旅するタヌキ

埼玉会館 《 ホール 音響 ナビ 》埼玉県の誇る分化遺産 

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埼玉会館

Official Website http://www.saf.or.jp/saitama/

埼玉会館のあらまし

大正15年11月6日に初代会館が東日本2番目の公会堂として完成、2代目現在の建物は1966年に完成し、2017年3月に「大改修」のうえリニューアル再オープンした。

日本の近代的コンサートホールの先駆者故前川國男先生の作品で国の登録有形文化財に登録されることになっている。

1994年に彩の国さいたま芸術劇場が完成するまでは、クラシックコンサートの殿堂として旧浦和市民を始め埼玉県民に愛されていた。

1954年の故前川國男先生の作品としては神奈川県立音楽堂以来実に12年ぶりの「オール木質パネル」内装のホールである。

埼玉会館のロケーション

ところ さいたま市浦和区高砂3-1-4

トリップアドバイザーのさいたま市周辺にある観光スポット 口コミ ナビはこちら。

埼玉会館へのアクセス

最寄りの駅 

・JR浦和駅(西口)下車 徒歩6分
会議室をご利用の方は、県庁通り沿いの車寄せにある入り口からお入りください。
・JR上野駅から約20分(上野東京ライン利用)
・JR大宮駅から約8分
・JR新宿駅から約26分(湘南新宿ライン利用)

埼玉会館がお得意のジャンル

大ホール

 オーケストラコンサート、バレエ、ミュージカル、Jポップ関係のコンサートや、往年のアイドル・エンタテイナーのワンマンショウ、ジャズコンサート、歌謡ショー、懐メロ歌手の歌謡ショー、有名タレントの座長ショー、現代演劇、伝統芸能、落語・演芸寄席、大道芸、パフォーマンス・ショーまでジャンルに拘らない幅広い演目でこのエリアの多くの人達に受けいれられている。

またプロ演奏団体、以外にも数多くのアマチュア団体が利用している。

小ホール

主にセミナー、講演会、市民団体の集会、お稽古事の発表会などに用いられ、ジャズコンサート、小編成バンド、のコンサートや落語・演芸寄席、大道芸、パフォーマンスショーなどジャンルに拘らないバラエティーに富んだ催しが行われている。

埼玉会館の公演チケット情報

チケットぴあ該当ページへのリンクはこちら。

施設面から見たホールの特色

※ご注意;以下※印は当サイト内の関連記事リンクです。
但し、その他のリンクは施設運営者・関連団体の公式サイト若しくはWikipediaへリンクされています。

大・小2つのホールを備えた複合施設。

大ホール

(公式施設ガイドはこちら)

2フロアー・プロセニアム形式の「内装オール木材」のホール。

客席周辺壁面

天井まで繋がる内傾させたフラットパネルによる表装を基本とし、要所に音響拡散体として天井まで回り込む、装飾リブをあしらっている。

ホール後部客席背後壁は音響ネットで表装された吸音壁。

クラシカルな反響板

脇花道の壁面とも成っているプロセニアムは、クラシカル(伝統的)ステージ反響板からスムーズにホールに繋がる様に上縁が大型コーナー反響板と成っているが...。

ホール音響評価点:71点

§1,「定在波対」策評価点:20点/40点満点

  • ※各フロアーの配置・形状、壁面形状、天井形状、天井高さ、等の要素をそれぞれ減点法で算出。
  • ※客席側壁がプレーンな垂直壁で「完全平行・平面」の場合は、満点x0.5=20点をベースに算出。

§2、残響その1 「初期反射」対策評価点:18点/20点満点

  • ※壁面の素材・形状、客席配置、その要素で減点算出。
  • ※(コンクリート、人造大理石、タイル・陶器製などの)硬質材の客先周辺壁材仕様は、満点x0.5=10点をベースにして減点算出。

§3,残響その2「後期残響」への配慮評価点:20点/20点満点

  • ※壁面形状、音響拡散体(相当要素)、テラス軒先形状、天井構成、その他の要素で減点算出。

§4,客席配置への評価点:13点/20点満点

  • ※壁際席、大向こう席、平土間部分の見通し(眺望)不良、それぞれ-1点/1箇所で減算。
  • ※客席周辺壁材が硬質壁の場合は、満点x0.8=16点をベースに減点算出。

※関連記事「後悔しないコンサート会場の見分け方」まとめ  はこちら。

総評

現在の常識(※1)から言うと「断面形状の急激な変化の為に多少籠もる・洞窟音」と成っている。

小ホール

(公式施設ガイドはこちら)

こちらは先生お得意の4変形スタイル。

東京文化会館のアレ。

しかし、大ホールが地下2階から1階なで3階ぶち抜きであるのに、地下1階と1階フロアーの2フロアーしか占拠しておらず、明らかに高さ不足、客席左右の壁面は「石材」、背面2面はランダムな開口部を持つ木質壁で表装された吸音壁であるが...。

ホール音響評価点:41点

§1,「定在波対」策評価点:10点/40点満点

  • ※各フロアーの配置・形状、壁面形状、天井形状、天井高さ、等の要素をそれぞれ減点法で算出。
  • ※客席側壁がプレーンな垂直壁で「完全平行・平面」の場合は、満点x0.5=20点をベースに算出。

§2、残響その1 「初期反射」対策評価点:8点/20点満点

  • ※壁面の素材・形状、客席配置、その要素で減点算出。
  • ※(コンクリート、人造大理石、タイル・陶器製などの)硬質材の客先周辺壁材仕様は、満点x0.5=10点をベースにして減点算出。

§3,残響その2「後期残響」への配慮評価点:10点/20点満点

  • ※壁面形状、音響拡散体(相当要素)、テラス軒先形状、天井構成、その他の要素で減点算出。

§4,客席配置への評価点:13点/20点満点

  • ※壁際席、大向こう席、平土間部分の見通し(眺望)不良、それぞれ-1点/1箇所で減算。
  • ※客席周辺壁材が硬質壁の場合は、満点x0.8=16点をベースに減点算出。

総評

東京文化会館で成功した天井の大胆なスラントはなく、かなり「癖の強い音響」と言わざるを得ない。誠に恐れ多いが、はっきりって(プロセニアム両サイドの)壁面の木質パネルへの大改修と両サイド、および中央列の座席改修(千鳥配置)を行わないと、ホームページを改修しても利用率は向上しないであろう。

詳細データ

  1. 所属施設/所有者 埼玉会館/埼玉県。
  2. 指定管理者/運営団体 公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/埼玉県。
  3. 開館   1966年
  4. 設計  前川 國男設計事務所
  5.  

大ホール

  1. ホール様式 、プロセニアム型式多目的ホール。
  2. 客席   2フロアー 収容人員 

    1,315席(1階1,049席 2階266席)
    オーケストラピット使用時 1,200席 車イス席 6席

  3. 舞台設備 、プロセニアムアーチ:間口 16.6m 奥行き 15.1m 高さ 8.5m、ブドウ棚(すのこ)、脇花道、可動反響版、オーケストラピット(可動床)、
  4. その他の設備 、楽屋x4、個室x4 リハーサルルーム、控え室
  5. 施設利用(利用料金等)案内 詳しくはこちら。

小ホール

  1. ホール様式 『扇形タイプ』プロセニアム型式多目的ホール。
  2. 客席   1フロアー 収容人員 504名、
  3. 舞台設備 プロセニアムアーチ:間口 12.0m 奥行き 7.0m 高さ 7.5m ブドウ棚(すのこ)、、可動反響版、
  4. その他の設備 、楽屋x3、
  5. 施設利用(利用料金等)案内 詳しくはこちら

付属施設・その他

  • 付属施設 リハーサル室x、練習室x、展示室x3、会議室x16、研修室x、和室、ブッフェラウンジ。

デジタヌの独り言

恐れ多くも「故前川 國男」先生の作品を「いじる」事は設計屋に取っては「たじろ」がざるを得ないのであろう。

東京文化会館で行われた様なオリジナリティーを損なわない範囲で「大胆な?」改修をして欲しかった。

東京文化会館のように大胆な設備変更が欲しかった

大ホール

2017年のい改修時にオーケストラピット上面を拡張ステージとする、設備を導入し、「奥行きの浅い重量級反響隔壁」に換装すべきであった!

このホールが出来た1966年当時は可動プロセニアムは開発されていなかったので致し方無いが、ホール本体がシンプルなデザイン且つ「定在波(※2)」「初期反響(※3)」を意識した好デザインだけに、改修時にせめて「自走式大型ステージ反響板」と、「エプロンステージ」は新設すべきであった様に思う。

小ホール

岡崎市民会館「あおいホール」の改修例(※4)に見られる様に天井反響板を取り除くなど、平べたつい「ハンペン」型(※5)から脱却する必要がある!

デジタヌの知っておきたい豆知識

埼玉会館これまでの歩み

1925年 埼玉女子師範学校が別所に移転した跡地に岡田信一郎の設計で着工。

1926年 11月6日完成。東日本では日本青年館に次いで2例目の公会堂とオープン。

太平洋戦争後は一時進駐軍に接収され、埼玉軍政部が置かれた。

1963年(昭和38年)に新築工事着工。

1966年(昭和41年)落成。

2015年(平成27年)10月1日 大規模改修工事の為休館

2017年(平成29年)3月31日リニューアルオープン。

埼玉会館のあるさいたま市とこれ迄の歩み

埼玉県の南東寄り荒川に面した市。

推計人口、1,290,029人/2018年4月1日。

大宮駅-浦和(駅)約6分/170円/JR湘南新宿ライン/6.1km

大宮-東京 33分/550円/JR上野東京ライン/30.3km

過去には「ださい玉」と呼ばれ、最近では「さいたまポーズ」で売り出している埼玉県の県庁所在地。

さいたま市のこれまでの主立った出来事

旧令制国武蔵国に属する

令制国(律令国)


645年旧暦6月12日の「乙巳の変」以降 668年即位した天智天皇によって制定された令制国(律令国)による国分けにより704年の国割確定・国印鋳造を基本として明治初期の廃藩置県後も現在に至るまで行政区分の基本となっている.

1457年(長禄元年) - 太田道灌によって岩付城(岩槻城)が築城される。

現岩槻区は江戸時代、大岡家岩槻藩2万2千石の城下町として、また日光御成街道の宿場町として栄えた。

岩槻藩の所領であった現岩槻区域以外(他の9区)の区域はり細分化され幕府領(天領)や旗本領を中心に、「寺社領」や岩槻藩領(飛び地)が複雑に入りまじっていた。

当時街区(町並み)が形成されていたのは、岩槻町、浦和宿、大宮宿、与野町、および大門宿の5か所のみであった。

岩槻町以外の宿場町は規模が小さく浦和宿と大宮宿は、中山道の宿場町であり、与野町は甲州街道と日光御成街道を結ぶ奥州道中岩槻道の継立場として成立した街で最も規模の大きい街であった。

更に江戸時代は、利根川・荒川流域において、多数の河川の付け替えや沼地の干拓が行われた時代であり、現さいたま市域にある農耕地や集落も、新田開発や新村誕生、逆に閉田・閉村等の大きな影響を受けた。

江戸幕府の「入組支配」


入組支配;江戸幕府が行った政策で、かつての律令国家の上に成り立つ、地方豪族・大名に対し頻繁に転封(国替 )・減封(領地召し上げ)を行い地方の統一・団結を阻む政策。このため明治維新後も府県、郡村の離合集散が重ねられた。

廃藩置県と明治新政府の行政改革


江戸時代、徳川政権の幕藩体制下で有名無地となった「令制国」の復活・修復と、入組支配の結果生じた近隣地区(村)同士の待遇(租税)格差をなくし、「地方創世の基本となる行政区分再編成」を行ったのが一連の廃藩置県政策であったともいえる。

教科書!では1871年8月29日(明治4年旧暦7月14日)の明治新政府の布告日が知られているが実際には1867年11月9日(慶応3年旧暦10月14日)の大政奉還から版籍奉還 (1868年8月1日)( 旧暦6月24日)を挟み、1871年8月29日の廃藩置県布告を経て1872年の 第1次府県統合、1876年の第2次府県統合終了まで明治新政府によって進められた一連の行政改革でその後の離合も含め武蔵国も幾多の行政変遷にさらされた。

1869年(明治2年)1月13日 - 武蔵国のうち浦和宿の属する足立郡などが大宮県となる。
1869年(明治2年)9月29日 - 浦和宿に本格的な県庁が設置され、「浦和県」に改称される。
1871年(明治4年)11月14日 - 浦和県、忍県、岩槻県が合併し、埼玉県となり暫定的に「浦和宿」が県庁所在地となる。

1873年(明治6年) - 岩槻城が廃城(取り壊し)となる。

1876年(明治9年)8月21日 - 埼玉県が入間県と合併、新たに埼玉県が誕生。同年12月1日には旧浦和県庁舎が埼玉県庁舎となる。
1883年(明治16年)7月28日 - 日本鉄道上野駅ー浦和駅ー熊谷間が開通。浦和が東京と鉄道で繋がる。(同時にお隣上尾駅も開業)

1885年(明治18年)3月16日:大宮駅開業。同年7月16日現東北本線(大宮 -蓮田駅-久喜駅-栗橋)栗橋まで開業。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い浦和宿が北足立郡浦和町が、北足立郡大宮宿と4村区が合併し大宮町、北足立郡与野町と9村区が合併して与野町が誕生。

1891年(明治24年) - 岩槻・大宮間に乗合馬車が開通する。

1921年(大正10年)8月 - 浦和から大門・志木への乗合バスが運行。
1923年(昭和12年)9月1日 - 関東大震災発生。倒壊建物は出たが、被害は軽微。浦和町
1929年(昭和4年)11月17日 - 総武鉄道(現在の東武野田線)粕壁駅~大宮駅(仮駅)間が開業。。

1932年(昭和7年)9月1日 - 東北本線赤羽~大宮間が電化完成、電車線(現京浜東北線)が大宮まで延伸開業。(同時に高崎線と東北本線の「列車」のほとんどが当駅を通過するようになった。)


1933年(昭和8年) - 新国道(国道17号)志村-大宮間が開通。
1934年(昭和9年) 2月11日 - 市制施行により浦和市となる。

1940年(昭和15年)11月3日 - 大宮町・他3町村が合併し、大宮市となる。

1944年(昭和19年) - 総武鉄道が東武鉄道と合併し、東武野田線となる

1954年(昭和29年)5月3日 - 南埼玉郡岩槻町と周辺6村が合併し、新・岩槻町となる。
同年7月1日 - 市制施行し岩槻市となる。

1958年7月15日 - 与野町が市制施行により与野市となる。

1965年(昭和40年)10月1日 - 埼玉県内で初めて大宮駅に特急電車の停車が開始。

1968年(昭和43年)10月1日:東北本線大宮駅 - 赤羽駅間3複線化完成により、同区間の京浜東北線(近郊電車区間)と東北本線の「旅客列車」を完全分離。

同時に浦和駅・東北本線列車旅客線ホーム運用開始朝夕ラッシュ時のみ中距離列車が停車を開始。

1972年(昭和47年)11月13日 - 東北自動車道が部分開通(岩槻IC - 宇都宮IC)。

1980年(昭和55年) - 東北自動車道の岩槻IC - 浦和料金所間が開通。

1982年(昭和57年)6月23日 - 東北新幹線(大宮駅~盛岡駅)開業。同年11月15日上越新幹線(大宮-新潟間)開業、同時に大宮-上野間で新幹線リレー快速が運行開始。

同年11月15日 - 浦和駅で中距離列車の終日停車を開始。

(つまり1968年以来14年間、特急はおろか、殆どの普通列車ですら浦和駅は通過していた!)

1983年(昭和58年)12月22日 - 埼玉新都市交通伊奈線大宮駅~羽貫駅が開業。

1985年に新幹線大宮~上野間開業、同時に 埼京線が開業。

1991年に新幹線上野~東京間が延伸開業 大宮-東京間が新幹線で繋がる。

2001年(平成13年)5月1日に浦和市・大宮市・与野市の3市の合併により誕生し、

2005年(平成17年) - 4月1日、さいたま市が岩槻市を編入合併し、岩槻区が発足。

2013年(平成25年)3月16日 - 浦和駅周辺高架化工事完了に伴い、東北貨物線にもホームを新設し湘南新宿ラインと東武鉄道直通特急「日光」・「きぬがわ」・「スペーシアきぬがわ」が、更に大宮駅始発・終着で運転される臨時「スーパービュー踊り子」が停車となる。

※参照覧

※1、関連舞台解説記事「芸術ホール設計のセオリーとは?」はこちら。

※2、定在波の悪影響に関するnatuch音響さんの解説記事はこちら。

※3、残響(初期反射と後期残響)についてのWikipediaの解説はこちら。

※4、関連、岡崎市民会館 「あおいホール」改修&「甲山会館」のガイド記事

※5、関連記事「夢殿」は夢見ても設計するな!はこちら。

公開:2017年11月15日
更新:2018年9月28日

投稿者:デジタヌ

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