タヌキがゆく(狸穴総合研究所)

近鉄 開業"120執念"?実るか...悲願の"新 大阪駅 乗り入れが"成就 するか?

※本コラムは筆者の願望・妄想・邪推・憶測による「ファンタジー」で有り実際の団体とは一切関係がありません!

本「ファンタジー」に関する各団体への、お問い合わせは一切ご無用に願います!

関係各位に多大なるご迷惑をおかけしたことを、コラム上にてお詫び申し上げます。 令和元年9月28日狸穴工房代表 デジタヌ。

《鉄道ファンタジー》2018

本年(2018年)11月23日 柏原市制施行60周年記念行事として道明寺線内で特急車両による団体列車の往復運行が行われた。同社の前身河陽鉄道(柏原駅 - 道明寺駅 - 古市駅 - 富田林駅間)開業120周年にも当たり、「鉄ちゃん」から熱いまなざしで注目され...。

プロローグ 近鉄開業120周年道明寺線特急列車臨時運行!

本年(2018年)11月23日 柏原市制施行60周年記念として「近畿日本鉄道㈱」主催により道明寺線で特急車両による団体列車往復運転イベントが行われる。

柏原市制施行60周年は全くのコジツケ理由では?

今回の2018年の開業120周年記念では柏原市制施行60周年に合わせて11月23日に柏原ー古市間の特急車両!を使ったイベント列車(臨時団体列車)の往復運転が行われる事になったわけである。

この特急車両記念運行は柏原市を山車(ダシ)?に使い、柏原-古市間に試運転列車を走らせるためのコジツケであろう?

つまり、当日いきなり本番はありえないので、この区間に特急車両の事前試運転を行うはずであるが、小生はこちらが真の目的ではないかと憶測している。

ナゼ...今頃?

何のために?

エー...と思われる方も多いであろうが、

言わずと知れた、近鉄の悲願大阪中心部乗り入れ"将来の新大阪・北梅田駅乗り入れ"のための布石であろうと邪推している。

前回2008年の開業110周年記念行事は...

2008年3月23日:河陽鉄道(柏原駅 - 道明寺駅 - 古市駅 - 富田林駅間)開業110周年記念行事の際には後述する「おおさか東線」の北梅田駅(大阪駅)延伸は決定事項ではなかった!

為に前回の2008年3月23日の河陽鉄道開業110周年記念イベントでは、大阪阿部野橋駅?で記念イベントを開催し大阪阿部野橋駅ー河内長野駅?間に記念ヘッドマークを掲げた準急が2往復運転されたわけであるが...

近鉄120年の歴史の中で、開業時から常に時代を先取りしていた(2代目)大阪鉄道(現・道明寺線)

道明寺線は近鉄の路線の中で最も最初に誕生した路線であり謂わば近鉄の始祖ともいえる路線。

現在は道明寺駅とJR柏原駅間2.2kmを結ぶローカル支線だが、「河陽鉄道(河南鉄道)」として誕生したときは始発駅柏原駅⇔古市駅間を結ぶ"本線"であった!

2代目・大阪鉄道(現近鉄道明寺線・南大阪線・長野線)は首都圏でいえば西武鉄道新宿線(※1)のような存在で初代・大阪鉄道(→関西鉄道→国鉄関西本線→JR大和路線)の支線的存在として1898年に開業して約四半世紀を経過した1923年に当時の大阪市の市界に接していた東成郡天王寺村の「大阪天王寺駅(現・大阪あべの橋)」迄延伸して郊外電車に脱皮した路線。

誕生以来大阪天王寺延伸開業迄の25年間は本線として「蒸気機関車にひかれた列車」が運行されていて、特に1907年10月1日の関西鉄道・南和鉄道の国有化迄の約10年間は当時の関西鉄道・湊町(現JR難波)から不定期臨時旅客列車の直通乗り入れ運行も行われていた!

1923年4月 道明寺駅 ⇔ 大阪天王寺駅(現・大阪阿部野橋駅)間が国内初の直流1500V電化による全線複線!路線として延伸開業。

同年10月16日道明寺駅 ⇔ 長野(現河内長野)間電化完成とともに大阪天王寺⇔河内長野駅間が2代目大阪鉄道本線となる。

1924年6月1日:道明寺線電化完成。大和橋駅を現在地に移転して柏原南口駅に改名。

※つまり道明寺駅 ⇔ 大阪天王寺駅開通後も、電化完成までの半年間は柏原⇔現河内長野間に道明寺駅乗り換えで蒸気機関車に引っ張られた客車列車が運行されていて、最後まで残された道明寺線の電化が翌年1924年6月完成するまでは柏原⇔道明寺間の道明寺線に汽車がはしっていた!

1928年(昭和3年) 当時国内初最大の20m級(19.5m)電車デニ500形を大阪鉄道・本線に投入。

※詳しくは後半付属年表で

※参8 当サイト関連記事 アーバンネットワーク から見放された 西武新宿線 と沿線住人?!はこちら。

嘗て行われていた国鉄貨物車両直通運行

嘗て、柏原駅、吉野口駅の2駅では、関西本線(大和路線)、和歌山線と(構内渡り線で)線路が繋がっており、貨物車両の受け渡しが行なわれていた!

元々和歌山線は、現大和路線を建設した初代大阪鉄道が建設した路線であり吉野口駅では吉野杉を積んだ貨物列車や、柏原駅では当時道明寺駅にあったサントリー子会社の清涼飲料水メーカー"寿屋"の出荷貨車が往来していたが、これらの構内施設は1984年(昭和59年)2月1日の関西線・和歌山線・桜井線(万葉まほろば線)全線の貨物営業廃止を契機に撤去された!

第1節 近鉄・新大阪(おおさか東線)乗り入れ、JR西日本(近鉄・吉野線)相互乗り入れ提案

JR線区間

新大阪⇔久宝寺 25.7㎞(JR)

近鉄・道明寺線・南大阪線・吉野線区間

柏原駅⇔吉野 50.8km

大阪東線区間

久宝寺ー新大阪間 20.3㎞

相互乗り入れ概要

対象列車

近鉄:優等列車(有料特急)、※現在大阪阿倍野橋初の3両連結「青のシンフォニー」全便と2両編成昼間観光特急

JR:観光特急(自由席車両付き)3両編成

運行形態

上下1時間に1本程度の有料特急の共同運行。

柏原以西のJR運行区間

JR柏原駅構内に、渡り線を「復活」し、柏原ー久宝寺間は、JR大和路線を、利用し、久宝寺からはおおさか東線に乗り入れる、但し柏原駅で首都圏の栗橋駅同様に乗務員交代は行うが、乗り入れ起点柏原駅も含めJR大和路線・おおさか東線内は新大阪まで、全駅通過として乗客扱いは行わない!

柏原駅以東の近鉄区間

柏原駅に渡り線を復活し、JR大和路線から乗り入れる。

※令和元年補筆 乗務員員交代のための待避線用地は残されている!

柏原駅構内には、関西線貨物列車運行当時使用されていた、旧貨物上がり待避線が現上り快速通過線に変更された際に旧上り線が使用していた120mほどの、旧上り線の用地があり、これを乗務員交代用の待避線とすれば、青のシンフォニー3両編成程度までは十分対応できる。

※航空写真モードでご覧ください!

赤い線が下り渡り線と乗務員交代待避線案です。

第2節 相互乗り入れが実現すれば、JRおおさか東線(大阪外環状鉄道)と近鉄両者が受けるメリットとは?

大阪外環状鉄道㈱(おおさか東線)(http://www.osr.co.jp/)は、施設利用料金をいただく第三種鉄道事業者なので、JR貨物、JR西日本の使用料(通行料)で建設費を償還する仕組みであり、路線利用が増える方が営業収入は増えであろう。

現在懸念されているのはこの点で、新大阪と大阪駅以外はターミナル&ハブステーションとは繋がってなく、かつ既存路線との乗換駅も久宝寺/JR大和路線、JR俊徳道(近鉄大阪線俊徳道)、JR河内永和(近鉄奈良線河内永和)、高井田中央(地下鉄中央線・高井田)、放出・JR学研都市線)、鴫野(地下鉄今里筋線)とJR・近鉄・大阪メトロ(近鉄学研都市線)としか実質連絡しておらず、2019年の延伸開業後も、交差する京阪本線、地下鉄谷町線、阪急・京都線・千里線とは実質的に連絡しておらす(前途おおさか東線他路線連絡状況参照)、鴫野駅以降の、新大阪、大阪梅田方面へのアクセス改善には効果が少なく、開業前からこの区間の利用客が見込めない状況である。(逆説的には線路容量に余裕があることになる!)

※当サイト関連記事、2020年から「おおさか東線」直通快速は区間快速になるかも?はこちら。

JRのメリット

一見3社(大阪外環状鉄道、JR西日本、近鉄)の中で最もメリットが無さそうに見えるが、実は後述する大きなメリットが期待できる!

"JRが第二種鉄道事業者として、列車運行だけに甘んじているのは、前項の"路線価値"に由来している。

JR単独ではおおさか東線の事業は成立しなかったからである!

上手くいけば、JRにとってはリソースの活用にも

前途した昼間の余ったリソース(車両)を活用し京阪神間の新快速だけではなく、新大阪・おおさか東線経由の飛鳥エリアへの輸送力増強に充てれば、新たな観光客の流れを創出することも可能であろう。

但しあくまでも、奈良県・奈良市・吉野町の自助努力(観光客誘致プロモーション活動)がともなっての話ではあるが...。

さらに、北陸新幹線敦賀延伸開業で生じる北陸線の「おさがりサンダーバード・しらさぎ」用の681系特急車両の再就職?にもつながる。

現在進めているJR奈良線の複線化事業

JRでは、京都市内を中心に、旺盛な通勤需要に対処すべく、奈良を通らない奈良線?の複線化工事を進めているが...。

後述するように、奈良線沿線も、宅地開発がほぼ行き渡っており、今後は少子高齢化の影響を受けるのは必至である。

「南朝観光ライン」の夢

一方JR側としては複線化の進む、奈良線、万葉まほろば線(桜井線)、和歌山線、そして近鉄吉野線がつながれば、京都から吉野に至る「南朝観光ライン」が誕生するわけで、イベント列車、などの「リゾート特急」運行が可能になるわけである。

リゾート特急なら速達性はあまり問題ではなくなるので、線路容量に余裕のある、土日祝祭日の昼間運行が可能となり、新たなる「現金収入」の途と、中古特急車両の使いまわしが利くようになるわけである。

例えば 姫路→新大阪→吉野→奈良→京都→大阪→姫路のトライアングル運行

  • ●午前便 緩行特急(※2)1便 姫路→新大阪→吉野 ※新大阪駅構内北方貨物線に0番乗降ホームを新設し、大阪駅はスルー!
  • ●午後便 緩行特急1便 吉野→奈良→京都
  • ●夕刻  通勤ライナー 京都→大阪→姫路

近鉄の都合で20m車4両連結が最大となるが、当初はそれでも十分であろう。

但し車両限界・建築限界が微妙に異なるので、吉野線内のトンネル・駅設備の改修は必要になるであろう

※2、緩行特急についての説明?はこちら 新大阪⇔奈良間 秋の行楽シーズン中 毎週週末に おおさか東線 経由臨時 特急運転 JR西日本!をご覧ください。

近鉄のメリット

近鉄にとっては長年の悲願「近鉄特急の新大阪」乗り入れが実現するわけで、これ以上のメリット(宣伝効果)は無いだろう!

近鉄も同じ悩み、少子高齢化による沿線旅客(通勤・通学)需要の落ち込みが...

現在は京奈間の鉄道需要をほぼ一手に収めている近鉄にしても事情は同じで、後述するように今後の観光開発の切り札として京都線・橿原線(標準軌)と吉野線(狭軌)の直通を目指し、「フリーゲージトレイン開発」?を掲げたわけである。

JR・近鉄お互いの住みわけも従来通り保たれる

昼間の「観光客利用促進」が目的なので、朝夕の「通勤ライナー」時間帯は従来通り通勤客目当ての「阿部野橋行の有料特急」を走らせればいい訳で、通勤客からも異論は出ないはず。

近鉄がどこまで譲歩できるか...にかかっている?

後述するようにハード的には問題は少ないので、あとはソフト(運行・営業)面の調整がつくかで有ろう?

近鉄は南大阪線古市駅以降、吉野線橿原神宮前駅以降終点吉野までは、ダイヤに余裕が有る。

同じくJRは王寺以降の奈良線、和歌山線両線とも余裕が有る。

そこで、相互乗り入れの条件としては、新大阪⇔吉野便だけではなく、奈良⇔吉野便の運行も提示するであろう?

しかし、近鉄としては、まともに奈良⇔西大寺⇔橿原神宮前⇔吉野間の近鉄特急とかぶさり、しかも乗り換えなしの直通運転のJR観光特急が就航すれば、いくら緩行列車!だとしても、奈良⇔吉野口間の営業収入減につながってしまう...。

そこで、逆に新大阪⇔吉野間の観光特急に関しては柏原⇔吉野間は全列近鉄線経由(近鉄線の営業収入)を提案するかもしれない。

どうせ昼間9時台~16時台発のみ1時間間隔程度の観光客向けの緩行特急?(※4)なので、運行本数の調整がつけばこの辺りで交渉が成立するのではないかと憶測している!

※参4)近鉄としては「新大阪発・吉野行」特急というイメージアップが目的で7~8時代に阿倍野橋着で運行している8両編成!の実質「通勤ライナー特急は乗り入れする気はない!」だろうから、

乗り入れ対象は上下ともに1時間に1本運行している(殆ど空気輸送に近い)2両連結運行!の観光向け特急だけなので、

JRが運行する緩行特急便も柏原⇔吉野間の近鉄線乗り入れを飲めば、交換条件としてJR単独運航による奈良(大和路線・和歌山線経由)吉野口⇔吉野)の観光特急運行を受け入れるかもしれない?

さらなる近鉄の思惑

おおさか東線は近鉄関連路線とは比較的連絡が良い所に駅が設置されており、乗り入れが可能であれば近鉄としては、南大阪線特急だけではなく、大阪線特急の一部、奈良線特急の一部とも連絡する協調ダイアを組みたいはずで、さらにはJR俊徳道、JR河内永和、高井田中央(地下鉄中央線;近鉄けいはんな線直通)各駅でも一部列車の乗客扱いは行いたいであろう。

この辺が駆け引きの材料になるわけである。

いずれにせよ、近鉄側が大幅に譲歩すれば、長年の確執を乗り越えて、近鉄・JR西日本両者間で乗り入れ交渉が成立する可能性は大きいと思われる。(そう望みたい!)

ただし交渉は梅田北駅が開業するまでに成立させる必要が...

おおさか東線第3期梅田貨物線北梅田駅延伸開業までに決着をつける必要が...。

北梅田駅開業と「なにわ筋線」の今後の開業スケジュール

2023年開業予定 金沢ー敦賀間 延伸開業予定!(着工済み)

同日 梅田貨物線(おおさか東線)北梅田駅開業予定(工事中)

2023年 北陸新幹線新大阪延伸工事着工予定?

2027年頃 リニア中央新幹線 東京(品川)⇔名古屋間開業予定 着工済み!

2033年3月 なにわ筋線 開業予定(用地確保中未着工)

2037年頃目標 リニア中央新幹線 名古屋⇔新大阪 未決定・未着工!
2038年頃開通希望??? 敦賀ー大阪間 延伸開業予定・未定・未着工!

開業スケジュールでは、梅田北駅は北陸新幹線金沢駅→敦賀駅延伸開業に合わせて開業する予定となっている!

つまり、開業初日から「リレー・サンダーバード」は北梅田駅始発となり、北梅田駅⇔新大阪駅間は「おおさか東線」内の各駅停車を合わせて1時間に上下各5本運行となり、ほかにも「琵琶湖エキスプレス」「特急ひだ」など現在大阪駅止まり、大阪駅始発になている特急・電車が北梅田駅始発・終着に変更になると憶測できる。

さらに2033年3月に なにわ筋線が予定通りに 開業すると、「くろしお」1本/時間、はるか3本/時間、関空快速4本´/時間、大和路快速2本´/時間などが増える見込みで、このうち大和路快速は1本と、奈良行はるか1本は、おおさか東線内を運行するはずで、上下各6本がおおさか東線経由となることが考えられる!

これに、不定期の貨物列車が加われば、各駅停車4本/時間のまま据え置いたとしても、1時間に最大7本の列車がおおさか東線内を運行することになり、「近鉄特急」の割り込むチャンスは少なくなってくる!

といっても北梅田開業後10年先の近未来の話なので、北梅田駅延伸開業後は、沿線にタワーマンションなどが建設されて多少は利用者が増加するかもしれないが...。

2020年から2033年までの13年間は「おおさか東線」の赤字は続くとみられる!

そこでこの間に、交渉成立して近鉄特急の「新大阪駅&大阪駅」乗り入れが実現すれば、あとは"既成事実"でなにわ筋線開業後も引き続き乗り入れは続けられるであろう!

※、南海電車が、昔からの好?でラピート君の「梅田貨物線(おおさか東線)」内の新大阪駅までの「乗り入れ」交渉を行っているらしいが、前途した「大和路快速」のなにわ筋線乗り入れと「おおさか東線内」への延長運転の「腹のうち」を明かさずに「新大阪駅構内」の折り返し用待避線設備(増線計画)が無いことを理由に、JR線内乗り入れを拒否しているらしい!

あきらめずに「意地」を捨てて、企業を「維持」する姿勢で交渉に当たれば...

今のJR西日本は嘗ての国鉄時代のような「鉄道おたく」の巣窟?鉄道事業専心の企業でななくなってきている、近鉄ホールディングス以上に「リアリストが集まったビジネスライク」な企業に生まれ変わている、そこで、「過去の経緯で、ライバル意識がどうのこうの」というロマンティックな世界ではなく、「ビジネス」として「成り立つかどうか」が最優先事項となってきている。

つまり「利害が一致すれば」ライバルであろうと何であろうと「共同事業」を行う社風に代わってきている!(※9)

※参9)当サイト関連記事 都市計画まで変えてしまう巨大資本に育った東西JRはこちら。

最新関連記事 

他社線との相互乗り入れの可能性は? のご案内

2019年11月25日更新版・公開

要約理由に挙げて

最大の関心事は、実はこの部分で"おおさか東線"の線路容量(輸送量)には相当の余裕がある。

現在首都圏の武蔵野線では通勤時間帯最大11本/時間の"各停"が運行されている!

1時間当たり上下各4本+JR貨物のコンテナ列車だけでは、第3種鉄道事業者としての大阪外環状鉄道㈱は長期に渡り負債を抱え込むことと....

続き本文はこちら

第3節 近鉄のおおさか東線乗り入れを阻む問題とは?

一番大きな問題は、大阪外環状鉄道㈱に近鉄グループが出資していない事実である!

出資者の一員でもあるJR西日本は、事業収益改善のために「もろ手を挙げて?」喜んで迎え入れる...かもしれないが?

他の出資者である大阪市、東大阪市などの自治体組がどう出るか?

まあ大阪駅延伸がらみで総事業費も膨らんでいるので、新たに近鉄ホールディングス傘下の企業が出資(増資)に加われば"大阪市"以外は反対には回らないと思われるが...。

相互乗り入れ実現に関するハード面での問題

その他相互乗り入れ実施面では運用面で解決しなければならない問題も数多くあるにはある。

貨物車両の相互融通の頃とは違い、軌間と電化方式(直流1500V電化)が同じというだけではそう簡単に相互乗り入れは実施できないご時世でもある。

ざっと見まわしただけでも...

車両限界と建築限界の微妙な違い

近鉄は国内で最初に20m級の鋼製電車を走らせた会社ではあるが、実際には19.XmとJRの幹線を走っている新型通勤型車両より、全長、全幅ともに幾分小柄であり、したがって建築限界(※4)も近鉄とJRでは異なる!

※4、Wikipediaの解説はこちら。

安全装備面ATCの違い

近鉄はJR西日本に比べて早くから、ATCを導入しており全線の設備完了も他社より早かった、しかしJRは設備が遅れた代わりに、ATC-Pなど最新の設備を導入しており、近鉄とは方式が異なる(※7)。

※7、Wikipediaの解説はこちら。

近鉄には10年間の間に培った他方式安全設備路線への乗り入れ実績がある!

一方2009年の阪神なんば線開業時に既設車両の魔改造?で「阪神方式ATC」装備車両を配備・及び新造した経験があり、他社方式ATCの搭載実績・運行実績・メンテナンス実績は豊富に積んでいる!

※前途したように、乗り入れ対策済みの車両が「下駄を履き替えた」だけで、京阪神地区の近鉄全線・阪神線内を駆け回っている!

第4節 "昼間利用を確保"するには?

阪急電鉄創始者小林一三氏が日本に導入した近郊電車の「経営セオリー」とは、沿線住宅開発と昼間の"現金"利用客の「掘り起こし」であった!

日本最初のターミナルデパート阪急デパート本店を造り、終点宝塚には宝塚パラダイス(遊園地)を作り、昼間の現金利用客の需要を発掘した。

現在JR西日本は京阪神間に国内最速の新快速ネットワークを構築して、旺盛な通勤需要のシャア拡大を図ってきたが、一方で昼間の現金利用客は横這いか右肩下りの傾向にある!

別項沿線人口の推移をご覧いただければお判りの通り、首都圏とは違い沿線の宅地開発がほぼ一巡し、開発の速かったエリアから「少子高齢化の影響」を受け始め、今後は右肩下がりの傾向が続くのは自明の理でもある。

これからの鉄道会社の昼間・現金利用客の確保は、観光開発しかない!

一例として、JRが行った「海外観光客の流れ 調査」が予想外の結果だったことは有名な話でもある。

JRと京都市の目算通りには移動してくれない外国人観光客

アーバンネットワークの西の拠点「姫路城」は外国人観光客に圧倒的な支持を得ている観光地であるが、そこから先「何処に足を延ばすか」が問題として浮かび上がっている。

JRと京都市の予想に反して、1000年の古都京都を差し置き 乗り継ぎなどのアクセスの便が悪い「城崎温泉」が圧倒的な支持を得ていることが判明したわけである。

つまり、通勤ピーク時に合わせて増強したJR神戸線・京都線・琵琶湖線の輸送力(車両)が、昼間の現金利用者・観光客には過剰で、今後ともに「ペイできない」ことが明白となってきたわけである。

外国人が持つ「エキゾチックな日本の街」とは?

外国人が描く「日本に対して抱いているエキゾチックなイメージ」と「日本人が描く古都京都の魅力」が食い違っていることに原因があるし、京都市の観光プロモーション(主に海外向け、公式観光サイトの不備)の「へたくそ」さもあるが、いずれにせよ外国人観光客は、京都に対して日本人が思っているほどには「観光地としての魅力」は感じていない!こと(古都)になる?

アクセスの悪さで 残っていたお宝観光地"吉野・明日香"

そこで奈良・吉野(明日香)の登場となるわけである。

御多分に漏れず、奈良市も吉野町も、プロモーションはへたくそ(京都以下)で外国人観光客は思ったほどは伸びていないのが実情ではあるが、それだけに今後のプロモーション活動次第では、「姫路城」に次ぐ海外からの観光客向けの観光資源になりうるお宝をたくさん抱えているエリアでもあ。

峰沿いに参道があり、東面には地下?に伸びた平屋風の観光ホテルが立ち並び、外国人観光客が好む日本風な街並みで、しかも寺院の伽藍もすぐ近くに広がりプロモーション次第では、城崎温泉以上に年間を通じて「インバウンド客」を集客できる資質を持っている!

※奈良県&吉野町観光協会さん、城崎温泉の英語版WEBサイトを見倣って(よく研究して)もっと頑張って!

第5節 2社ともに抱えた沿線住人の少子高齢化と人口減少問題

別項をご覧いただければ一目瞭然だが、少子高齢化で、沿線通勤通学利用客が減少し、通勤時間帯ですら減便(近鉄)したり直通通勤快速の廃止(JR)、ワンマン化(両社)等の処置がとられている状況である。

追い打ちをかける、郊外型店舗の増加

山間部の多い奈良県では主要各駅までのアクセスは結局「マイカー主体」となり、駅前の有料駐車場に態々車を預けてまで電車に乗って大阪には出かけない訳である。

特に奈良県では、ふんだんに農地が広がっており?土地も安い?ので数千台規模の巨大駐車設備を備えた「量販店」が街道筋に繁茂している。

勿論大営店規制(※1)で、主要駅周辺にも店舗は展開されているが...

郊外型のショッピングモールや量販店が増えて「態々おめかししてまで都心部のターミナル」迄出向く必要性が低くなってきたことも昼間の利用客減少の原因の一つに上げられるだろう。

※参1)当サイト関連記事 まちづくり三法のしんがり、お役人と職者が考えた市街地活性化の切り札『TMO』ちゃんとは?はこちら。

※ 次項 参考データをスキップし 第3節"昼間利用を確保"するには?へスキップ

参考資料その1;新興住宅地の開発飽和状態と少子高齢化の影響による利用客の減少

近鉄沿線

南大阪線・ながの線・吉野線の途中主要駅の乗降客推移と所在地自治体の人口変動

松原市/近鉄南大阪線

1985年の136,455人をピークに年々人口減少2015現在120,750人


河内松原駅の乗降客推移

1993年(平成5年)7月24日 - 橋上駅舎化。
1994年(平成6年)の1日平均乗車人員20,242人をピークに年々減少2004年には1.6万人を割り、2013年に1.6万人台回復

藤井寺市/近鉄南大阪線

1995年の66,988人をピークに年々人口減少2015現在65,438人台

藤井寺駅

1974年(昭和49年)11月28日 - 橋上駅舎化(南北に通り抜け可能となる)。
1992年 26,202人をピークに減少
2011年 2万人を割り2015現在1.8万人台を推移

羽曳野市/近鉄南大阪線


2000年の119,246人をピークにに年々減少2015現在112,683人

古市駅


1969年(昭和44年)10月橋上駅舎化する
2003年の11815人を??「イー国現象現在1万人台を推移

富田林市/近鉄長野線 

2000年の126,558人をピークにに年々減少2015現在113,984人

富田林駅

1987年(昭和62年)10月25日 - 当駅から喜志駅まで複線化
2005年11月8日:16,714人をピークに年々減少

2015年現在13,768人まで減少

奈良県大和高田市/近鉄長野線


1995年の73,806人をピークに年々減少2015年現在64,817人

近鉄高田市駅/近鉄南大阪線

2005年11月8日:9,778人をピークに年々減少2015年現在7,696人/1日乗降人員。


奈良県橿原市/近鉄南大阪線

2010年の125,605人 をピークにに年々減少傾向。

橿原神宮駅

2001年の年間利用客4,792,668人をピークに年々減少

JR大和路線・和歌山線・奈良線沿線人口の推移

王寺町/大和路線

1995年の人口24,574人をピークに年々減少傾向にあり2015年現在 23,025人まで減少

三郷町/大和路線

1995年の人口24,161人をピークに2005年に23,062人迄落ち込んだが近年回復傾向にあり2015年現在 23,571人まで回復した!

王寺駅/JR大和路線

1997年  32,746/1日平均乗車人員をピークに年々減少2016年現在24,369人まで減少。

高田駅/JR和歌山線

2001年の1日平均乗車人員2,943人をピークに年々減少2016年現在2,300人。

奈良市/大和路線

2000年の374,944人をピークにに年々減少2015年現在360,310人まで減少しているが観光客は増加傾向にある。

奈良駅/大和路線

1998年の 20,434人/1日平均乗車人員をピークに一次減少したが2011年の17,250人をボトムに回復傾向にあり2016年現在18,152人まで回復した!

参考データ近鉄奈良駅

1995年の 49,347人/1日平均乗車人員をピークに一次減少したが2014年の30,984人をボトムに回復傾向にあり2016年現在33,216人まで回復した!

城陽市/奈良線

1995年の85,398人をピークにに年々減少2015年現在76,869人まで減少。

奈良線・城陽駅

※みやこ路快速、快速、区間快速、普通全列車が停車京都方面への利便が向上している。for京都32分/360円

2000年の2,444人/一日平均乗車人員をボトムに年々増加傾向にあり2016年現在3,542人に増加!

参考データ近鉄京都線寺田駅

※通常は毎時5本 - 最大7本発着の普通列車と朝・夕方のみ準急停車。for京都24分/350円

2012年の8,514人/一日平均乗車人員をボトムに年々回復傾向にあり2016年現在10,787人に増加!

第6節 近鉄が京都⇔吉野を直結出来無い訳 ゲージの違い!について

橿原神宮前駅周辺の線形をごらにただけばお気づきの通り、建設当初は橿原線も狭軌(※3)で桜井方面まで伸びて、吉野杉の搬送に利用されていた事もあった。

現在戦前の橿原神宮造営の影響でより直線に近い状況となったこの部分ではあるが、残念ながら吉野線とは繋がっていない。(というより繋げられない!)

理由は橿原線が標準軌で建設された為に狭軌の吉野線車両が乗り入れ出来ない訳である。

そこで本年発表の通り、近鉄と台車メーカーの新日鉄住金が共同で、国に代わり?フリーゲージトレインの開発を続行することになった訳で、JRのみならず・首都圏の鉄道各社からも熱いまなざしで見つめられているわけだが...。

※3 軌間に関するWikipediaの解説はこちら。

実は近鉄全線における「車体側の共通化」はすでに完了している!

現状・下駄(台車)?以外の車両本体の、標準軌・狭軌路線両対応は完了しており、前途した「橿原神宮前」にある「履き替え庫」で台車だけを履き替えた、阪神電車乗り入れ用に新造した、ダブルパンタ、ダブル接続BOXの新型シリーズ21が時折南大阪線を「快走」していることは「鉄っちゃん」なら周知の事実でもあるし、「はかるくん」も全線対応で運用されている事も周知の事実である。

(※但しホームドア対応(デジタルATC対応)の京都市営地下鉄乗り入れ車両は京都線専用車両!)

第7節 フリーゲージトレイン開発は交渉材料のアドバルーン?

鉄道事業者の間では常識の"振れコロ"問題が大きな障壁!

振れコロとは「フレキシブルコロージョン」と呼ばれる応力腐食割れの一種である微細クラックのことで、通常「焼きばめ」された車輪と車軸(※5)の嵌合部で車輪ハブ端部から10数ミリ程度内側の応力集中の起こる位置に発生し車軸の表面から断面方向!に入るクラックのことである。

通常車輪ハブに隠れて表面からは「目視検査」できないために、車軸端部から「超音波探傷試験」(小生の専門分野)を実施しフレコロの発生を検知している。

※5 輪軸 に関するWikipediaの解説はこちら。

開発国スペインではスペイン⇔フランス間の国際列車は標準軌新幹線に移行

現在フランス⇔スペイン直通の高速列車RenfeAVEは、軌間1435㎜の標準軌新幹線で繋がっており、標準機専用の中国高速鉄道でもおなじみ「ジーメンス社製のICE3」をもとに開発した標準軌新幹線専用車両で運行されており、軌間変換機関車の出番は国内のローカル準幹線に限られてきている。

更にけん引している電気機関車も軌間可変タイプではあるが、タルガの運用は主にスペイン国内在来線区間( 軌間1668㎜の広軌!)に限定されてきておりかつての"国際列車"のような頻繁な軌間変換は必要なくなってきている。

現在実用化されてスペイン国内ローカル幹線で使用されているフリーゲージトレインAvantは、無動力の「客車」部分については、左右が独立した左右分割軸!であり短い輪軸 自体が「軸受けごと」台枠上を移動!する!為に「フレコロ」問題からは逃れているわけである。 

さらにスペイン広軌(軌間1668㎜)→標準機(1,435mm) の場合に比べ 標準機(1,435mm)→狭軌(1,067mm)の場合は、狭軌に設定した場合軸受けと車輪ボス間の間隔変化量が倍近く増え、車軸にかかる曲げモーメントが増大し車輪・車軸の嵌合部に加わる「繰り返し曲げ(※6)応力が大きくなり、ために車軸側の"ボス"と車軸との過大な応力集中が生じフレコロの発生確率が増えるものと推測できる。

事実、1917年5月 →8月にかけて横浜線の原町田駅⇔ 橋本駅間で輸送力増強のための標準軌化試験が実施され、それに合わせて、標準に改軌準備工事として軸箱間=車軸が通常より400㎜長い台車が多数制作され、横浜線以外でも試験が繰り返されたが、「振れコロ」による車軸欠損が多数発生していた!

※当時は超音波探傷は実用化されておらず、"異常が発生"するまで見つける方法はなかった!

ということで、現在標準軌・狭軌の2つの在来線区を持つ「近鉄やJR東日本」でも、台車(台枠)は全く別物となっている!

※6)鉄道車両は通常車輪の外側に軸受けのある「外軸受け」方式で車軸全長(軸受けスパン)に対する変化量が大きい標準機⇔狭軌変換では車輪が中央によるために車軸全長に対する「車軸のたわみ」曲げ応力がの変化が大きい。

日本においては安全性(耐久性)の問題が

現状の(スペインタルガタイプ)フリーゲージシステムでは、車輪と車軸の嵌合部が「摺動面」に当たり、前途のとおり元々ある微小隙間「ガタ」による車輪ボス部分での「フレコロ」発生確率は固定焼き嵌め輪軸の数倍以上に跳ね上がるわけである!

たとえ在来線のような低速運行?と言えども今後、地軸受け・輪軸ユニット固定方式「ボールスプライン」伸縮軸方式などの別方式の道を探らない限りは日本での「動力車(電車列車)」へのフリーゲージシステムの適用は難しいであろう!

素人考えで申し訳ないが、自動車技術者の端くれ(なりそこない?)としては、バネ下重量の軽量化は難しくなるが、ダイレクト(車輪内遊星歯車組み込みインナーモーター)による左右独立短輪軸と、インサイドフレーム伸縮機構と組み合わせるとか...。

頭の良い方々が揃っておられるのだから、いつまでもタルガ方式に拘らずに「国産技術」を新開発された方が、実現の可能性が高まるのでは?

つまりはフリーゲージトレイン開発は単なるポーズの交渉ネタではなかろうか?

当の御本尊「近鉄」は前途「フレコロ」問題は百も承知のはずで、フリーゲージシステム開発はJRとの相互乗り入れ交渉の「-交渉材料」であろうと憶測している。

エピローグ JR西日本誕生前の南北格差の中で翻弄された道明寺線

大阪府は、旧・河内国も含めた大阪中南部と現奈良県まで率いていた旧堺県(※8)を円満に引き継ぎ?領地を譲り受けたいきさつから大阪府の中・南部には最大限の敬意を払っているが...。

※参8 当サイト関連記事 河内国・旧堺県《 タウンヒストリア・ファンタジー 》 ヒストリアはこちら

交通南北戦争の背景にある大阪府の人口推移と"なにわ人"の南北大移動?

大阪府の人口は戦前の1940年に約480万人を記録

敗戦後1945年には約280万人まで激減

戦後復興期の1955年頃 約260万人まで回復

高度成長期の 1960年には 戦前の記録を塗り替えを約550万人まで増加

1975年には800万人を突破して約825万人に

1985年に 850万人を突破して以来はほぼ横ばい状態が続いている!

つまり、1985年以来も旧大阪鉄道管理局と旧天王寺鉄道管理局ではパイ(旅客)の奪い合いが続いており、結果として大阪府内の南北住人争奪戦争に結びついている?!

一方旧国鉄時代は

旧国鉄時代には大阪北部を根城とする、旧・官鉄系大阪鉄道管理局管内、東海道線・福知山線(神戸線・京都線・宝塚線の)と、天王寺を根城に旧・堺県に路線を伸ばしていた旧・私鉄系統、旧・関西鉄道系 環状線・片町線(学研都市線)・関西線(大和路線)、環状線大阪駅以西の旧西成鉄道(大阪⇔安治川)南海鐡道・山手線であった阪和線(紀州路線)をまとめる旧天王寺鉄道管理局管内では"肩の入れよう"に歴然たる差があった!

事実(史実!)、大阪環状線に101系電車が投入されてからも片町線・阪和線では長らく72系の旧国電が「窓から盛大に隙間風と雨漏り」をさせながら「ガオー・ガタピシ」と走り続け、関西線では近年(1973年10月1日)に至るまでキハ35形(通勤型気動車!)が「息せき切りながら煙を吐いて」のんびりと?満員の通勤客を運んでいた!

JR西日本誕生後も引き続き設備増強は東海道線(神戸線・京都線)主体で

1987年4月1日に国鉄分割民営化でJR西日本が誕生して前途した旧天王寺鉄道管理局がなくなり、阪和線・高田以南の和歌山線が紀勢線とともに若山営業所扱いとなって、それ以外は本社営業部扱いとなり旧天鉄局管内のJR各線にも新型車両が投入されるようになり1989年4月10日には東海道線の新快速とほぼ同時期で大和路快速として221系電車も運用開始されるようになった。

しかし京都線(東海道線)では1990年3月10日のダイヤ改正で、日中の新快速が高槻駅に停車するようになり、大阪北東部の利便性(魅力)が更に向上した。

1992年には 223系電車投入により京都線・神戸線の新快速が最高運転速度130㎞/hに向上して大阪北東部の人気がより一層向上した。

1994年9月4日の関西国際空港開港からは阪和線にも速達列車を中心に積極的に新型高性能電車が投入されるようになったが、最近まで相変わらず101系201系改造車両が、運行を続けていた!

更に1997年3月にJR東西線開業と同時に学研都市線として福知山線(JR宝塚線)JR東西線と片町線が学研都市線として一体運用されるようになり、片町線の近代化?もやっと前進した。

しかし、ドル箱路線である学研都市線直通列車や、関空直通の阪和線には新型高性能車両が続々と投入されても、大阪環状線・大和路線では、いまだに延命改造を受けた201系電車が老体に鞭打って?運行を続けている!(令和元年になってやっと101系が大阪環状線から引退できた!)

北大阪に人気が移り近鉄も...

この間近鉄では1987年12月6日(あびこ筋東側)⇔ 針中野駅間高架化工事完成で近鉄南大阪線大阪市内全区間連続立体交差事業完成し、同時に河内松原⇔大阪阿部橋間10㎞の大幅な時間短縮星(※10)も図られた!が...。

しかし大阪北部の利便性が向上するとともに近鉄線沿線に対する人気も次第に落ち、2000年問題(団塊の世代一斉退職)と高度成長期に造成された沿線郊外ニュータウンの少子高齢化の影響をいち早く受けて、1991年には145,352/日を記録 した近鉄大阪阿倍野橋1日平均乗客が2014年には486,390人と2/3近くまで落ち込み最低を記録する事態となった!

しかし、おおさか東線の開通やダイヤ改正などにより、JR大和路線沿線の宅地人気が回復しだし、最近は近鉄の利用客もやや回復傾向にはある。

※参10) 当サイト関連記事 近鉄 ラビットカー と 南大阪線 の変遷...日本初の 高加減速車 の命運とは?はこちら。

参考データ

近鉄道明寺線(近鉄狭軌路線)の"生い立ちと"歩んだ鉄路"

少子高齢化で一層激しさを増す旧大阪鉄道管理局・北軍と旧天王寺鉄道管理局・南軍の南北旅客争奪戦争?に翻弄された近鉄道明寺線(近鉄狭軌路線)の"生い立ちと"歩んだ鉄路"!

鉄道創成期・明治の時代

※JRは現JR大和路線・和歌山線

※JR1889年(明治22年)5月14日 初代・大阪鉄道・湊町(現JR難波) - 柏原間開業

※1890年9月11日:初代・大阪鉄道柏原駅 - 亀瀬仮停車場間(5.99km)が延伸開業。亀瀬仮停車場が開業。
同年12月27日:初代・大阪鉄道・奈良駅 - 王寺間(15.37km)が開業。奈良駅・郡山駅・法隆寺駅・王寺駅が開業。

※JR1891年3月1日:初代・大阪鉄道 により、王寺駅 - 高田駅間(11.45 km)が開業。

※JR1892年2月2日:関西線 亀瀬仮停車場 - 稲葉山仮停車場間(1.29km)が延伸開業し、湊町駅 - 奈良駅間が全通。

※JR1896年5月10日:南和鉄道(現和歌山線)により、高田駅 - 葛駅間(13.42 km)が開業。新庄駅(現・大和新庄駅)・御所駅・掖上駅・葛駅(現・吉野口駅)が開業

1898年(明治31年)3月24日:河陽鉄道が柏原駅 ⇔ 古市駅間を開業。同年富田林駅迄延伸開業。(全線単線)
1899年5月11日:河陽鉄道が経営不振となり、新たに誕生した河南鉄道が路線を継承。

※JR1900年6月6日 初代大阪鉄道解散関西鉄道に事業譲渡

1902年12月 富田林駅 ⇔長野駅(現・河内長野駅)間を開業し長野線が全通。

※JR1907年10月1日:関西鉄道・南和鉄道、国有化。

大正デモクラシーの時代

1911年11月12日:大和橋駅開業。(現藤井寺市内の現給食センターの辺りにある資材置き場として流用されている場所。)

1912年10月25日:吉野軽便鉄道が吉野口駅 ⇔ 吉野駅(現在の六田駅)間開業(単線・軌間1067mm)。

1919年3月8日:河南鉄道が(2代目)大阪鉄道に社名変更。
1923年4月 道明寺駅 - 大阪天王寺駅(当時の西成郡天王寺村)間 複線直流1500電化で延伸開業。

同年10月16日道明寺駅 ⇔ 長野(現河内長野)間電化完成とともに大阪天王寺⇔河内長野駅間が2代目大阪鉄道本線となる。(同時に道明寺⇔古市間を複線化)

同年12月5日:吉野鉄道・(旧)橿原神宮前駅⇔ 吉野口駅間が延伸開業。同時に全線(柏原神宮前⇔現六田駅間)直流1500V電化。

1924年6月1日:道明寺線電化完成!大和橋駅を現在地に移転して柏原南口駅に改名。同日大阪天王寺駅も大阪阿部野橋駅(あべの橋駅)と改名。

躍進の昭和期

1928年3月25日:吉野鉄道、六田駅 - 吉野駅間延伸開業し全通、吉野駅を六田駅に改称。

同年 2代目大阪鉄道、当時最大の20m級(19.5m)車体を持つ電車デニ500形を投入。

1929年3月 古市駅⇔久米寺駅(現・橿原神宮前駅間)の現・南大阪線全線を複線電化!で開業。吉野鉄道・吉野駅迄直通運転開始

既に開通していた吉野鉄道(現在の近鉄吉野線に相当)とあわせて大阪阿部野橋駅⇔吉野駅間の直通運転を開始

同年8月1日:大阪電気軌道、吉野鉄道を吸収合併。畝傍駅(現柏原神宮前) - 吉野駅間を吉野線とする。

1930年12月9日:南和電気鉄道(現御所線)が尺土駅 ⇔ 南和御所町駅(現在の近鉄御所駅)間を単線1500v電化で開業。(但し当初延伸計画もあったために全線複線の用地は確保)

1937年11月 - 阿部野橋ターミナルビル開業。
1943年2月1日:関西急行鉄道(現近鉄)が大阪鉄道を合併

1944年4月1日:関西急行鉄道(関急)が南和電気鉄道を吸収合併。御所線となる。

1944年6月1日:関西急行鉄道が社名変更し近畿日本鉄道が誕生
※JR1944年11月1日:関西線・奈良駅 ⇔王寺駅間が資材供出のため単線化

1945年2月11日:尺土駅 ⇔ 橿原神宮駅駅間資材供出のため単線化。

戦後復興の歩み

1946年2月8日:尺土駅 ⇔ 高田町駅(現在の高田市駅)間再複線化。

1956年2月現大阪阿倍野橋ターミナルビル増床工事を着工。翌1957年4月に竣工、同年12月に北側部分と外装を統一した上で、全館オープン(この時点で本館西側(旧館)部分が完成)。
※JR1961年2月1日:関西線・法隆寺駅 ⇔王寺駅間が再複線化。
※JR同年3月6日:郡山駅 ⇔法隆寺駅間が再複線化。
※JR同月21日:奈良駅 ⇔郡山駅間が再複線化。湊町⇔奈良間複線化完成、同時に非力で鈍間な!キハ35形大量投入により大幅増便。(両開きドアの通勤型気動車は沿線住人(小生を含む)にとっては画期的な出来事でした、電化前の八高線、相模線...つくばエキスプレスが開業する以前の関東鉄道のような感じ?)

1967年2月25日:高田市駅⇔ 橿原神宮駅駅間再複線化。

※JR1973年10月1日:奈良駅 ⇔ 湊町駅間電化、亀山駅 ⇔ 奈良駅間で蒸気機関車が全廃

※JR同区間だけではなく、当時盗用一?(日本全国にある東洋一)の奈良機関区から龍華操車場までD51が貨物列車を引いて定期運行していた!(柏原駅で毎日見かけました!)
※JR1974年7月20日:平日・快速も大阪環状線への直通運転開始
1976年2月21日:南大阪線・針中野駅⇔(大和川橋梁)間上り線立体交差化。
※JR1984年2月1日:関西線・和歌山線・桜井線全線の貨物営業廃止に伴い近鉄吉野線も貨物営業廃止。
※JR同年10月1日:五条駅 - 和歌山駅間が電化。

1987年4月1日 国鉄分割民営化によりJR西日本誕生

同年12月6日:(あびこ筋東側)⇔ 針中野駅間立体交差化完成。近鉄南大阪線大阪市内全区間連続立体交差事業完成。

※JR1988年3月13日:関西本線加茂駅⇔ 木津駅間電化。加茂駅 ⇔大阪環状線間の快速が大和路快速に名称変更。

1988年11月11日 阿部野橋ターミナルビル新館(百貨店本館東側(現・ウイング館)部分)が開業。

平成の歩み

※JR  1989年3月6日東海道線・山陽線に最高運転速度120km/hの221系新快速電車登場。

※JR 同年3月11日:大阪環状線に直通する区間快速(環状線内各駅停車)が運転開始。

大阪環状線との直通運転を夕方以降にも拡大。郡山駅・大和小泉駅停車の快速および和歌山線・桜井線直通の快速が区間快速に変更。

※JR同年4月10日:大和路快速で221系電車が運用開始。

1990年天王寺周辺最盛期?の乗降客(乗り換え客)

※JR天王寺駅 年間平均乗車人員174,471 人

市営地下鉄天王寺駅 特定日乗車人員164,689乗降客 324,640 /11月6日

近鉄大阪阿倍野橋 年間平均乗客131,944人( 特定日乗車人員113,503 乗降客230,475人/11月6日)

※JR同年3月10日 - ダイヤ改正に伴い、日中の新快速が京都線高槻駅に停車する。

※JR大阪駅 1日平均乗客数 400,043

以後、高槻市と大阪北東部の宅地開発が活発化して同地域への転入者が増えだす!

1990年3月15日:道明寺線・昼間時毎時3本から4本に増便。
同日 26000系(さくらライナー)の営業運転開始。吉野特急の30分間隔運転開始。昼間の吉野線区間急行を急行に格上げして毎時2本とし利便性を向上。

1992年阿部野橋駅年間平均乗降客数133,421/日を記録
※JR1993年天王寺駅平均乗車人員177,589を記録
※JR1994年9月4日:関西国際空港滑走路1本で開港、同日湊町駅がJR難波駅に改称。

※JR関西国際空港開港に伴い、JR難波駅 ⇔関西空港駅間で関空快速が運転開始

※同年 223系電車投入により京都線・神戸線の新快速が最高運転速度130㎞/hに向上更なる時間短縮を果たす。(大阪北東部の宅地開発が活発化?し大阪南部からの転出者が増加しだす!)

※1995年月17日に発生した兵庫県南部地震による大災害発生!。

※JR1995年大阪駅1日平均乗客(乗り換え客)  477,918人を記録!

1999年3月16日:道明寺線 ワンマン運転開始
※JR1999年5月10日、JR難波駅 ⇔関西空港駅間をJR難波駅発着編成単独での運転になる。


21世紀到来

2000年問題(団塊の世代一斉退職)と沿線丘陵地にある"ニュータウン"の少子高齢化の影響を真っ先に受ける?

2002年3月20日:南大阪線古市駅 ⇔ 橿原神宮前駅間一部普通列車ワンマン化。
2005年11月8日:交通量調査、この年の道明寺駅の乗降客数7,623人、柏原駅乗降客6,670人を ピークに道明寺線の利用客は年々減少に向かう。
同年;阿部野橋駅1日平均乗車人員10万人を割る!(2017年現在88,135人)

2006年3月21日:道明寺線昼間時毎時4本から3本に減便。逆にJR柏原駅年平均利用客は、2005年以降1万1千人を維持している。
2007年3月24日 - 柏原駅、橋上駅舎が完成して使用を開始。エレベーター、エスカレーターの使用を開始
2007年8月2日 関空第2期工事第2滑走路4000m供用開始 同年9月1日から24時間空港となる!

※JR2008年3月15日:おおさか東線の開業により奈良駅⇔ 尼崎駅間(おおさか東線・JR東西線経由)に直通快速が運行開始。
※JR同年 天王寺駅1日乗車人員14万人を割る 139,279人
2008年3月23日:河陽鉄道(柏原駅⇔ 道明寺駅 ⇔ 古市駅 ⇔富田林駅間)開業110周年を記念して、大阪阿部野橋駅で記念イベントを開催。大阪阿部野橋駅 ⇔ 河内長野駅間の準急2往復に記念ヘッドマークを掲出する。

※JR2010年大阪駅1日平均乗客 394,503人まで落ち込む!

※JR2011年3月12日:ダイヤ改正により、加茂駅⇔ JR難波駅間の日中の運行形態が変更されて、やまとじライナー廃止

2012年(平成24年)3月20日:道明寺線 昼間時毎時3本から2本に減便
♥同年大阪北部の人気に押され近鉄大阪阿倍野橋以日平均乗客86,390人となり1990年以来最低を記録、以降通勤至便が見直され沿線転入者増加?で需要回復傾向に...
2014年(平成26年)3月7日 - あべのハルカスが展望台等を含め、グランドオープン。

 

公開:2018年10月16日
更新:2019年12月18日

投稿者:デジタヌ

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