • マイカー:東名高速道路:御殿場IC、東富士五湖道路:須走IC
  • 鉄道;

    JR御殿場線:御殿場駅、駿河小山駅(駅から富士急行路線バスまたはタクシー)
    小田急小田原線:新松田駅(御殿場線または開成駅始発当駅経由臨時バス乗り換え)
    小田急小田原線:開成駅(当駅始発新松田駅経由臨時バス乗り換え)
    富士急行線:富士山駅(御殿場駅行きバス乗り換え)

富士スピードウエイの施設データ

(公式ガイドはこちら)

  1. 運営団体 富士スピードウェイ株式会社(トヨタ系列会社)
  2. 開設 1966年 (2005年4月リニューアルオープン)
  3. 設備概要 メインコース;一周4.563Kmクローズドサーキット、
  4. 設備(規格) 4輪;FIA国際公認、JAF国内公認、2輪;MFJ公認(FIM国際規格)
  5. 収容人員 11万人
  6. 付帯設備 グランドスタンド、第1コーナー観客スタンド(2200席)、「ショートサーキット」、「ドリフトコース」、「ジムカーナコース」、「カートコース」
  7. 付属施設 富士ジュラシックウェイ、交通安全センター「モビリタ」、レクサスカレッジその他。

富士スピードウエイのあゆみ

1966年1月3日 30度バンク(旧第1コーナー)を持つFISCOFuji International Speedway COmpany)として三菱地所の子会社としてオープン。同年3月12日初レース「第7回全日本モーターサイクルクラブマンレース」開催、同年3月27日初4輪レース「第4回クラブマンレース富士大会」開催。同年5月3日(JAF公認国内選手権)第3回日本グランプリ決勝開催!

1973年 JAF日本グランプリは左回りの旧ショートコース(4.3km)で開催された。

1974年 富士GC第2戦中に2名が死亡する大事故が起きたことを契機に30度バンクは閉鎖された。

1976・1977年 FIA・F1「日本グランプリ」開催。

1979年7月、(社)御殿場市青年会議所が富士スピードウェイの廃止を県に陳情し廃止問題が勃発する!後に1986年(昭和61年)7月30日に所在地である小山町長の英断で正式にサーキットの存続が決定した。

1984年 「ダンロップシケイン」を設置しコース改修(コース長4.410kmに変更)

1986年 第1コーナー改修によりコース長4.441kmに変更。

1987年 (2003年の改修で廃止した)「サントリーシケイン」を設置しコース改修(コース長4.470kmに変更)

1992年 グランドスタンド、トイレ、駐車場、などの「観客用の施設」以外!?のコントロールタワー、ピットおよびパドックエリア、パドック内のトイレなどの施設改修が行われた。

2000年トヨタ自動車が三菱地所から同社株式を買収して傘下に収めた。

2003年9月からコースレイアウト・施設の全面改修の休業・閉鎖。

2005年4月 コース長が4.563kmとなってリニューアルオープンした。

2007年9月 FIA・F1「日本グランプリ」が開催された。

2008年 20数億円を投じて再改修。同年10月12日FIA・F1「日本グランプリ」決勝は無事終了。

2009年7月 FIA・F1「日本グランプリ」からの再撤退を発表した。(同F1GPは予定通り鈴鹿で開催されている)

2016年「ネーミングライツ」が導入され、第1コーナーは「TGRコーナー」、を始め各コーナーにコーナー名がつけられた。

デジタヌの独り言

想い出に残る(JAF公認国内選手権)日本グランプリの想い出

NHKプロジェクトXでも取りあげられた1966年の日本グランプリ、では当時高校1年生だった小生はTVの前に釘付けになっていた。

「そして宿敵ポルシェを相手にプリンスR380が念願の初優勝を飾った!」

TV観戦していた小生は飛び上がって喜んでのを覚えている。

翌日、当時51人!もいたクラスメートの中で「たった2人のカーマニア」の"級友と小生"で、日本グランプリのことを熱く語ったことを覚えている。

※1、スリップストリームについてのWikipediaの用語解説はこちら

県特産品・※お土産物ガイド、※地酒ガイド、※地ビールガイド、※ワインガイドはこちら。

公開:2017年8月11日
更新:2018年6月17日

投稿者:デジタヌ

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