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葵祭 王朝行列 の観光ガイド

       

2018年のこのイベントはすでに終了しています。

次回をお楽しみに!

葵祭

Official Website https://www.kyokanko.or.jp/aoi/index.html

  1. 開催日 王朝行列 葵祭 2018年5月15日
  2. 会場  5月15日王朝行列
  3. 京都御所 出発(午前10時30分)堺町御門 → 丸太町通 → 河原町通 → 下鴨神社到着(11:40)
    路頭の儀・出発(14:20)→下鴨本通 → 洛北高校前(14:40) → 北大路通 → 北大路橋(14:55) → 賀茂川堤 → 上賀茂神社到着(15:30)

    公式ガイドはこちら)

2018葵祭のあらまし

公式ガイドはこちら


葵祭は京都三大祭のひとつで、1000年以上続くわが国の祭のうち最も優雅で古趣に富んだ祭として知られている。
古典行列は平安貴族そのままの姿で列をつくり、京都御所を出発、総勢500名以上の風雅な行列が下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向かう。

葵祭のイベント・チケット情報

チケットぴあ該当ページへのリンクはこちら。

イベントデータ

公式ガイドはこちら

  1. 開催地  京都市
  2. 開催要領 毎年
  3. 運営組織/主催者 京都市観光協会
  4. イベント内容 お祭り、パレード・イベント
  5. 併催イベントその他 
  6. 其の他 
  7. アクセス 京都御所 、地下鉄丸太町駅、地下鉄今出川駅

 

デジタヌの知っておきたい豆知識

葵祭の催行される京都市とこれ迄の歩み

京都府の府庁所在地で1000年の都として有名な古都。

歴史におんぶされ、歴史にしがみついている、町であると同時に、一方では日本初の「水力発電所」日本初の「チンチン電車」「近畿初の地下鉄道」など数多くの時代の最先端をゆく事業も興している。

又1966年日本で最初の国立の会議施設として国立京都国際会館をいち早く完成させ、国際会議を定着させ近年1997年には第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、COP3)を開催し「京都議定書」を採択するなど、国際都市としての活動も活発。

2016年に 左京区と右京区の一部が京都丹波高原国定公園に指定され、都道府県庁所在地にある国定公園は珍しい存在となっている。


推計人口、1,466,937人/2018年4月1日

京都-品川 2時間11分/13,910円/新幹線/506.8km

京都市のこれまでの主立った出来事

京都は、桓武天皇が784年の長岡京に続いて、794年平安京に遷都したことに始まる千年の都。

建設開始から12年後に、民苦を理由として新京造営を司る造宮職(ぞうぐうしき)が廃止され、計画された右京区の約半分が未完成のまま、平安京の建設は終了したらしい。

近年・考古学的には平安京は整然とした都市ではなく、左京に偏った都市になっていたと判明している。

その後南朝が衰微して室町時代になると京には室町幕府が置かれたために政治都市として復活する一方で経済発展を遂げ、町衆と呼ばれる市民による自治の伝統が生まれた。

応仁の乱で市街北側の大半が焼失し荒廃した。その後もたびたび戦乱に巻き込まれることとなる。

この頃、京都はそれぞれ「構」によって囲まれていた上京と下京に分かれ、その間は畑になっていたといわれ、室町通でかろうじてつながっていたとされている。

この後、織田信長、豊臣秀吉の保護と町衆の力により復興した。

秀吉の都市改造は大規模なもので、巨大な環状の御土居(おどい)の築造による、戦乱によって領域が曖昧になっていた京都の内側と外側(洛中、洛外)の確定(線引き)を行い、聚楽第と武家町の建設、内裏の修理と公家町の建設、御土居の構築、洛中に散在していた寺をあつめた寺町や寺之内の建設などを行い、現在の京都の町並みの基礎を造った。

秀吉の没後も徳川家康が伏見城に入り伏見は引き続き政治の中心地であった。

1603年3月24日(慶長8年2月12日)に徳川家康が伏見城にて征夷大将軍に任官され、以後三代徳川家光まで伏見城で将軍宣下式を行っている。

江戸幕府が誕生すると政治の中枢は徐々に伏見から江戸に移ったものの、こうした政都の移動にもかかわらず京都は国都であることに変わりはなく、徳川政権は、幕府の京都の拠点として二条城を築き、京都所司代・京都町奉行を設置して直轄下に置いた。

政情が不安定になった幕末には京都守護職が置かれ、その下で新撰組や見廻組が倒幕派の摘発を担ったのはよく知られている。

1867年11月9日(慶応3年10月14日)の大政奉還により、統治権が幕府から京都の朝廷に返上されて新政府が誕生した。京都には京都府が置かれた。しかし、天皇が江戸で直接政治をみるため、江戸を東京として行幸・滞在(東京行幸)することになり、太政官(政府)も移動された。

慶応4年4月25日(新暦1868年5月17日)- 京都裁判所を京都府に改称

明治元年10月13日(1868年11月26日) - 明治天皇が初めて東京に行幸し、江戸城西の丸に入った時をもって江戸城は行宮となり、その名は「東京城」へと改称される。これら一連の手続きをもって東京奠都が推し進められ、京都は事実上の"旧都"となってゆく。



12月8日(1869年1月20日) - 天皇が、京都の御所へひとまず還幸すべく、東京城を出立する。御所には12月22日(同年2月3日)到着。
明治2年1月末3月28日(1869年5月9日) - 東京奠都の完遂(天皇の東京への完全移転)/天皇の東京への2度目の行幸で、崩御するまで、東京城を拠点として東京に居住し続けることとなり、東京城はその名も「皇城」と呼ぶこととなった。



1871年(明治4年)までに、刑部省・大蔵省・兵部省などの京都留守・出張所が次々に廃止され、中央行政機関が京都から消えていった。
明治5年3月13日(新暦1872年4月20日) 5月某日 - 天皇が京都御所に戻る際、「還幸」ではなく「行幸」という語が初めて用いられる。

1877年(明治10年)某月某日 - 「即位の礼」と「大嘗祭」は(従来と変わらず)京都で行うと規定される。

同年以降現在まで日本の首都は東京と認識されている。それにより以前の人口の3分の2まで落ち込み、京都の急激な衰退を招いた。

同年2月6日 - 工部省管轄の官設鉄道東海道本線の京都線(国鉄京都線、JR京都線の前身)が開通し、終着駅として京都停車場(現・京都駅)が開業/神戸と大阪を結ぶ神戸線(国鉄神戸線、JR神戸線の前身)を延伸する形で開通した。

1889年(明治22年)4月1日 - 上京区および下京区が合体(新設合併)したうえで市制を施行し、京都市を発足。

1890年(明治23年)- 琵琶湖疏水の第一期工事が完成。
1891年(明治24年)11月 - 琵琶湖疏水の水を用いて、日本初の水力発電所となる蹴上発電所が稼動開始。

2月1日 - 日本初の電気鉄道として京都電気鉄道(後に京都市電となる)の開業。
10月25日 - 平安神宮が第1回時代行列(後付の名称としては第1回時代祭)を開催

1931年(昭和6年)3月31日 - 京阪電気鉄道新京阪線(今の阪急電鉄京都線)の大宮乗り入れにより、近畿地方初の地下鉄道線開業

1964年(昭和39年)10月1日 - 東海道新幹線京都駅開業。

2016年(平成28年)3月25日 - 左京区と右京区の一部が京都丹波高原国定公園に指定される。

葵祭のこれまでの歩み

葵祭は賀茂御祖神社と賀茂別雷神社の例祭で、古くは賀茂祭、または北の祭りとも称し、平安中期の貴族の間では、単に「祭り」と言えば葵祭のことをさしていたと伝えられている。

欽明天皇の頃西暦567年、国内は風雨がはげしく五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者であった伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるというので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったという伝承があり起源とされている。

西暦819年(弘仁10)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中紀)に準じて行うという国家的行事になった。

江戸時代の1694年(元禄7)に祭が再興されてのち、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾るようになって、賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったと伝えられている。

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公開:2017年8月20日
更新:2018年6月15日

投稿者:デジタヌ

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