タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

神鉄・粟生線《狸穴総研地方交通調査班》令和2年の利用実態調査?レポート

神戸電鉄粟生線の魅力と迫りくる廃線の危機

「乗り鉄」にとって"たまらない魅力"はずばり「ジェットコースター路線?!」

同鉄道、と同じく関西組の南海電鉄と叡山電鉄鞍馬線、箱根登山鉄道および大井川鐵道井川線、富士急行、アルピコ交通の7社で「全国登山鉄道‰会(ぜんこくとざんてつどうパーミルかい)」を結成しているのはテッチャンならよくご存じのはず。

但し粟生線は他の路線とは違い大きな特色がある!

それこそが「ジェットコースター路線」

他の6社は「急こう配」といっても登り(下り)一方だが...、当路線は「アップダウン」が繰り返される「ジェットコースター型!」

鈴蘭台駅をt出発した"下り列車!"がいきなり50‰の急こう配を駆けあがる!

あとは、50‰のUp & Downのオンパレード! 

急坂の間に20‰の緩斜面?が入ることもあるが、駅部分を除いてはほとんどが50‰のアップダウンの連続!

帰路に利用したJR加古川線の10‰等、坂道などとは言えない勾配!(加古川線でも電化されるまでのディーゼルカーにとっては相当きつい路線であったし、ましてや開業当初のSLの時代は大変だったらしい?)

開業当初、「他社から借り受けた"ガソリンカー"で運行していた」などといわれても、にわかには信じがたい勾配の連続!(開業当初のガソリンカーは同じく借用した蒸気機関車に後押し?してもらっていたらしい!)

この勾配は乗っていると意外と感じないものだが、並行する一般道から眺めると、

『ほんとにこんな坂のぼれるの?』と思ってしまうほどの急こう配!

この急こう配が曲者!

この急勾配と急カーブの連続が、「粟生線の存続に暗い影」を落としている!

その1.粟生線では一部のすれ違いの生じる「複線区間」を除いては電力改正ブレーキが使えない!

前途した通り鈴蘭台⇔ 押部谷間については2000年以前に複線化事業が行われたが、ほとんどの区間が「単線で」「回生ブレーキ」(※1)が効果を発揮できずに発電ブレーキ(モーター)で発生した電力を昔ながらの抵抗器で熱にして浪費している!

一部の車両では、バッテリーを搭載する試みもなされているが、室内灯などの灯火器用途のみに限られており、動力用途としては利用されていない!

そこで「JR東日本」やJR九州で使用されている"蓄電池カー"のように「蓄電容量」アップと「高出力インバーター」を用いて、「回生電力」を駆動電力として利用できる「回生電力バッファ蓄電池搭載車両」を開発して「省エネ化」を図る必要があるだろう。

参※1)回生ブレーキは、勾配区間の下り勾配を走行する車両のモーターで発電した電力を架線に戻して対抗している登坂中の車両で消費してもらう、いわば「釣瓶・滑車」のようなシステムのため当路線のように「単線区間」が多い給電区間では利用できない!

なので「単線区間」では態々変電所に「抵抗器」を設置して「回生電力を浪費している」路線もあるが、一般的には「単線区間の多い勾配区間では」利用できないので、従来通り「車載」の抵抗器で熱にして浪費!している。

つまり神戸電鉄では、単線区間での"回生ブレーキ失効"対策として最新鋭の"VVVF車両であっても「抵抗器を車載」している!

その2.大手私鉄で行っているような頻度の高い「増・解結」による車両運用ができない!

以前は一部で実施されていた運行中の「増・解結」作業も無人駅の増加と駅員の合理化で、容易く行えなくなっている!

関西では近鉄や阪神で日常的に行われている「増・解結」作業だが、全線で「1マン運転」が実施されおり「増・解結」作業には必ず必要な安全確認のための「ホーム上の」誘導係(通常は駅助役が当たる場合が多い)も駅員合理化で配置できない状況になっている。

つまり、日中「増・解結」で2両編成で済ませたい志染以西(以遠)の区間でも「電力の無駄」を承知で3両固定編成、ないしは4両編成で運行せざるを得ない状況!になっている。(※近鉄などでは、時間2本運行程度の末端のローカル線区では最小の2両ユニットでの運行が当たり前になっている!)

小生が調査?した当日も各列車ともに30名程度の旅客で、3両編成でも『もったいない!』の一言。

しかも前途したように当路線は「急こう配の連続する」単線区間で通常は加減速に対応した「浪費電力?」だけで済むところを「登坂」に相当なエネルギーを消費しながら、下り坂で「抑速回生できる筈の電力」を無駄に捨てていることになる!

人員削減と、使用機材(車両)の共通化・統一に逆に苦しめられているハメになっている!

3月21日乗車時の列車

新開地→鈴蘭台間 

15:09発三田行各停 5000系 4両編成 電圧型PWM・VVVFインバータ装置制御 回生ブレーキ&抑速発電制動用の抵抗器を装備。

鈴蘭台→ 志染間 

15:24発 15:50着 志染行き各停 2000系 4両編成 抵抗制御

志染→小野間 

16:05発小野行き(16:25着)各停 2000系 3両編成 抵抗制御

小野→粟生駅間

16:55発粟生行各停(17:00着) 1000系 3両編成、電磁直通空気ブレーキ、発電ブレーキ(抵抗器制御)

ATCの技術を応用した「ソフト連結システムの開発を!」

この点については、「トラックの自動運転」のために開発されている「ソフト連結器」の技術を応用して、機械的に連結しなくてもソフト的に「結合」できるシステムを開発すれば、「人員削減と安全性、運行効率化」の相反する難問が解決できて、日中は1両の単行運転をラッシュ時には4両連結化で輸送力をアップできるようなフレキシブルな運用が可能となるだろう?

国土交通省・経済産業省・JR総研などの協力で車両メーカー各社と共同開発を行えば、同様の問題を抱えている中小私鉄の救世主になるかもしれない!

前途したように、親会社?阪急電車がメンツをかけて「安全対策」に重点を置いて「全国でもトップクラスの」単線設備を誇っている粟生線をこのまま無残に「廃線」にして見捨てるには忍びないような気もするのだが...。

路線概要

開業 1936年12月28日
全通 1952年4月10日

起点 鈴蘭台駅

粟生駅間路線距離 29.2 km(新開地⇔粟生駅間810円/各駅停車所要時間70分/営業距離37.1㎞)

駅数 20駅 (粟生線内)(新開地⇔粟生駅間25駅)

軌間 ;(狭軌)1,067 mm

単線(但し線路西鈴蘭台 - 藍那間、川池信号所 - 押部谷間は複線)
電化方式 直流1,500 V 架空電車線方式
最大勾配 50.0 ‰
最高運転速度 70 km/h

関連割引切符

神鉄・高速全線日曜限定お出かけ4dayチケット

大人のみ ¥1,850ー  各月第1~第4日曜日の4日間のみ有効

阪急・阪神1dayパス 通年 ¥1,200-(大人)

企業努力だけでは如何ともしがたい、赤字路線!

高度成長期の1990年代までは三木市の宅地開発に「道路整備」が追い付かずに、複線化事業がすすめられたくらいに利用客が増えて活況を呈していた!

その後道路整備が進んだことにより、「複線化」を行っても急勾配と急カーブの解消にはつながらずに「並走する路線バス」にどんどん通勤需要を奪われて、利用客が最盛期の1/2以下にまで落ち込んでいるのは皆様ご存じ通り!

特に「儲けどころ」であるはずの「鈴蘭台→ 志染間」の落ち込みがひどい!

この区間は地図に示すように「新姫バス」の三宮路線ともろにぶつかっており、しかも2000年以降は"団塊の世代の一斉退職と沿線住人の少子高齢化"のダブルパンチを受けて年々減少傾向にある。

周辺道路網が整備された現在「鉄道輸送」に拘る必要はなくなってきている!

但し、単行運転では運転手一人当たりの輸送力が「バスと」大して変わらず、「軌道施設・保安設備」の維持管理すなわち保線経費を考えた場合、並行道路整備が進んでいる現在「鉄道輸送」に拘る必要はなくなっているのも事実!

さらに、沿線各自治体で並行する公共交通の状況が異なり、バス路線が充実している三木市と絶対的な需要は少ないものの「粟生線への依存度」が高いお隣の小野市では粟生線存続に対する"温度差"がかなりあるようで、テッチャンとしてはせめて「木津⇔鈴蘭台」間だけでも残していただきたいような気もするが...。

現実的には「粟生線全線廃止」の"路線をたどる"ような気がする。

粟生線の生い立ち

本年(令和2年)で84歳(全通後は68年歳)になる歴史ある鉄道。

廃線の危機に直面している神戸電鉄粟生線(あおせん)は当初1928年7月に神戸有馬電気鉄道(現神戸電鉄)が当時の武庫郡山田村-美嚢郡三木町間の鉄道免許を取得して着工したが、その後ほぼ10年間開業のめどが立たず1936年6月になって三木電気鉄道㈱が設立されてようやく同年12月28日に鈴蘭台と広野ゴルフ場前駅間で"気動車(ガソリンカー!)で開業にこぎつけたれっきとした"鉄道"で、翌年1937年4月15日にようやく当初の計画通り全線電化が完成し電車が走り出した。

さらにその翌年になって1938年に三木福有橋駅(現在の三木駅)まで開通した。

敗戦後の1947年に三木電気鉄道が神戸有馬電気鉄道に吸収合併され、さらに1949年に神戸電気鉄道と社名が改められて、1951年には電鉄小野駅(現在の小野駅)までそして1952年に粟生駅迄延伸して鈴蘭台駅 - 粟生駅間の全線が開通した。

阪急・阪神ホールディングスの資本を受け入れているが「独立した上場企業」

1949年4月に 神戸電気鉄道に社名変更して6月18日神戸証券取引所に 株式公開して以来、1961年5月に当時の阪急電鉄※1の傘下に入り、阪急グループの一員となり支援を受ける始めて以来も、1967年10月神戸証券取引所が大阪証券取引所に統合されてからは大証に株式公開をし続け、現在は2013年7月16日の 大阪証券取引所の廃止を受けて東京証券取引所に株式公開している「上場企業」で親会社?の阪急電鉄とは異なり「独立した上場企業」

参※1)2005年4月1日 阪急電鉄は阪急ホールディングスの持ち株会社となり上場(株式公開)を廃止している。

2019年現在神鉄の27.3%の株式は現阪急・阪神ホールディングスに引き継がれている。

事故と安全対策の歴史

(※アンダーラインは該当Wikipediaにリンクしています)

1961年当時阪急電鉄の出資のもとに阪急のグループ企業となって以降も、旧式スプリングポイントの故障による2度の三田線 有馬口駅の構内脱線事故(2006年1月 &2013年5月 )を起こしたことを受けて、阪急電車ホールディングスの出資会社として設備・更新・改修に積極的に取り組み「地方交通線」としては異例の全線に渡り"スプリングポイント全廃で電気転轍機と連動電気乗越分岐器を併設した「集中制御(神鉄ATS)」を採用している!

おまけ関東のテッチャンYouTuberに一言

話は相前後するが、当日大阪からは阪神電車を利用した、そこで関東のテッチャンyoutuberに一言。

関西のテッチャンにとっての阪神電車の魅力は直通特急でも無ければ快速急行でもない、言わずと知れた「ジェットカー」を使用した「各停」!

「胸のすくような加速と減速」に尽きるのではないだろうか!

乗用車のような軽やかな加速であっという間に80㎞/hに!

つり革が一斉に後ろに引っ張られる光景はいつ眺めてもほれぼれする!

これは、駅間距離が短い当路線で「優等列車」を早く走らせるための「必然性」から生まれたことは、テッチャンなら100も承知のはず。

つまり「特急」「快速急行」「急行」の間を縫って、待避線のある「駅」に逃げ込む?必要から生まれたわけであるが...。

現在通勤時間帯も含めて尼崎で二手に分かれて大阪市内に流入しているので、「大阪梅田⇔尼崎間」は「尼崎⇔神戸間」ほどには列車本数が多くない。

昼間は特にダイヤに余裕があるのでこの区間では「上下」共にそれほど急いで「待避線のある駅に」逃げ込む必要もない!

事実、小生のホームグラウンド「近鉄南大阪線」のように「待避線のある」駅に入るやすぐにポイントが切り替わり団子運転に近かった「優等列車が待ってました」とばかりにすかさず追い抜き、各停も上位列車が追い抜くや否や飛び出して次の対比駅までせわしなく正しく「脱兎のように」駆けこむ光景は見るれなくなっている!(※1)。

近鉄の場合は緩急接続しない場合の「ただの追い越し駅」の場合は、退避駅到着後2分そこそこであたふたと出発するが、阪神はのんびりしていて「退避駅に逃げ込んで」もしばらく(2分以上)経過してやっと「上位列車が」追い抜き「さらに」1分以上経ってから「ようやく「出発(信号)進行よし」に代わり発車している。

しかも閉塞区間(駅間距離)が短い割には前方の信号がなかなか青に変わらず黄色であったりしている。

つまり京急同様に「チンチン電車」から出発した路線なので、カーブが多く優等列車といえどもそんなにスピードが出せない訳!

という事で「急行・快速急行・直通特急」もそんなにスピードを出して「爆走?」しているわけでもなさそう?...

にしても、前途の理由で「加速を楽しみたいのなら、断然列車本数の多い尼崎⇔神戸三宮間」という事になる訳。

この区間は前途したように「駅間距離も短い」という事は、素早く加速して、数駅先の退避駅に逃げ込まないと「後続の優等列車」の妨げになってしまう!

但し前途したように「昼間」は運行本数が少なく「待避線のある退避駅」全てで後続列車に追い越されるわけでもなく「退避駅での退避をスキップ?」して次の退避駅まで先行することもまま見受けられる!

いずれにしてもこの区間は基本「胸のすくような急加速急減速の繰り返し」であることには違いない!

長々となってしまったが、上方以外の「お上りさん?」には、尼崎⇔神戸三宮間での体験乗車?をお勧めすす次第。

参※1)当サイト関連記事 近鉄 ラビットカー と 南大阪線 の変遷...日本初の 高加減速車 の命運とは?はこちら

 

公開:2020年3月22日
更新:2020年4月10日

投稿者:デジタヌ

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