『タヌキがゆく』狸穴ジャーナル

近鉄"道明寺本線"の3セク化で超低床トラムが走るライトレール・LRT路線になれれば...

前書き(要約)3セク" 河南ライトレール㈱ "設立の提案!

我が故郷の誇り!道明寺本線を来世紀に繋ぐためには...

首都圏一極集中・若者流出、少子高齢化傾向で衰退する一方の!大阪都市圏にあって、河内はますます過疎化していくことでしょう。

この嵐の中で、ホームドア政治圧力まで忍び寄ってくると、利用者減少であえぐ道明寺本線は、今世紀中には廃線!になるかもしれません...

近鉄"道明寺本線"の3セク化で超低床トラムが走るライトレール・LRT路線になれれば... の目次

※リンクについて

(参※xx) は当サイト内の参照関連記事リンクです。
但し、その他の直接 hyper-link は当事者・関連団体の公式サイト若しくはオリジナル各国語版Wikipediaへ直接リンクしています。

※本ファンタジーについて

本レビュー記事は、出来る限りの"記録(時系列)に下ずいた史実に、地政学的!・工学的 検証"を行ってるセミドキュメンタリー!ですが...

筆者の億測を交えたファンタジー?でもあります。

後述する各団体とは直接関連はありません。

また各団体では"答え難い大人の事情、あまり触れられたくない内容!"も含まれています。

本件に関してのお問い合わせはご無用に願います。 

プロローグ 近鉄最古の路線"道明寺本線!"

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道明寺本線は1898年に柏原⇔富田林駅間に河陽鉄道本線として生まれた近鉄最古の歴史ある路線!です。

開業当初は、大阪鉄道・湊町(現JR難波)から道明寺迄、道明寺天満宮の月例祭事に詣でる人の為に、毎月直通列車が運行されていました!

第1節 嘗て河陽鉄道本線として生まれた道明寺本線!

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道明寺線は、近鉄の中で最初に開業した路線であり、謂わば近鉄の始祖ともいえる路線です。

第1項 盲腸線!が道明寺本線を名乗っているのは...

現在は、道明寺駅とJR柏原駅間2.2kmを結ぶローカル支線・盲腸線ですが、「河陽鉄道(河南鉄道)」として誕生したときは始発駅の柏原駅⇔古市駅間を結ぶ"本線"でした!

第1目 東京で言えば旧川越鉄道(西武国分寺線)

東京で言えば旧川越鉄道(西武国分寺線)と同じように元々の本線です!

南大阪線は首都圏でいえば西武鉄道新宿線(※10)に当たり、道明寺本線は国分寺線!に当たるわけです。

現在の南大阪線(大阪阿部野橋⇔道明寺⇔古市⇔橿原神宮前)が道明寺駅手前で90度曲がっているのは、河南鉄道(河陽鉄道)を買収した二代目大阪鉄道が、初代大阪鉄道を買収した関西鉄道(かんせいてつどう・現JR大和路線)の盲腸線(支線)扱いになるのを嫌って、道明寺から天王寺駅(阿部野橋)方面に独自路線を延伸したためです!(※11)

つまり、前途したように、道明寺本線が河陽鉄道の本線だったわけです!

1898年に初代・大阪鉄道(→関西鉄道→国鉄関西本線→JR大和路線)の、支線的存在として開業しました。

四半世紀を経過した1923年に、当時の"大阪市との市界"に、接していた東成郡天王寺村に「大阪天王寺駅(現・大阪あべの橋)」を建設して、道明寺⇔大阪天王寺駅を延伸させて、Interurban(都市圏近郊電車)に脱皮した路線です。

参※10)当サイトシリーズ記事 西武新宿線 と沿線住人はアーバンネットワーク から見放された! ? はこちら。

参※11)当サイト内関連記事 近鉄・新大阪(おおさか東線)乗り入れ、JR西日本(近鉄・吉野線)相互直通構想とは?... はこちら。

第2項 近鉄道明寺線(近鉄狭軌路線)の"生い立ちと"歩んだ鉄路"

少子高齢化で一層激しさを増す旧大阪鉄道管理局・北軍と旧天王寺鉄道管理局・南軍の南北旅客争奪戦争?に翻弄された近鉄道明寺線(近鉄狭軌路線)の"生い立ちと"歩んだ鉄路"!

第1目 嘗て行われていた国鉄直通旅客列車運行!

道明寺本線も吉野線も誕生当時は蒸気機関車が走っていた!

道明寺線は誕生当初25年間は、本線として「蒸気機関車にひかれた列車」が運行されていました。

2代目大阪鉄道となって1923年4月に南大阪線が天王寺(現阿部野橋)まで開業するまでは、(初代)大阪鉄道時代、関西鉄道時代を通じて、道明寺天満宮の月例際に合わせて、湊町(現JR難波)から、不定期の臨時旅客列車が、直通乗り入れる運行も行われていました!

鉄道黎明期・明治時代

※JNRは旧国鉄関連の事項、※JRは西日本旅客鉄道成立後のJR西日本についての記述を示します。

※JNR1889年(明治22年)5月14日 初代・大阪鉄道・湊町(現JR難波)⇔ 柏原間開業

※JNR1892年2月2日:関西線 亀瀬仮停車場 ⇔ 稲葉山仮停車場間(1.29km)が延伸開業し、湊町駅 ⇔ 奈良駅間が全通。

1898年(明治31年)3月24日:河陽鉄道が柏原駅 ⇔ 古市駅間を開業。同年富田林駅迄延伸開業。(全線単線)
1899年5月11日:河陽鉄道が経営不振となり、新たに誕生した河南鉄道が路線を継承。

※JR1900年6月6日 初代大阪鉄道解散関西鉄道(かんせいてつどう)に事業譲渡

1902年12月 富田林駅 ⇔長野駅(現・河内長野駅)間を開業し長野線が全通。

※JNR1907年10月1日:関西鉄道・南和鉄道、国有化。

大正デモクラシーの時代

1911年11月12日:大和橋駅開業。(現藤井寺市内の現給食センターの辺りにある資材置き場として流用されている場所。)

1919年3月8日:河南鉄道が(2代目)大阪鉄道に社名変更。
1923年4月 道明寺駅⇔大阪天王寺駅(当時の西成郡天王寺村)間 複線直流1500電化で延伸開業。

1924年6月1日:道明寺線電化完成!大和橋駅を現在地に移転して柏原南口駅に改名。同日大阪天王寺駅も大阪阿部野橋駅(あべの橋駅)と改名。

戦後復興の歩み

1946年2月8日:尺土駅 ⇔ 高田町駅(現在の高田市駅)間再複線化。

※JNR同月21日:奈良駅 ⇔郡山駅間が再複線化。湊町⇔奈良間複線化完成、同時に非力で鈍間な!キハ35形大量投入により大幅増便。(両開きドアの通勤型気動車は沿線住人(小生を含む)にとっては画期的な出来事でした、電化前の八高線、相模線...つくばエキスプレスが開業する以前の関東鉄道のような感じ?)

1967年2月25日:高田市駅⇔ 橿原神宮駅駅間再複線化。

※JNR1973年10月1日:奈良駅 ⇔ 湊町駅間電化

亀山駅 ⇔ 奈良駅間の 蒸気機関車が全廃。

※同時に道明寺本線貨物取扱廃止!

後述するように、道明寺本線では貨物輸送も行われていましたが...

国鉄関西線の電化工事の為に、近鉄の構内引き込み線(1500V電化! )が"支障"となるので、貨物輸送は廃止されました!

更に、柏原駅構内配線変更(関西線下り;JR難波方面の通過線(3番線)、及び待避線;2番線改良工事)の為に、近鉄線との渡り線が廃止!されて、構内貨物取扱い線も撤去されました。

※JNR1974年7月20日:平日・快速も大阪環状線への直通運転開始
※JNR1984年2月1日:関西線・和歌山線・桜井線全線の貨物営業廃止に伴い近鉄吉野線も貨物営業廃止。

※JNR同年10月1日:五条駅⇔和歌山駅間が電化。

1987年4月1日 国鉄分割民営化によりJR西日本誕生!

同年12月6日:(あびこ筋東側)⇔ 針中野駅間立体交差化完成。近鉄南大阪線大阪市内全区間連続立体交差事業完成。

平成の歩み

※JR 同年3月11日:大阪環状線に直通する区間快速(環状線内各駅停車)が運転開始。

大阪環状線との直通運転を夕方以降にも拡大。郡山駅・大和小泉駅停車の快速および和歌山線・桜井線直通の快速が区間快速に変更。

※JR同年4月10日:大和路快速で221系電車が運用開始。

1990年大阪阿部野橋最盛期?の乗降客(乗り換え客)

※JR天王寺駅 年間平均乗車人員174,471 人

市営地下鉄天王寺駅 特定日乗車人員164,689乗降客 324,640 /11月6日

近鉄大阪阿倍野橋 年間平均乗客131,944人( 特定日乗車人員113,503 乗降客230,475人/11月6日)

1990年3月15日:道明寺線・昼間時毎時3本から4本に増便。

1992年阿部野橋駅年間平均乗降客数133,421/日を記録
※JR1993年天王寺駅平均乗車人員177,589を記録
※JR1994年9月4日:関西国際空港滑走路1本で開港、同日湊町駅がJR難波駅に改称。

※JR関西国際空港開港に伴い、JR難波駅 ⇔関西空港駅間で関空快速が運転開始。

※1995年月17日に発生した兵庫県南部地震による大災害発生!。

1999年3月16日:道明寺線 ワンマン運転開始。

第2項 南大阪線開業で長閑なルーラル路線!に

南大阪支線?が開業後は道明寺本線は長閑なrural line(肥えタゴ路線)と成り、現在に至るわけです!

1923年4月に道明寺駅 ⇔ 大阪天王寺駅(現・大阪阿部野橋駅)間が、国内初の直流1500V電化・全線複線!路線として延伸開業しました。

同年10月16日には道明寺駅 ⇔ 長野(現河内長野)間の電化工事も完成して、大阪天王寺⇔河内長野駅間が2代目大阪鉄道の本線となりました。

第1目 1924年6月1日:道明寺線本線 電化完成!

道明寺線の電化と同時に、大和橋駅を現在地に移転して、柏原南口駅に改名しました。

※つまり道明寺駅 ⇔ 大阪天王寺駅開通後も、翌年1924年6月に道明寺線が電化完成するまでの半年間は、柏原⇔道明寺間を、蒸気機関車に引っ張られた客車列車がはしっていました!

当時の汽車列車では、柏原駅を発車してすぐに始まる勾配を登るのもきつくて、電化が完成するまでは、現在"給食センター"がある付近に停車場が作られていました!

1928年には大阪鉄道・本線(南大阪線・長野線)に、当時国内初最大の20m級(19.5m)電車デニ500形が登場しました。

第2目 道明寺本線では貨物輸送も行われていた

嘗て、柏原駅では、関西本線(大和路線)に(構内渡り線で)線路が繋がっていて、貨物車両の受け渡しが行なわれていました!

そして当時道明寺駅に隣接していた(サントリー子会社の)清涼飲料水メーカー"寿屋"の出荷貨車を、関西線・柏原駅迄運んでいました。(※09)

なので柏原駅構内も近鉄の電気機関車の為に電化!されていました。

これらの構内施設は、前途したように1973年10月の奈良駅 ⇔ 湊町駅間電化に合わせて撤去されました!

※小生が子供の頃には、可愛い近鉄の電気機関車が3両ほどの有蓋火車と無蓋火車を引っ張り、のんびり行き来していて、踏切際の現在自転車置き場になっているところに"日通"の貨物取扱所があり、オート3輪が常駐していました!

参※09)サントリー道明寺工場(1934年→2004年10月休止・廃止・撤去)

第3目 国鉄時代の南北格差に"翻弄され続けた"近鉄道明寺本線"

大阪府は、旧・河内国も含めた大阪中南部と現奈良県まで率いていた旧堺県(※8)を円満に引き継ぎ?領地を譲り受けたいきさつから、旧天王寺鉄道管理局では大阪府の中・南部には最大限の敬意を払っていましたが...

※参8 当サイト関連記事 河内国・旧堺県《 タウンヒストリア・ファンタジー 》 ヒストリアはこちら

旧国鉄時代は

旧国鉄時代には大阪北部を根城(ねじろ)とする、旧・官鉄系大阪鉄道管理局管内の東海道線・福知山線(神戸線・京都線・宝塚線の)と、天王寺を根城に旧・堺県に路線を伸ばしていた旧・私鉄系統、旧・関西鉄道系 環状線・片町線(学研都市線)・関西線(大和路線)、環状線大阪駅以西の旧西成鉄道(大阪⇔安治川)南海鐡道・山手線であった阪和線(紀州路線)をまとめる旧天王寺鉄道管理局管内では"肩の入れよう"に歴然たる差がありました!

事実(史実!)、大阪環状線に101系電車が投入されてからも片町線・阪和線では長らく72系の旧国電が「窓から盛大に隙間風と雨漏り」をさせながら「ガオー・ガタピシ」と走り続けて、関西線では近年(1973年10月1日)に至るまでキハ35形(通勤型気動車!)が「息せき切りながら煙を吐いて」のんびりと?満員の通勤客を運んでいました!

(前途した通り、物心ついて以来ずっとお世話になってました!...なにより1960年代末まで蒸気機関車c58が客車列車を引いていました!

亀山駅 ⇔ 奈良駅間の蒸気機関車が全廃された1973年10月1日以降も

加美操車場⇔王寺⇔奈良間でD51が活躍していました!

当時の奈良機関区から盗用一?(日本全国にある東洋一)の龍華操車場まで、D51が貨物列車を引いて定期運行していました!(1974年当時に自動車学校に通っていた小生は柏原駅で毎日見かけました!)

第2節 LRTの運営は?...

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現在、道明寺支線は近鉄直営ですが、その為にJR大和路線との連絡が悪く、昼間の(現金)利用者はあまりおおくないようですが、

四日市あすなろう鉄道(株)のように、近鉄、JR西日本、藤井寺市、柏原市、大阪府が共同出資して河南ライトレール㈱を設立すれば、近鉄本線に気兼ねせずに自由なダイヤが組めるようになるでしょう!

つまり現行の昼間2本/時間、上下とも30分にたった1本!などというとんでもないローカル線から、(途中駅で列車交換を行えば)昼間でも4本/時間、朝夕ラッシュ時10分間隔6本程度の運行が可能となり、利便性が大幅に改善されるでしょう。

第1項 但し運賃は...

3セク化で、運賃は多少上がりバス並みの210円になるのは致し方ないでしょうが、便利良くなれば...

現行運賃比較

  • ●JR柏原⇔高井田(関西線)2.4㎞ 130円
  • ●近鉄道明寺⇔柏原間 2.2㎞ 160円
  • ●大阪メトロ 天王寺⇔大国町 2.2㎞ 180円!
  • ●大阪シティーバス 定額 1回 210円!

但し近鉄線内への初乗り運賃(2重取り)も含めて、この区間の大幅な運賃改定(大阪シティーバス程度)は致し方ないでしょうが...

第2項 本線乗り換え客への配慮は...

両端のJR・乗換駅(古市駅、藤井寺駅)に南大阪線本線と隣接したホームを設けて、定期客・ICカード利用客の便を図れば、さほど乗り換えの不便は生じなくて、むしろ利便性は向上すると思われます。

尚、使用車両は「超低床トラム車両」を導入して、車両基地と保守・整備は近鉄古市車両所に業務全面委託することとして運行・管理、乗務員は新会社所属とすればよいでしょう。

本社は現道明寺駅に置き、この駅で全線、列車無線連絡によるCTC集中管理を行えば良い訳です。

エピローグ "超低床トラムカーが走るLRT路線!になれば

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  • 赤い電車マーク 既設駅
  • 緑電車マーク 親切駅
  • xグレー区間 デッドゾーン

第0項 何れ襲ってくるホームドア設置政治圧力!を♥躱すためにも

南大阪線本線はともかく、今のままでは道明寺本線はいずれ廃止の憂き目にあうかもしれません!

沿線の貧乏自治体(柏原市・藤井寺市)ではホームドア設置のための補助金など出所がありません!

※このホームドア20億円!もしていますいったい"誰が"儲けたのでしょうか...

第1項 新駅設置で利便性向上!

駅設置に伴う"大げさな設備"(橋上通路、エレベーター、エスカレーター、自動改札機、券売機、それに伴う空調設備etc....)が一切不要なのでお手軽に"駅"が親切出来ます。

乗り合いワンマンバス同様の、カード対応を執れば、途中駅には何も必要ありません

※、UCカードは、柏原駅・道明寺駅で販売(チャージ)可能です、更にスマホ対応にすれば...

更に(小生のような)お年寄りには、最寄りのコンビニに"ICカード"取り扱いの委託を行えば問題ないでしょう!

更に更に、最寄りの自治体市民課窓口で、市民優待(割引)"河南LRT専用"ICカードの発行を行えば、更に利用促進できるでしょう!

(沿線利用者以外の市民にも負担を強いる、"補助金"方式ではなく利用者直接補助が世界の趨勢となってきています!)

第1目 旧・大和橋駅の復活

前途した給食センター辺りの旧・大和橋駅跡を復活させて新駅♥「給食センター前」が開業出来れば、隣接した「梅が園町」や惣社地区の住人の利便性が向上します!

第2目 中国電線前駅

更に、府道12号に隣接した「中国電線前駅」も親切すれば、石川対岸の柏原市石川町、片山町の住人も、利便が向上します!

第2項 現用通勤型車両との比較 

第1目 近鉄6400系

●編成 2両固定編成
●編成定員 6400系、6407系:272名(※61)
●編成長約41mX全幅 2,800 mmX全高 4,150 mm

(※61)※定員とは、着座人数+つり革数の合計数で、通常の通勤型車両では150%でも新聞・雑誌(スマホ?)を広げても楽に乗車できる状態を"満員"として、設計されています!

現行輸送力

つまり、ラッシュ時間帯現行4往復なので、

ラッシュ時輸送力は 272名X4本X往復=2,176名/時間

道明寺本線では輸送力過剰!

現在近鉄には"単行運転"できる車両が無いので近鉄6400系が使用されていますが、朝夕のラッシュ時でも定員乗車遭遇したことはありません!

第2目 福井鉄道F1000形電車

福井鉄道さんと同じ「フクラム」型車両を採用すれば、住人の利便も「膨らむ」でしょう!

超低床トラムカーならば、ホームも超低床!なので、駅構内部分を舗装しておけば、転落事故の心配は有りません!

♥えちぜん鉄道内での高低両用ホームの例

●編成 3両固定編成(3車体連接車)
●軌間 1,067 mm
●電気方式 直流600 V(架空電車線方式)(※直流1500Vタイプも制作可能!)
●設計最高速度 70 km/h
●起動加速度 3.5 km/h/s
●減速度(常用) 4.4 km/h/s
●編成定員 155人(座席53人)
●編成重量 37 t
●編成長 27,160 mm
●全幅 2,650 mm
●全高 3,437 mm
●車体 耐候性鋼製車体
(前頭部:GFRP製)
●編成出力 300 kW(100kwX 3基 / 編成) 省エネルギー

第1目 ラッシュ時10分間隔6往復もOK

駅が増えても、フクラムは高加減速なので、現行の表定速度33㎞/h(2.2km/4分)は維持可能です。

つまり余裕をもって、時間6往復も可能です!

ラッシュ時輸送力

155人x6本x往復=1,860名/時間 となりますが...

更に設計満員110%(同系車両を用いる宇都宮ライトレール公式資料より)170名だと、

170人x6本x往復=2,040名/時間

つまり前途したように、道明寺本線はコロナ過前でも"定員"になったことは無いので問題は有りません。フクラムの設計満員110% 170名でも余裕綽々で運行できるでしょう!

むしろ朝夕のラッシュアワーに(10分間隔時間6往復に)運行本数が増えれば、かなり便利良くなるでしょう!

更に給食センター前に交換設備を設ければ

2編成で5分間隔のピストン輸送も可能となり、ラッシュ時には12往復も可能となります。

155人x12本x往復=3,720名/時間

将来、沿線の給食センターあたりにタワマンが出来て、利用者が増加?したとしても、十分対応可能です!

第3項 昼間15分間隔時間4本のダイヤ設定で利便性向上! 

現在、大幅に列車が削減された道明寺本線!ですが...(参考データ覧参照)

近鉄さんに気兼ねせず?!に、ダイヤが組めるので、JR柏原駅での乗り継ぎの利便を考慮した「連絡ダイヤ」が組めるようになります!(※99)

昼間15分間隔ならば、ママチャリ族もお買い物・お出かけに気軽に利用できるようになります!

つまり雨の日でも、マイカー(軽ワゴン)を態々引張出して迄行くには、不便な柏原駅周辺へのお買い物も、さほど苦にはならないでしょう。

(※99) 現状も上り方向の各停は"道明寺線の到着ダイヤに合わせて運行?されていて、しかも乗り換えが完了するまで、発車待ちをしていてくれています!)

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《大都市圏のローカル線!が21世紀を走り抜けるには?》関連記事のご案内 

※以下の♥タイトルをクリックするとシリーズ記事全てにジャンプ!できます。

後書き《廃止検討路線問題》シリーズについて

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色んな理由で、極赤字路線廃止が検討されています。

と言うより色んな口述・言い訳!で、『極赤字路線が21世紀まで生き延びた』といってもよいかもしれません。

鉄道駅を中心(ハブ)として、ローカルエリアの交通網・生活圏を構築してきた、自治体の都市計画を考え直す時期に来たのでしょう!

abandoned Railroadの教訓から学ぶ必要がある"持続可能な鉄道事業"とは

多く歴史ある鉄道がabandoned railroad(廃線)となって"天に召された"ましたが...

鉄道黎明期の LRT ?ブーム

明治維新後の文明開化で訪れた陸蒸気幹線の発達と共に、日本各地で民間資本による"軽便ブーム"が起こり、その多くが昭和に至るまで大活躍していました。

今風に言うなら LRT 網と言うことになります!

全国にあった軽便軌道の栄枯盛衰は

(※参 詳しくは当サイト内関連記事 嘗ては手軽な輸送手段だった?"鉄道" はこちら。

これらは、軌道法軽便鉄道法に下づいていたり、いずれにも属さない"簡易軌道"として、

市街地を駆けまわる"チンチン電車"網、都市圏交通を担うInterurban(都市圏電気軌道)、鉄道幹線(大都市)と港町を結ぶ臨海鉄道・臨港鉄道、山間部を縫う森林鉄道、そして北海道で1960年代!まで大活躍した殖民軌道などなどでした。

更には、準LRTと言っても過言ではない旧地方鉄道法準拠のrural line(肥えタゴ路線)の地方私鉄も含まれるでしょう。

"持続可能な鉄道事業"を目指すには...

これらのabandoned railroad達にスポットを当てて、陸上交通におけるregional line"地方交通線"が担ってきた役割と、その"生い立ち"、更には"消えていった背景"を考察して、「トランスポーター」の一つとしての「持続可能な鉄道事業」の姿を模索してみました

狸穴総研 鉄道再建研究室 極赤字路線問題調査室 出自多留狸

※脚注 関連団体♥ 問い合わせ先リンク集

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関連団体リンクテーブル 

 

公開:2021年1月21日
更新:2022年8月31日

投稿者:デジタヌ

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