旅するタヌキ 

赤沢自然休養林・赤沢森林鉄道のガイド

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赤沢自然休養林

Official Website http://www.rinya.maff.go.jp/chubu/policy/business/invitation/rekumori/akasawa/

赤沢自然休養林のある上松町のあらまし

長野県の南西部に位置する木曽郡の町。

町の中央を木曽川が流れJR中央本線(西線)と国道19号線が通っている谷間のまち。北隣は木曽町である。

主要産業であった林業が衰退してからは年々転出者が増え、赤沢自然休養林が開設された1970年当時は8,424人いた人口が半数近くまで減少した、少子高齢化、山間部の廃村落問題に悩んでいる「典型的な田舎町」である。

推計人口、4,485人/2017年10月1日。

上松-(塩尻)ー長野 3時間19分 /2270円/JR普通/125km

上松-(塩尻)ー新宿 3時間10分 /8,920円/JR特急/260.8km

赤沢自然休養林のあらまし

長野県木曽郡上松町にある林野庁中部森林管理局管轄の国有林に付随する公園で年間約10万人が訪れている。

赤沢美林とも呼ばれており樹齢300年を超える木曽ヒノキの天然林があり、2001年(平成13年)に環境省のかおり風景100選、2006年(平成18年)に林野庁の森林セラピー基地に指定された。

森林鉄道資料館

1958年酒井工作所製C4型DL、特注C型展望車(短軸)1913年ボールドウィン社製B1リアタンク型SL(静態保存)、その他が展示されている.

赤沢森林鉄道

(公式ガイドはこちら)

1987年より再現保存区間の乗車体験が公開された本物の森林鉄道。

全長2.2kmのカントも緩和曲線もあるコーナーの連続した渓流沿いのコースを、5両のボギー・有蓋トロッコ客車を最新型?の1996年北陸重機工業製ディーゼル機関車AFT01が引いて往復している。

コース両端に入れ替え線はあるがターンテーブルはないので、DLは往路が後ろ向き、復路が前向きで運転されている。

所有車両

北陸重機工業製ディーゼル機関車 - 復活運転用に1996年に新造。外観は酒井工作所製B型を忠実に再現している。
ほかに入替機、モーターカーなど多数

赤沢自然休養林のロケーション

ところ  長野県木曽郡上松町小川 小川入国有林

赤沢自然休養林へのアクセス

鉄道・バスなどの公共交通

開園期間中は木曽福島駅・上松駅からおんたけ交通バス(1,200円)が運行。

マイカー利用の場合

(※駐車設備 園内整備や遊歩道整備のため有料となっている(乗用車1日600円))

中央自動車道塩尻インターより上松町経由で90分。
中央自動車道中津川インターより約90分。
中央自動車道伊那インターより約90分。

赤沢自然休養林の観光ガイド

じゃらんの周辺観光ガイドはこちら。

ミニ鉄道の施設データ

  • 常設規模;延べ面積;728ヘクタール、路線延長約2.2km 、カント・緩和曲線採用、往復コース
  • ゲージ; 軽便鉄道2ft6in(762mm)、
  • 所有車両(動態保存車両)酒井工作所製C4型、
  • 運転日及び運行シーズン;4月下旬から11月上旬まで毎日(※4月29日から11月7日まで冬期は運休)
  • 運転時間;
    AM9:30~15:00 森林資料館駅出発時刻。

  • 乗車料金;おとな(中学生以上)800円/人・往復、こども(4歳以上)500円/人・往復、※2018年4月15日現在
    • ※団体割引あり 15名以上各人100円引。
  • 所属施設/所有者 赤沢自然休養林/林野庁。
  • 指定管理者/運営団体  中部森林管理局。
  • 開園(完成) 1970年国内第一期の自然休養林として開園。(1987年(昭和62年)7月25日森林鉄道乗客営業運転再開))
  • 施設主要目的 軽便鉄道(鉄道事業法、による施設)、
  • 付帯設備  機関庫、車両格納庫、駅舎、待合室、公衆トイレ、など。
  • 付属施設その他の設備 森林資料館、森林鉄道記念館、森林交流センター、自然休養館、宿泊施設;去来莊、レストハウス(せせらぎの里赤沢)、バーベキューハウス(テラス)

木曽森林鉄道と赤沢自然休養林のこれまでの歩み

木曽森林鉄道(きそしんりんてつどう)は林野庁長野営林局管内の長野県の木曽谷の国有林の運材のため運行していた森林鉄道の通称で、最盛期には木曽谷には10営林署が存在し、各署が1、2線の森林鉄道を保有し、全営林署を合わせた総延長は500kmを超える規模にまでなっていた。。

上松運輸営林署管内の小川森林鉄道と王滝森林鉄道は規模も大きく、比較的最近まで残っていたことから全国的に有名な存在となっている。

 当初、森林鉄道は木材を運搬するだけのものであったが、山奥にまで行き届いた鉄道網は、山間地域の交通手段としても利便性が高かった。
地域住民には証明書が発行され、無料で乗車することができ森林鉄道は木曽になくてはならない存在として、親しまれきた。

戦時中には老朽化した蒸気機関車は解体され、鉄材として供出され、10両あったボールドウィン号は、大戦後には3両に残るのみだった。

 戦後、木曽森林鉄道にもディーゼル機関車が導入されていき最後まで残っていた3両のボールドウィン号も、1960年に引退した。

3兄弟のうち2両はアメリカに引き取られ現在はカリフォルニア州の交通博物館に保存されている。
 

最後に残された車両は、小川線開設当時に導入された、木曽谷1号機。アメリカ製を示す銘板は大戦中に外されていたが現在は廃車となった10号機の銘板を着装している。

1975年、日本国内は高度経済成長を果たし運材はトラック輸送に代わり木曽森林鉄道も、廃止が決定された。

全国の森林鉄道が廃止される中、国内最後の路線となった、木曽の王滝~上松間の「王滝線」は全国の鉄道マニアの人気スポットとなった。

1776年  最後まで残っていた鯎川森林鉄がはいしとなり、最終運行便では、倉庫に眠っていたボールドウィン号が担ぎ出されDLの支援を受けながらも勇ましく煙をはき、往時を彷彿とさせる雄姿で最終列車を牽引し木曽森林鉄道60年の幕を引いた。

 ...しかし、地域に親しまれた森林鉄道は、その灯を消すことはなかった!

その後、廃線となった森林鉄道施設の保存を望む声が高まり、林野庁が森林鉄道記念館の建設を決定し1970年に開所した赤沢自然休養林の園内に、営業運行当時の車両や資料が集められ、保存を目的にした新たな非公開軌道が敷設された。

1985年に挙行された、第61回式年遷宮行事での晴れの姿!

 20年に一度社殿が建て替えら、61回目に当たる1985年の伊勢神宮・式年遷宮では、赤沢の園内から御用材が産出されることになった。

 御用材を運ぶ森林鉄道の姿が、テレビや新聞を通じて全国に配信された注目を集めた。

 これを契機に上松町では2年間かけて準備を進め、1987年の夏休みシーズンに、観光用の施設として赤沢森林鉄道の乗り合い運行が始まった。 

トロッコ列車運行により赤沢自然休養林を訪れる人は約2倍に増えた!

略歴

1889年4月1日 - 町村制の施行により、西筑摩郡小川村・上松村・荻原村の区域をもって駒ヶ根村が発足。

1910年10月5日:中央線須原駅 - 上松駅間(7.1M≒11.43km)が延伸開業。上松駅開業で名古屋とつながる。同年11月25日:上松駅 - 木曽福島駅間(4.6M≒7.40km)が開業。

1911年5月1日:中央線宮ノ越駅 - 木曽福島駅間(5.2M≒8.37km)の延伸開業により全通し長野・東京(お茶の水)ともつながる。

1916年 小川森林鉄道 上松-赤沢開業

1922年9月1日 - 駒ヶ根村が町制施行・改称して上松町となる。
1923年  王滝森林鉄道竣工
1966年  小川森林鉄道廃止

1968年5月1日 - 西筑摩郡が改称して木曽郡となる。

1970年 赤沢自然休養林が第一期指定の自然休養林として開園。同時に保存鉄道として赤沢森林鉄道敷設。

1975年  王滝森林鉄道廃止

1976年  鯎川森林鉄道廃止(木曽森林鉄道全線廃止)

1985年 第61回伊勢神宮式年遷宮行事の御柱産出で赤沢森林鉄道復元線がニュースとなる。

1987年 夏休みシーズンに、観光用の施設として赤沢森林鉄道の乗り合い運行開始。

公開:2018年4月15日
更新:2018年4月20日

投稿者:デジタヌ

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