狸穴ジャーナル『タヌキがゆく』

連載 Epic 『 東北に於ける先住民"蝦夷"と征服者"弥生人"の鬩ぎ合いの歴史!』ー最終回ー

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★エピローグ 歴史は繰り返される!

★第1項 「先住民と侵略者との闘い」でみると理論武装は武力よりも強し!

「歴史は繰り返される」の言葉通り、東北各地は冬季「雪に閉じ込められる貧困」故に、時の為政者・中央政府側からみると反乱・一揆の歴史を繰り返し、その都度「為政者に鎮圧」されてきたことになります。

そして歴史を振り返ってみると、最初に述べた通り「弥生人の文字・宗教による理論武装が、先住民達のシャーマンによる伝承文化を征服せしめた」ともいえる訳です。

★第2項 嘗て帝国主義の欧米列強が行った植民地政策!

世界的に見ても、大航海時代のスペイン王国、大英帝国、などは世界各国に植民地を造り、先住民を服従させて彼らから膨大な財宝を略奪して本国に送り、国本が繁栄を謳歌していたのは史実です。

そして自然崇拝の原始宗教(多神教)のシャーマン(祈禱師)文化に対する、文字文化(ラテン語・英語)に根差した「耶蘇教の布教・浸透」がその背景にあるわけです。

第1目 正義とは勝者の論理!?

大英帝国がイギリス連邦となり、スペインの植民地も次々と独立して、海洋帝国・列強と呼ばれたヨーロッパ諸国の植民地も次々独立した20世紀後半でも、

ナチスドイツのnationalism国粋主義!)の結果引き起こされた第2次大戦ヨーロッパ戦線の傷跡として、欧米の嫌われ者?「ユダヤの民(富)」を、列強がもともと植民地として占拠していたパレスチナの地へ、「終戦のどさくさ紛れ」に追いやって建国と称して占領!させて、今もって多くのパレスチナ難民を創出したにもかかわらず、彼らのphilosophy(哲学・宗教)シオニズムは「正義」とされている!わけです。

過去の戦争犯罪(軍事)裁判でも...

極東軍事裁判やロシア革命の革命犯罪法廷、イラクの軍事裁判などを取り上げるまでもなく歴史は常に勝者永続している侵略者)の言い分正義とし敗者すなわち侵略され(服従を強いられ)た側言い分は認めないわけです。

★第3項 入植・移住という名の融和策も東北には...  

入植・移住というのは、侵略者が常套手段として宗教(共通の倫理観)の布教とともに、用いる手法であり、

侵略地域の先住民に対する「融和策」の一つでもあります。

国際間では、西欧列強諸国が行った、南北アメリカ大陸のアメリカ合衆国、カナダ、メキシコ、中南米諸国、オーストラリア、ニュージーランドなどへの「民間人移民」とキリスト教の「布教」は、征服した「先住民」との融和策として有効な施策でした。

日本においては、日向(宮崎県)薩摩・隼人(現鹿児島県)侵略に際して、日ノ本Federationが行った「既存植民地!」からの先住民(農奴!)の強制移住!、つまり新たな占領地に設けた荘園に強制移住!させて、地元種族同士で融和を図り、占領体制を固める!やり方でした。

明治維新後の北海道への開拓団の移住、戦前の「満州国」への日本内地からの移住等々に代表される「民間人レベル」の融和策でしたが...

第1目 残念ながら東北では

余りにも雪害がひどい東北各地では、他地域からの入植も困難なほどに大規模開拓は難しく

維新後になって始めて日本三大開拓地と呼ばれ「成功を収めた福島県吹町区、青森県十和田市」くらいしか開拓地は見当たらず、しかも少数の地元藩士が入植できたにすぎず、北海道のように他府県から大勢の入植者を受け入れられる状況ではありませんでした。

※(歴史書を読みあさり)歴史家でもあった徳川家康が開幕した江戸幕府ですら、東北への民間人移住という融和策はとれなかった!訳です。

第2目 「白河の関より北にはぺんぺん草も生えない!

江戸末期になって「朝廷」を担ぎ上げた、長州・薩摩を中心とする「官軍」と奥州連合・東北軍との間で戊辰戦争が起こり、再度「錦の御旗」の下につるんだ新政府軍に屈することとなり、『白河の関より北にはぺんぺん草も生えない!』と東北日報を引き継いだ現・河北新報の創始者「一力健治郎」が嘆いた程の貧困が、第2次大戦後の1970年代!まで続くこととなったわけです。

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公開:2018年8月 5日
更新:2024年2月21日

投稿者:デジタヌ

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