狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

連載『 常磐新幹線ならば水戸⇔東京間"最短47分!"で結べるが...』ー第5回ー

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★第3節 地政学的見地で眺めた茨城県各都市

Transit (transportation network)は「人の営み暮らし向き」つまり geopolitics(※20)無視しては成立しま線(せん)!

後述する「水争いの歴史」が geopolitics (地政学)に大きく影響して、茨城県民の traffic(人の流れ)を支配しているのです。

参※20)当サイト関連記事 一研究分野の geopolitics(地政学)の"概念・研究 theme とは... はこちら。

第0項 為政者が作り出した県勢分け

  • ●県北area(空き地?)日立を中核とする都市圏
  • ●県央area(空き地?)水戸を中核とする都市圏
  • ●鹿行area(空き地?)神栖を中核とする都市圏
  • ●県南area(空き地?)土浦を中核とする都市圏
  • ●県西area(空き地?)古賀を中核とする都市圏

明治維新以降の行政区分分けで、ほんの数年の"ちばらぎ"行政区(古賀県)時代の後茨城県が成立してからは、長らく、上記のエリア行政が続いているわけです。

第1目 県都水戸市には求心力がない!

ご老公以来?水戸藩は財政改革に努めてきましたが...

300年にわたる「入り組み支配」が

徳川幕府300年を通じて、地方諸藩(外様大名)の団結反乱を恐れた、江戸幕府は「入り組み支配」と言って、複雑に入り組んみ(かつ飛び地だらけの)所領、を外様諸藩に押し付けました!

"将軍"様を守る、北の要・御三家の水戸藩も例外ではなく!所領もさほど広大ではなく!しかも関東一円に散らばっていたわけです。

だから、各地に"お代官様"を配置して知行地(飛び地)としていたわけです!

つまり水戸のご老公の領内(関東一円の知行地)の行脚もまんざら作り話ではないわけです。

更に譜代の古河藩も同じ。

但し、権威とは裏腹に、財政(経済力)は厳しく、質素倹約・殖産奨励の制作を敷いてきたわけですが。

今に至るも茨城経済を支える屋台骨としては

USAの田舎州(過疎)?の州都の例を見ればよくわかりますが、地方都市では、事業所(製造業)・流通サービス(小売業)・医療サービス・金融サービス(銀行・証券会社)が都市発展の重要な要素となっています。

日本では、医療制度(医療保険)の違いで、医療サービス(医療施設)を、大都市に集約するのは難しいのですが...

それにしても、水戸都市圏(650,841人)の中核都市水戸市(推計人口 269,502人/2022年10月1日現在)の医療サービス(地域病院)は貧弱ではないでしょうか...

更に、金融サービス以外の流通サービス(小売業)も充実しているとは...

つまり、人口の割には見入り(税収)が少ないわけです。

経済力では、企業城下町日立市(推計人口169,036人 /2022年10月1日)に及ばないでしょう。

第2項 自治体間の遺恨の本となった水利"水争い!"の歴史

第1目 近年「おバカなmass media」が騒ぎたてた那賀川氾濫(反乱!)騒動?ですが...

茨城県(庁)は想定していた!

GoogleMapを拡大していただければ一目瞭然ですが、那賀川河口部を望む、ご老公様の居城水戸城は高台(標高約30m)にあり、偕楽園には千波湖(通常水面標高9m)があるように、もともと水戸城周辺は、那賀川と支流桜川流域に広がる湖沼area(空き地?・遊水地)だったわけです。

だから、水戸市役所(標高6.6m)を、桜川河川敷に造ること自体に問題があったわけです!

茨城県(庁)は元々「現三の丸分庁舎(標高29m前後)」のある現官庁街から、標高30の高台に移転して、立派な"城郭?"を構えたわけで...水戸市周辺一帯のオフィス街の危険性を訴えていたわけです。

つまり、小生の塒!大阪府と大阪市同様に、仲があまりよろしくない!わけです。

那賀川の水防問題は県を跨っている!

※お魚マークはダムと遊水地

日本のミシシッピー河?利根川水系の陰に隠れて見落とされがちな、那賀川水系ですが...

那賀川水系は、県境を跨った栃木県那須烏山市から"那珂川町"大田原市那須塩原市那須町 一帯のいわゆる那須高原から広く"集水"している訳です。

あらにこの那賀川水系上流部は、群馬県の利根川水系上流部とは異なり、大規模な治水ダムがあまりありません!

つまり、那須高原の"保水力"に頼るだけで、近年頻発するようになった、ゲリラ豪雨(極地集中豪雨)がこのエリアを襲うと、那珂川にすべて集まり、下流部の水門?水戸を襲うわけです!

さらには極地豪雨は、水戸市周辺でも起こり、この場合は水源近くの上流部に治水ダムを建設しても、防ぎ様が無いわけです!

残る手は遊水地の確保

水戸"新市街"を水害から守るには、利根川河口部の様に、"親水公園"等の遊水地と、那珂川の堤防(水門設置)強化で、水戸市の輪中化を図る以外には手はないでしょう。

第2目 茨城県での水との闘い

那珂川だけではなく、日本のミシシッピ川"利根川水系"では、有史以来「水との闘いの歴史」が続いています。

つまり、利根川、"鬼怒川、小貝川では、増水期の河川反乱、渇水期の、水不足で"流域住民間"の"血み泥の水争い"が繰り広げられてきたわけです。

小貝川・鬼怒川流域に「水害碑」が多いのは氾濫の歴史を物語り、

更に日光街道(現4号線)沿いには「輪宿」!まであり、"鬼怒川"がひとたび荒れると大惨事を招いていたことがうかがわれます。

"水争い"の歴史が物語る複雑に「入り組んだ村境界

茨城県の、行政境は旧河川本流の名残であり!他県にもまして複雑に入り組んでいるのは、旧河川を挟んで両岸の百姓が激しく争っていたことを物語っています。

「水神社」「水宮」「雨ごい神社」、樋水管、水門が多いのは、渇水期の水不足(飢饉)の歴史を表してます。

更に、飢饉のたびに、村同士で壮絶な水争いが起こっていたことを表しています!

最終的に、利害が一致した町村合併で、この一帯(常総エリア)の現在の自治体のautonomy area ,Territory(縄張り!)に落ち着いたわけですが...

飛び地は♥友好関係を表すが...

一般人の誤解、の一つとして、「飛び地問題」があげられますが...

飛び地は然したる問題ではありません!

それより複雑に入り組んだジグザグ市境のほうが問題を表しています!

一部の、土地改良区では、農地の土地改良(区画再整理)事業の結果、地権者(納税者)が複数の自治体に跨らないように、ジグザグではありますが(比較的友好関係にある)自治体同士で協議されたみたいですが...

いまだに旧河川本流後のままに市境が複雑に入り組んだ、境界線がほとんどです!

つまり複雑に入り組んだ境界を接している自治体同士は「犬猿の仲なのです。

鬼怒川は流域には広大な"飯沼"が存在していた

坂東市、古河市(三和)、坂東市猿島、結城市一帯には広大な"飯沼"が広がってました。

太田道灌が、治水事業を始め江戸を開拓しだしたころ、手賀沼(千葉県)同様に、いやもっと広大な飯沼があり、鬼怒川本流は"飯沼"を経由して利根川本流と合流していました。

江戸幕府が、利根川沿いに新田開発を行う以前から、"飯沼"の排水干拓事業が続けられ、広大な開墾地(新田)を生み出したわけですが...

一方で、灌漑(と排水)の為に、今に至る西仁連川、東仁連川、そして、飯沼川(排水路)の整備が続いたわけです。

第3目 利根川反乱!の危惧は去ってい無い!

前途したように、利根川流域は那珂川流域とは異なり、群馬県(旧中曾根政権)が、ダム建設をせっせと行ってくれたので、源流域での増水が原因の氾濫(反乱)の危惧は、かなり少なくいなりましたが...

問題は、最近の異常気象による、中流域・下流域での"ゲリラ豪雨"による河川反乱!堤防決壊!の危惧です。

那珂川河口部とは違い、無駄に広いように見える?広大な河川敷が、利根川増水時の遊水地となり、河川"反乱!"を防いでいるわけですが、日光連山の「"鬼"の怒り」をはらんでいるわけです。

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公開:2022年11月 8日
更新:2024年2月23日

投稿者:デジタヌ

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