タヌキがゆく

アマオケと発達障害の関係?《コラム2018》

群雄割拠?の戦国時代に突入した東京のアマオケ界!

21世紀に入ってからも衰えを見せないどころか、「雨後のタケノコ」「夏場の雑草」のごとく帝都東京の「アマオケ」は増え続けている。

実数はともかくとして「感覚的」には、小生が現役?でアマオケ活動していた在京時の2000年以前に比べて倍増、いやそれ以上に増えているのではないかと思われる。

まさしく乱立というにふさわしく「戦国時代さながらの群雄割拠の生存競争」を繰り広げていると言っても過言では無いだろう!

新規団体にみる2つの傾向

その1、発達障害なるが故のスピンアウト?団体

ここからが本章の主題であるが、2000年以降のもう一つの傾向として「わがままな若者」?が集まってその場の勢いで作った「新生アマオケ」もかなりの数に上る!

普段「健常者」でおられるつもりの「隠れ発達障碍者」がコアーな趣味の典型でもある「アマオケ」にあこがれ、「とりあえず何某(なにがし)かの団体」に入団しては見たものの、「団員となじめない」、「皆と同じ活動を強要される」などの理由で、活動から遠ざかり、何かの機会で「意気投合した少数の同類」とその場の勢いで「人(既存団体)とは違ったコンサート活動」を目指し新規団体を旗揚げするようである。

発達障害とは?

発達障害とは何ぞや?に関しては以下に示す

をご覧いただくとして...。

発達正常者(以下NTと呼ぶ)つまり普通人が「合奏=ハーモニー」とは「協調」の極みのように受け取っておられるが、「コミュニケーション障害発達障害」を持つ人たちすなわち高機能発達障害・アスペルガー障害郡・ADHDいわゆる「発達障害者」にとっては一つの儀式でしかない?

極端な表現をすればNTさんの「つるむ」だり「一致団結」して"みんなで何かを成し遂げる"意識ではなく、あくまでも「個人的に音楽を楽しむ」ひとつの手段でしかない!

NTさん中心のソサエティーでは「皆と同じ」行動が求められるが、コミュニケーション障害を持つ「発達障害者」は「なぜ皆と同じでないといけないの?」が基本にあり、従て古参団員たちから「皆と同じ行動」を求められると「反発・離反」するわけである。

一時東京のアマオケ界を飛び交った「変態コンマス噂話」の例

一時在京のとあるOBオケの「セクハラコンマス」の噂話が東京のアマオケ界を飛び交ったことがあったが、これなどは「発達障害者の典型」であろうと思われる、傍目から見て「何の前触れもなく急に怒り出す」「セクハラまがいの暴言を吐く」などはコミュニケーション障害の典型症状であろう。

NTさん達は「仲間と集う」楽しさでアマオケに入るが、"コミュニケーション障害者"は「一人で遊んでいても"つまらない"のでアマオケ」に入る。

この2つには同じように見えて「天と地」ほどの隔たりがある。

従て、発達障害を抱えた団員は自説に拘りやすくなるし、自説に従わない人とは反目する!

困ったことに発達障害者は「中途半端に上手い人たち」が多い。

これは良く言えば「突き詰める」タイプであり、悪く言えば「趣味ににのめり込む」タイプの人たちが多く、それなりに上手くなる!?からである。

最近多い新設の「指揮者を置かないアマチュア合奏団」

21世紀のアマチュアのトレンドの一つは「指揮者を置かない合奏団」にあるようで、このタイプのアマオケの新設も目立つ。

しかし小生から見ると逆にこれなどは、

「ナゼ人と同じことを知んければいけないの?人と違っていてもいいでしょう!」

を旨とするコミュニケーション障害楽師達の集団の典型例では無いか?と感じている。

つまり、よほど「心酔するほどの銘指揮者」でもない限りは、「指揮者の言いなりにはなりたく無い!」発達障害者の特徴がよく表れているのではないか。

民主的運営の自主運営組織?

これも最近よく見かける「団員勧誘歌い文句」の一つ。

「団員の手作り、自主運営」とは言い換えれば「自治体などの「パトロン」はありません!高くてもシッカリ団費を払ってください!」ということであり。

「団員全員が、運営委員、パートリーダー、選曲委員何らかの「役割」を分担していただきます。」とは貴方の発言の場もしっかりあり、「貴方の意見(思い)」も無視されませんよ!

ということに置き換えられる、つまりは団長・指導者の下「一丸となって他の団員と同じことをしていれば良し」とされるNTサン達の団体とは違いますよ!と言っているわけである。

その2、2000年頃から始まった「団塊の世代」と呼ばれる人たちの大量リタイアの影響

首都圏に限らず2000年頃から始まった「団塊の世代」と呼ばれる人たちの大量リタイア(退職)を受けて、壮年層向けの「手習い教室」ビジネスが首都圏各地に誕生し、そこから派生した「おじ様、おば様」団体が増えた。

嘗て、アマチュアオーケストラに憧れながらも「生活に追われ」夢をかなえられなかったクラシックファンや、運よく大学に進学でき「学生オケ」で青春を過ごせた人達もその後「企業戦士」となり音楽どころでは無くなっていた世代が定年を迎え、昔取ったきねづかで再度アマオケ活動に挑戦したりしている。

同時にこれらの中高年層向けの「60の手習い」的カルチャービジネスもふえている。

団塊の世代の元音楽教師

少子高齢化の影響で、各地の小中学校はかつての定員の半分以下になったり、都心部でさえ地方同様に統廃合の嵐が吹きまくっている。

ということは、嘗て、教育現場に降りていた?音楽大学や教育大学音楽専科から輩出され其の後社会人対象講座で教員免許カリキュラムの単位を取得し、教員になっていた「初期団塊の世代」組の元音楽教師も退職時期を迎えたわけで、「演奏家」になり損ねた?こういう人たちが、同世代の後輩のための「手習い教室」を立ち上げ、門下生?の学習の成果として年に1回程度の「発表会」を「定期演奏会」という形で開催する活動を行っている団体も増えている。

いずれにせよ短期的な傾向なのか、長期的流れなのかは...

「団塊の世代」団体は「主宰者」も含め高齢化の危機に面しており。1950年代生まれのこの世代最終期の後継者も一通り定年後10年を迎えようとしている現状、申し訳ないが後十数年の2030年頃までには自然消滅か、一般市民オケに統合淘汰されるであろう。

群雄割拠の離反組は

前途した「発達障碍者自助会」タイプの新設(親切)団体も、誕生後(社会人)10年ぐらいで仕事(&家庭サービス)が多忙となり、団員がポツポツと刃こぼれし?休団・解散に追い込まれている例も、もうすでに何例か見られ、何十年も続く恒久的な団体に発展することは非常にむずかしそうではある。

長い目で見れば、伝統ある市民オケが残る?

社会に馴染めないコミュニケーション障害を背負った少人数の「発達障害者」が集まって新設した団体も、少子高齢化と自らの生活環境の変化には抗する事ができずに、趣味のアマオケ活動でも社会の縮図のような幅広い年齢層で成り立っている「一般市民オケ」に自らの「自助努力」で回帰・同化する必要性がありそうである。

公開:2018年11月21日
更新:2018年11月23日

投稿者:デジタヌ

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