タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

名鉄 名古屋駅 列車集中・混雑解消!の迷案?...小牧線・瀬戸線の結合案とは...

名鉄名古屋本線「名古屋駅のカオス?」を救う(鉄)路は、駅の大改造より列車本数の削減を図る方がよいのでは?

現在名鉄最大のハブ・ステーションとして・迷列車シリーズでもお馴染みの名鉄名古屋駅だが、名古屋市の交通網の発達史から考えて、現在のように、名古屋本線・犬山線・常滑線の全ての列車を集めて"流す"必要は無いのでは?

名鉄名古屋本線名古屋駅のカオス?を救う道は本数削減!?

ドル箱ミュースカイは別格として、豊橋⇔岐阜間を乗り通す人は限られている!?

つまり、後述する歴史的背景を考慮に入れれば、東西直通運転が悲願であった当時とは人の流れが大幅に変化している!

中心部・中区の伏見・栄はますます栄?

JR中央線沿線から通勤する人たちは「大曽根」「千種」、JR東海道線沿線三河エリアからの通勤者は「金山」で、美濃から通勤する人たちは「名古屋」と選択技が増えている!

某大阪の私鉄のように(※1)ターミナル名古屋駅ばかりに気を取られて「無駄な投資」をするより、「公共交通事業者」は本来の事業目的滞りの無い「公共輸送」を忘れてはならないのではないだろうか?

※1)当サイト関連記事 大都市内への乗り入れは川の様に支流・分流(支線)を設けた方が有利!

名鉄名古屋・乗り換えに拘らなくても

名鉄線だけを取ってみても旧・愛知電気鉄道系の旧東部線は「金山」で、旧・名古屋電気鉄道・旧美濃電系の旧・西部線は「上小田井」から市街中心部へ通勤できる!

名古屋⇔金山総合駅間の名鉄の列車本数

現在名古屋⇔金山総合駅間に運行されている列車は

通勤時間帯8時台で上下共に29本!(1~3分間隔)

昼間ですら18本~21本

このうち豊橋方面12本が、ミュースカイ、快速特急特急などの優良(有料)席を持つライナー列車。

つまり殆ど通勤列車であるが、はっきり言って名古屋駅を通過しなくても運用上問題のある列車もかなりの本数含まれているハズ!

また、各乗り換え、or直通区間では、地下鉄鶴舞線上小田井⇔八事間では 列車本数的には通勤時間帯でも15本4分から5分間隔で有りホームも8両連結に対応している現行6両編成、乗車率だけ見れば1990年の4両編成当時で最高232%を記録したが現状は116%とかなり余裕がある!

つまり、旧美濃電がわの犬山線については、2001年10月以降の迷鉄ダイヤ改正で、急行停車と引き換えに乗り入れ便が減便になったが?...それは違うでしょう!

唯一中心部"栄町"に乗り入れている瀬戸線では

栄町駅で以日乗車客数が20,203人と他線に比べかなり寂しいが?

大曽根駅で乗客を横取りされていた?1978年以前とは異なり栄町乗り入れ後は2000年問題(団塊の世代一斉退職)を乗り切ってからは順調に回復し2017年で2000人台利用客で4万人前後と順調に回復している。

4両編成の電車で通勤時間帯上下8本運行!

1971年2月以来梯子を外され?2003年にやっと地下鉄環状線と結節できた小牧線では

1971年2月1日の市電御成通線 廃止以来孤立路線となり、低迷していた小牧線も、2003年3月27日に上飯田駅 ⇔味鋺駅間が地下化。名古屋市営地下鉄上飯田線(上飯田⇔平安駅)と相互乗り入れ開始で平安駅で地下鉄名城線(環状線)と結節して以来は順調に利用客が伸び地下鉄開業前は2万2千人台まで落ち込んでいた1日平均利用客数が2008年に4万人台に回復しその後も4万人前後で推移している!

4両編成の電車で通勤時間帯上下8本運行!

路線拡充の投資価値あり!

路線バスなどの競合もあるが、電車の持つ(定時発着の)定時性があり、発展を続けている名古屋都市圏における沿線利用客・旅客需要の伸びは期待できる線区でもあり!つまり両線は其々違う理由ではあるが線路容量に余裕があり、利点をうまく引き出せば、お偉い先生方がおっしゃるほどに「価値が無い路線」ではない!

そこでいつもの新線案?

名古屋市は、後追い交通政策で、地下鉄延伸に関する新規計画は考えていない!とおっしゃっているが...。

大阪メトロのようにバカげた血税投棄?の路線計画(※2)ではなく、十分需要が見込め、かつ沿線各都市住人からも要望が多い地下鉄上飯田線の延長はぜひ共再考いただきたい案件だと考えられる!

平安通⇔瀬戸線尼ヶ坂約1.6㎞

名鉄線まで地下、名鉄線高架接続スロープ部分掘割&高架橋

総工費約700億円

名鉄・名古屋市・上飯田連絡線株式会社の3者でスキームを話し合い、ぜひとも実現させていただきたいと願っている!

※参2)、当サイト内関連記事 大阪市民 の皆さん「 地下鉄今里筋線 」...なんて路線が走っているのをご存じですか? はこちら。

リニモで化けた長久手市(旧長久手町)の例も

2027年リニア中央新幹線が開業すると、品川(東京)⇔名古屋40分!とますます便利になる名古屋都市圏は少子高齢化で都市機能が衰退するどころか、今後ますます発展し「東京」に次ぐ第2の主要都市に発展し、製造拠点だけではなく「本社」機能の移転すらも見込める有望エリアである!

現在東京に次いで、ハブステーション(公共交通結節点)と市内縦貫・横断線が整備されてきている名古屋市だが、今のうちに鉄壁のインフラ整備で魅力ある未来都市を目指し「企業誘致」(職場誘致)に更なる努力をすべきではないだろうか?

名古屋市・愛知県・中京都市圏の交通インフラをJR東海と分かち合っている?名鉄とは...

美濃・尾張・三河連合軍(旧美濃電・旧名古屋電気鉄道・旧愛知電気鉄道)東軍の攻防!

※同社の合併統合の歴史詳細についてのフローチャートはこちらwikipediaで。

岐阜を中心に都市圏鉄道網を構築していた旧・美濃電系列と、1898年に部分開業し1908年には 神宮前から北進し名古屋市の中心部栄町まで開通させ市内電車網を広げて1910年には枇杷島線として国内初の郊外専用軌道線による市内電車の郊外線乗り入れ開業し押切町を起点として郊外路線を構築して1921年に旧名古屋鉄道に郊外線を移譲し、市内線は名古屋市電に明け渡し翌年解散した旧名古屋電気鉄道の路線網に岐阜を拠点に路線拡張を行っていた旧美濃電系列が合流し名岐鉄道となり、戦前のに神宮前を拠点(ターミナル)として三河エリアに鉄道網を構築していた旧愛知電鉄系列が合流し1935年8月1日に新・名古屋鉄道が誕生し、戦時中の1944年に東部線と西線が金山で繋がり敗戦後の1948年5月になって名岐系の西線が1500vに昇圧して東西直通運転が開始されて名古屋鉄道は名実ともに名古屋を代表する私鉄となった。

三重・大阪資本"西軍"の侵攻

この間三重県系資本で1889年12月に滋賀県下で草津 ⇔三雲間を部分開業し1895年11月に弥富 ⇔桑名間延伸開業により草津 ⇔名古屋間を全通させ、その後 難波鉄道を合併し1898年11月名古屋 ⇔ 網島(大阪)間全通、同経路で急行列車の運行開始して1900年

6月には初代大阪鉄道を合併し、大阪・湊町(現JR難波)⇔名古屋間で急行運転を開始した開業関西(かんせい)鉄道は1907年10月1日鉄道国有法により国有化され関西線となっている。

1915年9月に三重県の白子駅 ⇔身田町駅(現・高田本山駅)間を狭軌で部分開業した伊勢鉄道が元となり1938年6月に 大阪系の関西急行電鉄(現近鉄)が関急名古屋駅(現・近鉄名古屋駅)⇔桑名駅間を開業して長良・揖斐両河川で隔てられていた名古屋城下に、旧三重資本のよしみで関西本線長良川・木曽川の旧橋梁を譲り受け(払下げ)侵攻?出来たが、すでに1935年8月現・名古屋鉄道が発足しており名古屋城下?は旧国鉄と愛知県・岐阜県資本の名鉄でしっかり守られていた!...

名古屋都市圏交通網・攻防の系譜

1886年3月1日:武豊駅⇔ 熱田駅間(20M49C38L≒33.18 km)の東海道線が開業。(武豊駅・*半田駅・*亀崎駅・緒川駅(初代)・大高駅・熱田駅が開業。
同年4月1日:熱田駅 - 清洲駅間(8M54C80L≒13.98 km)が延伸開業。清洲駅(初代、現在の枇杷島駅)が開業。
同年5月1日:清洲駅 - 一ノ宮駅間(6M2C50L≒9.71 km)が延伸開業。名護屋駅(現在の名古屋駅)・一ノ宮駅(現・尾張一宮駅)が開業。
同年6月1日:一ノ宮駅 - 木曽川駅間(3M43C20L≒5.70 km)が延伸開業。木曽川駅が開業

1887年1月21日:大垣駅 ⇔加納駅(旧・岐阜駅)間(8M72C84L≒14.34 km)が延伸開業。加納駅(旧岐阜駅)が開業。
同年4月25日:木曽川駅 - 加納駅間(4M44C78L≒7.34 km)が延伸開業し、武豊駅 ⇔長浜駅間が全通。名護屋駅を名古屋駅に改称.。

同年5月1日東海道線・清洲駅 ⇔ 一ノ宮駅間(6M2C50L≒9.71 km)が延伸開業。名護屋駅(現在のJR名古屋駅)開業

1888年9月1日:東海道線 浜松駅⇔大府駅間(55M44C4L≒89.40 km)が延伸開業。愛知県内に豊橋駅・御油駅(現在の愛知御津駅)・蒲郡駅・岡崎駅・刈谷駅が開業。

1889年7月1日 東海道線 新橋駅 - 神戸駅間が全通

1895年5月24日三重系資本による関西鉄道 名古屋駅 ⇔前ヶ須駅間(10M21C≒16.52km)開業
同年11月7日 弥富駅⇔ 桑名駅間(4M53C≒7.50km)が延伸開業し、名古屋駅 ⇔東海道線・草津駅(滋賀県)間開通

1898年5月6日 旧・名古屋電気鉄道 栄町線 笹島(後の名古屋駅前) ⇔県庁前(後の久屋町)間 (2.2km) 日本で2番目の路面電車開業。

同年11月18日 関西鉄道 加茂駅(大阪府)⇔新木津駅間(京都府)が延伸開業し、網島方面への路線(のちの片町線)に接続。名古屋駅 ⇔ 網島駅間が全通し、直通列車が運転開始。官設東海道線と激しい競争を開始!

1900年7月25日 旧国鉄・中央線 名古屋⇔多治見開業 千草駅開業。

1900年6月6日:大阪鉄道が関西鉄道に路線を譲渡。
同年9月1日関西鉄道が名古屋駅⇔大仏駅 ⇔湊町駅間に変更

1901年2月19日 旧・名古屋電気鉄道 押切線 柳橋 - 押切町間 (2.3km) が開業。
1903年1月31日旧・名古屋電気鉄道栄町線 久屋町 - 千種(後の西裏)間 (1.8km) が開業。

1905年4月2日 - 瀬戸自動鉄道により現・名鉄瀬戸線 矢田⇔瀬戸(現・尾張瀬戸)間が開業。

1906年3月1日 - 瀬戸自動鉄道 現名鉄瀬戸線大曽根駅開業

※つまりJR大曽根駅より開業は早かった!

1907年10月1日:関西鉄道が国有化

1908年5月3日 旧・名古屋電気鉄道熱田線 栄町⇔ 熱田駅前間 (4.6km) が開業。

1910年5月6日 名古屋電気鉄道枇杷島線として押切町⇔ 枇杷島間全線専用軌道で開業。日本初のチューリッヒ方式トラムカー郊外線乗り入れ(※2)。

※つまりこの時点では1887年の東海道線名古屋⇔岐阜(加納駅)⇔大垣間開業以来名・岐間の旅客輸送は官設東海道線の独占で有った!

1911年2月11日 美濃電気軌道(※3)が(旧東海道線岐阜駅)駅前⇔今小町間(後の長良川線)と、美濃町線・神田町(後の岐阜柳ヶ瀬)⇔上有知(後の美濃町)間をチューリッヒ方式トラムカー郊外線乗り入れで開業。

1911年4月9日 - 中央西線大曽根駅開業

1921年7月1日 に名古屋電気鉄道が郊外5路線 54.9kmを旧・名古屋鉄道に譲渡し、市内線は名古屋市交通局に明け渡して解散した。

1922年9月27日名古屋電気鉄道解散!

しかし旧名古屋鉄道は1941年の名古屋新線開通まで、犬山線系統の大型「路面電車!」を名古屋市内の「柳橋」まで乗り入れさせていた!

1928年9月6日 - 鉄道省中央本線の「鶴舞公園駅」(つるまいこうえんえき)(現鶴舞駅)開業。

1931年2月11日:名岐鉄道 城北線上飯田駅⇔ 新小牧駅(現在の小牧駅)間開業。

1935年4月29日 : 木曽川橋梁の完成により名岐線の新一宮(現・名鉄一宮)⇔ 笠松間が開通し、押切町 ⇔新岐阜(現・名鉄岐阜)間が全通。新製車のデボ800形電車を用いて、同区間を34分で結ぶ直通特急運行開始。

同年8月1日に 名古屋(枇杷島)岐阜間に路線網を築いた美濃電(名岐鉄道・旧名古屋鉄道)と神宮前をベースに三河に鉄道網を築いた愛知電気鉄道が合併して(新)名古屋鉄道株式会社となった。

1938年6月26日 旧・関西急行電鉄(現・近鉄名古屋線)が揖斐川・長良川の自然の要害を関西本線木曽川・長良川旧橋梁の払下げで克服?し関急名古屋駅(現・近鉄名古屋駅)⇔桑名駅間を開業。

1941年(昭和16年)8月12日 : 新名古屋地下トンネルが竣工。東枇杷島駅(移設) ⇔ 新名古屋(現、名鉄名古屋)駅間が開業。

※それまでは、大型の路面電車が押切駅⇔柳橋駅間の市内併用軌道を走行していた!

1944年7月11日、大曽根停留場から上飯田停留場間 名古屋市電 御成通線 開業(1971年2月1日廃止)

そして戦時中の1944年9月1日に 旧・名岐鉄道系の路線(西部線)が名古屋駅を経由して旧・愛知電気鉄道系の路線(東部線)のターミナル(終点)旧・金山駅を新設し延伸する形で握手をした?...が美濃電側が路面電車から発展(※1)した直流600v電化であったために、直通運転は出来ず終戦を迎えるまで当駅は東西線の連絡駅となっていた。

敗戦後の1948年(昭和23年)5月16日 西部線の主要路線を東部線と同じ1500Vへ昇圧し、東西路線の直通運転が開始された。

つまり名鉄にとってのハブポイント「真のターミナル(終着駅)」は名鉄名古屋ではなく「金山」駅で有った。

事実地下鉄開業と入れ替わりに廃止された市電熱田線(栄町⇔熱田駅間)は1908年に合併前の旧名古屋電気鉄道(→旧名古屋鉄道→現名鉄)が敷設した路線で有り、名古屋の中心部栄町と南の勝手口神宮前とを結ぶ幹線でもあった。

以後、1957年11月15日の地下鉄東山線一部区間(名古屋駅 - 栄町駅)開業

1960年6月15日 栄町駅 - (千草駅)ー池下駅間 (3.6km) が開業し1964年10月1日の東海道新幹線開業で、名古屋駅の重要性が増した。

1962年1月25日 - に中央本線の鶴舞駅 - 名古屋駅間に金山駅が新設開業した。

1967年(昭和42年)3月30日 の(現名城線)2号線金山 - 栄間 (3.0 km)延伸 開業 、名鉄・JR中央線・地下鉄が集まる南の玄関として金山は重要なハブステーションとなった。

1977年(昭和52年)3月18日 - 地下鉄鶴舞線鶴舞駅開業

1978年8月20日 - 名鉄瀬戸線 栄町⇔東大手間の地下新線開業

1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道(JR東海)誕生。

1989年7月9日 - 金山総合駅として東海道線にも1面2線の新駅が誕生しそれまで離れていたJR中央線・名鉄線とともに1つの総合駅となり、名古屋市の南の勝手口となった!

2003年3月27日:上飯田駅 ⇔味鋺駅間が地下化され名古屋市営地下鉄上飯田線と相互乗り入れ開始で平安駅で地下鉄名城線(環状線)と結節。

※参3)当サイト関連記事 尾張とは異なる 美濃 の気風が生んだ 名鉄岐阜市内線 の廃止とその後?はこちら

※参2)当サイト関連記事 チューリッヒ方式(市内併用軌道用トラム車両の近郊鐡道路線への乗り入れ方式)とは? はこちら。

 

公開:2019年11月 5日
更新:2019年11月 6日

投稿者:デジタヌ

このエントリーをはてなブックマークに追加

尾張とは異なる 美濃 の気風が生んだ 名鉄岐阜市内線 の廃止とその後?TOP


 

 



▲中部都市圏交通 研究室へ戻る

 

ページ先頭に戻る