タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

仙台市《 タウンヒストリア 》

仙台市とは

宮城県の中部に位置する東北地方最大の都市で同県の県庁所在地。

本州最北端の地下鉄が走っている町としても有名?

推計人口、1,083,148人/2018年4月1日

仙台-東京 1時間34分/11,400円/新幹線/351.8km

仙台市のこれまでの主立った出来事

天正まで、現在の仙台の地は「千代(せんだい)」と呼ばれていた。

慶長5年12月24日(1601年1月28日))伊達政宗が青葉山に仙臺城(仙台城)の縄張りを始め、城下町を開いて当地の名前を「仙臺(仙台)」と改称したことで、仙台の都市としての歴史が始まった。

表高62万石の仙台藩は、加賀藩(102.5万石)、薩摩藩(77万石)に次ぎ、尾張藩(約62万石)と並ぶ大藩であり、城下町としての仙台も発展した。

伊達政宗が来るまでは戦国大名、国分氏の居城があった。

北海道の開拓史に大きな功績を残した仙台藩

仙台藩は幕末に、幕府から蝦夷地警護の使命を託され、北海道のほぼ三分の一に当たる広大な領地と警衛地を任されていた。

明治元年(1868年)の戊辰戦争において、仙台藩は奥羽越列藩同盟の盟主となって旧幕府側勢力を支援した。

敗戦により石高を半分以下に減らされた際、伊達一門ら仙台藩各地の領主たちは、困窮した多数の家臣団を蝦夷地(北海道)へ集団移住させる決断を下した。

仙台藩は明治新政府と共同で札幌市を開拓したほか、単独で伊達市などを開拓した。

明治4年(1871年)の廃藩置県において、仙台藩が仙台県、角田県、登米県、胆沢県の4県に分割され、初代仙台県は現在の仙台都市圏とほぼ同程度まで縮小された。

仙その後何度か境界変更を繰り返し、現在の規模になった明治5年(1872年)に宮城県と改称し、同時に仙台区が置かれた。

当時の仙台区は、現在の中心部ほどの広さであった。また県の名前を旧大藩・県庁所在地由来の「仙台県」とせず、郡名由来の「宮城県」という県名に変更するように上申を出したのは初代県令(参事)の塩谷良翰であった。

1887年(明治20年)12月、日本鉄道の上野 - 塩竈間(現:JR東北本線)が開通し仙台駅開業。それ迄数日間を要していた仙台〜東京間が、半日程度に短縮された。
1889年 - 市制施行で、仙台区は仙台市となる。人口90,231人(全国8位)。
1897年 - 「白川の関から北側にはぺんぺん草すら生えない!」と当時の東北の困窮ぶりを表現した「河北新報」が創刊。
1900年 - 市内に電話開通。
1911年 - 東北帝国大学理科大学(現東北大学理学部)開学。
1920年 - 第一回国勢調査時、人口約12万人。

1923年(大正12年)、周辺町村との合併が初めて行われ、長町、原町、南小泉地区が編入された。これ以降も仙台市は、周辺市町村との合併を繰り返し現在の市域となった。

1926年(大正15年/昭和元年12月25日) - 仙台市電営業開始。

1945年7月10日、仙台空襲。
1971年 - 仙台港開港。
1973年 - 東北自動車道・仙台南IC開通。
1976年 - 仙台市電廃止。
1978年6月12日17時14分、宮城県沖地震発生(
1982年 - 東北新幹線開通(大宮駅 - 盛岡駅)。
1987年仙台市営地下鉄南北線開業。
1999年人口100万人突破。

2000年 - 仙台トンネルが開通。仙石線、あおば通駅まで延伸。
2007年 - 仙台空港アクセス線開業。

2010年 - 仙台都市圏環状自動車専用道路(ぐるっ都・仙台)開通。
2011年3月11日14時46分、東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生。

2015年 - 仙台市地下鉄東西線開業

 

公開:2016年11月 6日
更新:2019年1月10日

投稿者:デジタヌ

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