タヌキがゆく

阪急電鉄のジレンマ。

躍進し続ける阪急沿線各都市。

京阪神ベルト地帯人口の推移。

大阪府;推計人口 8,831,642/2017年10月1日)(2010年8,865,245人をピークにやや減少気味)

兵庫県;推計人口、5,502,987人/2017年10月1日(2005年5,590,601人をピークにやや減少気味)

京都府;推計人口2,599,313人/2017年10月1日(2005年2,647,660人をピークにやや減少気味)

宝塚本線沿線都市

宝塚市;

推計人口、225,396人/2017年10月1日(2010年 225,700人をピークにやや減少気味)

2014年45,329 人(底打ち)/11月特定日乗降人員

2015年49,889人/

川西市:

推計人口、155,206人/2017年10月1日。(2005年 157,668人をピークにやや減少気味)

  • 川西能勢口駅 2013年底打ち46,192人
  •    2015年47,016人(回復基調9
  •  日成中央駅駅 2009年 12,303人(平日限定乗降人員)

池田市;

推計人口、103,993人/2017年10月1日(2010年 104,229人をピークにやや減少気味)

  • 池田駅 49,832人/2012年(限定平日乗降人員)
  •    51,236人/2015年

箕面市:

推計人口、135,765人/2017年10月1日(2000年 124,898人以来増え続けている!")

  • 箕面駅 16,530人/2009年 底打ち
  •   18,628人/2015年(限定平日乗降人員)
  • 石橋駅 44349人/2015年底打ち
  • 44,444/2016年(限定平日乗降人員)

豊中市:

推計人口、397,490人2017年10月1日、(2005年 386,623人以来増え続けている!")

  • 豊中駅 51,366人/2013年底打ち特定日乗降人員
  • 54,027人/2015年特定日乗降人員

神戸線沿線:

西宮市:

推計人口、488,398人2017年10月1日、(1995年 390,389人以来増え続けている!")

  • 西宮北口駅:75,664人/2007年底打ち限定平日乗降人員
  • 2015年 99,925/限定平日乗降人員 132%(2007年 75,664対比)

伊丹市;

推計人口、196,982人/2017年10月1日)(1970年 153,763人以来増え続けている!)

  • 伊丹駅:23,090人/2010年底打ち限定平日乗降人員
  •  2015年24,880/1日平均/限定平日乗降人員

尼崎市:

推計人口、451,000人/2017年10月1日)(1970年 553,696人以来年々減少を続けて得入る)

塚口駅 

  • 57,711人/ 2012年底打ち1日平均乗降人員
  •  59,602/1日平均(1日平均乗降人員

京都線沿線

高槻市:

推計人口、350,145人/2017年10月1日)(1990年 359,867人以来年々わずかながら減少を続けて得入る)

高槻市駅/2015年64,468/(特定日)

JR高槻駅/2015年63,835 人(1日平均乗車人員)

茨木市:

推計人口、282,012人/2017年10月1日)(1970年 163,545人以降上昇し続けている!)

茨城市駅/2015年 65,576人(特定日乗降人員)

JR茨城駅/2015年48,122人人(平均乗降人員)

(摂津市:推計人口、84,727人/2017年10月1日)(1990年 87,453人以来年々わずかながら減少を続けて得入る))

そして「十三」のある淀川区

淀川区:

推計人口、179,136人/2017年10月1日(1975年 150,754人以来づっと増え続けている!)

十三駅: 73,371/2015年(乗降人員)

ターミナル終着駅梅田駅(大阪駅)

阪急梅田駅:2015年545,067人/平日限定 乗降人員(104%523,744人/2010年対比)

(参考隣接JR大阪駅2015年 431,743人)

神戸本線乗降客は

1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神・淡路大震災による運休の影響で1990年242,309人を記録した乗降客が215,677人まで激減したが、その後は順調に回復し、1997年228,571 人まで回復し、同年 1997年3月8日のJR東西線(学研都市線)の開業で翌年は215,185人まで落ち込んだが、その後はほぼそのまま推移、2008年197,803人を維持。

2009年(平成21年)3月20日に西九条 - 大阪難波間が延伸開業し2009年(平成21年) 再び1万人近く減少し187,960人となったが、2015年(平成27年) 190,936まで回復している。

京都線乗降客

京都線は1997年の182,760人をピークに2010年に130,962人と落ち込んだがその後143,612/2015年まで持ち直している。

1963年末の堺筋線乗り入れ、同じく1993年3月4日の同線南海天下茶屋駅まで全通

にも影響されづ、相変わらず終点「梅田駅」指向客が増え続けているが、JR

神戸・京都両線は1970年(昭和45年)10月1日に 東海道線新快速登場の影響を行く年以降受け、

同じく2008年のJRダイヤ改正の影響翌年以降受けやすい構造ではある。

宝塚線乗降客の推移。

1997年度の 240,683人/平均乗降客をピークに1997年3月8日のJR東西線(学研都市線)の開業で神戸線同様に翌年以降落ち込み

2003年には2003年(平成15年) 205,263人まで落ち込みその後2012年には192,171人まで落ち込んだが2014年に200,551人まで復帰し以降200,000人代で推移している。十三-梅田(大阪)終点間で見た場合最も利用客が多い路線である。

いずれの線も2007年に始まり2009年頃まで続いた団塊の世代の大量退職、それ以降定年延長組も徐々に退職し2012年頃まで減少傾向にあったがその後回復しだしている。

特に阪急グループが積極的に宅地開発した宝塚線周辺でこの傾向は強い。

各線輸送力の限界にさしかかっている。

前置きが長くなったが、各線とも輸送力の限界にさしかかっている。

「宝塚本線」は苦痛な叫びを。

特に「宝塚本線」は待避線のある駅が皆無に等しく「急行」は市バスよろしく「停留所」を蹴飛ばして通過しているだけで「速達列車」とはほど遠い!

宝塚から乗車する乗客は「宝塚歌本線」を利用することなく西宮北口での「乗り換え」もいとわず神戸本線利用で梅田まで通っている状態である。

利用者にとってもメリットが有る北急の箕面市内延伸!

此の期に及んで阪急は苦渋の決断とも言える「子会社」「北大阪急行線」の箕面市街延長を決断したわけである。!

現在でも利用者の多くは「梅田駅」で「地下鉄御堂筋線」に乗り換えているわけであるから、例え初乗り宇運賃2度払いでも「北急」で大阪市内に座っていった方が楽なのである。

しかし阪急の本音は?

「なんとしてでも宝塚線」の混雑を緩和したかった。

のである。

特に「十三-梅田(大阪)終点間の混雑は酷く」小生が川西能勢口に住まいしていた1993年ごろの1日乗降客は23万人代と、猛烈な混雑ぶりで、後に移り住んだ東京の「埼京線」でもさほど醋ざましく感じなかったほどである。

増線出来ないつらさ?

1982年以来全線に先立って阪急最初の10両編成運転を開始していたが、そんなことでは「とてもとても...。」

かといって肝心な区間(十三ー梅田間)を「複々線に増線できない」辛さがある。

テッチャンの名所3複線区間?

この区間はテッチャンにとっては名所?で、梅田駅をそろって定時発車した「優等列車」が3本そろって行進する様は中々壮観ではある...。

しかし、難のことはない「異なった路線」の電車が梅田から「十三駅」まで同時刻に走っているだけで。

各路線はどこの田舎町にでもある只の複線!

更にこの区間を増線するには「2階建て」にでもしない限りは「用地取得」が困難!で先ずは不可能に近い。!

そこで「なにわ筋線」に期待を欠けて「十三-新大阪間」の免許も用地も大事に温存していたわけであるが...。(※1)

なのに「大阪市」は裏切り「JRグランフロント線」に鞍替えしてしまった!

関連記事「なにわ筋線」は本当に必要か? その1はこちら。

阪急さんにとっては寝耳に水!

京阪神の「広域交通を真剣」に考え、持てるリソースを有効に活用しながら、22世紀に向けての自社交通網のビジョンを構築していたのに......、タク~。

とりあえず、プラン練り直しまでの「時間つなぎに」「自社の電車も走れない様な「狂気」路線

「なにわ筋線十三支線を検討させてください!※2」となったわけである。

そろそろ苔むした「私鉄セオリー」から離れるときでは?

創始者故小林一三氏が日本で最初に編み出した「都市近郊鉄道のセオリー」。

鉄道を引っ張り、沿線に宅地を開発し、両端(終点ターミナル)に客寄せパンダ?を配置して、鉄道沿線住人の鉄道需要を喚起する「セオリー」。素晴らしい発想で、その後全国に広まった...。

しかし。その頃の鉄道・創生期とは時代は変わった!

今時「その利便性を喧伝しなくても」都心部から至近の農地は宅地化され、主要駅前は商用地化され、幹線道路沿いには「巨大ショッピングセンター」が立ち並ぶご時世である。

つまりは、「鉄道需要を喚起するための」「ターミナル施設」の時代ではなく、都心部には必然性のある「商業施設」が立ち並ぶ時代である。

「鉄道需要喚起の手段として、人を呼び入れるための施設」で会ったはずの「デパートや商用施設」が主役になり、人を取り込むために「路線を集めてしまうのは」本末転倒である。

帝都では都心のかなり離れたところから手訳(分岐)して都心に攻め入る?(乗り入れる)のが当たり前!

22世紀に向け大阪の都市機能を麻痺させないためにも、帝都東京で実施されている「支流(枝線)による分散型の都心部乗り入れ」を考える時では無かろうか。

建設資金(道路特定財源)目当てに安直に「鉄道会社のプライド」を捨て大阪市に媚びるより、「都市間トランスポーター」の大先輩のプロとしての誇りを持って、「独自の路線網を構築する」ぐらいの意気込みで「大阪市なり大阪府」に「独自案を示し」交渉に当たっていただきたい。

在阪鉄道各社の強力なしに、物事を強引に進めれるほどの「資金力」も「政治力」ももはや彼らには無いであろう。

だからこそ、「使い放題の金を」求め「大阪都構想」を「ブチ上げている」わけである。

※1、新大阪連絡線についてのwikipedia解説はこちら

※2、阪急電鉄のプレスリリース資料はこちら。

公開:2017年12月28日
更新:2017年12月28日

投稿者:デジタヌ

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