旅するタヌキ

【ホール音響ガイド】新潟市秋葉区文化会館 ー建物自体が観賞用芸術作品?ー

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新潟市秋葉区文化会館

Official Website http://akiha-bunka.com/

新潟市秋葉区文化会館のあらまし

平成の大合併で新潟市の一部となった旧 新津市にある施設。

建築界の奇才・造形作家?新居千秋氏の作品で建物自体が「芸術作品」となっており秋葉区民のご自慢の施設。

新潟市秋葉区文化会館のロケーション

ところ  秋葉区新栄町4番23号

信越本線新津駅の南方1.2㎞の、信越本線と総合車両製作所新津事業所に挟まれた一角にある。信越本線とは専用駐車場と東となりの市立新津第一中学校の校庭とで遮られ、西となりの総合車両製作所新津事業所とは市道と木立で遮られている。総合車両製作所の西隣300mほど離れたところに秋葉区役所と秋葉区総合体育館が、その北側に新潟地域振興局、新津簡易裁判所などの庁舎が並んでいるが、基本的に文化会館周辺は閑静な住宅街である。

新潟市秋葉区文化会館へのアクセス

鉄道・バスなどの公共交通

JR新津駅西口より南へ徒歩約15分/1.2㎞

マイカー利用の場合

収容台数約233台の無料駐車場が準備されているので、マイカー利用も可能。但しできるだけ公共交通機関のご利用をお勧め。

磐越自動車道新津ICより車で約15分、新津西スマートICより車で約15分

新潟市秋葉区文化会館がお得意のジャンル

ホール

  • 指定管理者㈱NKSコーポレーションが積極的な自主興行をぶちかましており、オーケストラコンサート、オペラやバレエ公演ソリストのリサイタル、アンサンブルの演奏会、小編成の室内楽コンサートなども行われミュージカル、Jポップ関係のコンサートや、往年アイドルグループ、エンタテイナーのワンマンショウ、ジャズコンサート、演劇・伝統芸能、歌謡歌手の歌謡ショー、懐メロ歌手の歌謡ショー、落語・演芸寄席、トークショー、、パフォーマンス・ショーなどの色物などジャンルに拘らないバラエティーに富んだイベントが行われている。

秋葉区文化会館以外の新潟県の劇場ガイド

新潟県下にある公共ホールのまとめ』ページはこちら

新潟市の周辺観光スポット&イベント情報ガイド

新潟県にある『くびき野レールパーク』などの『甲信越エリアの観光スポットまとめ』記事リンクはこちら。

「鉄道イベント」などの『甲信越エリアのイベント情報』はこちら。

長野県で行われる『セイジ・オザワ松本フェスティバル』や「コンクール」などの『甲信越エリアの音楽イベント情報』はこちら。

全国芸術祭情報はこちら。 

トリップアドバイザーの周辺口コミガイドはこちら。

新潟県の特産品&名物ガイド

『柿の種』など新潟県の名産品ガイドはこちら、『八海山』など新潟県の銘酒ガイドはこちら、『エチゴビール』など新潟県の地ビールガイドはこちら。

施設面から見たホールの特色

※ご注意;以下※印は当サイト内の関連記事リンクです。
但し、その他のリンクは施設運営者・関連団体の公式サイト若しくはWikipediaへリンクされています。

ホール

(公式施設ガイドはこちら。)

建築界の奇才新居千秋氏お得意の「打ち放しコンクリート造形」アントニ・ガウディの南欧カタルーニャ芸術を彷彿とさせる曲面を多用したホール。由利本荘市文化交流館/カダーレ(2011年10月竣工)2013年3月竣工八丈町多目的ホール「おじゃれ」に続く3連作?を締めくくる秀作。大阪の奇才安藤 忠雄氏同様打ち放しコンクリート造形フェチ?に徹しておられる。

安藤先生は、モダニズム系のデザインだが、新居先生は曲線平面を多用したポリゴン造形?がお好きらしい。

いずれにせよ、どの作品も新居千秋氏の作品とすぐにわかる、個性を持っている。

緩やかなスロープを持つ1スロープのプロセニアム形式多目的ホール。

ホール音響評価点:79点

§1,「定在波」対策評価点:50点/50点満点

  • ※各フロアーの配置・形状、壁面形状、をオーディエンス周辺壁面(概ね人の背の高さ:約1.8mの範囲内)の設えで評価する。
  • ※客席側壁がプレーンな垂直壁で 「完全平行・平面」の場合は、満点x0.5=25点をベースに算出。
  • ※被害エリア客席数/収容人員 の比率で持ち点から算出する。

§2、残響その1 「初期反射」軽減対策評価点:6点/25点満点

  • 木質パネル等持ち点25点から硬質壁在持ち点12点の間5段階の持ち点評価。
  • ※被害(音響障害)想定席数と収容人員の比率で採点評価

§3,「客席配置」評価点:18点/20点満点

  • ※壁際通路、大向こう通路の有無、天井高さ、バルコニー・テラス部の軒先高さ、平土間部分の見通し(眺望)不良、それぞれ-1点/1箇所で持ち点減算。
  • ※前項同様に想定被害者数を引いた有効座席数の割合で評価する。

§4,残響その2「後期残響」への配慮評価点:5点/上限5

  • 上限10点の範囲内で音響拡散体が付加されていれば1点/1アイテムで加算評価。
  • ※壁面形状、音響拡散体(相当要素)、テラス軒先形状、天井構成、その他の要素で評価。

※関連記事 「ホール音響評価法についての提案」はこちら。

総評

壁面が木質であれば音響評価は91点のホールであった。

ついでに「いくら自信がおありでも、打ち放しコンクリート壁にへばりついた?大向う席と壁際は勘弁してください。」ということで減点させていただきました。

算出に用いた値;

●定在波対策持ち点;50点/障害発生個所0ケ所

想定・定在波障害席数;0席

●初期反射持ち点 7点/素材点12点&障害発生個所5ケ所

想定・初期反射障害45席(28席/中層部、17席/大向う)

●客席配置持ち点 20点/障害発生個所5ケ所

音響不良席その1;定在波障害席0席

音響不良席その2 ;初期反射障害45席(28席/中層部、17席/大向う)

重複カウント ;ー0席

音響障害席総計;45席

新潟市秋葉区文化会館の施設データ

  1. 所属施設/所有者 新潟市秋葉区文化会館/新潟市。
  2. 指定管理者/運営団体 ㈱NKSコーポレーション/新潟市。
  3. 竣工・開館   2013年5月竣工
  4. 設計  新居千秋

ホール

  1. ホール様式 プロセニアム型式多目的ホール。
  1. 客席仕様   1スロープ1フロアー 
    • 収容人員496席、
      • 1階固定席X403席、、親子室X10席含む、(可動席X59席、、車椅子用スペースX6人含む、)1階平土間中央部千鳥配列、
      • フローリング、
  1. 舞台設備
    • 基本仕様 可動プロセニアム形式;有効幅約26m(ステージ最大幅約29m)x有効奥行き約8.8m(最大奥行き約9.65m)有効面積約228.8㎡(約138畳)2面舞台相当プロセニアムアーチ:間口約12.6~16.6m、高さ約7.2~11.65m、実効面積;約110.9㎡(約67畳)ステージ高さ;FL+約?cm、ブドウ棚,バトン類
    • 反響板設置時;プロセニアムアーチ:間口約16.6m、高さ約11.65m、奥行き約8.05mor10.9m、最大有効面積;約154.9㎡(約93.5畳)ステージ高さ;FL+約?cm、
    • 仮設資材;能舞台セット、寄席セット、仮設花道、仮設鳥屋囲、講演台・演台・花台、司会者台、鳥屋囲、バレエ用シート、地絣(敷物)
    • 大・小道具:金屏風、、雪かご、人形立て、
    • 洋式幕装備;引き割緞帳、袖幕X2、暗転幕、ホリゾント幕、中ホリゾント幕(中割幕)x3、
    • スクリーン;常設スクリーン(11.8x5.15m)、
    • 投影設備;、Panasonic PT-DW8300 DLP 方式プロジェクター 、 Panasonic DMR-BRT250 BR/HDDレコーダー
    • コンサート対応設備;反響板、オーケストラ平台、ひな段用けこみ、指揮台/指揮者用譜面台、ピアノ椅子、コントラバス用椅子、奏者椅子(スタッキングチェアー)譜面台、
    • 専用備品 フルコンサートピアノ(スタインウェイ・D-274)
  1. 舞台仕様・詳細寸法などに関する仕込み図面集等
  1. 専用施設 
    • レジストレーションカウンター、ホワイエ、

付属施設・その他 

  • 練習室・共用備品
    • 投影装置(設備);NEC NP-M311XJL DLP 方式プロジェクター、Panasonic DMR-BRT250 BR/HDDレコーダー、 SHARP LC-20E7-B プレビューモニター、 練習室映写スクリーン(サイズ不明)
    • ドラムセット
  • 付属(共用)施設 
    • 洋室楽屋・兼会議室X3(全室ユニットバス付き)、シャワー室
    • 、音楽スタジオ、練習室x2、喫茶室、
  • 施設利用(付帯施設利用料金等)案内 詳しくはこちら公式ガイドへ。

デジタヌの独り言

建築界の奇才新居千秋氏お得意の「打ち放しコンクリート造形」は素晴らしいが...。

ホールは造形物であることはまちがいないが「実用品」でもあり、陶芸作品に近く濱田庄司氏で有名になった益子焼に通ずるところがあり、実用性がないお遊びでは困る。

先生の作品は、小生のような凡人?では評価(評論)しずらいところがあるが...。

あえて言わせていただくと、プレーンな面の組み合わせなら、木質パネルを採用しても可能なはずで、音響インピーダンスと音圧反射率の関係を無視してまで、打ち放しコンクリートにこだわる必要性があるとは思えない。

むしろ桐の突板パネルを用いるなど、木肌感(木目)を感じさせない造形に挑戦していただきたかった。

デジタヌの知っておきたい豆知識

新潟市秋葉区文化会館のある新潟市秋葉区とこれ迄の歩み


信濃川の河口部に開けた新潟県の県庁所在地。

洪水・地震・大火・などの天災復旧に明け暮れ、信濃川の治水事業に明け暮れてきた町である。

推計人口、801,298人/2018年4月1日。

新津―新潟 19分/320円/信越本線/15.2km

新津ー(長岡)―東京 3時間24分/9,600円/在来線ー新幹線/318.7km

令制国(律令国)

645年旧暦6月12日の「乙巳の変」以降 668年即位した天智天皇によって制定された令制国(律令国)による国分けにより704年の国割確定・国印鋳造を基本として明治初期の廃藩置県後も現在に至るまで行政区分の基本となっている。

越後国

頸城郡 、魚沼郡、刈羽郡 、三島郡 、古志郡、蒲原郡 、岩船郡の7郡で成立していた。

江戸幕府の「入組支配」

入組支配;江戸幕府が行った政策で、かつての律令国家の上に成り立つ、地方豪族・大名に対し頻繁に転封(国替 )・減封(領地召し上げ)を行い地方の統一・団結を阻む政策。このため明治維新後も府県、郡村の離合集散が重ねられた。

新潟市の属していた越後国・蒲原郡(かんばらぐん)

蒲原郡 -新発田藩、三日市藩、黒川藩、村松藩、三根山藩及び代官支配地; 幕府領、旗本領、村上藩飛地領、長岡藩飛地領、与板藩飛地領、陸奥会津藩飛地領、上野高崎藩、駿河沼津藩、伊勢桑名藩飛地領。

越後国および北陸道で最大の面積を持つ郡で1770郷で成立していた。

現・新潟県内で最も「入組支配が徹底されていた郡」で各支配地(各郷)間での待遇・処遇に大きな格差が生じていた。

新政府により明治12年(1879年)に新潟区、北蒲原郡、中蒲原郡、西蒲原郡、南蒲原郡に分割された。

廃藩置県と明治新政府の行政改革

江戸時代、徳川政権の幕藩体制下で有名無地となった「令制国」の復活・修復と、入組支配の結果生じた近隣地区(村)同士の待遇(租税)格差をなくし、「地方創世の基本となる行政区分再編成」を行ったのが一連の廃藩置県政策であったともいえる。

教科書!では1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)の明治新政府の布告日が知られているが実際には1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の大政奉還から版籍奉還 (1868年8月1日/旧暦6月24日)を挟み、1871年7月14日の廃藩置県布告を経て1872年の 第1次府県統合、1876年の第2次府県統合終了まで明治新政府によって進められた一連の行政改革で、その後の離合も含め越後国も幾多の行政変遷にさらされた。

1968年4月19日(旧暦慶応4年5月11日) - 幕府領・旗本領が新潟裁判所の管轄となる
1968年9月21日(旧暦11月5日) - 越後府(第1次)が改称して新潟府となる。

1869年2月8日(旧暦3月20日) - 藩領および蒲原郡の一部(後の東蒲原郡域・新潟町)を除く岩船郡・蒲原郡が越後府(第2次)の管轄となる(新潟町は新潟府管轄のまま)。

同年2月22日(旧暦4月3日) - 新潟府が新潟県(第1次)に改称。
同年7月27日(旧暦9月3日) - 後の東蒲原郡域を除く新潟町を含む区域が水原県の管轄となる
1870年3月7日(旧暦4月7日) - 水原県が廃止され、同区域が新潟県(第2次)の管轄となる。
1871年7月14日(明治4年旧暦8月29日) - 廃藩置県布告により藩領が新発田県、村上県、黒川県、三日市県、村松県、峰岡県、与板県、高崎県となる。
同年11月20日(旧暦12月31日) - 第1次府県統合により後の東蒲原郡域を除く区域が新潟県(第2次)の管轄となる。

1873年(明治6年)1月1日(旧暦明治5年12月4日)新政府太陽暦採用布告。

同年6月10日 - 柏崎県が廃止され、蒲原郡の一部(後の東蒲原郡域)を除く全域が新潟県の管轄となる。

1876年8月21日 - 後の東蒲原郡域が第2次府県統合により福島県の管轄となる
1879年1月27日 - 郡区町村編制法の福島県での施行により、福島県蒲原郡に行政区画としての東蒲原郡が発足。
同年4月9日 - 郡区町村編制法の新潟県での施行により、新潟県蒲原郡のうち新潟町・寄居白山新田村の区域に新潟区、北蒲原郡、中蒲原郡、西蒲原郡、南蒲原郡が、発足。

1880年(明治13年)8月7日 : 新潟大火で市街地を焼失。

1886年(明治19年)5月27日 - 福島県東蒲原郡が新潟県の管轄となる。

1889年(明治22年)4月1日 : 新潟区235町および西蒲原郡関屋村古新田の区域をもって新潟市が発足。

1893年(明治26年)4月1日:横川駅 - 軽井沢駅間が延伸開業し、直江津ー高崎間の信越線(官設)が全通。

1897年(明治30年)11月20日 : 北越鉄道(現信越本線)開通により新潟-上野間がつながる

1908年(明治41年)3月8日 : 若狭屋火事により、初代萬代橋が焼失。同年9月の大火で、市街地の大半を焼失する
1909年(明治42年) : 二代目萬代橋が完成。
1913年(大正2年)8月28日 : 木津切れにより水害被災。
1914年(大正3年) : 中蒲原郡沼垂町と合併。その後も周辺町村を合併して市域を拡大。

1916年(大正5年)から日本石油株式会社により、大面油田(現・三条市)の採掘が始まる。同年(大正5年)3月には、1日にドラム缶300本分の石油が噴出した。(同原油は市熱本線ルートで首都圏に送られていた。)

1917年(大正6年)10月2日 : 曽川切れにより水害被災。

1929年(昭和3年) : 三代目萬代橋が完成。同年本州日本海側で初となる万代飛行場が、信濃川下流の中州の万代島(現中央区万代島)に開港。

1930年(昭和5年)万代飛行場が北蒲原郡松ヶ崎浜村へ移転し、新潟市営飛行場として開港。

子の頃、新潟油田は最盛期を迎え、北潟の谷間には石油会社の社屋や鉱夫小屋、商店や旅館などが建ち並び、大いに繁昌した。

栄村(現・三条市)吉野屋から本成寺村(南蒲原郡、現・三条市)如法寺にかけても油井が建ち並び、信越本線の車窓から燃えさかる炎が眺められるほどだったという。しかし太平洋戦争後には石油の産出量は減少し、安価で質のよい外国産の原油が輸入され始めたこともあって、油田は低迷しだした。

1931年(昭和6年)9月1日:水上駅 - 越後湯沢駅間延伸開業(清水トンネル開通)し上越線全通。それまで上野駅 - 新潟駅間は信越本線経由の急行列車で11時間6分を要していたのが、新設された上越線経由の急行列車は7時間10分で結び、一挙に4時間の所要時間短縮が図られた。

1933年(昭和8年) : 新潟電鉄(後の新潟交通電車線)県庁前 - 燕全線開通。

1941年(昭和16年) : 新潟市営飛行場が日本陸軍の徴用飛行場となる。

1945年(昭和20年)同年7月17日 : 新潟飛行場がアメリカ軍艦載機の攻撃を受ける
同年7月24日 : アメリカ合衆国が新潟市などを原子爆弾の投下目標地に定める。(後年判明)
同年8月10日 : アメリカ軍の航空母艦から発進した艦載機16機が新潟市を攻撃。
同年8月11日 : 新潟県が新潟市民に対して「新型爆弾疎開」を命じる8月10日付の知事布告を発表。
同年8月15日終戦

太平洋戦争終結により、新潟飛行場をアメリカ軍用飛行場として接収される。
1948年(昭和23年) : 栗ノ木排水機場が完成。これ以後、亀田郷の土地改良が進む。

1950年(昭和25年) :新潟飛行場 A滑走路1,829mの供用開始。

1955年(昭和30年) : 新潟大火で中心市街の大部分を焼失。

1958年(昭和33年)3月31日 : 連合国軍より新潟飛行場が返還される。初の定期路線、新潟 - 東京間が開設される。

同年4月29日 : 新潟駅が現在地に移転。
1963年(昭和38年) : 新潟飛行場、A滑走路1,314mに短縮、B滑走路1,200m新設。

同年、大面油田閉山。

1964年6月16日 : 新潟地震が発生。液状化現象と津波により新潟飛行場滑走路が浸水するなど大きな被害を受ける。

1972年(昭和47年)新潟飛行場 B滑走路1,900mに延長。ジェット化される。
同年10月27日 : ターミナルビル(2代目)の改築が完了し供用を開始。

同年(昭和47年) : 関屋分水が完成。
1973年(昭和48年) : 新潟バイパスが開通(以後、新新バイパス、新潟西バイパスなども順次開通)。同年6月 : 初の国際定期航空路となるハバロフスク線を開設。

1978年(昭和53年)9月21日 : 北陸自動車道・新潟黒埼IC(当時) - 長岡JCT・長岡ICが開通。

1981年(昭和56年) : 新潟空港、B滑走路2,000mに延長。

1982年(昭和57年) : 上越新幹線・大宮駅 - 新潟駅間が開業。
1983年(昭和58年) : 同年暮れから翌1984年(昭和59年)初春にかけて59豪雪に襲われ、新潟市ではシーズン総降雪量が観測史上最高の422cmを記録する。
1985年(昭和60年) : 関越自動車道全線開通により、関東地方各地と結ばれる。

同年上越新幹線上野駅乗入れ開始。

1988年(昭和63年) : 北陸自動車道全線開通により、北陸地方各地と結ばれる。
1991年(平成3年) : 東北新幹線・東京駅 - 上野駅開業に伴い、上越新幹線東京駅乗り入れ開始。
1994年(平成6年) : 北陸自動車道・新潟亀田IC - 新潟西IC開通により、新潟市域初めての高速自動車国道が開通。
1996年(平成8年)中核市に移行。同年3月28日 : B滑走路2,500mに延長し供用を開始。

1997年(平成9年) : 磐越自動車道 西会津IC - 津川IC間開通により全線開通。
1998年(平成10年)8月4日 : 8.4水害発生。市内各所で床上浸水等の甚大な被害を受ける。交通も主要幹線道路が水没し、機能が麻痺。
1999年(平成11年) : 新潟交通電車線全線廃止。
2004年(平成16年)7月13日 : 7.13水害発生。同年10月23日 : 新潟県中越地震発生。新潟市には直接的な被害はなかったものの、関東・北陸方面との交通網寸断により10月27日より11月10日まで新潟空港が臨時の24時間運用を実施した。また風評被害などで甚大な経済的損害を被る。

2005年3月21日 新津市(にいつし;秋葉区の一部)小須戸町(秋葉区の一部)を編入合併する。
2007年(平成19年)4月1日、本州日本海側では初めての政令指定都市に移行し、北区、東区、中央区、江南区、秋葉区、南区、西区、西蒲区の8行政区を設置市役所などの中枢機能は中央区に置かれている。

2009年(平成21年)12月17日 : 59豪雪以来、26シーズンぶりの豪雪。

2010年(平成22年)2月4日午前7時には中央区で81cmの積雪を記録。連日にわたって積雪被害や市内交通の機能低下などが生じる。
2011年(平成23年)8月 : 日本海横断航路(新潟 港- ザルビノ)が開設される。
同年11月11日 : 新潟港が日本海側拠点港となる。

公開:2018年7月11日
更新:2018年8月14日

投稿者:デジタヌ

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