タヌキがゆく

函館市《 タウンレビュー 》

函館市のあらまし

坂の多い町として全国に知られ、嘗ては北海道の表玄関として青函連絡船の発着で賑わった町、又チンチン電車が走っている町でもある。

また五稜郭を始め旧函館区公会堂、函館ハリストス正教会復活聖堂などの文化財施設が多い事でも知られている観光都市でもある。

かつて1940年まで北海道最大の人口を誇る町で、1914年(大正3年)に人口10万人を超え、1922年(大正11年)に函館市と成った。現在は札幌市・旭川市に次ぐ道内3位の街である。

人口推移

住民基本台帳人口、263,750人/2017年3月31日

函館-札幌 3時間50分/8,830円/JR特急/318.7km

函館-(函館空港)ー(羽田)ー品川 3時間56分/36,310円/バスーANAー京急/682km

2014年(平成26年):市域全域が「過疎地域」に指定されてしまった。

函館市の主な出来事

1454年(享徳3年):河野政通が宇須岸(ウスケシ)に館を築く。館が箱の形に似ていることに因んでこの地を「箱館」と呼んだとされている。

1613年(慶長18年):松前藩が亀田に番所を置く(後に亀田奉行所となる)。

1700年頃:亀田港が亀田川の土砂で埋まる。以後、箱館が栄え始める。
1796年(寛政8年):高田屋嘉兵衛が蝦夷地に来航。
1799年(寛政11年):高田屋嘉兵衛が択捉航路を開設。翌年に漁場を開く(北洋漁業の礎)。
1800年(寛政12年):伊能忠敬が箱館山(函館山)で測量を開始。
1802年(享和2年):江戸幕府、徳川家斉が蝦夷奉行所を設置(後に箱館奉行所と改称)。
1807年(文化4年):蝦夷地が幕府直轄となり、箱館奉行所を廃止して松前奉行所を設置。
1821年(文政4年):幕府が蝦夷地を松前藩に返還(松前奉行所の廃止)。
1854年(安政元年):日米和親条約によって箱館港が補給港となる。。幕府は箱館周辺を直轄領とし、箱館奉行所を再び設置。
1855年(安政2年):日米和親条約に伴い箱館港が食料・水の供給港として開港。
1859年(安政6年):日米修好通商条約に伴い、箱館港が横浜港・長崎港とともに日本国内初の国際貿易港(交易港)として開港。外国人居留地を設置。
1864年(元治元年):星形要塞の五稜郭竣工。
1868年(慶応4年):明治政府が箱館裁判所を設置。1か月後に箱館府と改称。榎本武揚率いる旧幕府軍が箱館を占領し五稜郭を拠点にする(箱館戦争)。1869年(明治2年):旧幕府軍が新政府軍に降伏。蝦夷地を北海道と改称。箱館府を廃止し開拓使出張所を設置。

1882年(明治15年):開拓使を廃止し函館県を設置(三県一局時代)。
1886年(明治19年):三県を廃止し北海道庁が開庁。
1897年(明治30年):函館馬車鉄道営業開始。
1902年(明治35年):北海道鉄道函館駅開業。
1904年(明治37年):函館 - 小樽間の鉄道開通。
1908年(明治41年):青函連絡船運航開始。
1913年(大正2年):馬車鉄道の軌道を利用した路面電車(現在の函館市電)が運行開始。
1922年(大正11年):函館区が市制施行し「函館市」となる。
1943年(昭和18年):函館市役所交通局が発足、電車とバスが市営となる。
1945年(昭和20年):米軍による函館空襲(北海道空襲)
1954年(昭和29年)台風15号(後に洞爺丸台風と命名)の影響による洞爺丸事故発生(死者乗客乗員計1,430名、日本国内最大の海難事故)。
1961年(昭和36年):函館空港開港。
1984年(昭和59年):函館地域「テクノポリス」に指定。
1988年(昭和63年):青函トンネル開通、海峡線(津軽海峡線)開業。青函連絡船廃止。

2000年(平成12年):函館新道函館IC供用開始。函館市「特例市」に指定。

2003年(平成15年):函館江差自動車道函館IC/JCT - 上磯IC(北斗中央IC)間が開通。市営バスが函館バスに完全移管。新函館駅舎完成。
2005年(平成17年):「中核市」に移行。
2007年(平成19年):中空土偶が北海道内初となる「国宝」に指定。
2010年(平成22年):箱館奉行所を復元して公開。
2011年(平成23年):東日本大震災発生。
2014年(平成26年):市域全域が「過疎地域」に指定。
2015年(平成27年):函館新外環状道路函館IC/JCT - 赤川IC間が開通。
2016年(平成28年):北海道新幹線・道南いさりび鉄道開業。

公開:2018年11月 6日
更新:2018年11月 6日

投稿者:デジタヌ

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