タヌキがゆく

近鉄 の悲願"新大阪駅乗り入れ"成就 なるか?《 鉄タヌ ドリーム 》近鉄開業120周年道明寺線特急列車臨時運行!

近鉄開業120執念?実るか

本年(2018年)11月23日 柏原市制施行60周年記念として「近畿日本鉄道㈱」主催により道明寺線で特急車両による団体列車往復運転イベントが行われる。

近鉄道明寺線とは

道明寺駅とJR柏原駅間2.2kmを結ぶローカル支線であるが、嘗ては近鉄創成期の1898年に存在した前身「河陽鉄道(河南鉄道)」の"本線"でり、1923年(大正12年)4月に道明寺駅 - 大阪天王寺駅(全阿部野橋駅)間が開通するまでの四半世紀25年間に渡り本線として「蒸気機関車にひかれた列車」が運行されており、湊町(現JR難波)から直通旅客列車の不定期臨時運行も行われていた!

嘗て行われていた貨物車両直通運行

嘗て、柏原駅、御所駅、吉野口駅の3駅では、関西本線(現大和路線)、和歌山線と(構内渡り線で)線路が繋がっており、貨物車両の受け渡しが行なわれていた!

元々和歌山線は、現大和路線を建設した初代大阪鉄道が建設した路線であり、和歌山県の木材や吉野杉を積んだ貨物列車や、柏原駅では当時道明寺駅にあったサントリー子会社の清涼飲料水メーカー"寿屋"の出荷貨車が往来していたが、これらの構内施設は1984年(昭和59年)2月1日の関西線・和歌山線・桜井線(万葉まほろば線)全線の貨物営業廃止を契機に撤去された!

前回2008年の開業110周年記念行事は...

2008年3月23日:河陽鉄道(柏原駅 - 道明寺駅 - 古市駅 - 富田林駅間)開業110周年記念行事の際には後述する「おおさか東線」の北梅田駅(大阪駅)延伸は決定事項ではなかった!

為に前回の2008年3月23日の河陽鉄道開業110周年記念イベントでは、大阪阿部野橋駅?で記念イベントを開催し大阪阿部野橋駅ー河内長野駅?間に記念ヘッドマークを掲げた準急が2往復運転されたわけであるが、今回の2018年の開業120周年記念では柏原市制施行60周年に合わせて11月23日に柏原ー古市間の特急車両!を使ったイベント列車(臨時団体列車)の往復運転が行われる事になったわけである。

ナゼ...今頃?

柏原市制施行60周年は全くのコジツケ?

この特急車両記念運行は柏原市を山車(ダシ)?に使い、柏原-古市間に試運転列車を走らせるためのコジツケであろう!

つまり、当日いきなり本番はありえないので、区間に特急車両の事前試運転を行うはずであるが、小生はこちらが真の目的ではないかと推察している。

なんのために?

エー...と思われる方も多いであろうが、

言わずと知れた、近鉄の悲願大阪中心部乗り入れ"将来の新大阪・北梅田駅乗り入れ"のための布石である。

おおさか東線(大阪外環状鉄道)のあらまし

(公式サイトはこちら)

2008年3月15日から大阪府大阪市鶴見区の放出駅から八尾市の久宝寺駅までの区間で部分開業し、来年(2019年)には新大阪駅乗り入れを果たす大阪外環状鉄道(第三種鉄道事業者)の路線。

全線(直流1500V)最高時速120km/hの高規格で作られており、2019年の新大阪延伸開業時には、現在JR貨物が併用している放出ー鴫野(分岐)間は複々線となり、学研都市線とは完全に路線分離される。

また第3期としての現在建設中の東梅田駅延伸については2009年1月31日付日本経済新聞(大阪版)夕刊上で始めて公表され、それまで「新大阪駅が起点予定となっていたおおさか東線の列車の運行区間を延伸し、北ヤードまで乗り入れるよう計画を変更、2018年度までの開業を目指す」ことが報じたられた訳である。

現開業区間

久宝寺(大和路線連絡)ー放出(学研都市線連絡)間営業距離9.2㎞。

2019年度延伸開業予定区間

放出駅ー新大阪駅(東海道線・新幹線連絡)間営業距離11.1㎞。

(略年表参照)

他社線・他路線連絡状況

現営業区間

久宝寺駅;JR大和路線;快速、普通

JR俊徳道;俊徳道駅/近鉄大阪線;各駅停車徒歩約1分36m

JR河内永和;河内永和駅/近鉄奈良線;各駅停車徒歩約1分62m

高井田中央駅;高井田停車場/大阪メトロ(近鉄けいはんな線直通)徒歩約1分57m

放出駅;学研都市線;快速、普通

2019年開業予定区間

※以下駅名は2018年7月24日付け同社ニュースリリースによる正式決定駅名

鴫野駅;学研都市線;快速、普通、鴫野駅/大阪メトロ今里筋線徒歩約1分79m

JR野江駅;野江駅/京阪本線徒歩約2分/190m、野江内代停留所/大阪メトロ谷町線徒歩約8分/650m!

JR淡路:淡路駅/阪急京都線徒歩約17分1.4㎞!

下新庄駅/千里山線徒歩約18分1.4㎞!

近鉄ーJRー大阪外環状鉄道相互乗り入れの夢

大和路線区間

柏原ー久宝寺 5.5㎞(JR)

近鉄吉野線区間

吉野口ー吉野 15.7km

大阪東線区間

久宝寺ー新大阪間 20.3㎞

相互乗り入れ概要

対象列車

近鉄:優等列車(有料特急)、

JR:座席指定列車

運行形態
柏原以西のJR運行区間

JR柏原駅構内に、渡り線を「復活」し、柏原ー久宝寺間は、JR大和路線を、利用し、久宝寺からはおおさか東線に乗り入れる、但し柏原駅で首都圏の栗橋駅同様に乗務員交代は行うが、乗り入れ起点柏原駅も含めJR大和路線・おおさか東線内は新大阪まで、全駅通過とし乗客扱いは行わない!

吉野口駅以東の近鉄区間

吉野口駅に渡り線を復活し、JR和歌山線から乗り入れる、ただし柏原駅同様に、乗務員交代以外、乗客扱いは終点吉野まで行わない!

大阪外環状鉄道のメリット

おおさか東線は、利用料金をいただく第三種鉄道事業者なので、JR貨物、JR西日本の使用料(通行料)で建設費を償還する仕組みであり、路線利用が増える方が収入は増える。

現在懸念されているのはこの点で、新大阪と、大阪駅以外はターミナル&ハブステーションとは繋がってなく、かつ既存路線との乗換駅も久宝寺/JR大和路線、JR俊徳道(近鉄大阪線俊徳道)、JR河内永和(近鉄奈良線河内永和)、高井田中央(地下鉄中央線・高井田)、放出・JR学研都市線)、鴫野(地下鉄今里筋線)とJR・近鉄・大阪メトロ(近鉄学研都市線)としか実質連絡しておらず、2019年の延伸開業後も、交差する京阪本線、地下鉄谷町線、阪急・京都線・千里線とは実質連絡しておらす(前途おおさか東線他路線連絡状況参照)、鴫野駅以降の、新大阪、大阪梅田方面へのアクセス改善には効果が無く、開業前からこの区間の利用客が見込めない状況である。(逆説的には線路容量に余裕があることになる!)

JRのメリット

一見3社の中で最もメリットが無さそうに見えるが、実は後述する大きなメリットが期待できる!

"JRが第二種鉄道事業者として、列車運行だけに甘んじているのは、前項の"路線価値"に由来している。

JR単独ではこの路線の事業は成立しなかったからである!

私鉄経営のセオリー"昼間利用をどうやって確保するか?"

阪急電鉄創始者小林一三氏が日本に導入した近郊電車の経営セオリーは、沿線住宅開発と、昼間の"現金"利用客の「掘り起こし」であった!

日本最初のターミナルデパート阪急デパート本店を造り、終点宝塚には宝塚パラダイス(遊園地)を作り、昼間の現金利用客の需要を発掘した。

現在JR西日本は京阪神間に国内最速の新快速ネットワークを構築し、この間の旺盛な通勤需要のシャア拡大を図ってきたが、一方で昼間の現金利用客は横這いか右肩下りの傾向にある。

別項沿線人口の推移をご覧いただければお判りの通り、首都圏とは違い沿線の宅地開発がほぼ一巡し、開発の速かったエリアから「少子高齢化の影響」を受け始め、今後は右肩下がりの傾向が続くのは自明の理でもある。

鉄道会社の昼間利用客の確保は、観光開発しかない!

一例として、JRが行った海外観光客の「流れ調査」が予想外の結果だったことは有名な話でもある。

JRと京都市の目算通りには移動してくれない外国人観光客

アーバンネットワークの西の拠点「姫路城」は外国人に圧倒的な支持を得ている観光地であるが、そこから「何処に足を延ばすか」が問題として浮かび上がった。

JRと京都市の予想に反して、乗り継ぎなどアクセスの悪い「城崎温泉」が圧倒的な支持を得ていることが判明したわけである。

つまり、通勤ピーク時に合わせて増強した輸送力(車両)が、昼間の現金利用者・観光客には過剰で、今後ともにペイできないことが明白となったわけである。

これは、外国人が描く「日本へのエキゾチックなイメージ」と「日本人が描く古都京都の魅力」が食い違っていることに原因があるし、京都市の観光プロモーション(主に海外向け、公式観光サイトの不備)の「へたくそ」さもあるが、いずれにせよ外国人観光客には、日本人が思っているほどには「観光地としての京都の魅力」は無いといえる。

アクセスの悪さで残っていたお宝観光地

そこで吉野・奈良・の登場となるわけである。

御多分に漏れず、吉野町も奈良市も、プロモーションはへたくそ(京都以下)で外国人観光客は思ったほどは伸びていないのが実情ではあるが、それだけに今後のプロモーション活動次第では、「姫路城」に次ぐ海外からの観光客向けの観光資源になりうる「お宝をたくさん抱えている」エリアでもある。

上手くいけば、リソースの活用にも

前途した昼間の余ったリソース(車両)を活用し京阪神間の新快速だけではなく、新大阪・おおさか東線経由の飛鳥エリアへの輸送力増強に充てれば、新たな観光客の流れを創出することも可能であろう。

但しあくまでも、奈良県・奈良市・吉野町の自助努力(観光客誘致プロモーション活動)がともなっての話ではあるが...。

さらに、紀勢線だけでは、消費しきれない「北陸線のおさがり雷鳥号」用の681系特急車両の用途拡大にもつながる。

現在進めているJR奈良線の複線化事業

JRでは、京都市内を中心に、旺盛な通勤需要に対処すべく、奈良を通らない奈良線?の複線化工事を進めている。

但し、後述するように、奈良線沿線も、宅地開発がほぼ行き渡っており、今後は少子高齢化の影響を受けるのは必至である。

現在は京奈間の鉄道需要をほぼ一手に収めている近鉄にしても事情は同じで、今後の観光開発の切り札として、京都線・橿原線(標準軌)と吉野線(狭軌)の直通を目指し、「フリーゲージトレイン開発」を掲げたわけである。

「南朝観光ライン」の夢

一方JR側としては複線化の進む、奈良線、万葉まほろば線(桜井線)、和歌山線、そして近鉄吉野線がつながれば、京都から吉野に至る「南朝観光ライン」が誕生するわけで、イベント列車、などの「リゾート特急」運行が可能になるわけである。

リゾート特急なら速達性はあまり問題ではなくなるので、線路容量に余裕のある、土日祝祭日の昼間運行が可能となり、新たなる「現金収入」の途と、中古特急車両の使いまわしが利くようになるわけである。

近鉄のメリットと狙い

近鉄にとっては長年の悲願「新大阪&北梅田駅(大阪駅)」乗り入れが実現するわけで、これ以上のメリットは無いだろう!

JR・近鉄お互いの住みわけも従来通り保たれる

乗り入れ案の路線図をご覧いただければお判りの通り、JRは大阪、新大阪、王寺、JR高田、各駅の乗客は従来通り確保でき、近鉄も、古市、高田市、橿原神宮前での乗り換えなどは従来通りの形で継続できる。

しかも昼間の「観光客利用促進」が目的なので、朝夕の「通勤ライナー」時間帯は従来通り通勤客目当ての「阿部野橋行の有料特急」を走らせればいい訳で、通勤客からも異論は出ないはず。

2社ともに抱えた沿線住人の少子高齢化問題

別項をご覧いただければ一目瞭然だが、少子高齢化で、沿線通勤通学利用客が減少し、通勤時間帯ですら減便、(近鉄)直通通勤快速の廃止(JR)、ワンマン化(両社)等の処置がとられている状況である。

追い打ちをかける、郊外型店舗の増加

更に追い打ちをかけるがのごとく、郊外型の、ショッピングモールや量販店が増え、「態々おめかししてまで都心部のターミナル」迄出向く必要性が低くなってきたことも上げられる。

特に奈良県は、ふんだんに農地があり?土地が安い?ので、数千代規模の駐車設備を備えた「量販店」が街道筋に繁茂している。

勿論大営店規制で、主要駅周辺にも店舗は展開されているが、完備された無料駐車設備と、山間部の多い奈良県では、主要各駅までのアクセスは結局「マイカー主体」となり、態々そこから、電車に乗ってまで大阪には出かけない訳である。

近鉄が京都ー吉野を直結出来無い訳

橿原神宮前駅周辺の線形をごらにただけばお気づきの通り、建設当初は橿原線も狭軌で桜井方面まで伸びて、吉野杉の搬送に利用されていた事もあった。

現在橿原神宮造営の影響でより直線に近い状況となったこの部分ではあるが、残念ながら吉野線とは繋がっていない。(というより繋げられない!)

理由は橿原線が標準軌で建設された為に乗り入れが出来ない訳である。

フリーゲージトレイン開発は単なる当て馬?の交渉材料!

そこで本年発表の通り、近鉄と台車メーカーの新日鉄住金が共同で、国に代わり?フリーゲージトレインの開発を続行することになった訳で、JRのみならず・首都圏の鉄道各社からも熱いまなざしで見つめられているわけだが...。

現状・下駄(台車)?以外の車両本体の、標準軌・狭軌路線両対応は完了しており、前途した「橿原神宮前」にある「履き替え庫」で台車だけを履き替えた、阪神電車乗り入れ用に新造した、ダブルパンタ、ダブル接続BOXの新型シリーズ21が時折南大阪線を「快走」していることは「鉄っちゃん」なら周知の事実でもあるし、「はかるくん」も全線対応で運用されている事も周知の事実である。

但し業界では常識の"フレコロ"問題が

フレコロとは「フリクッションコロージョン」と呼ばれる微細クラックのことで、通常「焼きばめ」された車輪と車軸の嵌合部に車輪フランジ端部から10数ミリの位置に入る、クラックのことである。

通常フランジに隠れて表面からは「目視検査」できないために、車軸端部から「超音波探傷試験」(小生の専門分野)を実施しフレコロの発生を検知している。

現状のフリーゲージシステムでは、この部分が「摺動面」に当たり「フレコロ」発生確率は固定車軸台車に対して数倍以上跳ね上がるわけである!

現在実用化されている、本家スペインのタルゴは、無動力の「客車」であり、荷重が低くしかもベアリング内臓車輪の左右独立方式である為に「フレコロ」問題からは逃れているわけである。

低速運行の在来線と言えども今後「ボールスプライン」伸縮軸方式などの別方式の道を探らない限りは「動力車(電車列車)」への適用は難しいであろう!

つまりは交渉ネタ

当の御本尊「近鉄」は百も承知のはずで、JRとの相互乗り入れ交渉の「-交渉材料」であろうと推察している。

近鉄の狙い?

前途「おおさか東線」の説明の通り、おおさか東線は近鉄関連路線とは比較的連絡が良い所に駅が設置されており、近鉄としては、南大阪線特急だけではなく、大阪線特急の一部、奈良線特急の一部とも連絡協調ダイアを組みたいはずで、乗り入れるなら出来ればJR俊徳道、JR河内永和、高井田中央;地下鉄中央線(近鉄けいはんな線直通)各駅でも一部列車の乗客扱いは行いたいであろう。

この辺が駆け引きの材料になるわけである。

問題も

一番大きな問題は、大阪外環状鉄道㈱に近鉄グループが出資していない事実である!

出資者の一つでもあるJR西日本は、事業収益改善のためにもろ手を挙げて?喜んで迎え入れるかもしれないが、大阪市、東大阪市などの自治体組がどう出るか?

まあ大阪駅延伸がらみで総事業費も膨らんでいるので、新たに近鉄ホールディングス傘下の企業が出資(増資)に加われば大阪市以外は反対には回らないであろう。

ハード面での問題

その他相互乗り入れ実施面では運用面で解決しなければならない問題も数多くあるのはある。

貨物車両の相互融通の頃とは違い、軌間と電化方式(直流1500V電化)が同じというだけではそう簡単に相互乗り入れは実施できないご時世でもある。

ざっと見まわしただけでも...

車両限界と建築限界の微妙な違い

近鉄は国内で最初に20m級の鋼製電車を走らせた会社ではあるが、実際には19.Xmと幹線を走っている新型JR通勤型車両より、全長、全幅ともに小柄であり、したがって建築限界も近鉄とJRでは異なる!

安全装備面ATCの違い

近鉄はJR西日本に比べて早くから、ATCを導入しており全線の設備完了も他社より早かった、しかしJRは設備が遅れた代わりに、ATC-Pなど最新の設備を導入しており、近鉄とは方式が異なる。

近鉄には10年間の間に培った他方式安全設備路線への乗り入れ実績がある!

一方2009年の阪神なんば線開業時に既設車両の魔改造?で「阪神方式ATC」装備車両を配備・及び新造した経験があり、他社方式ATCの搭載実績・運行実績・メンテナンス実績は豊富に積んでいる!

※前途したように、乗り入れ対策済みの車両が「下駄を履き替えた」だけで、京阪神地区の近鉄全線・阪神線内を駆け回っている!

新興住宅地の開発飽和状態と少子高齢化の影響による利用客の減少

近鉄沿線

南大阪線・ながの線・吉野線の途中主要駅の乗降客推移と所在地自治体の人口変動

松原市/近鉄南大阪線

1985年の136,455人をピークに年々人口減少2015現在120,750人


河内松原駅の乗降客推移

1993年(平成5年)7月24日 - 橋上駅舎化。
1994年(平成6年)の1日平均乗車人員20,242人をピークに年々減少2004年には1.6万人を割り、2013年に1.6万人台回復

藤井寺市/近鉄南大阪線

1995年の66,988人をピークに年々人口減少2015現在65,438人台

藤井寺駅

1974年(昭和49年)11月28日 - 橋上駅舎化(南北に通り抜け可能となる)。
1992年 26,202人をピークに減少
2011年 2万人を割り2015現在1.8万人台を推移

羽曳野市/近鉄南大阪線


2000年の119,246人をピークにに年々減少2015現在112,683人

古市駅


1969年(昭和44年)10月橋上駅舎化する
2003年の11815人を??「イー国現象現在1万人台を推移

富田林市/近鉄長野線 

2000年の126,558人をピークにに年々減少2015現在113,984人

富田林駅

1987年(昭和62年)10月25日 - 当駅から喜志駅まで複線化
2005年11月8日:16,714人をピークに年々減少

2015年現在13,768人まで減少

奈良県大和高田市/近鉄長野線


1995年の73,806人をピークに年々減少2015年現在64,817人

近鉄高田市駅/近鉄南大阪線

2005年11月8日:9,778人をピークに年々減少2015年現在7,696人/1日乗降人員。


奈良県橿原市/近鉄長野線

2010年の125,605人 をピークにに年々減少傾向。

橿原神宮駅

2001年の年間利用客4,792,668人をピークに年々減少

JR大和路線・和歌山線・奈良線沿線

王寺町/大和路線

1995年の人口24,574人をピークに年々減少傾向にあり2015年現在 23,025人まで減少

三郷町/大和路線

1995年の人口24,161人をピークに2005年に23,062人迄落ち込んだが近年回復傾向にあり2015年現在 23,571人まで回復した!

王寺駅/JR大和路線

1997年  32,746/1日平均乗車人員をピークに年々減少2016年現在24,369人まで減少。

高田駅/JR和歌山線

2001年の1日平均乗車人員2,943人をピークに年々減少2016年現在2,300人。

奈良市/大和路線

2000年の374,944人をピークにに年々減少2015年現在360,310人まで減少しているが観光客は増加傾向にある。

奈良駅/大和路線

1998年の 20,434人/1日平均乗車人員をピークに一次減少したが2011年の17,250人をボトムに回復傾向にあり2016年現在18,152人まで回復した!

参考データ近鉄奈良駅

1995年の 49,347人/1日平均乗車人員をピークに一次減少したが2014年の30,984人をボトムに回復傾向にあり2016年現在33,216人まで回復した!

城陽市/奈良線

1995年の85,398人をピークにに年々減少2015年現在76,869人まで減少。

奈良線・城陽駅

※みやこ路快速、快速、区間快速、普通全列車が停車京都方面への利便が向上している。for京都32分/360円

2000年の2,444人/一日平均乗車人員をボトムに年々増加傾向にあり2016年現在3,542人に増加!

参考データ近鉄京都線寺田駅

※通常は毎時5本 - 最大7本発着の普通列車と朝・夕方のみ準急停車。for京都24分/350円

2012年の8,514人/一日平均乗車人員をボトムに年々回復傾向にあり2016年現在10,787人に増加!

参照覧

関東にみるJR(旧国鉄の)私鉄(民鉄)への優等車両乗り入れの歴史

富士急

1934年(昭和9年)7月1日:東京 - 富士急・富士吉田間に臨時列車「高嶺」直通運転開始。

1962年(昭和37年)4月14日:新宿 - 河口湖間に急行「かわぐち」運転開始。

1986年(昭和61年)11月1日:急行「かわぐち」廃止。

2007年(平成19年)3月18日:大宮・新宿 - 河口湖間の臨時快速「ホリデー快速河口湖号」の停車駅見直しが行われ、田野倉・禾生・谷村町・東桂・下吉田の各駅が通過となる。

2013年(平成25年)
3月16日:「富士登山電車」の停車駅を変更し、都留市駅と都留文科大学前駅を通過とする。
7月6日:臨時快速「ホリデー快速河口湖号」を「ホリデー快速富士山号」に改称。

2014年(平成26年)7月26日:成田空港 - 河口湖間で特急「成田エクスプレス」の直通運転開始。

小田急

1955年10月1日 松田 - 新松田間連絡線開通により、国鉄御殿場線直通準急列車「銀嶺(ぎんれい)」・「芙蓉(ふよう)」の運行を開始。

1968年7月1日 国鉄御殿場線の電化に伴い、気動車の運行を廃止し、ロマンスカー3000形「SE」短縮改造車による乗り入れ開始。

1985年3月14日:急行「ごてんば」廃止。

1991年3月16日:小田急電鉄からの乗り入れ急行「あさぎり」を特急へ変更、運転区間を新宿 - 沼津間に拡大してJR東海との相互乗り入れ開始(松田駅で乗務員を交代)

2012年(平成24年)3月17日:特急「あさぎり」(現ふじさん)の運行区間が特急化前と同様の新宿 - 御殿場間に戻り、371系・20000形「RSE」による相互乗り入れから60000形「MSE」による片乗り入れとなる。

伊豆急

1933年5月:三島駅(現在の下土狩駅)から分岐する駿豆鉄道線(現在の伊豆箱根鉄道駿豆線)の修善寺駅まで、週末に東京方面から普通列車に併結されて来た鉄道省の客車が乗入れるようになる。戦時体制の強化により、のちにいったん消滅。

1938年12月:伊東線の熱海駅 - 伊東駅間が全通し、東京駅 - 熱海駅間を運行していた毎日運転の準急列車1往復が同駅まで延長運転され、東京駅 - 伊東駅間を2時間22分で結ぶ。

1961年12月:伊豆急行線の開業により、「伊豆」のうち1往復と「おくいず」が伊豆急下田駅まで乗り入れるようになる。

1990年4月28日:新宿駅・池袋駅・東京駅 - 伊豆急下田駅間に、展望席などを設けた251系電車を使用して、リゾート特急「スーパービュー踊り子」3往復を運転開始。新宿・池袋発の「踊り子」は、同列車に変更。

2006年5月:下田開港150年に際し、黒船をイメージして黒をベースに赤と白帯を配した塗色の「黒船電車」に模様替えした2100系「リゾート21EX」使用の「リゾート踊り子」81・82号を休日に運行。

2017年2月4日:伊豆を代表する特産品である金目鯛をPRする地域プロモーション電車として、リゾート21(3次車)の車体カラーを鉄道車両では珍しい赤を主体としたシルバーグレーのグラデーションを施した塗装へと変更して運行を再開、同車に「Izukyu KINME Train」という愛称が付けられた。
7月21日:横浜駅 - 伊豆急下田駅間で観光列車「THE ROYAL EXPRESS」運行開始

東武鉄道と旧国鉄貨物連絡と相互車両乗り入れの歴史

1984年まで多くの貨物列車がほぼ全線に渡って運行され、貨物駅も起点側都内の業平橋(現・とうきょうスカイツリー)・千住(現在の牛田 - 北千住間にあった千住分岐点からの分岐先に所在)を始め各地に存在し、北千住・久喜・伊勢崎駅などで貨物の連絡運輸が行われていた。

その後は大幅に縮小しながらも大手私鉄では最後まで貨物列車が運行されていたが、末期の貨物列車運行区間であった伊勢崎線北部、佐野線でも、2003年9月30日限りで貨物営業が廃止された。

2006年3月18日:日光線と東日本旅客鉄道(JR東日本)宇都宮線(東北本線)と相互直通運転する特急「日光」・「きぬがわ」・「スペーシアきぬがわ」を新設。

乗り入れ区間詳細

新宿ー栗橋 54.3㎞/JR 
栗橋ー東武日光80.6km/東武
栗橋ー鬼怒川温泉 85.9km /東武

参照近鉄道明寺線略年表


※は現JR大和路線・和歌山線

※1889年(明治22年)5月14日 初代・大阪鉄道・湊町(現JR難波) - 柏原間開業

※1890年(明治23年)9月11日:初代・大阪鉄道柏原駅 - 亀瀬仮停車場間(3M58C≒5.99km)が延伸開業。亀瀬仮停車場が開業。
同年12月27日:初代・大阪鉄道・奈良駅 - 王寺間(9M44C≒15.37km)が開業。奈良駅・郡山駅・法隆寺駅・王寺駅が開業。

※1891年(明治24年)3月1日:初代・大阪鉄道 により、王寺駅 - 高田駅間(7M9C≒11.45 km)が開業。

※1892年(明治25年)2月2日:亀瀬仮停車場 - 稲葉山仮停車場間(64C≒1.29km)が延伸開業し、湊町駅 - 奈良駅間が全通。

※1896年(明治29年)5月10日:南和鉄道により、高田駅 - 葛駅間(8M27C≒13.42 km)が開業。新庄駅(現・大和新庄駅)・御所駅・掖上駅・葛駅(現・吉野口駅)が開業

1898年(明治31年)3月24日:河陽鉄道が柏原駅 - 道明寺駅間を開業し同年富田林駅まで至る全線9.8km開通。(現在の近鉄道明寺線全線と、南大阪線・長野線の一部区間に相当)。

1899年5月11日:翌年過剰投資で経営難に陥った河陽鉄道の路線を河南鉄道が継承。

1900年(明治33年)6月6日 初代大阪鉄道解散関西鉄道に事業譲渡

1902年12月 富田林駅 - 長野駅(現・河内長野駅)間を開業し長野線が全通。

1912年(大正元年)10月25日:吉野軽便鉄道が吉野口駅 - 吉野駅(現在の六田駅)間(軌間1067mm)。

1919年(大正8年)3月8日:河南鉄道が2代目大阪鉄道に社名変更。
1923年4月 道明寺駅 - 大阪天王寺駅間の新線を全通させ、実質的に大阪市内乗り入れを達成し初代大阪鉄道の支線から大都市に直結する郊外電気鉄道路線に脱皮した。全線複線で開業し、日本国内初となる直流1500V方式で電化されていた。

同年3月21日:平端駅 -旧・ 橿原神宮前駅間が開業。八木駅(現在の八木西口駅) - 橿原神宮前駅間は複線標準軌1430㎜で開業。

同年12月5日:吉野鉄道・(旧)橿原神宮前駅 - 吉野口駅間が延伸開業。

1924年6月1日:道明寺線全区間も電化完成。大和橋駅を柏原南口駅に改名の上、(大和川対岸の)現所在地に移転。(旧駅は現藤井寺市内の現給食センターの辺りにあった。)
1929年3月 古市駅 - 久米寺駅(現・橿原神宮前駅間)を開通、現在の南大阪線に該当する区間が全通し、既に開通していた吉野鉄道(現在の近鉄吉野線に相当)とあわせて大阪阿部野橋駅 - 吉野駅間の直通運転を開始

1930年(昭和5年)12月9日:南和電気鉄道が尺土駅 - 南和御所町駅(現在の近鉄御所駅)間を開業

御所で当時の国鉄和歌山線と尺度で大阪鉄道と貨物連絡開始。

1937年11月 - 阿部野橋ターミナルビル開業。
1943年2月1日:関西急行鉄道(現近鉄)が大阪鉄道を合併
1944年6月1日:関西急行鉄道が社名変更し近畿日本鉄道が誕生。
※1944年(昭和19年)11月1日:奈良駅 - 王寺駅間が資材供出のため単線化
1956年(昭和31年)2月にターミナルビルを南側に増床する工事を着工。翌1957年4月に竣工、同年12月に北側部分と外装を統一した上で、全館オープン(この時点で本館西側(旧館)部分が完成)。
※1961年(昭和36年)2月1日:法隆寺駅 - 王寺駅間が再複線化。
3月6日:郡山駅 - 法隆寺駅間が再複線化。
3月21日:奈良駅 - 郡山駅間が再複線化。湊町ー奈良間複線化完成、同時にキハ35形大量投入により大幅増便
※1973年(昭和48年)10月1日:奈良駅 - 湊町駅間が電化され、亀山駅 - 奈良駅間で蒸気機関車が全廃。
※1974年(昭和49年)7月20日:平日の快速も大阪環状線への直通運転開始
1976年(昭和51年)2月21日:南大阪線・針中野駅 - (大和川橋梁)間上り線立体交差化。
1984年(昭和59年)2月1日:関西線・和歌山線・桜井線全線の貨物営業廃止。
同年10月1日:五条駅 - 和歌山駅間が電化。
※1988年(昭和63年)3月13日:関西本線加茂駅 - 木津駅間電化。加茂駅 - 大阪環状線間の快速が大和路快速に変更。
1987年(昭和62年)12月6日:(あびこ筋東側) - 針中野駅間立体交差化。近鉄南大阪線大阪市内全区間連続立体交差事業完成。
1988年(昭和63年)11月11日 - 阿部野橋ターミナルビル新館(百貨店本館東側(現・ウイング館)部分)が開業。
※1989年(平成元年)3月11日:大阪環状線に直通する区間快速(環状線内各駅停車)が運転開始。大阪環状線との直通運転を夕方以降にも拡大。郡山駅・大和小泉駅停車の快速および和歌山線・桜井線直通の快速が区間快速に変更。4月10日:大和路快速で221系電車が運用開始。
1990年(平成2年)3月15日:道明寺線・昼間時毎時3本から4本に増便。
1990年(平成2年)3月15日:26000系(さくらライナー)の営業運転開始。吉野特急の30分間隔運転開始。昼間の区間急行を急行に格上げして毎時2本とし利便性を向上。
1992年(平成4年)阿部野橋駅133,421・日平均乗降客数を記録
※1993年(平成5年)天王寺駅乗車人員177,589を記録
※1994年(平成6年)9月4日:関西国際空港滑走路1本で開港、同日湊町駅がJR難波駅に改称。関西国際空港開港に伴い、JR難波駅 - 関西空港駅間で関空快速が運転開始

1999年(平成11年3月16日:道明寺線 ワンマン運転開始。
※1999年(平成11年)5月10日、JR難波駅 - 関西空港駅間をJR難波駅発着編成単独での運転になる。
2002年(平成14年)3月20日:古市駅 - 橿原神宮前駅間一部普通列車ワンマン化。
2005年11月8日:道明寺駅の乗降客数はこの年の7,623人柏原駅乗降客6,670人を ピークに道明寺線利用客は年々減少している。
同年;阿部野橋駅1日平均乗車人員10万人を割る
2006年(平成18年)3月21日:道明寺線昼間時毎時4本から3本に減便。逆にJR柏原駅利用客は、2005年以降も1万1千人を維持している。
2007年(平成19年)3月24日 - 柏原駅、橋上駅舎が完成し、使用を開始。エレベーター、エスカレーターの使用を開始
2007年8月2日 関空第2期工事第2滑走路4000m供用開始9月1日かラ24時間営業開始。

※2008年(平成20年)3月15日:おおさか東線の開業により奈良駅 - 尼崎駅間をおおさか東線・JR東西線経由で運転する直通快速が運転開始。
※2008年天王寺駅乗車14万人を割る 139,279
2008年3月23日:河陽鉄道(柏原駅 - 道明寺駅 - 古市駅 - 富田林駅間)開業110周年を記念して、大阪阿部野橋駅で記念イベントを開催。大阪阿部野橋駅 - 河内長野駅間の準急2往復に記念ヘッドマークを掲出する。
※2011年3月12日:ダイヤ改正により、加茂駅 - JR難波駅間の日中の運行形態が変更されるとともに、やまとじライナーが廃止

2012年(平成24年)3月20日:道明寺線 昼間時毎時3本から2本に減便。
同年以降関西国際空港需要回復
2014年(平成26年)3月7日 - あべのハルカスが展望台等を含め、グランドオープン。

公開:2018年10月16日
更新:2018年10月24日

投稿者:デジタヌ

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