タヌキがゆく

【レビュー記事】都市計画2017  領民と領主の感覚のずれ。 

シリーズ 都市計画ってなんだろう?

『まちづくり3法』の『都市計画法』の概要を見てふとそんな事を思った。

第2回 領民と領主の感覚のずれ。

1)日本における都市計画とは、土地利用計画の歴史である。

現行施行されている、『まちづくり3法』の全ての根幹をなす法律がです。
『都市計画法』でありながら、この法律はゾーニング(土地の利用規制)を領民(市民)に押しつける為の法律です。

領主が年貢取り立てのために検地した後の検地図つまり『縄張り図』の縄張り範囲を書き記した『高札』のような物です。

つまりは、行政、お役人が自分たちの都合の良いように、縄張りを決めてしまい『公示』するための、もっともらしい言い訳を書きつづった『御法度』集です。

この思想は古来より、『所領を治め,民を治めるため』為政者である領主が行ってきた治世の思想・哲学そのものです。

つまり、コミュニティーの中から自然発生的に生まれた、暮らしを守るための合意事項ではないと言うことです

時の支配者たちの縄張り争い(領土=支配領域争い)に都合の良いように、
兵糧確保のための農地や領民の居住地を定め、おふれを出す、あのやり方そのものです。

そこには、生活物資の輸送・商工業活性化のための『ライフライン=交通アクセス重視』という考えは全くありません。

兵糧(年貢米)は民が支配者の根城(拠点)に運んで来れればよいのであって、
外敵の侵入・侵攻を容易ならざらしめる意味でも、領土内の道の整備は手をつけない方が得策なのです。

しいてあげれば、領土拡張の為の出兵・兵站確保の為の適当な輸送容量さえ確保出来てよい訳です。

この考えは、戦国時代が終わり、近世以降の江戸時代に行ってからも変らず、むしろ交易は規制され、せいぜい年貢絡みの中央幕府への大量物資輸送に海運業を利用したにすぎません。

大和朝廷が国を治めていたころのごく短い期間には、全国にお達し網として、早馬が走れる古代の高速道路網が整備されていた時期もありました。

しかし朝廷政治が崩壊し、地方の野武士集団が群雄割拠する戦国時代が訪れると、道路は必要なくなり農耕地に侵食されたり山野に戻ってしまいました。

織田信長の時代、彼が治領としていた範囲に限って周辺諸国への侵攻と兵站確保のために街道を整備した時代もありますが、あくまでも領土拡張政策の一貫で有り商工業殖産のためではありませんでした。


その後の豊臣政権も徳川政権も明治新政府が成立するまで、

都市計画はまず『縄張り』から始まったのです。

武家屋敷のある城周辺、町人の住む城下の下町、農民を貼り付けておくための、周辺の農耕地と村村。

明治政府の富国強兵・殖産工業政策で各地を結ぶ鉄道網が建設されて行きました。

例えば、開国当時の輸出産業の花型・絹糸を集積地の八王子から輸出港である横浜に運ぶ為の日本のシルクロード『浜街道』は、明治新政府の殖産工業政策により『現横浜線』が敷設されると、荷だしの為のアクセス道路・浜街道は忘れ去られました。

近世、に成ってもやはり交通アクセスの主要目的は富国強兵のための殖産工業政策重視の政治路線であったわけです。

この時代はまだ輸出産業と塩以外の商工業製品・生活物資は、域内の自給自足が原則と言うかこと足りていた事と貧弱な輸送手段(大八車)の為、生活圏内の生活物資輸送(ライフライン)のための道路整備という発想が生まれなかったのでしょう。

ましてや地域間を結ぶ

幹線道路『街道』=地域交易の物資輸送ライン

と言う発想はなく、年貢米などの上納物資等の大量貨物は水運・海運が主役でした。
つまり街道は大名行列やお伊勢詣でに代表されるように、人が通行(歩行出来れば)よかったのです。

このライフライン軽視(無視)の都市計画、言い換えればトランスポーター・コミューターの進化軽視の思想が、統治者の意識として延々と現代まで続いているのでしょう。

『まちづくり3法』の『都市計画法』は、このような統治者側の心理が働いて、今の時代(この期に及んで)になっても、

(物流)アクセス=交通網(道路)整備を計画し、交通網をベースにした地割り(縄張り)が生まれる』と言う思想には成らなかったのでしょう。

もうすこし説明を付け加えるなら。

『最初に生活圏(コミュニティー)に配置された基幹公共交通(鉄道)の現状の駅を住人移動アクセスの『ハブ(交通結節点)』として位置付け、広域幹線道路と結びつける一方、そこから地域内移動のバス路線やコミュニティーバス、コミューターの通行が容易なように地域内アクセス道路(都市計画道路)の整備計画

を立てた後、広域道路(国道・府道・県道)との『ハブ』を念頭に置いて、周囲の自治体との関連も考慮したうえで、はじめて実情(住人の生活)に応じた地割り作業に入れるのでは無いでしょうか。

(自治体=コミュニティー)から選ばれた、住人の代表であるはずが、群雄割拠戦国時代の軍団の頭領=支配者=統治者=為政者、てきな考えになってしまうのでしょうか。

結果、為政者にとって、統治(管理)し易いような地割り(縄張り)案(都市計画案)になってしまい、合理性も、実行性すら感じさせない絵に描いた餅的『後付けの道路整備計画』に成ってしまい、たとえ実行(建設工事)にこぎ着けても、現状追認『その場しのぎ的』な道路行政になるのでしょう。

未成線 は鉄道路線に対する用語ですが、全国各地にある、中途半端な部分開通道路も未成線と呼べるのでは無いでしょうか。



公開:2017年7月14日
更新:2017年9月17日

投稿者:デジタヌ

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